野獣よ暁に吼えろ 1
野獣よ暁に吼えろ 1
「昨日の女だけどよぉ。すげえいやらしかったんだぜ。山に連れていってパンツに手ぇ突っ込んだら、もうぐっしょり濡れてやがってさ。準備万端って感じだった。そのままベンチに手をつかせてバックからぶち込んでやったんだ」
坂本玄太が巨体を揺すりながらしきりに股間を掻いている。女に変な病気をうつされたのかもしれない。
「あそこの絞まりなんか最高でさ。犯られているのに、よがりまくりいきまくりでさ、外に出すの持ったいなかったから、そのまま生で中に出してやったんだ」
「中を汚すなのいったんだけどよぉ。玄太さんのは濃いからな」
後ろにいる二人の仲間も下品に笑っている。明生は窓から銜えていた吸い殻を宙に放り投げた。インターの出口から、車が次々と出てくる
「つまんねえ女に嵌めたって仕方ないだろ」
「何言いやがる。昔はみんなで女攫って峠に連れていって輪姦したじゃねえか」
「いつの話をしてんだよ。お前らもいい歳なんだから、突っ込みなんざ卒業しろ」
「女を攫ってはめるのって、興奮するよな。やめられねえよ」
玄太につられて後の二人も笑っている。玄太がまた股間を掻いた。
「例のビデオはいつ手に入るんだ?」
「今夜、一平太が俺の部屋に持ってくる」
「あいつ、こっそり見るんじゃないだろうな」
「大丈夫だ。勝手に見るなと釘を刺してある。あいつは約束をきちんと守る男だ」
「約束じゃなくて、言いつけだろ」といって、玄太が笑う。
「それに、俺たちが買ったってことはばれないんだろうな」
「いつものように、間に何人も人を入れてあるから、大丈夫だよ」
「頼むぜ。なんたって、やくざの唾つきだからな。あのやくざ系芸能事務所ペーニングプロの会長の愛人だぜ」
スケコマシで有名なクラブの黒服が、現役アイドルのハメ取り動画を盗撮して売り込みにきた。五百万と吹っかけてきたが、二百万に値切った。そのアイドルは芸能義務所会長で、ある広域暴力団の組長の愛人だ。下手に動画を拡散させると消される恐れもある。黒服にはその情報は伝えていない。クラブの従業員が地獄を見ようが殺されようが、明生には関係ない。
「あれじゃねえのか?」
料金所を出てきた白いセダンが、明生たちの目の前を通過していく。運転しているのは斉藤幸平だ。
「いくぞ」
明生はワゴン車をゆっくりと発進させ、そのままそっと後をつけて行く。リアガラスから様子を窺う。こっちは明生を入れて四人。向こうの斉藤を入れたら五人だ。
前を走る車は空き地のようなところへ止まった。ここでトイレ休憩をしたいと相手に言って車を停めるようにいってある。計画通りだった。
車から斉藤が降り、相手の男とその仲間が車から降りて、煙草に火をつけた。ワゴン車を停め、四人がいっせいに車から飛び出して駆け寄ってきた。それぞれが手に刃物やバット、特殊警棒を持っており、たちまち二人を取り囲んだ。
「何だよ! お前ら!」男たちが叫ぶ。
「強がんのはよせよ。もう逃げられんぜ」明生のセリフに、男たちの顔色が変わった。
「この野郎! ハメやがったな!」
男が斉藤の方を振り向いて叫ぶ。
「こいつらを一人ずつ別々に車に乗せろ」と明生が指示を出した。首にナイフを突き付けられた男たちは別々の車に乗せられた。
「お前ら、俺たちが誰か知っているのか?」
「山菱だろ」
「おう! それを知っててこんなことしとるんか!」
「菱餅なんざ、俺たちには関係ねえよ」
明生が横に座る男を殴った。
「お前ら、もう終わりなんだよ。半グレがいきがるんじゃねえ」
明生がもう一度、男を殴った。男が鼻血を出した。
男たちを人気のない公園につれていった。車から降ろし、ふたりを並ばせた。連中からすれば、恐喝した相手から今日五十万受け取るはずだったのが、逆に相手の罠にはまってしまったことになる。
「おう、こんなことして無事ですむと思ってるんじゃねえだろうな」
男の言葉に、玄太が目を吊り上げた。
「俺はヤクザが大嫌いなんじゃ!」そう言いながら手に持った警棒を頭上に振り上げ、次の瞬間、思いっきり男の頭めがけて振り降ろした。鈍い音がして警棒は男の横顔を直撃した。
「ぐぁっ!」と悲鳴を上げて男が倒れ込む。
「おぅ! お前らもやったれ!」玄太が叫んだ。「ヒャッホー!」と楽しむような声を上げて、玄太の後輩たちが襲いかかった。
一方的なリンチだった。バットや棍棒で殴り、鉄パイプで殴り、倒れた男たちを蹴りまくる。
「オラー!」
「死ねやー!」
後輩たちは声を上げながら二人の男を一方的に痛めつける。その様子を玄太と明生がタバコを吸いながら見ていた。
男たちも黙ってはいない。
「けじめつけんかい、こらぁ!」と強がっているが、二人はみるみる顔が腫れあがり、血ダルマとなった。
斉藤は見ているだけだった。
「おい、借りを返すんじゃなかったんか、幸平!」
斉藤がためらっているところへ玄太がバットを差し出した。
「おめえもやれ」
バットを受け取った斉藤がまだ迷っている。ぐったりとなった男たちを、後輩たちが起こして顔を上げさせる。
「オラ、やれ! 幸平!」と斉藤に声をかける。
男たちにはまだ意識がある。
小さな声で「こんかい、こらぁ」と口を開く。次の瞬間、斉藤は「うわあああっ」と叫んで思いっきりバットで男の顔を横殴りにした。
ぐったりとなって男が倒れた。
「おう、幸平! 次はこっちじゃ!」
「うおーっ」
斉藤は声を上げ、もう一人の男の顔面をバットで殴った。
これでタガがはずれたのか、最初は迷っていた斉藤が、二人をメッタ打ちにし始めた。
「やりゃあ出来んじゃねーか」
吸い殻を捨てて、玄太が笑った。
「場所を変えるぞ」
明生が三人に指示した。
半死半生の二人をトランクに詰め、その場を離れて山道を上がっていく。
二十分ほど走ると、産業廃棄物が不法投棄されている場所にでた。明生は後輩たちに命じて男たちをトランクから引きずり出させると、彼らの前に仁王立ちになった。
「ここはお前たちの組が産廃を捨てている場所だよ」二人の男は息も絶え絶えに周りを見る。
車のヘッドライトが現場を照らす。二人とも顔面は腫れ上がり、服は裂け、全身血まみれとなりもはや立つことも出来ない。
「お前ら、俺たちをどうする気だ」
眼を怒らせて睨みつけてくる。下っ端とはいえ、さすがやくざだ。
「ここに埋めるんだよ」玄太が横から口を出した。「このまま返したら、お前ら仲間を連れてくるだろ。だから、ここに埋めちまうんだよ」
後輩たちが地面に穴を掘り始めた。
「殺るんやったら、はよやらんかい」
「明生さん、まさか埋める気なんですか?」
斉藤が恐る恐る聞いてくる。
「ああ。こいつらはヤクザなんだ。ここまでやっちまったからには、始末するしかねえんだよ。でないと、お礼参りに仲間連れてやってくるぜ」
「マジですか?」斉藤は完全に怯えていた。
「こいつらにゃ消えてもらった方がええ」玄太がつぶやく。「こんな奴らを人間だと思うんじゃねえ。ゴキブリだよ。そう思えば、殺せるだろ」
「お、俺は……」
穴を掘り終えた二人が、やくざたちを穴に放り込んだ。
「幸平、こいつらを埋めちまえ」そう言って、玄太がシャベルを手渡した。
「あ、浅いですよ。この深さじゃ、死体がすぐに見つかっちまう」
「いいんだよ。ここは山下組の土地なんだ。こいつらが無様に死んだのを見せつけてやるんだよ」
二人のヤクザはもう強がってはいなかった。事の成行きを、息を潜めて窺っている。
後輩がふたりで二人のヤクザを引きずり起こし、穴の中に突き落とした。ドサッと音がして男たちは穴の底へ転落した。
「やっぱり、俺には無理です! 人を殺すなんて!」
斉藤が泣きだした。玄太が斉藤を殴った。
玄太が大きな石の塊を掴み、斉藤に手渡した。
「こいつをあいつらに投げろ。殺すんだ」
「そんな……。そんなこと出来ません」
「さっさとせい、おめえも埋めるぞ、コラァ!」玄太が怒鳴る。
「なあ、幸平。お前のためにやってるんだよ」黙って見ていた明生が斉藤の前に立った。
「そうかぁ、残念やな。おい、穴もう一つや!」玄太の声が暗闇の中に響く。
「や、やります!」
斉藤は大きな石を持ってヤクザに近づいていった。そして、頭上に振りあげた。
「ま、待ってくれ!」
ヤクザが叫んだ。
「や、やめてくれ!」もう一人のヤクザも懇願する。「今夜のことは忘れる。だから、助けてくれ!」
「美人局なんざ、汚い手を使うやつは生かしちゃおけねえんだよ」
「わかった。忘れる。このことは忘れる。仕返しもしねえ」
「信用できるもんか」
「本当だ。第一、こんな目にあったことなんて、みっともなくて組に話せねえ。お願いだから殺さないでくれ」
二人のヤクザは涙ながらに明生たちに訴える。
「け、根性無しが」玄太が唾を吐きかけると、全員が車に乗り込んだ。
山を下る帰り道、車内では、明生が大笑いしていた。
「どうでした、俺の演技」
斉藤が愉快そうにタバコをふかしている。
「ありゃ、演技なのか?」
「いやあ、俺って、ヘタレ性なんですかね」
「そうかもな」
携帯が鳴った。後ろからついてくる玄太からだった。
「明生、今からソープに行くぞ」
「昨日、女を輪姦したばかりなんだろ」
「俺っちのタンクは一日でいっぱいになるんだよ」
「俺は先客があるから、みんなを連れていってこい」
タバコを銜えると、横にいた後輩が火の着いたライターをさっと差し出した
野獣よ暁に吼えろ 2
野獣よ暁に吼えろ 2
「どう、いいでしょ。今度の撮影会で着る水着なの」
生地を節約したビキニは上側から乳房のナマ肌があふれそうで、下乳のふくらみもはみ出ていた。
「似合っちゃいるが、ずいぶんきわどいな」
色っぽい表情でポーズを取る鈴奈に、思わず苦笑いする。
「ファンサービスよ。これで写真集の売り上げが倍になればお安いものよ」
「そりゃ、いい。お前のファンたちもティッシュ片手に大いに励むだろうぜ」
「最低」鈴奈が笑った。
「明生もしたくなっちゃった?」
魅惑的な笑顔で、鈴奈は豊満な胸を明生の腕に押しつけてきた。目を潤ませた鈴奈が見上げた。明生は鈴奈の柔らかいカラダを抱いた。
「脱げよ」
鈴奈は微笑みながらビキニのパンティを脱ぐと、明生のズボンに手をかけた。ファスナーをおろし、ズボンと一緒に下着を剥ぎ取る。明生は彼女の行為に身を任せた。
鈴奈が舌を這わせていく。一心不乱に頬張り、舌先で丁寧に、時には荒く舐めあげた。鈴奈の手馴れた舌使いに、背筋がぞくっとした。
「もういい」
明生は鈴奈をベッドに横にすると、彼女の足を広げて口をあて、舌を這わせた。
舌が這い回る刺激に、鈴奈はあえぎ声をあげた。明生は彼女の太ももに当てた手に力を入れ、しっとりした太ももに指を食い込ませる。鈴奈がゴージャスな女体をもだえさせ、声を快感に震わせ、太腿を痙攣させる。
快感に逃げようと身体を前にやるが、明生は執拗に逃げる腰を押さえつけ、弱点を正確に苛めた。
鈴奈の足の筋肉に緊張が走った。痙攣したあと、強張って数秒間固くなった。それでも明生はやめずに、固くなってじっと堪えている鈴奈を攻撃し続けた。
鈴奈は大声を上げ、立て続けに達した。鈴奈の股間を散々舐め回した明生は、日に焼けたカラダをズリ上げて、豊満な乳房に吸い付き、固くなった乳首を舌で転がした。
艶のある肌を震わせた鈴奈は、乳房の先端の熱さに肉感的なボディをよがらせた。たっぷりした乳房を口いっぱいに含んだが軽く歯を立てると
切なげにのけぞった鈴奈の色っぽい声が部屋に響いた。鈴奈の首筋を軽く舐めると、彼女が猫撫で声で甘えるように鼻を鳴らした。
指先が下腹部へと向かう。くぐもった喘ぎ声を漏らしながら、鈴奈は身悶えた。
黒い瞳が潤んだ。両眼を閉じた。長い睫を飾った瞼が、羞恥に痙攣した。明生が鈴奈の瞼と頬を舐めた。皮膚が敏感に反応した。
鈴奈にゆっくりと入っていく。中は沸騰したように熱く、生き物が四方八方に蠢いていた。
鈴奈が大声を上げて身体を仰け反らせた。
明生は鈴奈の手を根元まできっちり収まった結合部に持ってゆくと、鈴奈は自分から腰を動かして明生の熱い男のたぎりを味わおうとする。
のけぞって細いノドをさらすと、女体を襲う快感に歓喜する甘い声を上げ続けた。
「あああ……、良かった……。今日の明生、いつもより早かった」
「お前の締りが良かったからだよ。もう少し長いほうが良かったか?」
「ううん、ちょうどいい。私ってあんまり長い時間すると、あそこが痛くなってくるもん」
鈴奈が明生の首に腕を回して抱きついてきた。
「このまま眠りたいわ……」
「もうすぐ一平太がこの部屋にくる」
「もう、お邪魔虫ね、あいつ」
「筆おろししてやれよ。あいつ、まだ童貞なんだ」
「まじ?」
鈴奈が驚いた顔で身体を起こした。
「もう十八よね。いい身体しているのに」
しばらくしてノックの後、ドアが開いた。明生が枕元のリモコンのスイッチを入れる。テレビ画面に玄関のカメラの映像が映る。一平太だった。リモコンで鍵を開けてやると、ドアを開ける音の後、一平太が部屋に顔を出した。
「よう」
明生が一平太を見て手を挙げた。ベッドの上にいるふたりを見て、一平太がレスラーのような巨体を小さく丸めて目をそらせた。グラビアモデルでもある鈴奈の裸を見てどきまきしているのがわかる。
「店のあがりです」と言って、金をテーブルの上においた。
「鈴奈さん、もしかして、真っ裸なんですか?」
「ああ、そうさ」
明生はベッドから降りると、毛布をはぎ取った。全裸の鈴奈が現れた。
「ちょっと!」
慌てて毛布を取り上げて身体をくるむ。一平太が目を丸くするのを見て、大笑いした。
「これ、預かってきたものです」そういって、DVDを明生に手渡した。
「いいものを見せてやるぜ」
明生はDVDプレーヤーにディスクを挿入すると、画面のモードをビデオに切り替えた。リモコンの「再生」を押すと、画面に白いトレーナーに黒いロングパンツを穿いた若い女が現れた。カラオケに合わせて、振りをつけてポップスを歌っている。
歌は、三年ほど前に大ヒットした『ひまわり娘』という曲だった。愛くるしい顔が半ば長い髪に被われている。化粧気はほとんどなかった。顔も声もどこかで記憶がある。場所はラブホテルのようだった。
画面が変わった。女がシャワーを浴びている。カメラの視線が、形よく突き出した乳房から股間に生い繁る陰毛まで舐めるように這っていく。陰毛の先端から、シャワーの湯が滴り落ちているシーンがアップになった。肉付きのいい女だ。
「なに、これ。エロDVD?」
「いいから、黙ってみてろよ」
カメラが、はち切れそうな尻を捉えたあと、画面が再び切り替わった。今度はベッドの上だ。いきなり秘唇がアップになった。黒々と密生した陰毛が左右に割られ、膨張した女芯と濡れそぼった膣口が画面を占領している。
「やっだぁ」鈴奈が嬌声をあげる。
続いて挿入シーンと結合場面がアップになった。画面には、結合場面と切なげに喘ぐ女の顔が交互に映し出された。
「あれ、この子、見たことある」
毛布から顔を出していた鈴奈が、寝起き声で言った。「蒼井遥じゃん」
「本当っすか? まさか」
「その、まさかだよ」
明生は意味ありげににやけながら答えた。
「本物の蒼井遥なの?」鈴奈が毛布を巻いた身体を起こした。
「もちろん。声を聞いたら分かるだろ?」
「確かに本人の声よね」
本物だと、鈴奈は言い切った。アイドルの顔とむき出しの性器、男の願望が眼の前の画面にあますところなく晒されている。
「この女は六本木や西麻布のクラブに入り浸りなんだ。そこで酔っ払って男漁りをしてるんだよ」
「そういえば、この一年ほどさっぱり名前を聞かなくなったね」
鈴奈は、蒼井遥の結合シーンに見入りながら言った。
「ペーニングプロの会長の愛人愛人になっているみたいだぜ」
「まじ? やくざとべったりの芸能事務所じゃん」
「ところが、この半年ほど、あるクラブの黒服とも付き合っていたんだ。ジロウとかいう六本木のクラブの黒服だよ」
「あ、そいつ知ってる。コマシで有名なやつでしょ?」
「ああ。そこで、クラブに遊びに来た蒼井に声をかけたらしい。すっげえ淫乱らしいから爺様じゃ物足りないみたいだな。まあ、ご本人曰く『セックス依存症』という病気らしい」
「よくビデオに撮らせてくれたわね」
鈴奈は半ば呆れ、半ば感心しながら訊いた。
「ジロウって奴は口がうまいんだよ。それに、蒼井遥は頭悪いからな。クスリでちょっとハイにしてやったらビデオに撮らせてくれたらしい」
「まあ、AV女優もアイドルも紙一重だからな。ありえない話じゃないわねえ。ところでクスリって覚醒剤なの?」
「あの男に覚醒剤なんて危いもんは売らせてないよ。エクスタシーだ。純度が高いのをまわしてやったことがあるが、女をコマすのに使っていたみたいだな」
「で、このビデオをどうしたの?」
「借金のカタに取り上げた。あいつには百万貸していたんだ。で、これを三百万で買ってくれる奴を見つけた」
「ぼろもうけジャン」鈴奈が声のトーンを上げる。「すごいっすね」と一平太も感心している。
「これは正真正銘のマスターテープなんだ。この世に一本しかない、トップアイドルの蒼井遥のホンバンビデオなんだよ」
「確かに、明生の言うとおりよ。三百万以上の価値があるかもしれないわね」
鈴奈がすっかり興奮している。金の匂いを嗅ぎつけたのか。
「でも、どうしてデュープして捌かないんですか?」一平太が聞いた。
「時間もない。実は、今、ジロウはヤクザに追われていんだよ。蒼井遥のホンバンビデオ持ってるってダチにでも喋ったんだろ。俺が思うに、追手はおそらく蒼井遥を飼っている爺様だ。このDVDのコピーが広まれば、ジロウは消されるだろう」
明生の言葉に鈴奈が身体を震わせた。
「一平太」
「はい」
「俺は明日から水戸にいく」
「水戸って茨城県の?」鈴奈が聞いてくる。
「水戸のはずれの街で祭りがある。かなり田舎だがな。そこにテキヤのバイトに行くから、お前も一緒に来い」
「明生さんが田舎でテキヤのバイトっすか?」
一平太同様、鈴奈も驚いている。
「クラブの経営はどうするんです?」
「玄太にホストの扱いは任せてある」
「なんでバイトなんかすんのよ。いくらにもならないのに」鈴奈が身体を乗り出した。毛布の端から豊かな乳房がこぼれそうになった。
「ちょっとした野暮用だよ」
ボディーガード頼んだぞというと、一平太が大声で嬉しそうに「はい」といった。
野獣よ暁に吼えろ 3
野獣よ暁に吼えろ 3
「うわぁ!」
シートに身体を押し付けられ、一平太が感嘆の声を上げた。
「凄い加速っすね」
「気に入ったなら、お前も買え」
「俺には無理っすよ、ポルシェなんて。いくらするんっすか?」
「一二〇〇万」
「すげえっ!」
「お前も俺の店でホストやれよ。いいガタイしているし、童顔だし、お前なら稼げるぜ」
「ホストなんて無理っすよ。俺、まだ女も知らないし」
「ソープに行けばいい」
「俺には理想があるんっすよ。最初は絶対に惚れた女とやるんだって」
「ロマンチストだな。鈴奈を抱かせてやろうか。締りのいい女だぜ」
「冗談きついっすよ。鈴奈さんはグラビアアイドルっすよ。それに、明生さんの恋人じゃないっすか」
「恋人か」女は鈴奈だけじゃない。一平太にそういいかけて、明生は口を噤んだ。この男に大人の男の世界の話をしても仕方がない。
ポルシェが水戸のインターで一般道に入り、栃木の県境に向かって走っていく。
田畑と民家が点在する場所に入る。広い空き地にプレハブ小屋が建っているのが見えた。明生はポルシェを空き地に入れたぞ。
「ついたぞ」
明生と一平太がポルシェから降りた。砂利敷きの空き地にトラックが三台停まっている。
「土建会社っすね」
「俺の知り合いの運送業屋だよ」
ふたりは杉林の間の小道を上がっていった。祭り太鼓が聞こえてきた。笛の音も聞こえてくる。風に乗って高く低く大きく小さく、うねるように這うように聞こえてくる。
杉林をぬけると、祭り提灯が家々の軒に吊るされているのが目に入った。提灯は狭い道の両側を飾るように、ずっと奥の方まで続いている。
白いブラウスと紺色のスカートの女子高校生が三人、横に並んで歩いて来た。道幅いっぱいに広がって、何かを話し、そして弾けるように笑う。明生と一平太は、そんな女子高生たちを通すために道を譲った。
家々の屋根の向こう側にこんもりと茂る鎮守の森が広がっている。一際大きな御神木が大きく枝を張り、八月の終わりの陽射しを跳ね返していた。
ふたりは黒板塀の角に沿って曲がる。その道の先に男たちが群れていた。
午後三時、指定された時間だった。早過ぎたわけではない。長引いているのだ。
上半身裸になって刺青を見せている男に、明生が近づいていった。一平太も後を追う。興奮しているのか、渡辺綱の顔までが赤くなっているようだ。
その場の雰囲気は剣呑なものだった。同じように刺青を見せている男たちが他にも数人いた。
「明生さんか、ちょっと待っていてくれ」
渡辺綱の刺青をしている男がそう言った。明生は反対側の塀に寄りかかって男たちの様子を眺めた。
「去年と同じと言うわけにはいかないんだ」男の一人が言った。「親分からそう言われて来ている」
結局、話し合いがつくまでにそれから小一時間も掛かった。明生に声をかけた男は話し合いが終わるのを待っていた男たちを集めて、それぞれの店の場所を指示した。
また不平の声が上がったが、男たちがしぶしぶ散っていった。
「悪かった、明生さん」
男が明生の前で頭を下げた。パンチパーマで目つきの鋭い、いかにも筋ものという風体の男に、一平太の顔が緊張した。
「やあ、工藤さん。こっち、弟分の本田一平太です」
明生に紹介され、一平太が慌てて頭を下げる。
「遅くなりました。車は工藤さんの会社の敷地に置かせてもらいました。俺たちの場所はどこです?」
「神社の建物の裏手、森の中なんだ。去年はもっといい場所だったんだけどな」
「何を揉めていたんです?」
「店を出す場所だよ。毎年、誰が何処に店を出すかはほぼ決まっているんだ。何らかの事情で場所が変わる場合でも、代貸しの一存ですべてが決まっていたんだがな。不平が出る事はなかった。今年のように親分の意向が出てくるようなことは、ここ数年、いや十数年、聞いたことが無いや」
工藤はそう言葉を口にした。そして首を傾げた。
「とりあえず、俺たちも指定された場所にいこう」
「さっきの人、知り合いっすか?」
工藤と別れ、歩き出した明生に、一平太が聞いた。
「まあ、古い知り合いだ」
二人は指定された場所にやってきた。神社の本殿からはやはり大分遠かった。裏参道から森に踏み込むその通路の脇が露店を出す場所だった。
「去年は宝物殿のすぐ脇だったんだが」明生は言った。
「どうせアルバイトなんでしょ? あがりの良し悪しは関係無いですよ」一平太は聞いてみた。
「あがりが良ければご祝儀がつく」
「でも、明生さんの稼ぎに比べりゃ、たいしたことないっすよ」
明生が笑った。そこにトラックが来た。一平太が「ウナギ釣り堀」用のプール、柱、屋根など露店道具一式を下ろした。
明生と一平太が露店道具を広げる。手際よく作業をする明生を、一平太が感心するように見ていた。
「なんか、意外っす。新宿のナンバーワンホストで、ホストクラブ経営者の明生さんが、田舎の祭の夜店に座るなんて」
「たまにはこういうのもいいだろ」
周りではトラックが来て、どんどんと露店が出来ていった。
工藤がまたやって来た。
「悪かったな明生さん、こんな場所で」
「代貸しと親分の間に何かあったんですか?」明生は言った。上納金が少ないと親分が怒ったのか、とそう言う意味で聞いたつもりだった。
しかし、工藤は、「分からねえ、聞いてねえ」と言った。
「あの人、やくざっすよね」工藤が去ってから、一平太が聞いてきた。
「工藤さんは俺の爺さんの子分だったんだよ」そう明生は言った。
明日からは祭りだ。境内から笛や太鼓の音が途切れる事無く聞こえてくる。明日はここいら辺一帯がぎっしりと人で埋まるのだろう。
一平太の心が浮き立つのを、横にいる明生も感じていた。一平太は祭りが大好きだったはずだ。
野獣よ暁に吼えろ 4
野獣よ暁に吼えろ 4
「うわぁ!」
シートに身体を押し付けられ、一平太が感嘆の声を上げた。
「凄い加速っすね」
「気に入ったなら、お前も買え」
「俺には無理っすよ、ポルシェなんて。いくらするんっすか?」
「一二〇〇万」
「すげえっ!」
「お前も俺の店でホストやれよ。いいガタイしているし、童顔だし、お前なら稼げるぜ」
「ホストなんて無理っすよ。俺、まだ女も知らないし」
「ソープに行けばいい」
「俺には理想があるんっすよ。最初は絶対に惚れた女とやるんだって」
「ロマンチストだな。鈴奈を抱かせてやろうか。締りのいい女だぜ」
「冗談きついっすよ。鈴奈さんはグラビアアイドルっすよ。それに、明生さんの恋人じゃないっすか」
「恋人か」女は鈴奈だけじゃない。一平太にそういいかけて、明生は口を噤んだ。この男に大人の男の世界の話をしても仕方がない。
ポルシェが水戸のインターで一般道に入り、栃木の県境に向かって走っていく。やがて、 田畑と民家が点在する場所に入る。広い空き地にプレハブ小屋が建っているのが見えた。明生はポルシェを空き地に入れた。
「ついたぞ」
明生と一平太がポルシェから降りた。砂利敷きの空き地にトラックが三台停まっている。
「土建会社っすね」
「俺の知り合いの運送業屋だよ」
ふたりは杉林の間の小道を上がっていった。遠くから祭り太鼓が聞こえてきた。笛の音も聞こえてくる。風に乗って高く低く大きく小さく、うねるように這うように。
杉林をぬけると、祭り提灯が家々の軒に吊るされているのが目に入った。提灯は狭い道の両側を飾るように、ずっと奥の方まで続いている。
白いブラウスと紺色のスカートの女子高校生が三人、横に並んで歩いて来た。道幅いっぱいに広がって、何かを話し、そして弾けるように笑う。明生と一平太は、そんな女子高生たちを通すために道を譲った。
家々の屋根の向こう側にこんもりと茂る鎮守の森が広がっている。一際大きな御神木が大きく枝を張り、八月の終わりの陽射しを跳ね返していた。
ふたりは黒板塀の角に沿って曲がる。その道の先に男たちが群れていた。
午後三時、指定された時間だった。早過ぎたわけではない。長引いているのだ。
上半身裸になって刺青を見せている男に、明生が近づいていった。一平太も後を追う。興奮しているのか、渡辺綱の顔までが赤くなっている。
その場の雰囲気は剣呑なものだった。同じように刺青を見せている男たちが他にも数人いた。
「明生さんか、ちょっと待っていてくれ」
渡辺綱の刺青をしている男がそう言った。明生は反対側の塀に寄りかかって男たちの様子を眺めた。
去年と同じと言うわけにはいかないんだ、と男の一人が言った。こっちは親分からそう言われて来ているといって、譲らない。
結局、話し合いがつくまでにそれから小一時間も掛かった。明生に声をかけた男は話し合いが終わるのを待っていた男たちを集めて、それぞれの店の場所を指示した。
また不平の声が上がったが、男たちがしぶしぶ散っていった。
「悪かった、明生さん」
男が明生の前で頭を下げた。パンチパーマで目つきの鋭い、いかにも筋ものという風体の男に、一平太の顔が緊張した。
「やあ、工藤さん。こっち、弟分の本田一平太です」
明生に紹介され、一平太が慌てて頭を下げる。
「車は工藤さんの会社の敷地に置かせてもらいました。俺たちの場所はどこです?」
「神社の建物の裏手、森の中なんだ。去年はもっといい場所だったんだけどな」
「何を揉めていたんです?」
「店を出す場所だよ。毎年、誰が何処に店を出すかはほぼ決まっているんだ。何らかの事情で場所が変わる場合でも、代貸しの一存ですべてが決まっていたんだがな。不平が出る事はなかった。今年のように親分の意向が出てくるようなことは、ここ数年、いや十数年、聞いたことが無いや」
工藤はそう言葉を口にした。そして首を傾げた。
「とりあえず、俺たちも指定された場所にいこう」
「さっきの人、知り合いっすか?」
工藤と別れ、歩き出した明生に、一平太が聞いた。
「まあ、古い知り合いだ」
二人は指定された場所にやってきた。神社の本殿からはやはり大分遠かった。裏参道から森に踏み込むその通路の脇が露店を出す場所だった。
「去年は宝物殿のすぐ脇だったんだが」明生は言った。
「どうせアルバイトなんでしょ? あがりの良し悪しは関係無いですよ」
「あがりが良ければご祝儀がつく」
「でも、明生さんの稼ぎに比べりゃ、たいしたことないっすよ」
明生が笑った。そこにトラックが来た。一平太がウナギ釣り堀用のプール、柱、屋根など露店道具一式を下ろした。
明生と一平太が露店道具を広げる。手際よく作業をする明生を、一平太が感心するように見ていた。
「なんか、意外っす。新宿のナンバーワンホストで、ホストクラブ経営者の明生さんが、田舎の祭の夜店に座るなんて」
「たまにはこういうのもいいだろ」
周りではトラックが来て、どんどんと露店が出来ていった。
工藤がまたやって来た。
「悪かったな明生さん、こんな場所で」
「代貸しと親分の間に何かあったんですか?」明生は言った。上納金が少ないと親分が怒ったのか、とそう言う意味で聞いたつもりだった。
しかし、工藤は、「分からねえ、聞いてねえ」と言った。
「あの人、やくざっすよね」工藤が去ってから、一平太が聞いてきた。
「工藤さんは俺の爺さんの子分だったんだよ」そう明生は言った。
明日からは祭りだ。境内から笛や太鼓の音が途切れる事無く聞こえてくる。明日はここいら辺一帯がぎっしりと人で埋まるのだろう。
一平太の心が浮き立つのを、横にいる明生も感じていた。一平太は祭りが大好きだったはずだ。