涼子のアパートは、近鉄今里駅から歩いて五分くらいの所にあった。壁に白いサイディングを施した小綺麗な二階建てが、細い道路に面している、単身者用のアパートだった。周りは大阪のみならず全国的に有名なコリアンタウンが広がり、食べたいと思ったことはないが、犬鍋を供してくれる店もある。アパートの先には売春街の今里新地が広がっている。
千賀子が行方不明になってから、両親は心労のあまり体調を崩してしまった。特に母親は憔悴しきってしまい、毎日泣いて暮らしている。
汚されていてもいい、生きていてくれさえいればいい。妹の心に負ってしまった傷は私が癒して見せる。
涼子は二階まで階段を昇ると、二〇二号室のロックをはずしてドアを開けた。
バッグを玄関わきのシューボックスの上に置き、ダイニングに入る。
異臭がした。食べ物の腐ったような饐えた臭いだった。この部屋で食事は取らないので生ごみはないはずだ。ダイニングの奥の部屋に、シャツや下着が乱雑に散らばっているのが眼に入った。
頭の中で警笛が鳴る。踵を返して玄関に突進した。突然、浴室の脱衣室のドアが開いた。伸びてきた手に髪を掴まれ、涼子はそのまま後ろに引き倒された。
奥の部屋のドアが開いた。蛙のような腹を突き出した醜い男が、下卑た笑いを浮かべている。この男が匂いの発生源のようだ。男が爪先で散らかった下着類を脇に押しやりながら部屋を出てきた。後ろに若い男が続いてくる。
「部屋を散らかして悪かったな。ちょっと探しもんしとったんや」
「どうしてここがわかったの?」
涼子は男たちを床から見上げた。
「わしらは必要なことは何でも調べるんや。あんまり甘うく見てもろうたら困るで」
男が涼子の髪を掴んで引き寄せた。鼻を近づけてくる。口から魚の腐ったような匂いがする。
「ええ匂いや。清楚な、花の香り。少女のような匂い。チカちゃんの姉ちゃんだけあるわい」
涼子が目を見開いた。
「ち、千賀子を攫ったのは、あなたなのね」
「おお……。ええのお。女の絶望的な叫びは」
男が涼子のブラウスの胸元をつかみ、乱暴に引きちぎった。涼子が悲鳴をあげる。胸がはだけ、真っ白な肌が艶かしく覗く。
「ええ女や……。どや、お前ら、溜まっとるやろ。あとでじっくり味わせたるで」
周りの男たちが欲望のこもった目で、舐めまわすように涼子を見つめている。
「どうせ逃げられへんねんから。みんなで楽しませてもらうからな」
醜い男の手が涼子の首筋から懐に入り込んだ。男の冷たい手が、するり、と肌をなぞる。身の毛のよだつ感触に、涼子の身体がビクリと跳ね、悲鳴が上がる。
「うるさいわい」
男は床に落ちていた涼子の下着を口に押し込んだ。
「ぐぅっ!」
息苦しさと悔しさに涙がこぼれる。
男は下卑た嗤いを浮かべ、涼子に跨ったまま彼女を見下ろすと、ぺろり、と胸元を舐め、涼子の熱い首筋に顔を埋めた。
涼子は必死に力の入らぬ身体で抵抗する。身を捩り、手で男の身体を押しやる。が、醜い男は抵抗を楽しむかのように、涼子の耳に唇を寄せ、囁く。
「大人しくせんと、痛い目見るで」
くくくっと嗤い、男の手が涼子のブラにかかった。ブラが一気に引き剝がされ、真っ白な乳房が、男の眼前に晒された。
「んんんんっ!」
涙を流し、涼子が声にならない悲鳴を上げた。
「隣の住人に気づかれまっせ」
子分らしき男が耳打ちした。
「そやな。まあ、続きはむこうに行ってからやな」
バチッという音とともに、涼子の背中に突然の衝撃が駆け抜けた。よろけて崩れ落ちそうになりながら、背後を振り向こうとすると、再び同じ箇所に焼けるような激痛が走った。
「ぐっ……」
こらえきれず、床に倒れ込む。
薄れゆく意識の中で最後に見たものは、無表情で自分を見下ろす、手にスタンガンを持った若い男の姿だった。
「おいっ、目を開けんかい」
身体を動かそうとすると背中がズキリと痛んだ。瞼を震わせながらゆっくりと目を開く。涼子を覗き込んでいたのは、さっきの醜い男だった。
気を失っていたのは、どのくらいだろう。はっとして、涼子は顔をあげた。頭がズキッと痛み「うっ」と声を出した。
そこは暗い倉庫の中だった。コンクリートがむき出しの床は冷え切って冷たい。暗い倉庫の隅に、ほのかな非常灯がついている。
「これを探してたんや」
醜い男が手にしているのはDVDだった。涼子のパソコンのドライブに入れていたものだった。
「あなた、誰。どうしてそのDVDに用があるの?」
「遠藤リナはわしの大事な金づるなんや。売り込むためにそこそこ金もかけてきた。こんなくだらんことで潰されたらたまらんわ」
「くだらないですって!」涼子が男を睨んだ。「女の子が死んでいるのよ!」
「だから、何やねん。薄汚いヤリマン女子中学生なんぞ、ゴキブリと一緒やんけ」馬鹿にするような目で涼子を見下すと、男が顔を近づけてきた。男の身体から漂う饐えた臭いに顔を顰める。
「あんな女が本当に売れると思っているの?」
「まあ、一瞬だけでも全国区に顔が出たらそれでええねん。あとは、短期間でもええから、アイドルとして稼ぐだけ稼ぐんや。どうせすぐに落ち目になるから、その時はアイドル好きの金持ちのスケベ親父に身体を売らせるんや。女は高く売れるうちに売らなあかんねん」
「ひどいわね。自分のタレントをそんなふうに思っているなんて」
「アイドルなんて誰でもそんなもんや。あんな女どもを清楚で穢れないと思うとるんは、おめでたい包茎男どもだけや。アイドルの裸想像してチンポ扱くことしかでけへんへたれ男どもは、所詮は業界の金づるなんやからな」
男が立ち上がった。手に棒のようなものを持っていた。その先に電極のような金属がついているのが目に入って、涼子はぎょっとした。
「ほう、これが何かわかっとるんかい」
周りを囲んでいる男たちがへらへらと嗤った。
「や、やめて。私に何かしたら仲間に預けてあるDVDの内容が世間に公になるのよ! コピーはまだ何枚もあるのよ!」
「それやったらそれでしゃあないわ。また別の女子中学生か女子高生捕まえて、金かけて育てるだけや。それに、こんなええ女も手に入ったことやし、損はしてへん」
男が手をのばして涼子の乳房を掴んだ。
「やめて!」
「お前をシャブ漬けにして、変態男どもの玩具にして稼がせてもらうで」
男の言葉に涼子が息を飲んだ。
男の合図で三人の男たちがいっせいに涼子に飛びかかった。
「きゃあああああああ!」
悲鳴をあげる涼子を押さえつけ、スキンヘッドの男がのしかかってきた。涼子を床におさえつけた男が馬乗りになり、涼子のブラウスを引き裂いた。薄いブラウスは無惨に引き裂かれ、乳房が闇の中で踊った。
「な……なにをするの!」
「たっぷり可愛がったるからな」
金髪男がスカートを引き破った。 覆い被さってきたこの男の股間を涼子が蹴り上げた。
「うおおお!」
男はうめき、前のめりに倒れこむ。
すばやく押しのけて立ち上がり、ドアに向かって跳躍する。目にも止まらない動きに、男たちは一瞬呆然とした。
しかし、ドアは鍵がかかっていた。涼子はガチャガチャとノブをゆすり、「助けて! だれかあああああ!」と声の限りに叫んだ。
モヒカン男が涼子を取り押さえようと迫った。涼子はその手に噛み付いた。「おう!」と叫び、男がひるむと、もう一方にある非常口へと涼子は逃れようとした。
「このアマっ!」
スキンヘッドが叫び、逃げようとする涼子の髪をつかんで引倒した。
「また来てください」
ようやく最後の客を送り出す。
掃き溜めのようだった通りからいつの間にか人影が消えていた。無遠慮に歩道を占領している若者たちの奇声が闇の落ちた街角にこだまする。
赤や青の原色のネオンが、今夜はこれで最後だとばかりに煌めいている。この野卑で猥褻な街は、期待と不安が混交した男たちの後ろめたい好奇心を掻き立ててやむことがない。きらびやかで淫猥なネオンの洪水が、男たちの飽くなき欲望を煽り立てるのだ。
「いいかしら」
そろそろ閉めようかと思っていると、女の声が背中を叩いた。
本間涼子。
「何か飲ませてくれる?」
「大事なクライアント様だ。無碍にするわけにはいかないな」
涼子がスツールに腰掛けると、省吾がグラスを男の前に置く。
「バーボンでいいかい?」
涼子が頷く。グラスに琥珀色の液体を半分ほど注いだ。
「俺もいただくよ」といって省吾がグラスを取り出す。
「猫を飼っているんじゃなかったの? 今夜はいないの?」
「家に帰らせた。いつまでも不良少女をやらせるわけにはいかんからな」
グラスのバーボンを一気に空ける。
「あの本間千賀子はどうしたの?」
嫌味のつもりなのか冗談なのか、妹の名前をフルネームで口にした。
「交番の前に転がしてきた。今頃親が呼び出されているころだろ」
「ひどいことするのね」
「シャブ中を治すにはその方がいい。彼女にシャブを仕込んだ奴のことも警察は調べるだろうしな」
「アフターケア? 人違いした割にはやさしいことするのね」
「昨日のことは俺たちの不手際だ。金をもらう以上、きちんと仕事はする」
「この街、好き?」
「嫌いじゃない。退屈しないしな」
「揉め事が多いから?」
「そうだな」
「この近くで三年前に女子中学生がレイプされて殺された事件、知ってる? 犯人は被害者の同級生の男」
「ああ」
「加害者の少年は二人。一人が懲役五年、少女を手にかけた方が懲役八年」
「まったく、出血大サービスの罪だな。憎い奴がいれば未成年の間に殺しとくんだな」
「でも、その場にいたけど罪に問われなかった一人の少年と二人の少女がいたの。少年は、加害者たちに苛められていた男の子。加害者に被害者の女の子を殺せと命令されたんだけど、できなくてひどく殴られたらしいの。そして、少女の一人は日本橋のオタロードで地下歌手アイドルをやっているわ。メジャーデビューを狙ってただいま孤戦奮闘中」
「ほう」
「そして、もう一人の少女がいじめられていた男の子の幼馴染で、私の妹」
省吾が驚いて顔をあげた。
「あの事件の現場にいたのか」
「悪どもの命令で幼馴染の男の子が妹を連れだしてあの現場に連れて行ったの。男たちが輪姦すつもりだったみたい。男の子が妹を守ろうとしてくれたけど、ひどく殴られてしまったの。彼、妹のことが好きだったのよ」
「それと、妹さんが攫われた事件と関係あるのかい? 妹が攫われたのは二か月前のことだろ? 事件は三年前だ」
「女の子を殺してしまって、加害者の男がヤクザを呼んだの。連中はやくざに相談しようとしたのね。現場にやくざがきて、あいつらに指示を出した。この少女たちのことは黙っていろと命令された。お前たちはすぐに出てこられる。いい弁護士をつけてやる。女のことを喋ったら、年少出たらお前たちも殺すと脅されもした。警察が調べれば、一緒にいた幼馴染の男の子のことも黙っていろと言ったの。彼を守るためじゃなくふたりの少女を守るためによ」
省吾は涼子の言っていることがわからなかった。
「一緒にいた女の子はやくざの力でアイドル街道を進んでいるわ。おそらくやくざの愛人になっている。そんな女」
「妹さんはそのヤクザにさらわれたのか」
「その時は無事に帰したの。本当は攫いたかったんだけど、加害者の少年がどんな証言をするかわからなかったから、ほとぼりが冷めるまでじっとしていたの。そして、妹が女らしい身体になってさらに綺麗になってから攫ったのよ」
涼子の声が震えている。
「きっと妹はあいつにおもちゃにされている。まだ男を知らなかったのに。透き通るように肌が白く人形のようにきれいだったのに、それが、豚のような薄汚い男たちに汚されてるのよ!」
彼女の頬に涙が伝った。
「それでも、生きて戻ってくれればそれでいい」
涼子が顔をあげた。
「実は、幼馴染の少年がいじめられた仕返しをしようと、その現場での行為を盗撮していたの。証拠のDVDは私が持っているわ。これを使えば、アイドル気取りの少女を罪に問えるかもしれないし、ヤクザのこともわかるかもしれない」
「たしかに、犯人隠匿を立件できればやくざを刑務所に入れられるな。その幼馴染の男の子はどうなったんだ?」
「死んだわ。事故ってことになっているけど、彼を苛めていた少年に殺されたの。加害者の父親が代議士で、罪には問われずよ」
「その子もよっぽど不幸な星の下に生まれたみたいだな」
「やくざは変態で、今も妹をいたぶっているの。妹を助けて」
「ナオミはやくざがいつも使っている部屋を知っているはずだ。今、玲子が尋問中だ。場所はすぐに確認できる」
「いつもええ時に来るなぁ」
ドアを開けた玲子の顔がピンク色に染まっている。省吾が玄関に入ってドアを閉めると、彼女が抱きついてきた。
「もう、すぐにでもこれ、入れて欲しいわ」そういって、省吾を股間を握った。
「しゃべったか?」
「まだ、調教の最中や。終わったら、私のゆうこと何でも聞くようになるわ」
「また、おもちゃが増えるな」
「ええんや、あの女も組織に戻りたがってないからな。組織の内容をゲロしたからただでは済まんこと、ようわかってるわ。ええ女やし、あいつらの情報も手に入るかもしれんしな」
玲子の寝室は女の性臭で満ちていた。
部屋の中央では、全裸で後ろ手に縛られたナオミが四つん這いにされ、尻を高くつき上げさせられていた。そして、膣には巨大な黒バイブが挿入されていて、照明の光をいやらしく反射している。
「ええ眺めやろ。この女の恥ずかしいところが丸見えや」
玲子がバイブを引き抜くと、ごぼっという音とともに粘液が床に零れ落ちた。女をいたぶるときの玲子は顔が生き生きしている。
「あ……いや……見ないで」
息も絶え絶えにナオミが呻いた。目隠しをされている。
「なにゆうてんえん。こんな格好見られると興奮するんやろ。お前はマゾなんやからな」玲子が笑いながらナオミの尻を叩いた。張りのある玲子の肢体に、鳥肌が立っている。
「どう? エロいやろ……」そういってナオミを見ると、「ほうら、スイッチを入れるで」
ナオミの秘部の中でバイブが蠢き始めた。ナオミが大声を上げる。玲子はナオミが達する手前でバイブを停めた。
「スンドメや」
ナオミが拝むような目を玲子に向けている。
玲子はけだるそうに顔をあげてナオミを見た。
「本間千賀子っちゅう子、どこにおるか思い出したんか?」
「ほんまに知らんねん。お願いやから、虐めんとって」
「思い出すまでお預けや」
玲子がバイブでナオミをいたぶる。
「あああっ! お願い! お願いや!」
ナオミが不自由な身体を動かし、尻を左右に振った。玲子の調教が効いている。ナオミの身体は、一度火がつくと我慢できないようになっている。
玲子がナオミの尻を撫でた。
「何や、あんた、むちゃくちゃ濡れてるやんか」
そういってナオミの尻肉をぴしゃっと叩いた。
「千賀子ちゃんがどこにおるか探すの、手伝うか?」
玲子の言葉にナオミが必死で頷いている。玲子がバイブを手に取って、ナオミの膣にねじこんだ。ナオミが快感の悲鳴をあげた。
蔵祐が腰をあげたとき、また携帯電話がなった。
「あ、社長」吾妻の声が聞こえてくる。
「昨日の夜、りりぃが攫われました。ナオミからの連絡でいつもの客の待つホテルに下のもんが連れていったんですが、そこで襲われたみたいです。それで、ナオミに連絡しとるんですが、全然つながらんのです」
「ナオミは攫われたんか?」
「そうや思います」
りりぃはあの店の稼ぎ頭だ。そしてナオミは女の管理をしている。目的はりりぃか。
「拉致るとこみてた奴はおらんのか?」
「おらんようです。知り合いのおまわりにも聞きましたが、そんな通報はなかったゆうてました」
手際がいい。プロか。この前のマンションから仲間の占有者を追い出したやつだと、蔵祐は直感する。
「ナオミを探し出して、拉致った連中を特定しろ」
「ナオミ、もう殺られてるんじゃないですかね」
「おそらく、りりぃを攫うくらいで殺しはせんやろうな。だとしたら、いつかはナオミを釈放せなあかん。連中を見つけ出してケジメつけなあかんで」
「わかっとります」そういって、吾妻は電話を切った。
「パパ、どないしたん? お仕事の話?」
シーツに腹ばいになって尻を高く掲げたままぐったりしていたリナが、顔を覗き込んできた。
「なんもないわ」
「あ、やばい、出てきた」
リナが慌てて股間をティッシュで押さえた。
「ようけでてきたわ」
「溜まっとったからな」
「いやだわ……パパって露骨」
リナが上体を起こして髪をかき上げた。
「ねえ、パパ。女を探して欲しいんよ」
「女って?」
「二五歳か、もう少し若い女やねん」
「女の名前は?」
「わかんない」
「どこの女なんや」
「それもわからんねん。関西弁喋らん女なねんけど」
「何やそれ。分っとるんは二五歳前後の女ちゅうことだけか」
「それに胸もでかいで。パパ好みのええ女や」
「あのなぁ。いくらパパでも、それだけの情報でこの大阪の街で人探すんは無理やで。その女と何があったんか?」
「あの事件のことで揺すられとるんよ。ほら、ツトムやマモルたちとメイコって女折檻して死なしちゃったじゃん」
「おお、あれか」
藏祐が関心なさそうにリナの乳房に手を伸ばす。
「これ見て」そういってカバンからDVDをだすと、部屋の再生機にセットする。テレビ画面に移り出される画面を見て、蔵祐はようやく真剣な表情になった。
「だれが撮ったんや」
「吉行貞夫や。パパ、覚えてる? その時一緒にいたダサい男」
「おお、あいつか。包茎の童貞やったな」
リナが大げさに笑い転げる。蔵祐が再びリナの胸に手を伸ばす。
「まあ、まだ中学生やったから、包茎の童貞はしゃあないわ」
そういって、今度は大げさなため息をついた。
「あいつ、私がアイドルになったから、ちょっかい出してくる気なんや。私を脅して金取るつもりやねん」
「あの男も生意気になったんやな」
蔵祐の手の中でリナの乳房がこねられる。
「しかしや。この包茎野郎を探し出して誰にDVD渡したか喋らせたらええんや」
「そうや。パパやったら、簡単やんか」
「女を見つかったらどうするんや」
「もちろん、お仕置きしたるんや。それに聞きたいこともあるし」
「お前を潰させへんで。大事なタレントなんやからな」
「パパ、大好き!」
リナは蔵祐に抱きつき、自慢の胸を蔵祐の顔に押し付けた。
「なあ、パパ。あの貞夫の幼馴染の女ってどうなったん? あの女むっちゃ可愛かった女。ツトムとマモルが少年院に入って、ほとぼりが冷めるん待って攫ったんやろ」
「ああ……そうやな。まだ部屋に閉じ込めてるで」
「もう、やってもてんやろ。あの女、バージンやったやろ」
蔵祐はへへへっと意味あり気に笑うと、
さあな、と意味ありげに笑うと、リナの乳房に吸いついた。
ベッドサイドに置いた携帯電話で目が覚めた。いつの間にか眠っていた。
この年で若い女相手に二回戦はさすがにきつい。
電話を手に取った。吾妻からの連絡だった。
「あ、社長。吉行貞夫ちゅう男のことですけど」
「なんや、もうわかったんかいな。えらい仕事はやいのお」
「はあ、ニュースがネットに載ってたんですわ。そいつ、死んでました」
「死んでたやて?」
「はあ、三日前の話ですわ。酒に酔って川に浮いとったらしいんですわ」
「何や、酔っ払って川に落ちたんかい」
「それなんですけど、実際は中学ん時のダチに酒飲まされて、ふざけて川に投げ込まれたらしいんですわ」
中学の友達?
「だれや、そのダチちゅうんわ」
「それが、得ダネ情報でしてね。藤間ちゅう衆議院議員の息子なんですわ。そのガキ、今一七歳なんですけど、学校にもいかんとフラフラして、今年の初めに退学になりよりましてん」
「ガキは逮捕されたんかい」
「それが、お咎めなしなんですわ。警察も死んだ吉行貞夫が勝手に川に落ちたことにして、強引に捜査を終えとるんですわ」
親が代議士。それが世の中の仕組みって奴だ。
「そのガキは藤間静波ちゅうんか?」
「そうです。社長、知ってはるんでっか?」
「ほほほ、面白い」
あの男か、思い出した。
「なんでもあらへん」
「吉行貞夫は親が離婚して母親が子供を引き取ったんですが、昨年死んどります。吉行貞夫と親しい同級生で、本間千賀子って女がおったらしいんですが、そいつも行方不明です」
「その女はええんや」
「それが、藤間静波のダチちゅうやつが、その女の姉貴が吉行貞夫と会ってるのを以前見たという奴がおったんです。その姉貴が特別の美人で、あまりに不釣り合いなカップルやったんで、覚えとったらしいんですわ」
「いつの話や」
「ちょうど一週間前やとゆうとりました」
「ほほほ」
「その女、胸のでかい別嬪らしいでっせ。言葉も関西の人間やないらしいんですわ。社長が探しとる女とちゃうんですか?」
「その女をとっ捕まえてこい。俺たちは警察やないから、証拠も令状もいらんのや。女の身体に直接訊けばええんや」
蔵祐の横で、リナが寝返りを打った。
面白いことになってきたで、リナ。
蔵祐はは剥き出しになっているリナの尻をそっと撫でた。
広い部屋の中央に大きなベッドが一つ置かれ、その上に少女が座っている。長くきれいな黒髪の美しい少女だった。成長すればたいそうな美人になるだろう。
彼女は真っ青な顔色でクマのぬいぐるみを抱きしめ、ベッドの上で震えていた。部屋に入って来たサオリを見て、今にも泣き出しそうな顔を向けた。
サオリは、ベッドの上で小さく蹲りカタカタと震えている少女の横に座り、そっと彼女を抱きしめた。曇りガラスでもはめ込んだような暗い目からは、壊れた蛇口から滴り落ちる水のように涙が流れ続けている。今夜あいつが来ると聞いてから、彼女の細い身体に恐怖が詰まっている。
「サオリさん……」
「大丈夫。今日も守ってあげるから」
少女が怯えた目で私を見ている。
柔らかそうな薄桃色の肌。涙に濡れる瑠璃色の瞳。
「怖いよぉ……」
震える少女の口から言葉が搾り出された。サオリはその柔らかい黒髪をなで上げる。
うっすら膨らみはじめた乳房と、薄紅色の乳首が、シャツから透けて見える。健康そうな血色と透き通る肌には”飼育”されていた数ヶ月のストレスは見られない。
少女の唇をサオリの唇が塞ぐ。サオリの舌が口内に押し入り、少女の粘膜を蹂躙する。
「サオリさん……」
怯える彼女の身体に腕を巻きつけた。掌で乳房を転がすように掴み、腹部を撫でおろし臀部を揉みしだき、下着の上から恥丘を押し転がす。
少女は身体を少し硬くする。
サオリは少女から唇を離した。少女は、ガラス玉のような虚ろな眼で、ジッとサオリを見つめていた。
「もうすぐ、あいつがくるわ」
「怖い……。またあんなことするの?」
「大丈夫。あなたが傷つけられそうになったら、必ず私が助けてあげるから、安心して。だから、今夜もどんな事されても我慢するのよ」
少女が弱々しく頷いた。
突然、チャイムが鳴った。少女の身体がびくっと震える。サオリは最後に彼女の身体を強く抱きしめると、ベッドから立ち上がった。
チェーンロックをはずしてドアを開けると、醜く太った男が立っていた。
「お待ちしておりました」
恭しく頭を垂れるサオリには目もくれず、蔵祐が横をすり抜けて部屋の奥に入っていく。
「チカちゃん、元気やったか?」
蔵祐は両手を広げて大げさに喜び、キャミソールにパンティ姿の千賀子の小さな身体を抱きしめた。
それまで部屋に漂っていたジャスミンの香りに異臭が混じった。食べ物が腐ったような饐えた臭いだった。この男の身体から発せられる体臭だ。
「ほら、また土産買ってきたったで」
上着のポケットからネックレスを取り出すと、それを千賀子の首にかけた。きらびやかに部屋の光を跳ね返してくるペンダントトップは、おそらく本物のダイヤモンドだろう。五十万は下らない。
「さあさあ、おじさんに綺麗なお肌を見せてえな」
蔵祐は千賀子のキャミソールの裾を持ち上げると、一気に首から引き抜いた。ペンダントトップが上に跳ね返り、光を放ちながら千賀子の透き通った肌の上に落ちた。発育途中の張った乳房が露になる。
千賀子は恥ずかしそうに両手で胸を覆った。その手を蔵祐が雑に外す。
「ほんまに可愛い胸やなあ」
千賀子の乳房の上に節くれだった掌をかぶせる。千賀子が固く目を閉じて、苦痛にも似た羞恥心に必死に耐えている。
「ほな、始めよか」
その言葉を合図にサオリが蔵祐に近寄り服を脱がせていく。上着とシャツを脱がし、ズボンをおろす。肌着を脱がせ、ブリーフを下すと、ナスのように太いペニスが現れた。ペニスはまだ勃起していない。
「パパ、今日も張り切って、チカちゃんを気持ちよくしたるからな」
サオリはシャツを脱ぎ、ブラを外すと、スカートとショーツを脱いで全裸となった。そしてベッドの腰かけると、千賀子の腕をとって傍に引き寄せた。透き通るような肌と整った顔は、まさに人形そのものに見える。微かに上下する白い双丘の動きのみが、彼女が生命ある存在であることを辛うじて証明していた。
千賀子の下腹部をそっと手で撫でてから、その手を太腿の間に滑らせる。少女がきゅっと足を固く閉じた。驚かさないようにゆっくりと手を差入れ、そっとショーツを剥ぎ取る。彼女が「あっ」と短い声をあげただけで、恥ずかしそうにうつむいた。少女の薄い陰毛が露わになる。
一糸纏わぬ彼女の裸身に、蔵祐がねっとりとした視線を這わせた。
サオリは千賀子の膝を立てさせ、さらに足を開かせる。
「あ……恥ずかし……い……」
「川辺さんにちゃんと見せないと……。もっと足を開いて……」
サオリの言葉に、千賀子がおずおずと足を開く。蔵祐が目を見開いて千賀子の秘部を見つめる。男のペニスが勃起し始めた。
「チカちゃん、可愛いなあ」
蔵祐の意地悪い卑猥な言葉に、千賀子は両手で自分の顔を覆った。
蔵祐が四つん這いになってベッドの横に這ってきた。目は欲望で血走り、ペニスが完全に勃起している。
蔵祐が手を伸ばして千賀子の脚を広げ、股間を覗きこんだ。
「あっ……」
「見える見える。チカちゃんの処女膜や。今の女子高生はヤリマンばっかりやのに、チカちゃんはほんまに清いなあ」
満足そうに蔵祐が顔をあげた。千賀子が恥ずかしそうに顔をそむけている。
「チカを初めて見たとき、俺は身体が震えたんやで。中学の時に好きだった女にそっくりやった。ほんまに綺麗な子でなあ。俺は不細工やったからとても手に届かんかった。でも、今はちゃうんや。俺には金も力があるんや。だから、チカちゃんにはええ思いさせるからな」
そういうと、蔵祐はサオリを見て、「はよ、銜えんかい」といった。そして自分は四つん這いになり、千賀子の股間に顔を突っ込んだ。
「きゃっ」
「おおお! チカちゃん、ごっつうええ匂いするやんけ」
「いやっ……!」
サオリはベッドから降りて蔵祐の尻に回り込み、床に仰向けに寝転んだ。そして太腿の間に体を入れ、見上げるようにして蔵祐のペニスを口に含んだ。
千賀子が小さな悲鳴をあげる。サオリは強弱をつけて蔵祐のペニスを唇で刺激し続けた。
「おおお……」
蔵祐が息を荒げ、尻を痙攣させる。
「はあ……はぁ……パパ、もう、限界や……。可愛いで、千賀子。お前のためやったら何でもしたる」
「あああっ!」
千賀子の身体が激しく跳ねて脚にピーンと力が入り、ブルブルと震えた。
「ぐおおおおっ!」
蔵祐が獣のような声で吠え、背筋を硬直させて身体を痙攣させた。ペニスが大きく震え、サオリの口の中で弾けた。
射精が始まった。大量の精液が陰茎を通っていくのがわかる。サオリは陰茎を扱きながら左手で陰嚢を刺激し、射精を促す。蔵祐の欲望の粘液が飛び散り、フローリングの床を汚していった。あっという間に男の匂いで部屋が満たされていく。
蔵祐は千賀子の股間に顔をうずめて激しく快感の余波を味わっている。
「チカちゃんがかわいすぎるから、パパ、早よ終わってもたわ」
蔵祐が満足そうに笑っている。蔵祐はベッドの上でぐったりしている千賀子の脚を広げ、名残惜しそうに粘液を舐め取っていく。
「やっぱり千賀子はバージンやないとな。パパとするんはチカちゃんがもうちょっと大きくなってからや」
蔵祐はようやく腰をあげた。
サオリは床に散乱した衣服を拾い集めると、白い肢体を晒したままの蔵祐に下着を穿かせシャツを着せてやる。早く服を着せてこの男を部屋から追い出さなくてはならない。
「なんや、まだ起き上がられへんのか? そんなに感じてもたんか」
身支度を整えた蔵祐が、ベッドで横になっている千賀子の頬を撫でた。少女が固まったまま、怯えた瞳でタオルケットの中から男の様子を窺う。
「じゃあ、またくるからな。今度はシャネルのバッグ買ってきたるから、楽しみにしときや」
ほんの十分前に歪んだ欲望と共に鬱憤を吐き出し尽くした男は、満足気な顔で部屋から出ていった。
蔵祐の姿が消えると、サオリはホッと一息ついた。
ベッドで身動きしない千賀子の髪をそっと撫でる。千賀子がうっすら目を開けサユリを見ると、身を縮こまらせ恥ずかしそうに横を向いた。
汚辱の刻より解放され、ようやく我を取り戻した千賀子は、ベッドの上で身体を起こした。サオリに抱きしめられると、自分から唇を重ねてきた。
「まだ変な匂いがする」
室内に漂う男の匂いに、不快に表情を曇らせる。
「シャワーを浴びましょう」
千賀子はベッドから降りると、夢遊病者の様な頼りない足取りで、バスルームへと向かった。
外はもうとっくに日が暮れ、暗くなっている。
まだ頭が現実の世界に戻ってきていなかった。さっきまでの喧騒とした会場内とは打って変わり、木々に囲まれた会場の周りには人影もまばらだった。さっきまでうじゃうじゃしていた若い男の姿は見えず、家路を急ぐサラリーマンばかりが目立つ。
あんなにいた鬱陶しい男どもはもういない。ステージで見た女の子の裸を想像して、今頃部屋に戻って男の寂しい作業でもしているのだろう。
手に持っていたスマートフォンが震えた。
「パパ」
「おお、リナか。今、お前をいじめた同級生においたをしているところやで」
「ほんまに!」
「ほら、聞いてみいや」
受話器から若い女の叫び声が聞こえてくる。
「ありがとう、パパ! でも、そいつ釈放したら警察にちくられるのんとちゃうん?」
「大丈夫や。明日から、うちの従業員として働いてもらうんやから」
「パパの会社の従業員? なんでそんな女を雇うん?」
「事務所で雇うんやないんや。パパはいろんな商売やってるから」
マンショントルコ、略してマントルという言葉は十年以上前に流行った言葉だが、店自体はほぼ絶滅した。ただ、裏風俗として経営を続けているのは、今はマントルしかない。
「まあ、パパに任しとけ」
「ありがとうパパ!」
通話が切れた。おそらく蔵祐とその部下が彼女を犯しているのだろう。これであの女も終わりだ。
中学時代はぐれていた。中二で暴走族のリーダーだった男に初めて抱かれて、セックスの味を知った。金を手にするために、テレクラや携帯電話の掲示板に男を誘うメッセージを残して、この若い体を売った。男たちは女子中学生の身体に惜しみなく金を払った。自分の肉体にどれほどの価値があるのか、その頃に知った。
高校にあがると、学校にも行かずに街で遊びまわった。結局、半年ほどで高校を中退し、歳をごまかしてスナックや風俗店で働いた。この世の春を謳歌していた輝いていた時期。金はいくらあっても足りなかった。
そして、今がまさに人生で最高に輝いているときだ。これから先も、いくらでも金が要る。こんな蛙のような男の臭いペニスを咥えているのも、もっと輝くために他ならない。
みていろ。そのうち絶対センターを獲って有名になってやるからな。
頭の中ではうんざりするほど聞き飽きたサウンドがまだ渦巻いている。今日も二時間、ステージでさんざん踊らされて汗まみれになった。早く帰ってシャワーを浴びたかったが、なんとなく部屋に帰る気になれずに街路樹を囲んでいる柵に腰かけていた。
頭に浮かんでくるのはリーダーの大森ナナエの華やかな姿だった。やはり、センターを取らないとダメだ。ステージの脇でパンツを見せて踊っているだけじゃ、いつまでたってもオタク男どもの夜のオカズにしかなれない。
絶対に全国区に打って出て有名になってやるんだから。
でも藏祐は本当に私をセンターにしてくれるのだろうか?
確かにお小遣いには困らないけど、この若い身体を欲しがる男はいっぱいいる。もっと若くて金を持っている男だって、この身体を好きにするためには大枚を払うはずだ。蔵祐に抱かれているのは、この世界で成功するためには、あの男の力がどうしても必要だからだ。このままじゃ、何のためにあの醜い中年男に抱かれているのかわからない。
むしゃくしゃする。こんな時は若い男と交わるのがいい。仕事で疲れている男は女を欲しがるというが、女の疲れた体にも男が必要なのだ。
タクヤを呼び出そう。
遠藤リナはバッグから携帯電話を取り出した。タクヤの番号を呼び出していると、横から誰かが近づいてくる気配を感じた。足音が目の前で止まったので、リナは顔を上げた。
目の前に二〇代半ばの女が立っていた。
「まだ帰らないの?」
女が口を開いた。色気のある、低いいい声だ。
「あんた、誰?」
ふっと女は笑った。見たことのない女だった。ずいぶん大人びた落ち着いた雰囲気の女だ。自分のファンには見えない
「やっと見つけた」
そういって、一枚のDVDを目の前に差し出した。
「何やの? アマバン? 私に曲聞いて欲しいん?」
「中身を見て欲しいの」
「PV? 悪いけど、私、暇ちゃうねん。それに、これでも一応プロやから。歌うまなりたかったら、とりあえず養成所に通ってみたら? 一応、アドバイス」
「あなただって、そんなに歌、上手くないじゃない」
「なんやて!」
リナは立ち上がって女を睨んだ。
「とにかくこれを見て。どうしても見たくないなら別にいいけど、あなたにとってとても関係あることなの」
「だから、なんやのん」
「これで、あなたは終わりよ。田中智子さん」
リナは息を飲んで身構えた。この女も自分の本名を知っている。
女はリナにDVDを押し付けると、踵を返して立ち去っていった。
タクヤの動きが止まって、同時にリナの中に欲望の液体が何度も何度も打ち付けられた。タクヤはリナの体を後ろからきつく抱きしめた。
「ああ……リナ……良かったよ」
タクヤがペニスをリナの膣から抜いた。
ごぼっと言う音を立てて、精液が床に零れ落ちた。
リナの両足から力が抜けて、その場に崩れてしまった。タクヤがそっとリナを抱き抱える。逞しい筋肉質の身体に自分の身体をあずけ、リナはうっとりとした。まだ二十歳過ぎの活きのいいホスト。カエルのように太った中年男とはやっぱり違う。たまには若い男に抱かれなくては、女が腐ってしまう。
「もう、こんな時間やんけ」フローリングの床に落ちた精液をぬぐい取ると、タクヤがわざとらしく時計を見る。
「今から他の女のところに行くんやろ」
「そんなことあらへんわ。こんなに出してもたから、もう空っぽやで」
タクヤは立ち上がると、全裸のままバスルームに向かった。そのまま床に転がりながらぼんやりしていると、開いたバッグの口から女からもらったDVDが顔を覗かせていた。
これで、あなたは終わりよ。あのDVDを押し付けて、あの女はそう言った。
「何やのん、一体」
リナはのろのろ立ち上がると、DVDをケースから出して、再生デッキに放り込んだ。タクヤがシャワーを浴びる音がバスルームから聞こえてくる。
テレビ画面に映像が現れた。どこかの室内のようだ。
男の子たちに囲まれてタバコを吸う少女が映し出された。画面に現れた二人の女を見て、リナは悲鳴を上げそうになった。
一人は男の子たちに殺された不良仲間。もう一人は整形前のリナ自身だった。
画面が変わる。男の子たちに輪姦されたばかりの裸の少女に、整形前の自分が蹴りを入れている。
また画面が変わった。今度は死んだ少女の周りで男たちがうなだれている場面だった。リナはその場で固まったまま、画面を凝視していた。
こいつ、どうする?
埋めてまおうぜ。
そして男の子達が死体を運び出している。
誰がこんなものを撮影していたのか。
このアングル、この位置にいたのは誰だったか。
リナは頭の中の古い引き出しを開けて必死にかき回しながら、当時のことを思い出そうとした。
思い出した。この映像に写っていない男が一人と女が一人。
あいつらだ!
仲間たちに使い走りにさせられ、いつも金をせびられていた男。
それでいて、不良グループの一員として威張っていた。
女の方は、リナやあの不良たちに命令させて、女子風呂や女子トイレの盗撮をさせられていた。可愛い女だったが、気が弱く大人しかったので、いつもリナたち不良少女たちのいじめの対象になっていた。
あの男もあの女も事情聴取を受けた。
初めはみんなで口裏を合わせてふたりに罪をかぶせようとしていた。
しかし、刑事の取り調べで嘘がばれた。所詮は一五歳の中学生。刑事に嘘を突き通すことなどできっこなかったのだ。
少女を犯した男子二人は懲役五年、殺した男が八年を食らった。
リナはなんとか罪を免れた。少女に暴力をふるったが、男子たちがそのことを黙っていてくれたのだ。
しかし、このDVDが公になれば、暴行罪に問われるかもしれない。下手をすれば傷害致死、あるいは殺人の共犯に。
たとえ罪に問われなくとも、致命的なのは昔の自分のことが公になることだ。
過去の不良時代のことも暴かれるだろう。そうなれば、アイドル生命も終わりだ。
どうしてこんなDVDが今頃になって出てきたのか。
「お疲れさまでした~」
スタッフが戻ってくる女の子たちを迎え入れている。全国区で売り出されることが約束されているセンターに陣取る五名のメンバーは、当然のように自分たちの控え室に入っていくが、その他大勢の地下アイドル達は次々に大部屋に押し込められていく。
楽屋の中では、すでに仲の良いメンバー同士の輪があちこちにできていて、持ち寄ったジュースやお菓子でささやかな慰労会を始めていた。その一方で、メンバーとの会話もそこそこに切り上げて着替えているメンバーもいる。長時間の握手会に疲労困憊して帰宅するものは、ジーンズに洗いざらしのトレーナーといったラフな服装に着替え、疲れきった顔で部屋を出ていくが、この後特別な仕事が入っているメンバーは、胸が大きく開いたシャツや女子高生でも穿きそうにないやたら短いスカートをつけ、鏡の前で丹念に化粧を直している。
「最悪」
川崎ミカが手の匂いをかぎながら部屋に戻ってきた。
「どうしたん?」
「これ、絶対ザーメンの匂いや」そう言って、手を突き出してくる。
「いらんわ、そんなん」
リナは顔をしかめて横を向いた。地下アイドルの握手会ではよくあることだ。握手会が始まる前、トイレで自慰をして手の中に射精し、軽く拭いたあと、その手で女の子たちと握手をして興奮するどうしようもない輩がいるのだ。
「ほんまに、最近はキモい奴がふえたなぁ」川崎ミカは顔をしかめて濡れタオルで手を拭うと、パイプ椅子にどかっと座っていつものように大股を広げてスカートをパタパタやり始めた。
「まあ、私らよりセンターの五人の方が被害大きいやろうけどな」
「握手する人数も私らの一〇倍以上やからな」
今日は時間がないねん。ミカは立ち上がってあっという間に下着姿になった。
「男と会うんか?」
身体じゅうに消臭コロンを吹きかけているミカを見て、リナがにやついた。
「まあ、いつもの小遣い稼ぎや」
「金持なん?」
「四〇過ぎのアパレルの社長」
「ええのん捕まえたな」
しかし、いつものように突っ込んで聞く気になれなかった。握手会の間も、顔では笑いながらずっとDVDのことを考えていた。
昨日のあの女は誰だったのか。
「リナちゃん、電話やで」
スタッフの女性がドアを開けて声を上げた。
「なんでか知らんけど、会場の事務所にかかってきたらしいわ。そこのスタッフルームに転送してもろたから」そう言って、廊下の突きあたりにある部屋を指さしている。
「だれから?」
「リナちゃんの事務所の社長からやて」
藏祐の愛人の女社長だ。今まで、社長から直接電話を貰うことはなかった。藏祐とのことがばれたのか。
リナは小走りに廊下を進み、ドアを開けてデスクの上の電話を取った。
「もしもし。遠藤です」
「DVDは見た?」
あの女だ。
「あんた、誰なん?」
「私はあなたの秘密を知っている。女子中学生を監禁してみんなで輪姦して殺した事件。仲間たちは今も刑務所の中でしょ。あなた、自分だけ罪に問われなくて彼らに悪いと思わないの?」
「私は関係ないやん」
「何言ってるの? DVD見たんでしょ? あなたの姿もばっちり映っていたわ」
「私が映ってたって? 何ゆうてんねん」
「とぼけたってだめよ。整形して別人みたいに顔を変えても、調べればあなたとあのDVDに映っていた女の子が同一人物だってことはすぐにわかるの。いくら顔を変えても無駄よ」
電話の向こうで女がフフッと笑う。
「警察には見ていただけとか言っていたくせに、暴行に加わっていたじゃない。あなたもあの場で女の子に暴行したことは、あのDVDが証明してくれる。悪質だから、知れたらあなたも実刑は間違いないわね」
「何が望みなん?」
「あなたが苦しむのが見たいだけ」
電話が切れた。リナは受話器を置いた。手が震えている。
アイドルになって昔の仲間を見返してやりたくて、あの醜い男に身体まで捧げてここまでやってきた。
やっと売れ始めたばかりなのに。
ここまできて下手打ってたまるものか。
シャブ中でガリガリに痩せ細った、骸骨のような女をイメージしていたが、目の前のりりぃはシャブ漬にされているとは思えないくらい艶っぽく肉質感のある身体をしていた。痩せると女は売り物にならない。痩せさせずに薬で女を支配できるように、シャブをうまく使っている。
「寒い……寒いよう……お願い、薬をちょうだい……お尻にシャブの浣腸をして……」
しばらくシャブを与えられていなかったりりぃが、禁断症状に苦しみ始めた。
「ケツからぶち込まれとったみたいやな」泉谷が口からタバコの煙を吹きだした。
「注射は跡が残るからな。気味が悪いと嫌がる客も多いんだよ」
りりぃは部屋の隅にうずくまって一人で苦しんでいる。腰にバスタオルを巻いたナオミが、省吾の横に立ったまま目を背け、りりぃに近付こうとしない。
「ああっ! 虫が! 虫が這い回ってる!」
突然、りりぃが発作を起こしたように暴れ始めた。自分で自分の腕や腹を掻き毟り、皮膚が破れて血だらけになる。ナオミは、恐怖に引きつった顔で後ずさりし、りりぃと距離を取った。
「お前がこの女をこないにしてもたんやろ」
「私とちゃう!」そう言ってナオミが涙目で泉谷を睨んだ。
「吾妻がこの女のお尻にシャブいれてたんや」
そういって、ナオミが自分の腕をさすった。目の前で苦しむりりぃを見ていて、全身の血管の中を小さな虫が無数に這い回っているような掻痒感に襲われたようだ。
「薬! 薬を頂戴! 何でもするからああああっ!」
りりぃがわめき、省吾の足元まで這ってきた。
「ねえ、薬を頂戴! どんなに恥ずかしい事でもするからあっ!」
りりぃが必死の形相で、足元にすがりついてくる。
「どないすんねん」泉谷が戸惑い気味の顔を向ける。
「とりあえずシャブを抜く」
「こないになってもたら、手に負えんで」
「やれるだけやってみる。この状態じゃ、クライアントにも引き渡せない」
省吾はポケットから錠剤の入った瓶を取り出すと、ふたを開けて掌に五錠ほど乗せた。それを見ていたりりぃの表情が変わった。
「薬!それ、薬なんでしょ!」
りりぃが飛び上るように立ち上がった
「ああ、そうだ。ただし、注射じゃない。飲むタイプだから効き始めるまで時間がかかる」
「お願い、頂戴!」そう言うやいなや、省吾の腕に飛びつき睡眠薬の錠剤を奪うと、口の中に放り込んでがりがりと噛み砕いた。苦い薬のはずだが、満足そうに表情を緩めている。
「効いてくるまでベッドに横になるんだ」
さっきまで禁断症状に苦しんでいたりりぃが、穏やかにベッドの上に横になった。プラシーボ効果はシャブ中にも表れるらしい。
「水を飲むといい」
ミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡すと、りりぃがうまそうに喉を鳴らしながら水を喉に流し込んでいく。
ベッドに横になったりりぃが、やがて完全に沈黙した。りりぃの規則正しい呼吸が部屋に響く。
「お前にも責任がある。この女からシャブを抜くのを手伝え」
「なんで私がそんなことせなあかんのん。この女にシャブ食わせたんは吾妻やゆうてるやろ」
「この女の世話をしてきたんじゃなかったのか?」
「この女が逃げんように見張るんが、私の仕事や」
「あんまり阿漕なことゆうなや。このままこの女が死んだら、化けて出てくるで」
泉谷の言葉にナオミが表情をこわばらせた。自分の行為に後ろめたさを感じているからか、裏社会で生きている人間には信心深いものが多い。
「女の手足を縛るんや。目ぇ醒ましたらまた暴れよるからな。その前に、この女のパンツを脱がすんや」
「なんやのん。輪姦す気なん?」
「あほ、ベッドにくくりつけたら、トイレに連れていかれへんやろ。ベッドの上で糞と小便とかさせやなあかんねん」
そういって、泉谷がにやけた顔でりりぃのスカートを脱がせ始めた。
「私がやる」といって泉谷を押しのけ、ナオミがりりぃのスカートを脱がせ始めた。ナオミの尻の輪郭がバスタオルを通してくっきり浮かび上がっている。玲子に脅されて失禁してしまったナオミは、下着を脱ぎ捨て下半身をバスタオルで隠していた。
泉谷が差し出したタオルをナオミが黙って受け取った。下半身裸になったりりぃの手足をタオルで縛ると、タオルの一方をロープに括りつけ、括りつけたロープのもう一方をベッドの脚に結わえた。
省吾はポケットからタバコの箱を取り出し、一本を取り出して口に銜えた。火をつけて大きく肺に吸い込む。吐きだした煙で部屋に一気に靄がかかる。
「北川はクライアントと連絡が取れたのか?」
「女を取り戻しことは伝えたらしい。その後のことはまだ聞いてへん」
泉谷は省吾の手からタバコを一本取って抜き取って口に銜えた。
「ただいま」
玲子が部屋に戻ってきた。
「パンツ買ってきたったで。いつまでもノーパンやったら風邪ひくやろ」玲子がナオミに買い物袋を放り投げた。ナオミは玲子を睨みつけると、買い物袋を手に取った。
「これはこっちの女用や。あんた、穿かせたり」大人用のおむつをナオミに投げつけると、玲子が省吾の横に腰をおろした。
「いつまでもこっち睨んでやんと、はよおむつつけたりいな。ベッド汚したらあんたに舐め取ってもらうで」
睨みつけてくるナオミを一喝すると、玲子が省吾の肩に身体を預けた。
ナオミは袋の封を破って中から紙おむつを一つ取り出すと、剥き出しになっているりりぃの下半身につけた。そして下着の入ったレジ袋を持つと、黙って隣の部屋に入って襖を閉めた。
「重ちゃん、ご飯食べておいでよ。二時間くらい帰ってこんでええから」
「なんや、変な猫なで声出しやがって。俺に内緒でなにする気やねん」泉谷が意味あり気ににやついている。
「なんもせえへん。通りにある居酒屋で一杯やっといで」
「なんや、優しいな。後が怖いわ」
「あほ」
「まあ、そういうことやったら、ちょっと息抜きしてくるで」
背を向けて玄関を出ていく泉谷に、玲子がいってらっしゃいと笑顔で手を振った。
「あの女、あとでまた苛めてもええか?」泉谷が玄関から消えるや否や、玲子が省吾の股間に手を這わせた。
「また、悪い癖が出てきたな」
「あの女はマゾや。うち、これまで女もようけ抱いてきてるんや。マゾの女はすぐにわかる」
「タイプなのか?」
「生意気な女を苛めて調教して奴隷にするんが、私の楽しみなん、知ってるやろ」
「傷を負わせなけりゃ、なにをしてもいいさ」
「あの女、私好みに仕込んだるわ」玲子が目に妖しい光を浮かべてナオミが着替えに入った部屋の襖を見ている。
「さっきあの女苛めたから、身体が火照ってんねん」玲子がすり寄ってきた。豊かに実った乳房を省吾の腕に押し付けてくる。
「隣の部屋にあの女がいるだろう」
「ええやんか。あの女縛って床に転がして、その横で思い切りふたりでオメコしてるとこ見せつけたろうな」
「今はまだ仕事中だ。この女もじきに目を覚ます」そういって、りりぃに目をやる。
「つまらんなぁ」
玲子は立ち上がると冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを引いた。
目を覚ましたりりぃは、なおも覚せい剤の禁断症状に苦しんだ。昨夜ほど大声は出さなくなったが、ベッドの上で苦しそうに呻きながら体をくねらせている。苦しむりりぃを見て、ナオミは涙を流していた。自分たちがこの女にどれだけ酷いことをしたのか、いまさら思いしっているようだ。
りりぃが急に眠るように大人しくなったので、ナオミがりりぃのおむつを素早く交換した。
「しばらくすると、意識がもうろうとしてきて大人しくなる時期だ。昨日みたいに苦しむことはないだろう。明日には手足の拘束を外してやれる」
携帯電話がなった。北川だった。
「さっき、クライアントから連絡が入ったで。明日にでもさっそく迎えにいきたいとゆうてるんやが」
「今来てもらってもまともに話なんてできる状態じゃない」
「俺たちの都合やないやんけ。クライアントがそうしたいゆうてんねんやったら、希望通りしたったらええねん」
確かに北川の言う通りだ。これは仕事だ。必要以上に目の前の女に感情移入する必要はない。
「わかった。明日、クライアントを連れてきてくれ」
翌日には女の症状はだいぶ落ち着いてきた。ナオミがりりぃの手足の拘束を解いた。床に降りたりりぃは恥ずかしそうにバスタオルで裸の下半身を隠した。
部屋の隅でりりぃが下着を着け終わったとき、玄関のベルが鳴った。足音が近づいてきて、女がリビングを覗きこんだ。
まだ若い。二十二、三歳といったところか。
この仕事の依頼人。以前、店に来た女だった。
「お久しぶり」
「やはり、あんただったか」
「やはりってことは、私のこと知っていたの?」
「あの時のあんたは店を探りに来たって感じだった。探りに来たのは店ではなく俺だったんだろうが」
「いい店ね。昨日行ってきたのよ、あなたのお店に。可愛い女の子が店番をしていたわ」
女の言葉に横に立っていた玲子の身体がぴくっと震えるのがわかった。
「バイトを雇ったんだよ」
省吾は女にそう言うと、玲子の顔を見ないように部屋の隅でうずくまっているりりぃの手をとって女の前に連れてきた。
「誰を連れ込んだんや」
玲子が唸るような声で囁いた。背筋に冷たい汗が流れる。
「だから、バイトを雇ったんだよ。しばらく店を空けるんでな」
「この仕事が終わったら、確認に行かせてもらうで」
「いい歳して子供じみたことはやめろよ」
玲子がいきなり省吾の股間を鷲掴みにした。
「私の機嫌損ねてみ。これ、引っこ抜いたる」そういって、握りしめた手に力を入れた。
クライアントの女がりりぃを覗きこんで怪訝な顔を向けた。
「誰?」
りりぃを見た女が眉を潜めている。
「あんたが探してほしいって言っていた女に決まっているだろ」
「知らないわよ、こんな女」
まさか、人違いか?
「妹はまだ十七歳なの。この女、どう見ても二十歳過ぎよ」
探していたのは妹だったのか。
「最近の女子高生には成長の速いのも大人びたのもいるんだ」
「そうや。スナックも成人と間違うてホステスに雇うくらいなんや。ぱっと見いではわからん」
玲子が憤慨して口をとがらせた。このクライアントは明らかに彼女が嫌いなタイプだ。
クライアントが黙って写真をバッグから写真を取り出して突き出した。
「こりゃ、かわいい子やなあ」
泉谷が感心して頷いている。確かに、清楚な娘に見える。
「先日受けとった写真と違うな」
「移り方でイメージが変わっただけ。それに、この女は渡した写真とも全然違う。明らかにあなたたちのミスよ。それでもプロなの」
女になじられても、返す言葉がなかった。明らかにこちらの確認ミスだった。まさか、同姓同名の女が同じ組織にいるなんて。
「本間千賀子って女は他にいるのか?」
省吾はナオミを見た。
「千賀子って女が組長に監禁されていたぶられているってゆう話は聞いたことあるわ。組長のお気に入りらしいで。女もいたぶられたら感じるタイプらしくて、組長もえらい気に入っているゆうとったわ」
「チカはそんな子じゃない」
クライアントの女の涙声が響いた。清楚な妹が薄汚い中年男の体液で穢されている場面を想像しているのだろう。生意気な女だが、少々気の毒になってきた。
「あの男は変態なんや」
ナオミの呟く声に、女が両手で顔を覆った。
「でも人形のように可愛がっているとも聞いたことがあるで」
「すぐに見つけて連れてくる」
省吾が悔しそうに拳を握り締める横で、シャブが抜けたりりぃが、放心したようにぼんやりした目で天井を見つめていた。
夜中の零時をまわっているのに、繁華街につながる夜の通りは相変わらず若者であふれかえっていた。日中は家族連れが行きかい、子供の笑い声がビルの壁で反響し空気を震わせて拡散し、ここちよい街のざわめきとなる。しかし、陽が暮れ闇が街を包み込むと、この界隈の住人はガラッと変わる。不良たちが闊歩し、女の身体を求めてやってくる男たちとけばけばしい街娼、彼女たちから上前を撥ねようとするチンピラたちの目障りな姿が目に付くようになる。
午後十一時に店を閉め、シャッターが閉じられた店に出て、薬缶を火にかけ、オーブントースターにパンを放り込んだ。フライパンで鶏肉とソーセージとキャベツを炒め、焼けたパンにマーガリンを塗り、パンにはさんで簡単な夜食を作った。ビールを冷蔵庫から出したとき、エミリが店に顔を出した。
「今頃から食べるん? さっき食べたやんか」心の中を覗き込もうとする疑心に満ちた目を向けてきた。
「今夜はこれから仕事だ」
「女のところに行くんとちゃうん?」エミリがじとっとした目を向けてくる。
「お前は俺の女房じゃないだろう」
「じゃあ、浮気してもええって思ってるん?」
そういって、涙目で見つめてくる。省吾はため息をつくと、「俺の女はお前だけだ」といって、エミリの頭を撫でる。エミリが拗ねだしたときに彼女をあやす決まり文句だった。
文句を口にしたくせに自分も食べるというので、エミリの分も作ってやり、店のカウンターに並んで腰掛け、ビールを飲みながらふたりで食べた。上の階のアパートの住人の部屋から、女の喘ぎ声が薄い壁を伝って聞こえてきていた。
「また始めよった。ここんとこ毎日やな」
「若い男だからな」
エミリは家に帰ろうとしなかったが、母親には頻繁に連絡を入れているようで、心置きなく外泊を楽しんでいるようだ。
食事を終え、シャワーを浴びる。エミリがシャワー室に入ってきて、省吾のペニスをまさぐり始めた。
「あいつらのえっちな声聞いてたら、むっちゃしたなってもた」そういって拗ねてみせる。
「したいよぉ……」
「これから仕事だ」
「まだ時間あるやんか……」
エミリが跪いて勃起したペニスを飲み込んだ。
通りを歩く酔った若者を見ながらタバコに火をつける。眼を閉じて、タバコの煙を深々と肺に送り込む。
「よう」
泉谷の声に目を開ける。
「今夜はえらいすっきりした顔しとるやんけ」
「わかるか。出る前に若い女と一戦交えてきたんだ」
「それは、無理やり抜かれてきたっちゅう意味やろ」
省吾の言葉に、泉谷がにやっとする。
省吾が目の前のマンションを見上げる。明神組が借りているマンションだった。明神組は筋金入りの武闘派集団だ。広域暴力団の代紋以上に恐れられている、末端の組員も含めて猛者が揃っている、少数精鋭の組織だ。
ミナミには明神組の裏風俗マンションが全部で三か所ある。組に忍ばせている内通者から泉谷に連絡が入った。このマンションで連中は裏風俗店を経営している。コンドームなしの生ハメはもちろん、肛門性交やSMスカトロプレイ、そして薬物を使ったハードなセックス。かなりえぐいことを借金を背負わされた女たちにさせている。客は金持ちの変態親父ばかり。女はシャブを仕込まれて逆らえないようにされている。おそらく本間千賀子シャブ中にされているだろう。
「裏風俗を取り仕切ってる組員は吾妻って男やけど、実質的にはナオミっていう吾妻の愛人が女たちを管理しているんや。尾行してる玲子から、女がこっちに向かってるってさっき連絡があったんや。
女は今夜ここに来る。攫って吐かせるんが一番手っ取り早い。
表通りは夜中でも繁華街に向かう人通りが絶えない。
「車は予定通りか?」
「マンションの裏の駐車場に北川が待機してるで。ワゴン車やから、入口に停めたら少しくらいは目隠しになる」
その時、泉谷の携帯が鳴った。玲子からだろう。電話が出た泉谷が短い返事をして電話を切った。
「そろそろくるぞ」省吾は煙草を地面に捨てて踏み潰すと、泉谷と二人でマンションの前の駐車場に隠れた。
しばらくしてマンションの前に赤いベンツが停まった。その三十メートルほど後方に、玲子のバイクが停まっている。省吾と泉谷が駐車場から出て女の後をつけた。女がエントランスでパスワードを打ち込んでいる間に追いついた。自動ドアが開くと、女と一緒にエントランスに入る。あとは北川との連携にかかっている。
泉谷がエレベータを待つ女の後ろに忍び寄る。女はまったく気付かなかった。エントランスの入り口を北川の運転するワゴン車が塞ぐのが目に入った。それと同時に泉谷が背後から女の口を塞いだ。省吾は女の胴を横抱きに抱え込み、二人でエントランスに突進した。エントランスの自動ドアが開く。北川がワゴン車のドアを開けて待っている。女とともにワゴン車の後部座先に乗り込むと、北川がドアを閉めた。
女は悲鳴すら上げることも叶わず、省吾の腕の中で震えていた。泉谷が素早く目隠しをする。
「俺らは尽誠会のもんや」泉谷がどすを聞かせた声で唸った。女の身体がびくんと震える。尽誠会は明神組と対立している、明神組に負けずとも劣らない武闘派集団だ。この女はそれをよく知っているようだ。
「おまえはナオミやろ。吾妻の女やってことはわかっとるで」
「私は……なんも知らん……」
「知らんでもええ。吾妻にはえらい世話になってるからのぉ」
女の身体がひどく震えている。よほど恐ろしいらしい。女をいじめるのが楽しいのか、泉谷がにやにやしている。
「吾妻は俺の女をシャブ漬けにしてシンガポールの変態中国人に売りやがったんや。だから、俺もお前のことを狙っとったんや。やっと捕まえたで」
「私、何も知らんもん……」
「この世界でそんな言葉が通用せんことくらい、お前かてわかってるはずや」
「助けて……お願いやから助けて……」
この様子だと、口を割らせるのは容易いだろう。うまくいけば、今夜中にでも千賀子を救い出すことができるかもしれない。
車が倉庫に到着した。省吾は女を横抱きに抱え、倉庫に運び込んだ。ひんやりとした黴臭い、古びた臭いが鼻に付く。目隠しをされているナオミの頭には、想像するのも恐ろしい拷問室が描き出されているところだろう。
「うう……」
呻く事しか出来ない女を、床に投げると、短い悲鳴を上げた。
「いっ……」
体を起こそうとする女を押さえ込み、ガムテープで後ろ手に縛る。さらに足首もテープでぐるぐる巻きにした。
「静かにせえや」
泉谷の冷たい声に、女がぴたりと動きを止める。省吾が女の頭を床に押し付ける。
「だまってじっとしているんだ。抵抗しても無駄だぞ」
耳に囁きかけると、女が黙って頷いた。
「運が悪かったな。なるべく楽に細工してやるよ」
省吾は女の耳に口を近づけたまま、玲子からナイフを受け取り、女の首筋にぴたりと宛がい、そのまま首に刃を埋めようとした。
「今からお前をダルマにする」
その言葉に、女の身体が痙攣した。どうやら「ダルマ」を知っているようだった。
「私にやらせて」
それまで後ろで黙ってみていた玲子が前に出てきた。この女はサドの気がある。特に生意気な女を苛めると興奮するのだ。
玲子は省吾からナイフを受け取ると、腕と足首を縛られている女の横に屈んだ。そして女の脇にロープを通すと腕に巻き、きつく縛った。
「こうしておけば血もでえへんわ」
ぞっとする冷たい声だった。玲子がナイフの刃を女の腕に食い込ませた。女のつんざくような悲鳴が倉庫に響く。あまりに凄まじい悲鳴に、省吾は玲子が本当に女の腕にナイフを差し込んだのかと思った。
「まだ何もしてへんやんか」玲子の呆れたような声に、ほっと溜息をつく。
「あああっ! お願い! 助けて! お金はいくらでも払うから!」
「金なんか、腐るほど持ってるわ。ほんだらいくで」玲子が女の腕を取ると、再び刃を腕にあてがった。またつんざくような悲鳴が響く。
「あっ、こいつ漏らしよった」玲子が慌てて女から飛びのいた。女の尻のあたりから尿が流れていく。
女が大声で泣き始めた。
「私らの質問に素直に答えんかい」女は泣きながら激しく首を縦に振った。
「本間千賀子って女、あんたの仲間が囲ってるやろ」
「本間千賀子?」
「おまえたちがりりぃって呼んでいる女だ」省吾が補足すると、ナオミは首を縦に振った。「あのマンションにいるのか?」
「はい……」
三人は同時に顔を見合わせた。
「本間千賀子を連れてくるように、仲間に連絡するんや」
「どうやって?」
「それくらい自分で考え。へたうったらほんまに腕切り落とすで」
玲子が刃物を女の頬にあてがうと、ナオミがまた大きな悲鳴を上げた。
ナオミがマンションに連絡を入れた。りりぃの馴染み客の鉄工所の社長の名を出して、りりぃをなんば駅の傍のホテルに呼び出した。
省吾と泉谷は、ホテルの玄関傍に駐車したワゴン車の後部座席で息を潜めた。北川も運転席から落ち着かない様子で外の様子を伺っている。
しばらく待っていると、国産のセダンがワゴン車の前に止まった。
「来たで」
泉谷が肩を叩いた。二十前の女を護衛の組員二人が車から出てきた。
「あの女か? 女子高生には見えんな」
「女の歳なんか、化粧でいくらでもごまかすことできるやんけ」
省吾の合図で、ふたりがワゴン車の後部座席から飛び出した。
ふたりの男と女が驚いて振り向いた。泉谷が男の首にスタンガンの電極を押し当てる。
「ぐあっ」
悲鳴を上げて男が倒れた。
「なんや、お前ら」
残った男が女から手を離し、ポケットからナイフを取り出した。しかし、すっかり腰が引けている。どうやら一人では喧嘩もできないチンピラらしい。
省吾はすばやく男の懐に飛び込むと、強烈な拳を男の鳩尾に叩き込んだ。身体を折りマべた男の後頭部に手刀を叩き込むと、男が崩れるように地面に倒れた。
「一緒に来てもらうで」
泉谷が怯えている女の手を取った。
「怖がらんでもええ。俺らはあんたを助けにきたんや。車に乗ってくれるか」
それでも脚を動かそうとしない女の手を引いて、泉谷がワゴン車まで引きずっていった。そのまま女を後部座席に押し込むと、その後ろから省吾が乗り込みドアを閉めた。北川がエンジンをかけ、地面に倒れている男たちを残してその場を立ち去った。
三分で作業を終えた。
再び静かになった店に客が三人来た。エミリはさっきの男が仲間を連れてこないか気がかりのようで、しきりに視線を窓の外に泳がせている。
最後の客がドアを開けて外に出ると同時に、カウンターの隅に置いていた携帯電話が鳴った。
「どうせ暇やろ」
「さっきまでひっきりなしに客がきていた」
「平日の夜に珍しいやんけ」
「たまにはお前も飲みに来いよ」
「ぼられるんは嫌やからな」
泉谷が受話器の向こう側で低い声で笑っている。
「玲子から新しい依頼が入ったと、さっき連絡があったんや。ヤクザに監禁されている女を助けて欲しいらしい」
「そいつ、俺たちのことをどこで知ったんだ?」
「玲子から声をかけたらしいで。誰か人を探している女がおったから探りを入れて、玲子が接触したんや。今はこっちから営業かけな、仕事はとれん時代なんや」
「同業者が多いからな」
「探している女の名は本間千賀子。歳は十七歳の女子高生や。聞き覚えある名前やろ」
先日この店にきた二〇代前半の女を思い出した。
「この前店に来た女だ。たしか、りりぃって女を探していた」
「そのりりぃやけど、お前から話を聞いてすぐに情報流しといたんやけど、今夜引っかかったんや。ヤクザがマンションにかくまっているらしい」
「マンション? 裏風俗か」
「おそらくそうやろな。もうぼろぼろになっとんのとちゃうか。今、北山が確認しに行ってるところや」
「場所がわかってるなら簡単な仕事だな」
「俺の情報網のおかげやといわんかい。で、その依頼人、百万をおいていった。成功したら残り半分を渡すんやと」
「二百万の仕事か。一人頭五十万。玲子の奴、よく文句も言わずに引き受けたもんだ」
「あんまりがめついことゆうとったら、本業の探偵のとこにいかれてしまうからな。それに、場所がわかってんねんやったら、今回はちょろい仕事やで。ひとり五十万でもお釣りが来るくらいや」
北山か玲子から連絡があったらまた知らせるといって、泉谷は電話を切った。
そのとき、嫌な視線を感じた。ガラスドアの向こうの暗がりに男が三人立っていた。一人の男が手に金属バットを持っている。外の男たちに気づいたエミリが悲鳴を上げて省吾の腕をつかんだ。
ドアが乱暴に開き、若い男が三人店に入ってきた。三人とも髪を金色に染め、こちらをぎらついた目で睨んでいた。金属バットを持っているのは、白いスーツに赤白の縞模様のシャツを着た男だった。省吾を見て男がにやっと笑った。両耳につけたピアスが下品な光を放つ。
エミリは省吾の腕にさらに強くしがみ付いた。彼女の身体が震えているのが伝わってくる。
「汚い店やのぉ」そういって、持っていた金属バットでスツールを小突いた。省吾はカウンターから出た。こんなところでバットを振り回されたんじゃかなわない。
「よっしゃ、ホームラン打ったるで!」男が金属バットを構えた。エミリか目を閉じて肩をすくめる。省吾は一歩踏み込んでバットを振ろうとした男の腕を素早くつかんだ。
「何するんじゃ、こらぁ!」
「お前は馬鹿か。それはこっちのせりふだよ。こんなところでバットを振り回すと店が壊れるだろ。いい歳してそんなこともわからんのか」
「こんな汚い店、壊さんとあかんのじゃ。街の景観が台無しや」
「お前らが出て行けばもっと街が綺麗になる」
「なんやと、こらぁ」
男が省吾の手を振り払い、バットを上段に構えた。省吾は拳を隙だらけの男の顎に叩き込んだ。男が仰向けに倒れ、後ろに立っている黒いセーターの男があわてて抱きとめた。床に落ちた金属バットが派手な音を立てる。
「殺したる」
金髪を逆立てた黒いセーターの男がナイフを取り出す。顎を殴られ脳を揺さぶられた白スーツの男は脳震盪を起こしたのか、ぐったりとして動かない。
「待て」
後ろから身体の大きな男が前に出てきた。百八十センチ、体重は百キロはありそうだ。まだガキだが中年オヤジのように贅肉がつき過ぎている。迫力を出そうとしているのか、金色に染めた髪をパンチにして眉毛をきれいに剃りあげていた。
脳震盪を起こしていた男がようやく目を覚ました。飛びかかろうとする男を、巨漢の男が止めた。
「ヒロキってホストから、その女の債権を買うたんや。だから、借金は俺に返してもらわなあかんようになったんや」
「こいつに借金はないと、あの馬鹿ホストにもいっておいたはずだ。この女は騙されたんだ。出るところに出たっていい。困るのはあのホストと店だろう」
「俺らの世界じゃ、借用書なんかいらんのじゃ」黒いセーターの男が前に出た。「俺らが借金やゆうたら、借りてなくても金を返さなあかんねん」
「夢みたいな話だな。うらやましい話だが、それはお前たち馬鹿の間だけでのルールだ。俺たちは関係ない」
馬鹿といわれ、巨漢の男の鼻の穴が膨らんだ。
「あほはお前や。俺らは関西連合のもんや。この街におって関西連合を知らんのはモグリやで」
「聞いたことがあるよ。一人じゃ何もできんガキが集まって弱い奴ばかりに喧嘩売っているヘタレの集団だろ」そういって省吾が鼻で笑った。男たちの顔からすっと血の気が引いた。
「関西連合を馬鹿にすると殺されんのも知ってるやろ」
「やめとけ。弱いくせに意地張って強がってると、そのうち本当に大怪我するぞ」
「女の前やからやゆうて格好つけてるほうが大怪我するんやで」
「店が汚れるから三人とも外に出ろ。叩きのめしてやる」
男たちが不気味な笑みを浮かべた。三人もいるので精神的余裕があるのだろう。エミリを見ると、真っ青な顔でカウンターの中で身体を震わせている。心配するなと目でいってから店の外に出た。脳震盪を起こした男が店の看板を足で蹴っている。通行人たちが不安げな視線を送りながら、足早に立ち去っていく。
「こんな道路で喧嘩しても、誰も警察に通報なんかしてくれへんで。みんな関西連合のこと怖がってるから、関わりたがらんのや」
黒いセーターの男がにやけている。
「俺も警察は嫌いだね」そういって脚を肩幅に広げて構える。「早くかかって来い」
「まあ、そう怒るなや」黒いセーターがにやけながら近寄って来る。「俺らも悪かった。俺らは金返してもろたらそれでええんやから」
隙を突いて不意打ちを食らわせるつもりなんだろう。連中の十八番だ。
いきなり殴りかかってきた。トレーニングをしているのか、意外とスピードのあるパンチだったが、顔面にまっすぐ向かってくる拳を避けるのは造作もない。スウェイでかわして、男の鼻っ柱にテンプルを放った。地面に倒れた黒セーターが幻を見るような目を向けた。強烈な蹴りを顔面に叩き込むと、男はそのまま後ろに倒れた。
巨漢の男が省吾の襟首を掴んだ。と同時に、省吾の強烈な膝が男の鳩尾にめりこんだ。腰を折った巨漢の顎に掌底を叩きこむと、そのまま仰向けに地面に倒れた。
これで終わりだ。手加減はしてやった。
周りを囲んでいた野次馬の中から、女の悲鳴が聞こえてきた。誰かが警察に連絡するかも知れないが、悪いのはこの連中だ。警察は連中と関わりたがらないし、俺が捕まるいわれもない。
足元で気絶しているふたりの男を跨いで、立ち竦んでいる白スーツの男に近づいていく。
「す、すみません」
男が声を震わせている。表情を強張らせたまま目を泳がせている。
「そいつらを連れて行け」
省吾の鋭い言葉に、白スーツの男は地面で伸びているふたりの男に近寄っていった。
店に戻ると、カウンターから出て様子を見ていたエミリが固まっていた。
「怖かったか?」
彼女の手を手に取った。恐怖ですっかり血の気が引いていて、ひんやりと冷たかった。
「いらっしゃいませ」
エミリの陽気な声が店中に響く。客の元にすばやく移動し、注文を聞く。この店で働き始めてちょうど一週間がたった。すっかり省吾の女房気取りで店を切り盛りしている。
省吾はエミリの働きぶりに感心していた。ガールズバーで働いていただけあって手際がいい。カクテルの作り方も簡単にマスターした。裏の仕事で店を留守にすることの多い省吾には、エミリの存在は正直大助かりだった。この娘をこのままここで雇うべきか、本気で考えなくてはならない。あまり深入りしすぎると情が移って切りにくくなるし、裏の仕事のことを知られてしまう恐れもある。
また一人、客が入っていた。背の高い男の客がドアに近い席に座った。ここのところ毎日通ってくる二十前の男だ。エミリがこの店で働き始めてから男の客が増えたようだ。彼女を口説こうと客の何人かはこの店に来ては涙ぐましい努力をしている。この男もなかなかのイケメンだが、年上好みのエミリは関心なさそうだ。
「今日は何時までなん?」男が身を乗り出して、カクテルを持ってきたエミリに聞いている。
「うーん、まだわかんない」
「店終わったら、一緒に飲みにいこうや。この先にできたお洒落なパブ、知ってるやろ? いい曲かかってんだよ」
「お酒ならここで飲んでいってよ。ジャズだっていいのがかかってるし」
男が懸命にエミリを店外に連れ出そうとしている。まるでスナックのホステスを口説くのりでエミリを口説いている。また別の客が来た。男の相手をしながら、エミリは次々にやってくる客をうまく捌いていく。省吾は客をエミリに任せ、カクテルと料理を担当した。この女にはバーを経営する能力が備わっているのかもしれない。
男の客はカクテルを飲んだ後、ワイルドターキーのロックを三杯お代わりした。他の客が帰ってもまだ粘っている。今夜はずいぶんがんばる。勝負に出ているのだろう。
「今夜は忙しいし……」
しつこく誘ってくる男にそういうと、省吾のほうをチラッと見て助けを求めてきたが、グラスを磨きながらエミリの視線に気づかない振りをした。その程度の男の誘いをいなせなきゃ、この店ではやっていけない。彼女にはこの試練を乗り越えてもらう必要がある。
「俺、いつまでも待ってるから」
「そんなんゆわれても困るわ」
ドアが勢いよく開いた。金髪を左右に流し、耳にピアスを光らせている二十歳半ばの男が店に入ってきた。男に視線を向けたエミリの顔が一気にこわばる。
「エミリちゃん、ここにおったんかい」
エミリの前のスツールに腰掛け肘をテーブルの上にのせると、顔に冷酷な笑みを浮かべて身を乗り出した。
「えらい探したがな」そういって、スーツの胸ポケットからタバコを取り出した。「借金、早よ払ろて欲しいんやけど」
「払ろてってゆわれたって」
「金がないんやったら、もっと稼ぎのええ仕事紹介したるから」
エミリを口説いていた男が席を立って黙って出て行った。この男が、エミリが金をつぎ込まされたヒロキとかいうホストか。
「風俗で働くのは嫌や」
「じゃあ、五十万円、どうやって払うつもりやねん。こんなとこでバイトしとっても金にならんで。それに、利子かてどんどんついとるんやで。放っといたらあかんで」
「利子って何よ」
「借りた金には利子がつくもんや」
「そんな話、初めてきいたわ」
「そんなん、常識やで」
「それに私、五十万も飲んでへん」
男の顔から笑みが消えた。
「借金踏み倒す気か、こらあ」まるで人が変わったように声を荒げ、スツールから立ち上がって男が凄んだ。すっかり怯えたエミリの顔から血の気が失せていた。唇を硬く閉じ、目に涙を浮かべている。
「なあ、俺がええ店紹介したる。そこで働いたら五十万なんか、一月で稼げるで」
「こいつに借金なんてないんだよ」省吾がカウンターから出て男の傍になった。
「なんや、おっさん。関係ないやろ。向こういっとけ」
男が省吾を睨みつける。
「こいつがこれまであんたにいくら飲み代を払ったか、俺は知ってるぜ」
「だからなんやねん。飲んだ以上のツケがまだ残っとるんや。舐めたことゆうとったら殺すぞ」
省吾はいきなり男の胸倉をつかんで引き上げた。太い腕から生み出される万力のような強い力に男がなすすべもなく戸惑っている。
「離せや、こら」
怖気づきながらも、何とか虚勢を張っているのがわかる。
「こいつの借用書でももってきてんのか」
「ふざけんな。飲食代のツケや。そんなもんあるか」
「じゃあ、借金はないんだよ」
省吾は胸倉をつかんだまま、男を店の外に連れ出した。
「こんなことで借金踏み倒せる思とんのか?」
「ない借金は踏み倒す必要は無いんだよ」
「あの女庇ってるつもりなんか? 格好つけとったら、この店ぼこぼこにされてまうで」
「やってみろよ。お前みたいな糞ホストに何ができるんだ」そういって道路に男を突き放す。
「ふん」道路に唾を吐くと、男が捨て台詞も吐かずに背を向けた。おとなしく戻っていったところをみると、仲間を連れてくるつもりなのだろう。
店に戻ると、エミリがまだ青い顔でカウンターの中に立っていた。
「マスター、やばいで。ヒロキ、仲間ぎょうさん連れてくるつもりや」
「気にするな」
そういってカウンターの中に戻ると、グラスを再び磨き始めた。
「あの店のホスト、やばい奴らとつながってんねんから」
「ガキは何人集まってもガキだ」
「そんなことゆうとったらあかんよ。ここら辺のワルはほんまにめちゃめちゃするんやから。警察もヤクザも怖がらんねんで」
「だからって、このまま逃げるわけにはいかんだろ。店を空にしたら好き放題壊されちまう。お前だけでも逃げろよ」
「そんなん……できるわけないやん……」
「お前がいても邪魔になるだけだ」
「ひどいこといいよる」そういって涙ぐんだが、彼女は店から逃げ出す気はないようだ。
蔵祐は携帯電話を耳に当てたまま、遠藤リナの華奢な肩に置いていた手をゆっくりと下げていった。セーラー服の上からなだらかな膨らみを軽く揉む。言いつけどおり、ブラはしていなかった。
女子高生にしては大ぶりな、弾力のあるいい胸だ。地下アイドルとしてデビューして三か月。もう少し性的な匂いが欲しいところだが、毎週抱いてやればそのうち男に媚びる目にも潤いが灯ってくるだろう。
襟元からセーラー服の中に手を滑り込ませる。少しずつ胸を弄ぶ手に力を込め、少女の乳房の感触を楽しんだ。リナはにっこり笑うと蔵祐の足の間に跪き、ズボンのファスナーを下ろした。そして半分勃起しているペニスを取り出して、何の躊躇もなく口に含んだ。彼女の口の中のねっとりとした温かさがペニスを包んだ。
蔵祐は、携帯電話の向こうから聞こえてくる中年男の泣き言を聞きながら、美少女の口を貫くように刺さったペニスを黙って眺めていた。最近の女子高生は救いようがない。それに比べ、千賀子は穢れのない処女だ。
千賀子の透き通るような裸体を思い出すと、ペニスが一気に膨張した。脚の間で跪いている淫乱女子高生が、自分の魅了で男が興奮しているのだと勘違いしたのか、蔵祐を見上げてにっこり笑った。
「プロの仕事やな」
男の泣き言が途切れた隙に、呟くような声で言った。用心しろといっていたが、若い女を使ってドアを開けさせ、隙を突いてスタンガンで気を失わせて身体を拘束し、占拠させていた物件から若いチンピラを追い出した。部屋の元所有者だった田島が物件を取り返してほしいと泣きついてきているが、こうなってしまっては難しいだろう。
「そんなこといわんと、なんとかでけへんやろか」
連中は数日前に引越し屋に連絡し、名古屋から荷物を持ってきた。その名古屋のアパートも正式に契約していた。つまり、第三者から見たら、正当な所有者が正当な所有権を主張していることになる。
一度部屋を出た以上、どうしようもない。押しかけて居座ればこちらが不法占拠になる。
プロの仕事だ。下手に手を出すとしっぺ返しを食らうかもしれない。そのための対応策も連中は考えているだろう。
「もう、諦めるしかおまへんな」
「そんな殺生な」
「まあ、運が悪かった思うしかしゃあないでっしゃろ」
そういって、電話を切る。もともと商売に失敗して取り上げられたマンションだ。我が身から出た錆。それを欲に駆られて何とか安く取り戻そうなど、おろかな行為だ。しかし、俺に歯向かった奴は許すわけにはいかない。調査をさせなければ。
「お仕事の電話?」
リナが顔を上げてくる。
「そうや、お前を売り込むためには金がかかるんや。しっかり稼がんとな」
リナは嬉しそうに微笑むと、性的な作業に戻った。陰嚢を舐め上げ、ペニスの先を舌で嬲った。リナは蔵祐のペニスの先の割れ目を舌でこじ開けるように舐める。リナの唾液に濡れた亀頭の先端を、紅い舌がチロチロと這い回った。そのまま陰茎の根元の方まで舐めていき、袋を口に含め、それからずっと上目使いで蔵祐の顔を見ながら奉仕を続けた。
慣れているなと、蔵祐は思った。まだ十六歳だといっていたが、銜え込んだ男の数は十はくだらないだろう。
リナが切れ長の瞳で蔵祐を見つめながら、陰茎を少しずつ舐めていき、皺だらけの袋に達するとそのまま口に含んだ。そして、もう一度ペニスを口に含み、唇で上下に扱き始めた。
蔵祐の足元に跪いてリナがペニスをしゃぶり続けている。さっきと同じように、蔵祐の眼をジッと見つめて熱っぽく情熱的に口いっぱいに頬張っている
リナの口がさらに激しく動いた。蔵祐はリナの後頭部を押さえつけると自分でも腰を動かした。ジュボジュボ、とリナの口がいやらしい音を立て、床には激しい上下運動で溢れた唾液がポタポタと垂れていた。
蔵祐はリナの顎を手にとって持ち上げた。彼女の口からペニスがこぼれる。少女を立たせると、むっちりした思春期の少女特有の健康的な太ももの間に手を滑り込ませた。
「ビショビショやないか。おしっこ漏らしたみたいやな」
リナの性器が愛液でヌラヌラと熱くなり、指先を締め付けてくる。
「あっ……ねえ……パパ……早くしてぇ……」
息を荒げながら可愛い瞳が熱っぽく蔵祐を見つめている。その表情は男を誘惑しようとする街娼そのものだった。
清純派アイドルの卵が、聞いて呆れる。
「お前、家どこや?」
セックスを終えた蔵祐が、リナの乳房をまさぐりながら聞いた。横に寝転んでタバコを吸っていたリナが、天井に向かって煙を吹き上げた。
「私? 東大阪のブラクや」
そういって、リナは笑った。
「私、ブラクやねん、パパ。エタってやつ。私の住んでるとこはむちゃくちゃなところやねんで。中学生は覚醒剤売ってるし、おっさん連中なんか仕事もないから金もないし、いつも溜まってるんや。この前なんか、通りすがりの女の子をいきなり近くの倉庫に連れ込んで五人がかりで犯したんや。それで、裸の写真とって、警察にゆうたら写真ばら撒くゆうて脅したんやで」
「むちゃくちゃやな。人間やないで」
「そうや。ブラクは人間以下なんや」リナは机の上の箱からティッシュを引き抜くと、慌てて股間を拭った。リナの身体の奥に放った精液がこぼれだしてきたようだ。
「まあ、警察かって面倒がって足踏み入れへんねんけどな。それで、そんなんしかおらんから、大人になっても男はヤクザの下っ端か日雇い労働者。女は風俗嬢や」
「俺もそうや」
「パパもブラク?」
「お袋は食肉センターちゅうとこで働いとったんや」
「むっちゃ、わかりやすいやんか」
そういって、リナがティッシュを持った右手で股間を押さえながら、けたけた笑っている。
「お袋の働いてた屠殺場が通学路途中にあったんや。やたら広い敷地で、高いブロック塀で囲ってあるんや。中が見えへんようにな。あの塀の向こう側は覗いたらあかんって、近所のおっさん連中がようゆうとった。そんなんゆわれたら覗かんわけにはいかんやろ。それで、学校の帰りにみんなで覗いてみようってことになったんや」
リナが好奇心を漲らせた目で蔵祐を見ていた。
「みんなで塀をよじ登って中を覗いたんや。おっさんらが、小さな倉庫みたいなとこでブタを殺しとった。ゴムエプロンみたいなんつけて、血がべっとりついたでかい牛刀を手にもって、ブタの首を掻っ切って逆さに吊るしてた」
「なんか、グロイ話やな」
リナが顔をしかめる。大きな乳房の間に汗が一筋流れ落ちるのが目に入った。
「みんな、笑いながら殺してたんや。おっさんら、もう死にやがったとか、血がようけ出てきよるゆうて笑っとった」
「そのおっさんら、頭おかしいんとちゃうん?」
「ブラクはみんな気違いなんや。ブタも殺される前は、つながれてるときはブウブウ普通に鳴いとるんやけど、殺されるときの鳴き声は、なんてゆうか、機械が出す爆音みたいに鳴くんや」
「どんな鳴き声なん、それ?」
「どうゆうていいかわからん。それまでは何の音やと思っとったんやけど、動物が殺されるときにあげる悲鳴っちゅうんか、断末魔の声やとわかったんや。それを聞いておっさんらがまた大笑いしよるんや。俺はそれ見てその場で吐いたんや。全部吐いたんやで。それからしばらく肉は食えんかった」
「グロいなあ」
「お袋はいつも屠殺場の男を部屋に連れ込んどった。男に嵌められながら、殺されるブタと同じ声、出しとった」
「屠殺されとったんとちゃうか」そういって、またリナが笑った。リナの細く白い指に挟まれたタバコの先から灰が床に落ちた。
「俺はそうやって生まれたんや。親父が誰か、俺は知らん。お袋も俺の親父が誰か知らんかった。あの屠殺場におったおっさんらの中に、俺の親父がおったかもしらんな」
「パパもいろいろあってんな」
リナが蔵祐の腕に抱きついた。
「パパに相談したいこと、あんねん」
「なんや」
「この前、中学のときの同級生に会うてんけど、そいつ、昔のことばらすゆうて、私のこと脅してきよんねん」
「昔のことって?」
「私、中学のときグレてたって話したことあるやろ。ぐれるゆうたって、タバコ吸うくらいの可愛らしいことやってんけど、そいつがネットとか週刊誌に遠藤リナはスベタのヤリマンやて言い降らすって脅しよるんよ」
そういって、大きな乳房を押し付けてきた。
「そんなんされたら、もうセンターなんて取られへん。私、もう終わりや」
リナが蔵祐の胸に顔を押し当てて泣き始めた。
「その嫌な奴を懲らしめてくれってゆうんやな」
「昔のこと、ばらされると困るんや」
「そらそや。リナにはもっと活躍して稼いでもらわんと、事務所が儲からんわ。リナは事務所で一番の稼ぎ頭やからな」
稼ぎ頭といっても、きわどい水着集が一部のマニアに受けているだけだが。
「パパに任せとき。リナを苛める奴はきついおしおきやで」
蔵祐はリナの乳房に手を伸ばして揉み始めた。
「ほんまに? ありがとう。パパ、大好きや」
リナが蔵祐に抱きついてキスした。