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魔女の棲む街 4


魔女の棲む街 4

 校門には誰もいなかった。鉄門は閉まっている。一時間目の授業は始まったばかり。走れば遅刻は大目に見てくれるが、そんな気もなく、鉄門を押し開けて中に入ると春姫はそのまま校舎の裏に回った。
 プレハブ倉庫の裏で、真紀子が一人、地面に腰を下ろしてタバコを吸っていた。短いスカートの奥から下着が顔を覗かせている。
「パンツが見えてるぞ」
「おっ、春姫もさぼり?」
「お前もこんな朝っぱらからニコチン補給?」
 春姫は真紀子の横に腰を下ろすと、学生鞄からセーラムライトを取り出した。
「今朝は機嫌がいいのね。昨日はだいぶ稼いだんじゃないの?」
 春姫が最初のひと吹かしを辺りにまき散らす。
「まあね。それでかな。股間がやたら痒いんだけど」
 真紀子がスカートの中に手を入れる。
「病気じゃないの?」
「大丈夫」と言って、スカートから出した指を鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。
「うん、いい匂い」
 春姫が彼女からそっと離れた。
「絵里がさ、高田にぞっこんなんだよね」
「高田?」
「高田アキラ」
「ああ、あのチャラオか」
「あいつのこと、どう思う?」
「どう思うって、見た目まんま。あんな奴信用できないじゃん。性欲処理用に遊ばれるだけだよ」
「そう思うっしょ。でも。絵里に言っても全然聞く耳持たずだし」
「無駄無駄。恋は盲目だもん。特にあの子の場合、前の男にあんなひどい目に遭わされたのに、全然懲りてないし」
 ポケットの携帯電話が鳴った。
「誰?」
「ママからメール」
「何? 仕事のメール?」
「そう」
 すぐにかけなおす。
「昨日の彼、どうだった?」
「とてもいい人。紳士だったよ」
「向こうも気に入ってくれたみたいなの。もう、話付いているの。あなたには月二十万入るわ。できれば断らないでほしいんだけど」
 やった! 思わずその場で拳を握った。
「私なんかでよければ、こちらからお願いします」
「そう、よかった」
 ママの声がパッと明るくなる。ママにはいくら入るのか知らない。私が二十なら、十ってところか。金を持っていそうな男だった。それくらいなんともないだろう。
「今夜も彼に会える?」 
「大丈夫」
 ママが男との待ち合わせ場所を説明する。
「どうだった?」
 電話を切ると、真紀子が顔を覗き込んできた。ピースサインを送ると、「やったジャン!」といって背中を叩いた。
「いいなあ……。今度奢ってよ」
「あんたも金持ちのパパを見つけろ」
「それはそうと、あの安尾には気をつけたほうがいいよ。あんたに眼ぇつけてるみたいだし」真紀子が地面にタバコの吸い殻を押し付けた。
「あいつにとやかく言われる筋合いないじゃん。客は自分でとっているんだし。街で男を見つけるわけじゃないんだし、ショバ代を払えんてどうして言われなきゃ、なんないわけ?」
「やくざにそんな言い訳通用しないよ。あの街のあいつらの縄張りで遊んでいて身体売ってる女の子は、みんなあいつらに金渡さないとダメなんだよ」
「そんなの、おかしいじゃん。普通の女の子だっていっぱい遊んでるじゃん」
「そうだけど。だから、あまり近づかない方がいいよ。あいつらに理屈は通用しないんだから」
 春姫は大きなため息をついた。授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。


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魔女の棲む街 3


魔女の棲む街 3

 ホテルからカップルが出てきた。中年男と若い女。見たところ、不倫のようだ。やりたてのほやほやかよ。股間から湯気があがっているぜ。
 にやつく安尾をみて、カップルが足を速めた。
 安尾は視線をホテルに戻した。ちょうど制服を着た女子高生が出てきた。中年男と手をつないでいる。にこやかに手を振って、ホテルの前で男と別れた。タバコを道路に捨て、女子高生に近寄っていく。
 安尾に気づいた女子高生が、微笑んでカバンを開けた。財布を取り出すと中から一万円を取り出して安尾に手渡した。
「今日は稼げたな。明日も街に出てこれるか?」
「学校が終わったらすぐ」
「じゃあ、四、五人はいけるな」
「そんなにしたら、あそこが擦り切れちゃうよ」
 女子高生がけらけら笑っている。
「稼げるときに稼いでおけよ。客はジャンジャンまわしてやるから」
「やった!」
 客の紹介とケツ持ち。それが安尾の仕事だった。安尾が中年親父を女子高生たちに紹介し、事が終わった後、一万円を受け取る。これが面白いように儲かる。いつの時代も、中年親父たちは幻想を追い求め、女子高生の身体を金で買う。これからもじゃんじゃん儲けてやる。
 弟分の慶太や義雄にも、もっと金づるを連れて来いと、発破をかけたばかりだ。それも、可愛い女子高生を連れて来いと。女子高生というだけで客をとれる時代はとっくに終わっている。上玉の女を引きこむことができれば、面白いように稼げるはずだ。
 最近は、ちょっと甘い顔をすればつけあがる女子高生も多い。生意気な奴がいれば、いくらでも俺がシメテやる。
 本間真紀子も稼いでくれるようになってきた。あれもいい身体をしている。それに、金を欲しがっている友人もいるらしい。援交をやりたがる友達をどんどん紹介しろよといってある。
 そういえば、あいつも本間真紀子の友達だったな。
 榎本春姫。
 メロンのような胸にプリッと張り出した尻。女子高生離れした、いい身体をしていやがる。あれは稼げる女だ。しかし、ビッチのくせに大物ぶっているのが気に入らない。
 先日、ケツ持ちを持ちかけたが、乗ってこなかった。高価なブランドのバッグとアクセサリーを持っているので身体を売っているのは間違いないのだが、どこで客を取っているのかがわからない。真紀子の話だと、金持ち親父の愛人をやっていたらしいが、最近別れたらしい。
 あいつだけは、一度痛い目に合わせないといけない。いつかあの生意気な女をひいひい言わせてやる。俺もやくざなのだ。いつまでも下っ端ではいない。あんな女に舐められてたまるか。
 それに、兄貴も俺を頼ってきている。最近は上納金もきっちり納めている。上納を納められるようになれば、ヤクザは一人前なのだ。
 胸ポケットに入れた携帯電話が鳴った。弟分の慶太からだ。
「あ、兄貴。準備できました」
「サカキバラは?」
「もうこっちに来て、カメラのセッティングをやってます」
「よし、十分でそっちにいく」
 表通りに出てタクシーを捕まえ、ホテル街を出る。駅前を通るにぎやかな大通りだが、五分も直進すると、行きかう車の数が急に減る。
 町はずれの住宅街を抜けると、倉庫や町工場の集まった地域に出た。タクシーを降り、街灯もない道を歩いていくと、ポツンと建つプレハブ倉庫が見えた。倉庫の扉を開けて中に入ると、慶太と義雄が待っていた。
 撮影準備はもうできていた。いつものように、サカキバラが部屋の隅で死人のような顔で立っていた。本当に気味の悪い男だ。
 倉庫の打ちっぱなしのコンクリート床に、両手を後ろ手に縛られた若い女が転がされている。
「これ、この前の突っ込みを編集したやつです」
 慶太がマスターDVDを安尾に渡した。
「さっき、サカキバラに中身を見せてもらったんですが、うまく編集できていました」
「すぐにダビングに回せ」
 安尾が床に転がっている女を見た。女子高生だと聞いている。髪を金色に染めた不良娘だ。この女を攫うように、サカキバラがリクエストしてきたのだ。
 数日前、街でサカキバラが出会いがしらでこの女にぶつかった。女に文句を言われて唾を吐きかけられ、連れの男に顔を張り倒されたらしい。
 その連れの男が、先日殺されて心臓をえぐり出された。
 まさか、サカキバラがやったのか? しかし、あのひ弱そうな男に人殺しなどできるはずがない。
「いい身体をしてますよね」
 義雄が色欲に満ちた目で女の身体を舐めるように見ている。身体を縛られ猿轡を噛まされて、女が涙を流して震えている。
 サカキバラが壁から離れて傍に寄ってきた。カメラを女に向けてスイッチを入れた。
「じゃあ、やるか」
 安尾の合図で、慶太が頭から目だし帽をかぶり、ポケットから覚せい剤のパケを取り出した。サカキバラがカメラを慶太に向けている。慶太は注射筒でペットボトルから水を吸い上げると、スプーンの上に取り出した覚せい剤の結晶に水を注いで溶かし、再び吸い上げた。
「天国に連れていってやるぜ」
 怯えた目で男たちを見ていた女子高生の腕を取り、慶太がニードルを血管に突き刺した。シリンジが押し込まれ、覚せい剤の水溶液が女の身体の中に消える。
 義雄が女の口から猿轡をはずした。
「お願い、助けて……。家に帰して」女が泣きながら懇願している。
「そう邪険にすんなよ。今から気持ちのいいことしてやるぜ」慶太が女の腕をすっと撫でると、女が悲鳴をあげて身体を捩らせた。
「へへ、効いてやがる」
 安尾のその言葉を合図に、目ざし帽をかぶったふたりの男が、少女に襲いかかった。少女の悲鳴が倉庫に響く。しかし、ここには誰も助けに来ない。
 サカキバラがカメラのファインダーを覗き、衣服をはぎ取られている少女を撮影している。全裸にした少女の腕を義雄が押さえつけた。慶太がズボンを脱いだ。ペニスが勃起している。慶太が少女の脚を開き、少女の股間に腰を割り込ませると、ペニスをねじ込んだ。
 少女の悲鳴が上がる。しかし、それは苦痛からくる悲鳴ではない。シャブを決めた女たちは、みな同じ声をあげる。
「たまらねえ! もっと顔をこっちに向けろ! そうだっ! なんだ、感じてる顔じゃないか!このスケベ女め!」
 わめきながら義雄も勃起していた。サカキバラは一人、黙ってビデオカメラのファインダーを覗いている。この男の撮るアングルは病的に執着していた。これでもか、これでもかという変態じみたカメラアングルだった。結合され、軋まんばかりの局部、耐えきれず流れ出す少女の体液の一筋さえ、撮り逃がさないとするようだった。
 激しく出し入れする度、ヒクヒクと痙攣する局部と激しく喘ぐ少女の顔を、サカキバラが舐めるように撮影する。
 少女が大声をあげて達した。シャブセックスのいいところはこれからだ。最高の絶頂感が治まることなく持続する。
 湿った音とともに、怪異な塊を、少女の膣は飲み込んでいった。その様をサカキバラのビデオカメラが静かに収めている。
 少女は叫んで、のけぞった。シャブセックスの快感に抗える女はいない。 むちっとした健康的な脚が、大きくMを描いていた。 巨漢の義雄に抱えられ、剥き出しの性器に勃起した巨大なペニスが出し入れされる。
 少女は汗だくになり、涙を浮かべて首を激しく立てに振った。
 カキバラのカメラアングルは相変わらず執拗だった。 喘ぐ少女の顔をアップで撮り、そのままカメラを舐め上げられる乳首におろす。義雄の舌で濡れ、ピンクの可憐な狂おしいまでに上をむいて勃起している。そして、激しく出し入れされ、激しく収縮する少女の性器に接近する。
 少女が立て続けに絶頂に達する。それでも、慶太はやめない。
 少女の身体の中に、慶太の熱い液が注がれた。
 女がうわごとのように呟くのが聞こえてきた。
 慶太は全てを少女の奥に注ぎ終わると、ペニスを抜いた。少女の腟口から精液が太股に流れ出した。
 入れ替わるように義雄が少女に覆いかぶさった。少女が犯されシャブ中にされて堕ちていくのを撮影する。サカキバラのアイデアだ。その過程を編集してDVDに焼いて裏DVDとして売る。
 がちレイプの裏DVDは高値で売れる。
 高価な編集機械はこの少年が持っている。あとはマスターを受け取ってダビングするだけ。シャブ中になった少女は闇風俗に売り飛ばす。まだ高校生だ。買い手はいくらでもいる。
 まったく、笑いが止まらない。
 義雄が腰を振るわせながら、少女の奥深くに注ぎ込んだ。少女は息も絶え絶えにぐったりとしている。
 仕事を終えた男たちが、だらしなく弛緩したペニスを露出したまま、タバコを吸っている。全裸のまま床に横たわっている少女が放心状態のまま身体を痙攣させていた。
 サカキバラが撮影機材の片づけをはじめた。
「マスターができたら連絡してくれ」
「僕、もっと自分で納得いく映像を取りたいんだな」サカキバラが振り向いて微笑した。その不気味な表情に、安尾の背筋がぞっとした。
「映像? どんな」
「綺麗で悪い女を見つけてきてほしい。魔女のような女。街を探してもいないんだ」
「そうかい」ふと、春姫の顔が思い浮かんだ。この男のカメラの前で屈辱に歪む春姫の顔は、きっと美しいはずだ。
「わかった。いいのを探しておいてやるよ」
 サカキバラは不気味に微笑むと、撮影機材の入ったバッグを背中に背負い、倉庫から出ていった。ミニバイクのエンジン音が遠ざかっていく。
「気味の悪い奴だな」安尾が床に唾を吐いた。
「でも、あいつといると金になりますよ」
 儲け話があるといって、向こうから近づいてきた。DVD自主制作仲間が喜ばそうと思ってやっているんだけど、闇で捌くと結構儲かる、手を組もうと言ってきた。
 サカキバラは安尾たちが、女子高生を風俗に紹介しているということを知っていた。安尾はサカキバラのことを怪しんだが、ひ弱な奴だったので、一度言うとおりにしてやったが、この男が編集したDVDのマスターが百万で売れた。それ以来の付き合いだ。
 まあ、今のところは問題ない。あのガキをさんざん利用して、儲けるだけ儲けてやる。


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魔女の棲む街 2


魔女の棲む街 2

 はぁはぁと、荒い息を吐き、男がのしかかって来る。息が湿っていて生臭い。接している肌も汗で湿っていて、中年男性独特のベットリとした感じがする。妊婦みたいに張り出した腹にのしかかられ、重くて苦しくてたまらない。
 はぁ、はぁっ、と肩で呼吸をしながら、男が春姫の頬や乳房を撫でる。
「すごく、よかったよ」
「私も……気持ち良かった……」
 春姫は男の身体を抱えるように手を回した。飽食の限りを尽くした結果、腰のまわりにたっぷり肉がついている。よほどいいものを食っているのだろう。
「可愛いね、春姫は」
 男が春姫の大きく張り出した乳房に手を伸ばし、無遠慮に揉みはじめる。
 ようやく男が身体を離した。すっかり萎れた男の塊が、体内からずるり、と出て行く。股間から漏れ出た精液が太腿を流れ落ちた。気持ち悪い。
「わたしのこと、どうだった?」ベッドに横になった男を抱きしめる。
「最高だったよ」
「じゃあ、シャワー、浴びてくるから、その間に返事を考えておいてね」
「返事?」
「知ってるくせに、意地悪なんだ」
 そう言って、男の頬にキスをする。ここは押しどころだ。
「ははは、わかった、わかった」
 床をベッドに残し、春姫はベッドを出た。プリッとしている自慢の尻をわざと男に見せつけながら、バスルームに向かう。
 やれるだけのことはやった。あとは結果を待つのみ。あの男はどう返事するだろう。美味くゲットできれば、この先小遣いに困ることはないのだ。
 シャワーを捻り、湯の温度を高めにセットする。きめ細かい肌の上を、水滴がライトの光で煌めきながら流れ落ちていく。春姫はボディーソープを身体に擦り付け、男の汗や唾液を洗い流していく。身体の奥からどろりと零れ落ちる感覚に、思わず太腿を閉じた。男の放ったものが出てきたのだ。ピルを飲んでいるので妊娠する恐れはない。
 高級娼婦だから、これくらいは当たり前。いつからか、そう思うようになった。指を使って、掻きだすように体の中から精液を洗い出し、シャワーを止める。
 ふと、鏡に映った自分と目が合う。同級生たちよりずっと大きな胸に、血管が透けて見えるほどの白い肌。
 もう、大人の女と変わりないほど、身体は十分発達している。けれど、髪は染めていない。化粧だって、平凡な女子高校生レベル。清楚そうな少女のほうが、中年男たちには受けがいい。
 鏡の前でポーズをとってきた。なかなか、いけていると思う。
 しばらく、鏡に映った自分の裸体を見つめていたが、いつまでもバスルームにいるわけにはいかない。男をベッドに待たせているし、早く結果を聞きたい。


 体を拭いて、バスタオルを体に巻くと、シャワールームから出た。
 男がベッドに座ってタバコを吸っている。
「ねえ、どう?」
 男の横に滑りこんで腕を組んだ。自慢の胸を男の腕に押し付ける。
「どうしようかなぁ……」試しているのか。男のどっちつかずの態度に苛立ちを覚えた。
「愛人にしてよぉ……」
「返事はママにするよ」
「意地悪。味見して逃げる気なんだ」
 男の腕を放すと、背中を向けて布団にもぐりこんだ。
「そんなに拗ねないでよ」
 男は立ちあがってソファにかけてあった上着から財布を取り出した。
「ほら、お小遣いだ。これで機嫌なおしてくれ。お前を泣かせたってママに知れたら怒られちまうよ」
 男が札を春姫の手に押し込んだ。五万ある。
「やっぱり、お金持ちなんだ」布団から顔を出して男を見た。
「小さな鉄工所の社長だよ」
 男は全裸のままシャワールームに向かった。
 あぁ、良かった。この様子じゃ、愛人にしてくれそうだ。それに、思ったほどしつこくなかった。払う分、元を取ろうとしゃぶりついてくるせこい男じゃない。やっぱり、金持ちは心に余裕がある。
 もらった金を財布にしまおうと、ソファーから通学鞄を取り、チャックを開けた。中には、試験勉強をするために久しぶりに持って帰って来た教科書が入っている。
「あっ」
 思わず声が零れた。中に入れておいた携帯電話のライトがピカピカと点滅していたからだ。
 真紀子からだった。
 ボタンをクリックして耳にあてた。
「もしもし、春姫」
「お疲れ。調子はどう?」
「親父を二人も相手にしてへとへとだよ。六万円はいったけど、二万円あいつらにピンはねされたばかり」
 不満な様子で言う。それでも、ケツ持ちの安尾から客を紹介してもらえるので贅沢できると、真紀子は喜んでいる。
「知ってる? クラブの傍のビルの裏でまた人が殺されたんだって」
「へえ」
 そういえば、数日前にも歓楽街で男が殺された。身体を切り裂かれ、心臓を抜き取られていたのだ。どこかのカルト野郎の仕業だと新聞に書いてあったが、チンピラが何人殺されようが、春姫には関心はなかった。
「刑事がいっぱいいて、あの近辺に親父たちが寄りつかないんだ。でも、あいつらが客を紹介してくれるから助かるよ」
 私はあんなやつらに利用されたくはない。
「そっちは?」
「脈ありかな」
「やった! 金持ち親父ゲット!」
「まだわかんないの」
「あんた、可愛いから愛人にしてくれるよ。お小遣いもいっぱいもらえるじゃん」
 男がバスルームでよかった。こんな話を聞いたら、腰を抜かしたかもしれない。これが今時の女子高生の会話なのだ。世の親父たちは今時の本当の女子高生の姿を知らなさすぎる。男の思っているようなファンタジーな世界は、女子高生の世界には存在しない。
「じゃあ、明日」
 いつもの調子で真紀子が電話を切る。
 あんたこそが、正直者さ。
 以前どこかで聞いた、フォークソングの歌詞を思い出した。


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幻影と嘘の擬態 19(最終回)


19(最終回)

 昨晩、波多野は待ち合わせ場所にこなかった。だが、遼はさほど落胆していなかった。彼女が来ないかもしれないと、うすうす感じていた。
 遼は結局逃げることなどできなかった。波多野は、ひとりで逃げたのだろうか。
 列車の窓に物憂げに姿を映している波多野の姿が遼の想像に浮かぶ。多分、どこへ逃げてもあいつはあの調子で、どこまでだって行ける。全部、軽々と突き放して生きていける強さがあるのだ。
 奇妙なことに虚ろな中にも安堵感が残った。
 俺なんかお呼びでないってとこだろう。だが、それでもいい。
 梨花からひっきりなしに電話が入ったが無視した。そして波多野が来ないことを確信した明け方頃、彼女の電話に出た。
 梨花はありとあらゆる罵詈雑言を、遼に浴びせた。そしてそのあと、大声を上げて泣き出したのだ。
 教室では、梨花は遼と目を合わせようとしなかった。
 昼休み。昼寝でもしようと図書室に向かっていると、伊達と三島が立っていた。
「一千万、ゲットしたぜ」伊達がニヤッとした。
「三人で分けろ」
「いやいや、そりゃ、筋が通らないよ。お前が一番の功労者なのによ」三島が笑った。
「俺はお前たちを裏切ろうとしたんだ」
「それは違うな」伊達が言った。「逃げ出そうとしただけだ。誰にだってそうしたいときはある」
 放課後、金を分けると言って、二人が帰っていった。
 そのまま遼は図書室に入ろうとした。いつもの午前の喧騒。いつもの一日が流れていく。 今日もまた暑くなりそうだった。
 梨花が、廊下の向こうから歩いてくる。
「どうした。目が赤いぞ。昨日は徹夜か?」
 梨花が遼を睨みつけた。
「ええ、おかげさまで」
「俺はこれから昼寝だ」そういって、彼女の脇を通り過ぎようとした。
「ちょっと待って」
「何だ」
 うしろめたさのせいなのか、何となく今は梨花の顔は見たくない。
「昨日ね……手入れがあったの。大きな組織がまるまるやられたみたい。それでね。E組の波多野さんもパクられたの」
「そうか」
 逃げたんじゃなかったのか、波多野は。しかし、もう、遼にはどうでもいいことだった。
「知らなかったわ。ただのメンバーじゃなく、彼女が仕切っていたなんて」
 遼は自分の血液が下がっていくような感覚に襲われた。なぜ、こんなことになったのだろう。
「聞いてるの、遼」
 梨花の声が、耳に届いていなかったことに気づいた。
「ああ」
「学校でも大騒ぎになっているのよ。私たちもほとぼりが冷めるまでおとなしくしましょう」
 梨花らしくない言葉だったが、遼は黙って頷いた。
「彼女と駆け落ちしようと思ってたんでしょ? 浮気者」
「すみませんでした」
 遼がペコっと頭を下げると、梨花が笑った。
「慰めてあげようか。仲間って、いいものよ」
「お前たちを巻き込みたくなかったんだ」
「それは反則。仲間はお互い助け合うものなのよ」
 じゃあ、今夜。手を振りながら梨花が離れていく。
 あと十分で昼休みが終わる。昼寝をしそびれたようだ。
 遼はふらふらと校庭に出た。乾ききった校庭からは不愉快な土埃が立ち上っている。
 遼は校庭の中央で立ち止まった。
 馬鹿だ。あいつも。なんでなんだ。何故こうなった? なんで逃げなかったのか。
 遼は秋とは思えない光が無慈悲に降り注ぐただっ広い誰もいない校庭に大の字になって寝転んだ。土埃が盛大に立ち上る。乾き切った土の臭いや感触。次第に口の中が、いがらっぽくなった。照りつける太陽の光が不必要な程眩い。遼の目から涙があふれてきた。それは重力の法則に従って地面に染みを作り始める。涙は馬鹿のようにだらだらと流れ出す。
もう波多野はいない。
 地平線などとうの昔に消えていた。皆騙されているのだ。今ある地平線はコンクリートの壁に書かれた書き割りだ。舞台の背景の山も、銭湯の富士山よりもひどい代物だ。世界は壁だった。どこにもいけない。そう、全て行き止まりなんだ。最初から。
 夏の空は青く、スモッグで汚されて白かった。強烈な陽の光が涙の中で炸ぜて視界を塞ぐ。一度だけ瞬きしてみる。
 タバコが吸いたい。
 遼はそう思った。


(完)

幻影と嘘の擬態 18


18

 見晴らしのいい駐車場に、車が一台停まっている。全部で三人。車の中にもいるかもしれない。
 午後十時。雨がいくらかひどくなっている。
「最後のヤマにしたい」
 そういった時、「お前がそう思ってるなら、それでもいい」と伊達が答えた。梨花には黙っておくほうがいいだろう。波多野と二人で街を出たと知った時の彼女の気持ちを思うと、胸が重くなった。
「まだか?」
 スマホの向こうにいる三島に聞いた。
「今そっちに向かっている。人数はわからない。そっちは?」
「少なくとも三人以上」
「ちょっと、それ、無理じゃない。引き返してきなさいよ」
 梨花が口を出してきた。
 周囲の地理は頭に入っている。車で移動した連中を停めるための道具もそろえてある。あとは待つだけだ。
 腰に差したナイフに手をやった。模造拳銃は上着のポケットに入れてある。殺傷能力はないが、派手に火花を散らし大きな音が鳴る。暗闇でいきなりぶっ放されたら腰が引けるだろう。
「来るぞ」
 三島の声が聞こえてきた。向こうの出入り口から車が一台入ってきた。
「金を持った連中がこの出入り口を通らなかったら、作戦は失敗だな」
「そのときは次があるさ」
 いや、次はもうない。今日の真夜中、遼は波多野と一緒にこの街を出ている。
 駐車場の中央で人が集まっている。話し声は聞こえてこない。全部で六人。どれも若い男だ。覚醒剤の取引を終え、入ってきた出入り口から車が出て行った。
 残っていた男たちが、黒塗りのベンツに乗り込んだ。
「来るぞ」
 一度、深く息を吸った。そして腰を屈めた。
 車がこちらに向かってくる。目の前のゲートから駐車場を出るのだ。
 呼吸を数えた。
 車がゲートを通過したとき、派手な破裂音が響いた。鋲の付いた車止めが、タイヤに絡まっているのが見えた。
 車から男たちが降りてきた。
 伊達が先に飛び出した。気配に気づいた男たちが振り返った。目の前にいた男を膝で弾き飛ばし、ベンツの後部座席に飛び込んだ。
 男の悲鳴が車内から聞こえてきた。伊達がスタンガンを運転席の男に押し当てたのだ。
 ずんぐりした男が、車内に飛び込んだ伊達を掴みだそうとした。
 遼が足音を忍ばせて近づいていく。
 カバンを離せと、男が叫んだ。伊達が金の入った鞄を抱えている。
 遼が突っ込んだ。振り向いた男の股間を蹴あげる。男が丸太のように地面を転がった。
 ずんぐり男が立っている。運転席から首を押さえながら男が転がり出た。
「逃げろ!」遼が叫ぶ。伊達が反対側のドアから外に出た。
 ずんぐり男がナイフを抜いた。刃を上にむけ、腰だめにして突進してきた。刃物の使い方に慣れている。
 遼もナイフを抜いた。咄嗟に地面を転がり、横に薙いだ。切先が堅いものを掠めた。ずんぐりした男が、両手で右脚を抱えて地面を転がった。
 跳ね起きた。車に背を向け走り出す。二人の男が大声でわめきながら後を追ってくる。
 走った。力のかぎり走った。追ってくる気配があった。背後で地面を蹴る音がした。横に飛ぶのが一瞬遅れた。左の二の腕に痛みが走る。
 背中になにかぶつかってきた。もうひとりいた。腰を沈めて上体ごとナイフを持った腕を振った。
 刃先が男の頬から鼻を掠めた。男が叫ぶ。
 突き出されてくる白い刃が見えた。前へ出た。刃と刃が交錯した。甲の肉を浅く切られた。
 男がまたナイフを突き出してきた。躱しながら、男の右手首を左手で掴んだ。踏みこみ、膝で股間を蹴りあげる。前屈みになったところを、男の左肩をナイフで抉った。
 ナイフを握ったまま、走った。ふたりがまだ追ってくる。路地は曲がりくねっていた。曲がり角の、死角になるところで足を止めた。
 上着のポケットを探る。足音が近づいてきた。左手で模造拳銃を握り、飛び出した。
 空にむけて一発ぶっ放した。派手な音が周囲に響き、二人が地面に這いつくばった。
 走った。別の路地に入った。そこで転んだ。慌てて起き上がり、後ろに眼をくれた。
 連中の姿はなかった。
 それからまた走った。
 近くの公園に入り、タバコに火をつけた。
 辺りは静まり返っていた。肺に入ってくる煙の刺激だけを感じていた。タバコはすぐに短くなった。地面に吐き捨て、靴底で踏み潰した。
 遼を呼ぶ声に我に返り、周囲を見回した。イヤフォンから聞こえたのは、梨花の叫び声だった。
「どこにいるの!」
 梨花が叫んだ。
「わからん。芳樹は?」
「バイクで逃げてるって」
「金は?」
「伊達君が持ってる」
 うまくいったか。
「どこにいるの? スマホのGPSで場所を確認して。伊達君に迎えに行ってもらうから」
「その必要はない。自力で逃げられる。通信終わり」
 梨花が何かを言う前に電話を切った。
 腕の傷を確認するが、もう塞がっていた。右手の甲の傷も大したことはない。
 腕時計を見た。午後十一時。
 波多野と待ち合わせた時間まで、あと一時間だった。

幻影と嘘の擬態 17


17

 沈黙が訪れた。
「逮捕されるのか」
「近い内にね。私のことは警察にばれている。マークされているの。この前の一斉摘発、私の確保が目的だったの。仲間たちの視線も冷たくなってるし」
 波多野はそう言うとタバコを机に押し付けてもみ消した。灰皿は無いようだった。その時、遼は微かに重低音の洋楽が響いているのに気がついた。なぜ、大音量で聴くようなロックを絞ってかけているのか遼には分からなかった。だが、遼にはそんなことをいつまでも気にしている暇はなかった。
「まあ、潮時なのよ、きっと」
「そうだな。じゃあ、俺と一緒に逃げるか」
 波多野は瞳孔を大きく開いた。もう一本タバコを取り出し、侮蔑するような冷めた表情で言い放った。
「どういうつもりでそんなことをいってるの?」
「お前がパクられるとこなんて見たくないだけだ」
「一緒に逃げるって、言わなかった」
「言ったさ」
「あなたには信頼できる仲間がいるわ。仲間を捨てて、私と逃げるっていうの?」
「俺たちのことが多くの組織にばれるのもそう先の話じゃない。その中でも俺が最も顔が売れちまってる。仲間に迷惑はかけたくない。それに、すべてを捨てて逃げ出したいんだ。裏社会に関わるのが嫌になったんだな。俺も意外と柔な男なんだよ」
 波多野は遼に距離をとって観察する様な視線を投げかけた。
「オレと一緒に遠くに逃げないか」
 もう一度同じことを言った。突然、波多野が弾かれた様に笑い出した。
 波多野の笑う姿を初めて見た。
「馬鹿ね。あなた何考えてるの。よりにもよってそんなこと言うなんて。それに、あなたには何の関係もないじゃない」
 余程おかしかったのか波多野はせき込んでいた。
 本当に馬鹿だ。ただの馬鹿だ。
「別に関係ないわけじゃない」
「そういう問題じゃないでしょ」
 彼女は立ち上がると遼の傍に寄ってきた。そして唐突に身を乗り出し、左手を伸ばして遼の胸に掌を当てた。二人の距離があまりに近いため、波多野の髪が遼の頬に触れる感触が伝わってくる。彼女が吸っていたタバコの香りが微かに漂う。遼は自分の心臓の鼓動が一際大きくなるのを感じた。波多野の視線をまともに受け取れなくて、目を反らす。息が荒いのが自分でも分かる。
 沈黙の中、あの重低音が響く。妙に脅迫的で威圧的なドラムの音が僅かに聞こえる。
 その姿勢のまま数秒間が過ぎていく。
 突然、波多野が身を離す。そして神妙な顔つきで遼に言う。
「冗談よ。何か期待したの?」
 自分の動悸が収まらない。自分自身がひどく無様に見えてくる。
 波多野はもう一度椅子に深く腰掛け直すと脚を組む。無表情のまま二本目に火を点ける。古い扇風機が気の抜けた音をたてて回っていた。
「本当に逮捕されるのか」
「まあね。もう逃げられないと思うし」
 波多野が逮捕されるなんてまだ信じられなかった。でもそれは避けようもない現実だった。
 それは、遼にはどうすることもできない強固な壁だった。
 波多野のいる屋上は遼の前から姿を消し、もう二度とは戻らない風景になるだろう。
「ねえ、行きたいところはない?」
 波多野はおもむろにそう言うと壁に貼られた退色したポスターを指差す。
 ポスターの中の風景は砂漠だった。空と砂しかない世界。二つの境目がはっきりとした世界。照りつける激しい太陽と全てを凍てつかせる夜の気温。そうだ、ここなら……
 遼は逃げたかった。波多野が逃げねばならない状況にあるなら、遼も一緒に逃げたかった。波多野を言い訳にして。ドブ川の底に溜まった泥のように変らない日常を捨てて。 
「でも、それもいいかもしれないわね」
 今度は遼が慌てる番だった。
「いいのか? 本当に」
「いいんじゃない。このまま捕まるのを待っててもつまらないし」
「でも……何で」
「何かするのにいちいち理由が必要? 行き先は……そう砂漠にしましょう。いいでしょ」
 波多野のそっけない言い方に遼は戸惑いながら頷いた。波多野は乱雑な机から列車の時刻表を取り出す。
「今日の最終電車で東京まで出てそれから……」
 波多野は逃げる計画を買い物にでも行くように簡単に話した。いつもの淡々とした口調。冷たい横顔。
「いくら持っているの」
「二千万くらいだな」
「私は千五百万くらいあるわ。向こうは物価も安いし何とかなるはずよ」
 波多野は遼を無視して話を進めた。
「待ち合わせは今夜の午前零時にしましょう。いいわね」
 遼は黙って頷き波多野の眼を見つめた。
「俺は本気だぜ」
「私もよ……行きずりの人と道づれってのも悪くないわ」
 波多野のまなざしは変らなかった。そしてほんの一瞬、微笑んだような気がした。
 逃げられる。波多野と一緒に。退屈なこの街から。
 また、重低音が聞こえた。

魔女の棲む街 1




 暗闇の中から、男の呻き声が聞こえてきた。目を覚ましたらしい。地面に横たわった状態でこちらを見ている。猿轡を噛まされているので声をあげることはできないが、おそらく、ここはどこだ、お前は誰だといっているのだろう。
「すぐに終わるから、そのままの状態でもう少し待っていてよ」
 手早く二台のカメラをセットした。明かりをつけるわけにはいかないので赤外線モードで撮影することになるが、そのほうがいい絵が取れる。明かりの下であの手の映像を取ると、どうもまやかしのように見えてしまう。
 カメラのセットを終え、男の顔を覗き込んだ。薄闇の中で、屠殺される前のウサギのような哀れな目を向けている。あの時の人を小馬鹿にするような目つきのほうが良かったのだが、この状況では無理もない。
 どうせこの街の住人なのだ。そうあたりをつけて一週間ほど夜の街を徘徊した。あいつだ、間違いない。ようやく男を見つけた時は、その場で小躍りしそうになった。高鳴る胸を押さえつけて男のあとをつけ、その日のうちに男のアパートを特定した。週末に部屋を見張っていると、思った通りあの時の女を部屋に連れてきた。三時間後、男の部屋から出てきた女の後をつけた。髪を金色に脱色した、頭の悪そうな女だった。女は近くの駅から電車に乗り、自宅に帰った。タクシーを使われなくてよかったと思った。
 そして今夜、街で再び男を待った。男の行動は把握していた。チャンスを狙っていると、男が人目のつかないビルの谷間に入っていった。足音を忍ばせて男のあとに続いた。薄闇の中で、派手なアロハシャツを着た男の背中が、スッと伸びていた。横に広げた脚の間の地面が、耳障りな音を立てていた。
 周囲に人影はない。あんな男でも、立小便のときは人目を避けようとするのだ。
 放尿を終えた男がペニスをズボンに収めて振り向いた。男と目があったのは一瞬だった。男の目の焦点が合う前に、改造して電圧を上げたスタンガンの電極を素早く首筋に押し当てた。
「僕のこと、覚えてる?」
 怯える男の顔を覗き込んでいった。どうやら覚えていないようだ。しかし、あの時のことを覚えているかどうかなんて関係ない。この男は悪い人間だ。その事実さえわかっていればいい。悪い人間なら何人でも殺してもかまわないと、あの方も言っていたのだ。
 カメラのアングルを調整すると、デイバッグからレインコートを取り出して頭からかぶる。バッグの底をかき回し、沈んでいたペンチを手に取った。
「さあ、宴の始まりです」
 男をうつぶせにすると、後ろ手に縛った手首をつかみ、男の人差し指をペンチで切り落とす。男のくぐもった声が響く。しかし、ここには誰も来ない。
「痛い?」男の髪を掴んで額を持ち上げる。男が必死で頷く。
「じゃあ、続けるね」
 ペンチで男の指を次々と切り落としていく。男が狂ったように縛った足をばたつかせる。親指と小指以外の六本の指を切り落とすと、男を仰向けにした。
「助けてほしい?」
 男が涙を流しながら、必死で頷いている。
「だめ」
 メスで男のシャツの前を切り裂いた。男の身体が痙攣した。切り裂いたシャツを両側に広げる。男の胸が露わになる。メスを男の喉の下あたりに押し当て、皮膚を縦に切り裂くと、男のくぐもった声が暗いビルの谷間に響いた。
 メスをもう一度喉元につきたて、今度はもっと深く切り裂いた。激痛で男が身体を捩ろうとしたが、しっかりロープで身体を縛っているので動けない。切り裂いた男の皮膚から血があふれ出し、シャツを赤く汚している。傷口に両手の指を差し込んでひっかけ、左右に広げる。男が絶叫して暴れる。白い肋骨が露わになった。まだ心臓が規則正しく鼓動している。
 大型のペンチで肋骨を掴むと、男が暴れるのも構わず力を入れてねじ切る。左右の肋骨を3本ねじ切ると、カバンからレンガを取り出して胸骨にたたきつけた。男の身体が硬直し、動かなくなった。あれほど激しく動いていた心臓も沈黙した。ブロックを数度たたきつけて胸骨を砕き、ペンチで破片を取り除くと、止まったばかりの心臓が露わになった。男はすでに絶命していた。
 メスで身体につながっている血管を切断し、心臓をつかみ出す。胸が高鳴る。これでまた一歩、あの人に、神に近寄ることができたのだ。
 心臓を逆さにし、両手で絞るようにして、中に残っている血液を太い血管からできるだけ絞り出すと、コンビニのレジ袋に放り込んだ。血まみれになったレインコートを脱ぎ捨て、ゴム手袋も外して一緒に丸め、大型のゴミ袋に入れた。
 早く持って帰って中の血液を洗い出し、ホルマリンを入れた瓶に保存しなくては。デイバッグに今夜の生贄を大切に納め、腰を上げる。地面に仰向けになった男が、魂の抜けた目でこちらを見ていた。この世にいて何の役にも立っていなかったこの男が神の生贄になれたのだ。今頃きっと幸せに思っているに違いない。
 血の付いたレインコートとゴム手袋を入れたゴミ袋を公園のゴミ箱に乗り込み、はやる気持ちを押さえながら家に戻った。玄関に入る前に直接庭に回り、水道の蛇口を開く。レジ袋から男の心臓を取り出すと、血管から水を入れて中をゆすぎ、残っていた血を絞り出した。
 納屋の棚にいてあった空のガラス瓶を掴み撮って床に置き、ふたを開けると、心臓を中に収めた。最後に一斗缶の栓を抜き、ホルマリンを注いで蓋をする。
「できた」
 ようやく肩の力が抜けた。納屋にもう何年も置かれている埃だらけの段ボール箱を移動し、床板を外した。中に六個のガラス瓶が置かれている。一本一本とりだして眺めていると、うっとりした気持ちになってくる。母親に見つかると大変なので、ガラス瓶を元に戻し、新しい七本目の瓶を秘密の隠し場所に納めると、床板をはめ込み、段ボール箱を元の位置に戻した。
 赤い髪のカツラを取って玄関に回り、何食わぬ顔でドアを開ける。家に上がって部屋を覗き込んだが、母親も父親もまだ仕事から戻っていない。
 離れにある自分の部屋に入る。うずたかく積まれたDVD。ビデオデッキが唸っていて、部屋の温度が高い。エアコンをつけると、やりかけていたDVDの編集の続きを行う。
 女が男に犯されている。
 つまらない映像だ。
 でも、いつか本当の魔女を殺す映像を撮ってやる。
 やりかけの編集を手早く終えると、今夜撮影した映像を画面に映し出した。
 よく撮れている。今夜も悪い男を切り刻んで神の生贄にしてやった。
 これで、あの人にまた一歩近づけたのだ。


ツギクルバナー

幻影と嘘の擬態 16


16

 定期テストが終った。
 疲れた気分で教室を出ると、梨花が待っていた。
「よう、得意な数学はどうだった?」
「悔しいけど、あんたの言うとおりだった。解き方を覚えるくらいしかしてないのに、すらすら問題が解けた」
「これで学年トップも夢じゃねえな」
「来年はクラス替えね。理系コースと文系コースに分かれるんでしょ? あんたはやっぱり理系よね」
「俺は大学なんか行かねえよ。金はねえし、母親はまだムショの中だし」
「お金なら、ずいぶん稼いだじゃない。あんた、頭いいのにもったいないよ」
「それに、大学生ってがらでもねえしな」
 梨花は何も言わなかった。正門の傍の花壇の前で、梨花に友人たちが彼女を待っていた。
「今日、あんたの部屋に行くから。試験も終わったしね」
「そりゃ、助かる。爆発寸前だったんだ」
「最低」
 梨花が友人たちのもとに走っていく。遼はひとり校舎を出た。
 白い空は相変わらず変に熱気をはらんでいる。
 あれから数日が過ぎていた。
 三島からの情報では、警察の手入れで大手がひとつ壊滅した。波多野とは別のグループらしい。
 その波多野も、梨花の話では試験を受けに来ていなかったようだ。おそらく退学するのだろう。
 好きにすればいい。彼女が決めることだ。
 しかし、今は何かが抜け落ちた感覚が胸に巣くっていた。
 遼はゆっくりと歩きだす。校門の側に一人の男子生徒がいた。遼の学校の制服ではない。茶髪とピアスという、いかにも柄が悪そうな感じだったが、背が低いため奇妙な印象を与えていた。
「あんた、阿久津さん?」
 横を通り過ぎようとしたとき、男が口を開いた。
「ああ」
 思わず頷いてしまう。
「そうか。じゃ、ちょっと顔貸してくれや。うちのリーダーがあんたの事を探しててな」
「リーダー?」
「波多野サンだよ。知ってるだろ」
「波多野が?」
「あんた、俺らの新しいお仲間か? よくわかんねえなあ。波多野サンのすることも」
 男は怪訝そうな顔をして唾を地面に吐き捨てた。
 こいつについて行くべきだろうか。様子を見ている限りだと、すぐにどこかに連れ込まれて袋叩きには、ならないと思った。
 何にせよ、やはり波多野にはもう一度会いたかった。嘘かもしれないが、この男についていく他はない。
 曲がりくねった迷路のような小路を通り抜けた。暑い。額にたれてきた汗を拭う。異様なまでの静寂が周囲に存在する。
 かなり長い間歩いたと思う。男は大学生や独身者が下宿しているようなひどく古びたアパートの前に立ち止まった。
「ついたぜ。二階の端だ」
 男は顎をしゃくった。
 錆びた階段に手すり。無数のひびがはいった灰色の壁。大量のゴミが散乱している。廃虚寸前の有様だった。とても人が住んでいるとは思えない。
 階段の側には四人の私服の高校生が車座になってタバコをふかしたり、缶ジュースを飲んでいた。一人は女子高生だった。
 皆、奇妙に老けて見えどことなく暗い目をしていた。あの雑居ビルの地下で見た男と同質の雰囲気が漂っている。遼が彼らの側を通る時に八つの陰鬱な視線が注がれる。胸倉を掴んだスキンヘッドはいなかったが、見覚えのある顔が三つ並んでいた。ひとりの左手に包帯が巻いてある。
 遼を見て三人が立ち上がった。
 波多野の後をつけた日、遼を襲ってきた三人だった。
 やはり波多野の仲間だったのか。
「この野郎!」遼に気づいた一人が立ち上がった。
「よう、元気だったか」
「後でぶちのめしてやる」
「おう、いつでもかかって来いよ」
 遼に睨まれ、三人の表情が変わった。どうやら、それほど喧嘩の場数を踏んでいるわけではなさそうだった。
 遼は軋む階段を昇り、端の黄ばんだプレートに205号室と書かれた部屋の前に立った。インターホンを押すが誰も出ない。インターホンそのものが壊れているようだった。仕方なく、所どころガムテープを張って補修したドアのノブを回す。ドアは手応えなく開いた。                
「どうぞ」
 部屋の奥の窓際に波多野が腰掛けていた。逆光で顔はよく見えない。遼は部屋に入った。部屋はひどく乱雑な状態だった。つみ重ねられた古雑誌や壊れたオーディオ類が放置されている。遼と波多野を隔てているこの部屋に不似合いなほど長い机だけが存在感を示している。机の上にはガスバーナーや試験管が並べられ、よく見ると部屋の隅に換気扇までが転がっていた。波多野は少し疲れたような顔をして遼に座るように促した。
 蒸し暑さが部屋中に充満していた。学校にきていないはずなのに、波多野は制服を着ていた。第一ボタンだけを外したその姿が妙に艶っぽくて、遼の心臓の鼓動を早くした。波多野は例の香りの強いタバコを胸のポケットから出して遼にすすめた。
「タバコいる?」
「いや、いい」
 波多野はガスライターでタバコに火を付け、白煙を空中に吐き出した。強い匂いが広がる。
「この間は悪かったわね。知らないなんて言って」
「いいさ、別に。あそこで下手なこと言ったら、仲間から疑われるもんな」
「何で私達を助けたの? 今バイヤーたちを騒がしている強盗が」
 波多野はつぶやくように言った。
「さあな。企業秘密だ」
 何でだろうか。今さらこんな事を考えるのはばかばかしかった。気になったから、心配だったから。
 波多野は気だるそうに髪をかきあげた。
「でも、あなたの商売ももうすぐ終わるわ。近々、売人グループが一斉に摘発されるわ。うちも警察にもマークされているし、証拠も握られているの」

幻影と嘘の擬態 15


15

 もう夕暮れだった。
 河原を吹き渡る風が涼しい。雑草と水の匂いが微かに漂う。この河原は駅と反対の方向にあって、暇な時はよく来ている場所だ。
 波多野に連絡がつけられないならどうしようもない。こうなってくると薄情なもので波多野の自業自得じゃないかという気分にさえなってくる。
 水銀灯が遼の背後で点々と灯りはじめていた。向こう岸には護岸工事のためだろうか、大型の重機がひっそりと佇み、地面に影を落としていた。
 遼は腹立ち紛れに胸のポケットからタバコを取り出そうとした。
 勢いあまってライターを取り落とす。河原の石にライターが落ちる金属的な音がした。
 何人かが遼のすぐ側を通り川岸へ駆けて行く。浜辺に集まったのは五、六人でTシャツやジーパンといった軽装だった。紙袋からロケット花火を取り出している。
 季節外れの花火か。呑気なもんだ。
 遼はライターを拾い、自分のタバコに火を付ける。
「警官の姿は見えないな」
 伊達が周囲を見回す。初老の男が一人ベンチに腰かけている他に、人影はない。
 大きな取引がある。三島の情報は正確なはずだ。警察も見逃さないはずだ。
「どうだ、悠太」
「公園に入ったところだ」
 整然と並べて地面に刺されたロケット花火。それは昔の戦争映画で見たロケット弾の一斉発射を連想させた。一人が次々にライターで火をつけた。ロケットは長い尾を引いて濃紺の空に駆け上がり赤い閃光を散らした。後には火薬の匂いと甲高い音が残る。
 彼らは次々と花火に火をつける。派手な音を上げ、ネズミ花火が地上を走り回り、仕掛け花火が光と熱の飛沫を散らした。
「バイヤーは?」
「川の傍」と梨花の声。あの花火の連中がそのようだ。花火で無邪気に遊ぶ若者グループ。あの騒ぎはカモフラージュか。
 たしかに彼らは何の表情も見せなかった。花火をしているというより黙々と消費しているという感じだった。その様子に何か不自然さを感じる。
 十分程たっただろうか。別の一団が現れた。花火をしている連中の所に近寄っていく。
「あれだ」
「全部で五人か」
「警察が来なければ逆に不利だな」
「気にすることはねえ。やっちまおうぜ」
 その時だった。背中に強烈な光が浴びせられた。慌てて振り向いた。急停車する音。そして乱暴にドアを開け放つ音。バラバラと男たちが白バンから降り立ち、遼を突き飛ばすように川辺に駆けていった。
 一瞬のことだったが遼は全てを理解した。警察だった。
 現れた一団が若者グループを取り押さえようと奮戦している。
「くそ!」
 伊達が舌打ちする。
 巻き込まれないうちに、早くこの場を離れるべきだった。だが脳の命令に反して体は一歩も動かない。
 そんな中でも遼の視線は河原へと釘づけにされていた。連中は激しく抵抗していて、罵声や怒声が響いている。だが所詮は素人だ。場数を踏んだ刑事にかなうわけもない。一人また一人と体の動きを封じられ引きずられ、こづかれながら連行されていった。犬に追い立てられる獲物のように。
 いつの間にか、周囲にはパトカーや制服姿の警官の姿があった。騒々しい回転灯の輝きが周囲を赤く染め上げサイレンがけたたましく泣きわめく。間違いなく、手入れだった。
 例の一斉検挙の場に出くわした。だが、彼らの中には波多野の姿は見当たらない。
 別の組織なのだろうか。だが、もはや知らせる手だてもない。
「こうなってしまってはどうしようもない。いくぞ」
 ふたりは走り出していた。どこまでも続いているような水銀灯の並ぶ暗い道路を走る。吐く息が荒い。血が頭に昇っていく。角を曲がった暗い路地で、ようやく息をつく。ふいに何人かの人影が目の前に現れた。警察かと思った遼は身を凍り付かせる。
「おい、あぶねえじゃないかよ」
 高校生らしい男が文句を言うと遼を押しのけようとした。遼はその集団に波多野がいることに気付いた。
「波多野……?」
 間違いなく波多野だった。思ってもみない場所で遼に遭遇したので波多野が驚いた表情を浮かべた。波多野は制服ではなく私服だった。黒いベストを羽織っていた。遼は喉から声を絞り出すように叫ぶ。
「河原には行くな! 警察が張っている!」
「おい!」伊達が慌てて遼の肩を掴んだ。
「何でテメエが知ってるんだ!」
 波多野と一緒にいた連中の内、派手なTシャツを着たスキンヘッドの一人が叫び、遼の胸ぐらに手をかける。
「お前ら、何なんだよ。一体。どうして波多野のことを知っている?」
 スタンガンをいつでも取り出せるよう、伊達がポケットに手を入れた。
 遼は波多野に目を向けた。
「私はこんな奴、知らないわ」
 波多野の言葉はにべもないものだった。
 遼は咄嗟にスキンヘッドを突き飛ばした。
 男達の怒声を後ろから浴びせられながら、伊達と二人で迷路のような路地裏を駆け抜けた。

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アーケロン

Author:アーケロン
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