鮮血のエクスタシー 9
空港のゲートから外に出た。肌に膜が張る様な感覚に、妙な懐かしさを覚える。成田からグアム国際空港までの三時間、よく眠ることができた。
空港でタクシーを捕まえ、タモンビーチの外れにある射撃場に向かった。グアムの空には雲一つなく、太陽が容赦なく照りつけてくる。車内はクーラーが効いていて心地よかった。キャッシーの筋肉質で白い身体を思い出し、身体の奥がずきっと疼く。あの子に会うのも久しぶりだ。
四日前、男から電話があった。
「女を預かっている」
全身に絡みつくような、低くて嫌な声だった。
「好きにしていいわ」
「仲間じゃねえのか。お前のことを恋人だと言ってるぜ。女同志しっぽり濡れあったんじゃねえのかよ」
アンナは何も言わずに電話を切った。
馬鹿な子。ふらふら戻ってきたりするから捕まるのよ。
金と時間をかけて探しだして手懐けた女。つなぎ止めておけば、自分の影武者として利用価値もあるかと思っていたのだが、助ける気などなかった。彼女が約束を守らないからこうなったのだ。
その後、すぐに仲介屋の大島に電話をした。準備に時間と金がかかるというと、彼がどのくらいかと聞き返した。
「そうね、半月でなんとかする」
「半月か」
「準備に半月よ。そのあとターゲットを監視して、いつ仕留められるかは神のみぞ知るってとこね」
「もう少し早くならないかね?」
「大がかりな襲撃になるんだから、十分な準備期間は必要よ。それと、銃を入手して欲しいの。M49と357マグナム。マグナムのほうの銃身は8インチ以上」
「8インチバレルだって? 離れた場所から狙うのか?」
「そう」
「女にはでかい銃だな。それにM49も9ミリパラだ。反動がでかい。まあ、元自衛官なら取扱いには慣れているだろうがな」
「あと、手りゅう弾も」
「はあ? 戦争でもする気か?」
「護衛ごと始末するのよ」
「なんだって?」予想通りの大島の反応。
「そのためにいろいろと準備が必要なの。手りゅう弾は手に入る?」
「まあ、米軍の伝手に頼ることになるが」
「じゃあ、よろしくね」
翌日、大島から新宿歌舞伎町のチャイニーズマフィアのボスを紹介してもらった。新宿の歌舞伎町のど真ん中にある中華料理店で、彼に会った。
二人で食事をとった。フカヒレやツバメの巣など、高級食材が並べられたが、正直美味しいとは思わなかった。
食事を終え、メモを受け取った。
「お金はもらってあるよ。マグナムはルガー・スーパーブラックホークの357だ。シングルアクション・リボルバーで、シリンダーがスイングしないタイプだ。銃の右側の蓋を開いて一発ずつ弾を込めなくてはならないが、弾倉に入る6発で十分だろう」
「ありがとう」
にっこりほほ笑むと、十万出すと男が言った。今夜抱かれろという意味だ。丁寧に断って店を出た。男に抱かれるのはごめんだった。
窓の外の景色を眺める。キャッシーの経営する射撃場が見えてきた。金髪女の姿が脳裏に蘇る。アメリカ海兵隊出身の女。この地で一か月間、射撃と格闘技を学んだ。二年前の話だ。そしてここで彼女に抱かれた。白人の女とセックスをしたのは、その時が初めてだった。自衛隊にいた五年間、多くの女を相手にした。ゴリラのような女もいたが、見かけによらず、イク時は可愛い声をあげていた。しかし、キャッシーはとてもマリーンの隊員には見えない、モデルのような女だった。
アメリカ女の味を堪能した、夢のようだった一か月を思い出しながら、車窓を眺めた。
早く彼女に会いたい。
タクシーが射撃場に停まると同時に、ガラス戸が開いた。ブロンドの女がこちらを見ている。
「キャッシー!」
アンナが両手を広げると、キャッシーが走り寄ってきて、アンナを抱きしめた。
「二年ぶりね。変わらないわ」アンナがキャッシーにキスをした。
「お金は確認してくれた?」
「もう仕事の話?」
十日間のマンツーマンでの訓練。日本から二百万円をドル建てで振り込んだ。
キャッシーがアンナを店内に招き入れた。東洋系の女性スタッフがこちらを見て笑みを返した。キャッシーが奥のスタッフルームにアンナを連れ込んだ。経営者のキャッシー専用の部屋だ。
部屋のドアを閉めると、キャッシーがアンナを抱きしめて激しいキスをした。
「キャッシー、あとで……」
「まったく、あなたはクールね。私がこの日をどれだけ楽しみにしていたかわからないの?」
「私もよ」そういって、アンアが軽くキスをする。
「でも、先に仕事の話」
「オーケー」
キャッシーがロッカーを開けて銃を取り出した。
ベレッタM49と、ルガーブラックホーク357マグナム。
「面白そうな仕事ね」8インチバレルのブラックホークを手に取り、キャッシーがほほ笑んだ。
「レンジにいく?」
アンナが頷くと、キャッシーはロッカーから弾丸の入った箱を取り出して部屋を出た。
レンジには三人の女性が射撃をしていた。日本から来た観光客が、日本語ではしゃぎながら白人のインストラクターに誘うような視線を向けている。表向きは専ら観光客を相手にする射撃場だが、本格的な訓練を希望するなら、特別料金さえ支払えば島の中央にあるジャングルで軍事訓練も受けられる。アメリカ本土の警備会社の社員が訓練に来ることが多いとキャッシーが言っていたことがある。警備会社といっても、イラクやソマリヤやアフガンの戦場で物資の補給を任務とする、いわゆる民間の軍事請負会社だ。キャッシーの下で働くのは、三人の元海兵隊員。普段は観光客を相手にしていて、誘ってくる女たちをつまみ食いしているらしい。なかなかいいものを持っているらしいが、男に興味のないキャッシーが彼らのペニスを受け入れたとは思えない。
レンジに立ち、射撃用のイヤーマフをつける。ブラックホークの弾倉に357マグナムを装てんして構えた。
標的の中央に照準を合わせて引き金を引く。激しいリコールに肩の骨が抜けそうになる。
「きついわね」
「357マグナムと38スペシャルを両方撃って撃ちやすい方を選べばいいわ。でも、距離がある場合は反動が大きくてもマグナムのほうが命中率はいいわよ」
標的の距離を変え、357マグナムと38スペシャルをそれぞれ十二発ずつ試射した。キャッシーの言うとおり、標的との距離が開くほど命中精度に差が出てきた。実際にターゲットを狙う距離は正確には割り出せていないが、357マグナムを使う方がいいだろう。
「マグナムを使うわ。反動には慣れるしかないけど」
「ライフルの方が命中率がいいわよ」
「持ち運びに不便だし、拳銃の方が慣れているしね」
「相変わらず、ライフル射撃は苦手なのね。オーケー。好きなだけ撃っていいわ。ベレッタのほうはどうするの?」
「実戦向きのトレーニングをお願いしたいの」そういってレンジから離れると、カバンから図面を取り出してテーブルの上に置く。ターゲットを狙うホテルのラウンジの図面だった。
「この図面を再現してほしいの。部屋じゃなくても屋外でもいいわ。こんなに広い部屋はないでしょ?」
「大丈夫よ。基地の傍に借りている倉庫が使えるわ。そこにテーブルとイスを配置して訓練に使いましょ」
「ありがとう」
「ねえ、アンナ」キャッシーが両手でアンナの頬に触れた。
「今日はもう仕事は終わりなの。私の部屋に案内するわ。あなたの荷物も運ばなくっちゃいけないし。今夜はステーキハウスを予約してあるの。スタミナをつけないとね」
キャッシーが意味ありげな目を向けてくる。
「もちろん、激しいトレーニングを乗り切るためよ」と付け加えた。
鮮血のエクスタシー 8
岩丸は左手で暁美の乳房を揉みながら嗤っていた。そして、右手に持っている小さな注射器を暁美の目の前に翳した。
「お前を天国に連れてってやるクスリだ」
透き通った液体に、暁美の眼の色が変わる。
「あん、早くぅ……」
「そうせかすなよ」
岩丸は期待でわなわな震える暁美の左腕を掴んで静脈を探り出すと、慎重に針を差し込んだ。
「あああっ!」
暁美の体が震える。そのままぐうっとシリンダーを押し込む。
「ああ……」
針を抜くと、わずかに血が滲んでいた。岩丸はそれを舐め取る。
「あ……」
岩丸が暁美の股間に手を伸ばす。愛撫に暁美は身を委ねる。股間がたちまち濡れてきた。乳首も女の肉芽も痛いほどに屹立しているのがわかる。
暁美の変化に、岩丸が満足そうにほくそ笑んだ。
「ヤクの効果が出てきたようだな」
火照った裸身をうねらせて身悶え始めた暁美を満足そうに眺めながら、自らの腕にも覚醒剤を注射した。
「ああ……は、早く……」
性に狂った暁美は、焦れったそうに岩丸のペニスに手を伸ばしと、細くしなやかな指で何度もさすった。岩丸のペニスはすでに臨戦態勢だった。
「あ……すごい……」
赤黒くそそり立った若いペニスを潤んだ目で見つめていた暁美は、それを掴み、口へ持っていこうとする。岩丸はそれを止め、暁美を乱暴に押し倒した。
「天国へ連れてってやるぜ」
岩丸は暁美にのしかかった。シャブをぶち込んだ女に、面倒な愛撫など必要ない。腹にくっつくほど勃起した硬い肉棒を掴むと、いきなり暁美の媚肉へと乱暴に突っ込んだ。
既に濡れていた暁美の膣が、難なく岩丸を飲み込んでいった。
暁美が熱に冒されたような熱い肢体をぶるるっと震わせて絶叫した。岩丸は暁美の痙攣を手で押さえ込みながら腰を使い出した。ぐうっと腰を送って暁美の最奥を抉り、腰を引いて抜き、そしてまた深く突き入れる。硬い肉棒で暁美の膣内をこねくり回し、掻き出すように律動する。
動きを休めることなく、岩丸は厭きることなく暁美を責め続けた。暁美の爛れた性感は何度も頂点に達し、そのたびに声をあげて仰け反った。
最後に岩丸は、力の入らない暁美の腰を掴むと、今まで以上に凄まじいほどの律動を加えた。
枕もとの電話が鳴る。岩丸の隣で枕に顔を埋めてぐったりしていた暁美が、手を伸ばして電話を取った。このご時世、この部屋の電話はまだ固定式だ。
「女を連れてきました」
「俺が下りるまで裸にしておけ」
電話を切ると、「仕事だ」といって、まとわりついていた暁美の身体を剥がした。
服を着て部屋を出る。抗争の時にアジトにするため、普段は暁美に貸して管理させている一戸建ての家だ。
車庫に下りると、裸の女を四人の男が囲んでいた。
「こいつか?」
「はい」スナックの責任者が頭を下げた「この女に間違いないです。味見もしているんで、裸も見ています」
女の頬が腫れ上がっている。
「で、吐いたのか?」
「店には別の女が行ってたらしいです。すり替わったようです」
岩丸が床に蹲る女を、にやけた目で見下ろした。
「おい」
岩丸が女を睨んだ。
「おまえ、権藤の親父を殺すために、その女に手を貸したのか?」
「知らなかったんです」女が怯えながら答えた。「組長が殺されることになるなんて」
「どこの女だ?」
「知りません」
岩丸が女を蹴り上げた。女が悲鳴を上げる。
「本当に知らないんです。お金で頼まれたんです。あの店の面接を受けてこいって」
「その女、店のことを詳しく調べていたみたいです」子分の一人が言った。「こいつの店、面接するマネージャーは店には顔を出さねえんです。面接して女の採用を決めるだけなんです。店には別のマネージャーがいるんで」
「馬鹿野郎。それで親父が殺されてんだ。お前らも下手すると、チンポぶった切られるぜ」
若い男が唾を飲んだ。
「その女とどこで知り合った?」
「クラブで声をかけてきたんです。それで一緒に飲みに行って」
「その女とやったのか?」
女が下を向いた。
「答えろよ」
「はい……。お金をあげるからと言われて、抱かれました。金が欲しかったんです」
「その女はレズビアンなんだな」
「はい……」
「特徴は?」
「スポーツ選手のような筋肉質な身体でした。鍛えているって感じの」
プロだな。誰かに雇われたのか。しかし、女の殺し屋とは珍しい。会ってみたいもんだ。
「よし、仕込んでいいぞ」
岩丸の合図で、女を囲んでいた男たちが女に襲いかかった。女の悲鳴が上がった。一人が女の手を押さえ、一人が女に覆いかぶさっていく。残り三人が、その様子をにやけながら見ていた。
みんなで女を犯したあと、シャブを覚えさせて裏風俗に落とす。シャブ漬けにして変態の客を取らせることになる。
女のプロ。
レズビアンか。店の女に指示して新宿二丁目に探しにいかせるか。ヒットマンを探し出して幹部の前に差し出せば、俺は出世できる。
鮮血のエクスタシー 7
桜並木が立ち並ぶ通りを進むと、そのホテルはあった。ホテルの地下駐車場に車を入れる。ベンツやBMWといった高級外車が並んでいる。金持ちたちが昼さがりの情事を楽しんでいるのだろう。
車から降りてエレベータで地上階に上がる。ドアが開くと高級感漂う空間が広がった。床には大理石が敷かれ、三階まで吹き抜けの天井には、豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっている。ロビーに置かれたソファーには、多くの客たちが談笑していた。そのほとんどが外国人だ。
都内でも有数な高級プリンスホテル。しかし、こんな高級ホテルにも広域暴力団は潜り込んでいる。
ホテルのロビーの横に、大きなラウンジがあった。吉井組組長、吉井勝が裏で経営しているラウンジだ。
席に着くと、ウエイトレスが注文を取りにやってきた。メニューを手に取り、ダージリンティーを注文する。紅茶一杯が一二〇〇円とは笑わせる。
メニューを閉じてラウンジ内を見渡す。
毎月定例会議の後、吉井は子分たちを連れて必ずこのラウンジにやってくる。今回の仕事でもっとも仕留めるのが難しいターゲットだ。
大島から入手した資料に基づき、三日間かけて、吉井の最近の行動を検証した。吉井は用心深い男で、毎日移動する道を変えている。ベンツの窓ガラスが防弾ガラスであるのは大島が確認しているし、そんなことは車の窓を見ればわかる。
移動中に狙撃でしとめるのは不可能ということか。どのみち、自分のライフルの腕では無理だ。動く標的に命中させる自信がない。ライフル狙撃は自衛隊にいるときから苦手だった。
準備を整えて待ち伏せることができるのは、このラウンジしかない。しかし、人目も多く、隠れる場所もない。今までのように簡単にはいかないだろう。
紅茶が運ばれてくる。一口含む。確かに美味しい。さすが高級ホテルのラウンジの紅茶だった。一二〇〇円も取るだけのことはある。
ラウンジ内を、バッグに隠したビデオカメラで撮影する。ラウンジの入り口を入った正面奥に従業員専用のドアがある。陣取るならあのドアの傍の席だろう。窓から離れているし、何かが起こったら吉井は真っ先にあのドアから逃げようとするはずだ。
アンナは目を閉じて、吉井勝襲撃プランを練った。
ホテルを出て、近くのバイパスに入る。もう一人のターゲットが必ず顔を出す場所をめざした。
閑静な住宅地にはいる。住宅街の交差点ごとに若い男が立っている。スポーツウェアを着た丸刈りの男たちで、一目でチンピラだとわかる。
アンナの車に鋭い視線を向けてくる。住宅街全体を監視しているのだ。
ターゲットの家の前を通り過ぎる。黒い金で建てた成金趣味丸出しの豪華な邸宅だった。邸宅の前に若い男たちが立っている。この家にはターゲットの妻と出戻った娘と、孫が住んでいる。
ガードは固い。
ターゲットは愛人宅を泊まり歩いていて、ほとんどこの邸宅には顔を出さない。しかし、ここにターゲットが必ず顔を出す日がある。孫の誕生日だ。
問題はどこから狙うかだ。ライフルを使えればいいのだが、ライフル射撃は得意ではないし、大きな荷物を抱えていれば見張りの注意を引いてしまう。
自宅マンションに戻るなり、身に着けていた服と下着を脱ぎ捨てた。熱いシャワーを浴び、インターネットで購入した海外ブランドのボディーソープで身体を洗う。
身体が疼く。最後に沙羅の身体に触れてもう半月。メールを送ると、風邪でダウンして寝ていると返事が返ってきた。
「両親に紹介してあげるから、部屋に来て慰めてくれる?」
絵文字入りの彼女の誘いに「ご両親にはまだ用はない」と冷たいコメントを入れて送り返した。
一日動き回り、微かに疲労を感じる。体力はある方だし、自衛隊にいるときはもっと激しい訓練をしてきた。しかし、調査活動は苦手だ。ある程度の情報は仲介屋からもらうが、どこでターゲットを仕留めるかはアンナが考えなくてはならない。
昔から頭を使う作業は苦手だった。疲れる。
バスルームから出て身体を拭う。鏡に映った自分の裸体を眺める。筋肉で引き締まっているが、グロテスクではない。アスリートに近い身体。胸も尻も大きい。悪くない。この身体を見た男は、誰もが欲情するだろう。しかし、女を欲情させるには、この裸は役に立たない。
身体が疼く。沙羅に会えないとわかると余計に火がついてきた。
今夜、久しぶりにあの店に行くことを決めた。
裸のままベッドに入る。股間に指を滑らせる。自分でしても沙羅に攻められたときのように深い満足感は得られない。しかし、この身体の疼きを少しくらいは抑えられる。このままでは夜までもちそうにない。
タクシーを降りてレンガ造りの壁を見上げる。地下はビヤホールになっていて騒がしいが、上の階には静かな店が入っている。エレベータで三階に上がる。
豪華な樫のドアを開けると、カウンターに座った女たちの視線が一斉に集まった。カウンターの中から店員が微笑みかけてくる。
男性が立ち入り禁止のビアン。バー。カウンター席だけの店で、二十から三十代の女性客五人がいた。
「何になさいます」
「バーボンをロックで」
両隣から、ちらちらアンナを盗み見てくる。端の席に座っている太った女と目が合った。男が目もくれないような女だが、レズビアンにはそんな女を好む者が多い。
並んで座っていた客が席を立った。一方はOL風で、もう一方はかなり幼い。もしかしたら十代かもしれない。おそらく今夜この店で知り合ったのだろう。
席を一つ明けた横に座っていた学生風の女の前に、店員がカクテルを置いた。きょとんとしている女に「あちら様からです」と耳打ちする。太った女が学生風の女を見て微笑んだ。はにかみながら学生風の女が頭を下げてドリンクを飲んだ。横に来てもオーケーというサインだ。太った女がさっそく移動してくる。二人で耳元でひそひそと会話を始めたが、内容は聞こえてこない。
アンナはバーボンのグラスを傾けながら、入り口に近いほうの端の席を見た。地味な女が一人で座っている。おとなしそうな女だ。二十歳前後の若い女だ。さっきからアンナのほうを盗み見していたことは気づいて。
淡い青のシャツに白のカーディガン。裾の長い花柄のスカート。夜の街で遊ぶにしては場違いな格好だ。青空の下で若者が集うショッピング街を歩くような恰好だった。どうやら、この手の店に来るのは初めてなのだろう。
自分が場違いな場所にいるのを自覚しているのか、どこかそわそわしている。アンナは店員を呼んだ。
「あの子にストロベリーフィズを」
「あんな子が好みなの?」馴染み店員がそっと耳打ちした。
「可愛いじゃない。まだ学生のようね。ここのルールも教えてあげて」
アンナがグラスを傾ける。しばらくして、女の前にストロベリーフィズが置かれた。店員に耳打ちされると、女が驚いた顔をこちらに向けた。さらに何かを耳打ちされると、女が慌てて視線を逸らせて俯いた。最後に一言、店員が耳打ちして微笑むと、女の傍を離れた。
アンナは女を見ていた。女もアンナの視線を感じているはずだ。
やがて、女は戸惑うようにストロベリーフィズのグラスを手に取り、口に運んだ。アンナがゆっくり席を立った。その気配を感じた女が身体を固くしたのがわかった。
「こんばんは。横に座ってもいい?」
「あ、はい……」
アンナは彼女の横に座った。
「アンナよ」
「私……梨香といいます」
「ここは初めて?」
「はい……」
彼女の身体が緊張で震えている。髪から安物のシャンプーの匂いが漂ってくる。ここに来る前に身体を清めてきたのだ。
「学生さん?」
「はい」
膝の上に置いていた彼女の手に触れた。彼女の身体が感電したように震える。
「綺麗な手をしているわ」
「そうですか?」
「私の手、堅いでしょ?」
彼女は戸惑った様子で黙っていた。訓練で鍛えている腕も掌も、体中が固かった。
彼女の髪に触れる。髪を救って耳にかけ、指を彼女の指にはわす。彼女の耳が次第にピンク色に染まっていき、息が荒くなっていく。太った女が学生風の女を連れて店を出た。出ていく二人を、梨香がそっと盗み見た。
「私たちも出ようか」
「えっ?」
「私の部屋に来ない? すぐ近くなの」
梨香が小さく頷いた。
マンションの前まで来ても、アンナはまだ戸惑っていた。
「どうしたの?」
「あの……ご家族の方は……?」
「私、一人暮らしなの」
「こんな大きなマンションに一人なんですか?」
「そうよ、1DKなんて貧乏くさい部屋で暮らすなんて、耐えられないの」
鍵を開けて玄関に入る。リビングに入っても、梨香は落ち着かない様子だった。アンナはソファに腰掛けた梨香の横に座り、ゆっくりと彼女の唇に優しくキスをした。
梨香が唇の異変に身体を震わせた。アンナはゆっくりと彼女の唇から離れた。少しでも多くこの至福の時を味わっていたかったが、彼女に時間を与えてしまったら、臆病な彼女の決心を揺らがすかもしれなかったから。
「ごめんなさい……。あなたが可愛いから、ついキスしちゃったの」
「いえ……。私も嬉しいです……」
腕を彼女の肩にまわすと引き寄せ、もう一度口づけをする。今度は軽い子供のキス。ワンテンポおいて、さらに口づけ。今度は甘い大人のキス。彼女の口の中を舌で味わってみる。少し抵抗する彼女を引き寄せて、うごめく体をおとなしくさせる。ゆっくり彼女の舌に絡ませて止め、そしてまた動かす。
「ん……。んんっ」
彼女の声がアンナの体の中に直接響く。梨香は顔を赤くしながら唾液を口から溢れさせていた。目からは涙が流れていた。アンナは彼女の唇から離れ、涙を指ですくう。
「嫌だった?」
梨香はかぶりを振った。「嬉しかった……」
アンナはソファに梨香を押し倒し、彼女に覆い被さって耳元で囁いた。
「気持ちいいこと……したい?」
ゆっくりと微笑すると、彼女の頬が赤く紅潮していった。
「したいんだよね?」
指先で梨香の頬から唇、顎、首となぞっていく。赤くなった梨香に問いかけたものの、答えを待たずに顔を近づけて舌を入れた。指先は鎖骨をなぞり、ボタンを上から順番に外していく。
シャツの中に手を入れ、ブラのホックを外す。
初めて彼女が声を上げた。
彼女の息は荒かった。スカートの中に手を入れて彼女の足をなぞった。ストッキングは履いていなかった。
太ももの外側から内側。右足から左足へ。そしてパンティに手を入れる。
梨香は驚いてアンナの腕をつかんだ。
「大丈夫 すぐ気持ちよくなるから。ほら、こんなに濡れてるじゃない」
梨香の性器は濡れていて滑りがよかった。指で一往復させると、彼女が大きな声をあげた。初めて他人に触れられるのだろう。とても敏感な反応だった。
スカートとパンティを脱がせた。慌てて股間を隠した梨香の両手をはずす。剥き出しの性器はとても綺麗なピンク色だった。
指を動かすと、梨香の足が真っ直ぐ延びた。力を入れているのだろう、足は少し痙攣している。彼女は唇を噛んだ。声は出さなかった。
鮮血のエクスタシー 6
「動きそうもないですね」
延々と連なるテールランプを眺めながら、運転手が呟いた。都会の目抜き道理、平日の午後。込んでいて当たり前か。
「すぐ近くだから、ここでいいわ」
「すみません」
タクシーを降りると、人の流れに乗ってビジネス街を貫く大通りをまっすぐ歩いて行った。歩道には今日も多くの人が行きかっていて、気分が悪くなりそうだった。
カフェのテーブルに、仲介屋の大島の姿があった。ぼんやりとタバコをふかしている大島が、アンナを見つけて手を振った。
「あまり目立つことはやめてくれる?」
「俺たちに注目している奴なんて誰もいないよ」
「そうでもないわ。美女と野獣のカップルなんだもん。結構目立つわよ」
アンナの言葉に、大島は膝を叩いて笑った。
「用意した銃は使わなかったんだね?」
「身体検査されると思ったから。返したほうがいい?」
「今度でいいよ。しかし、大したものだな。鏡の破片で頸動脈を切断するとは」
「自衛隊ではナイフの使い方を嫌っていうほど学んだわ。男女区別なく、自衛隊では白兵術を徹底的に叩き込まれるの」
「怖いねえ……」大島は煙草の煙を空に向かって吹きあげた。
「それに、あんたにおまけで渡した情報のことなんだが。なぜあの男にあんなことをした?」
ペニスを切り落とした男のニュースは新聞に載っていた
「恨みでもあったのかい? いっておくが、組織で得た情報で私怨を晴らすのはルール違反なんだ」
「ルールは破ってないわ。殺していないから」
「まあ、そうなんだが」
アンナがテーブルに身を乗り出した。
「ねえ、組織って、何なの。教えてよ」
大島の目から感情が消えた。どうやら琴線に触れたようだ。
「そのうちにな」
「自分がどんな組織に雇われているのかも教えてもらえずに、人殺しを続けなくっちゃならないの?」
「君はまだ若い。そう焦るもんじゃない」
「情報を漏らされると思ってるの?」
「組織がどんなものなのか、今の君の仕事には関係ないということだ」
自衛隊に入って五年が過ぎたころ、非番の日に一人で飲みに行ったビアン・バーで女に声を掛けられた。
「あなたのもっている技術で、お金になる仕事ができるわ」
ビジネススーツをきちっと着込んだ女だった。タイプの女だった。アンナがレズビアンだということを知っていて、この店に来たのだ。
どこかで誰かが、アンナのことを調べていたのだ。女の目がアンナを誘っていた。
その女とベッドを共にし、仕事の話を聞いた。
「世の中で法で裁けない悪を成敗する。格好いいでしょ?」そう言って、口に含んだウイスキーをアンナの口の中に流し込んできた。
あの女は今何をしているのか。できれば、もう一度抱きたい。
「次の仕事なんだが」
大島が写真を差し出した。全部で三枚。いずれも四十から五十代の、見るからに筋者といった感じの男が写っている。望遠レンズで撮ったものなのか、背景がすべてぼやけていた。
「この前ちらっと説明した、ターゲットの三人だ。対立している組の組長二人と、幹部が一人」
「大物ね」
「三人の行動パターンを調べておいた」大島が茶封筒をテーブルに置く。
「報酬は全部で三千万だ」
「本当?」アンナが顔を上げた。
「それだけ困難な仕事ってことだ。一人殺すごとに一千万入ってくる。それに必要経費は別に出す。必要なものがあれば請求してくれ」
「じゃあ、張り切っちゃうわ」
「甘く見るんじゃないぞ。前回の暗殺事件で連中は警戒している。双方ともどこに行くにもボディーガードで身辺を厳重に固めている」
「この三人をやっちゃったらどうなるのかしら」
「組同士の抗争になるだろう」
「それを狙っているんでしょ?」
自滅してくれれば得する奴らもいる。依頼人が誰かは知らない。詮索は無用だ。こちらは依頼通り、悪人を成敗すればいい。
「やり方はあんたに任せるよ。殺しは私の専門じゃないので、助言はできない」
「考えてみるわ」
「頼むよ」
大島は伝票を持って席を立った。
三千万の報酬。破格の報酬は仕事がそれほど危険だということか。封筒から資料を出し、ターゲットの情報に目を通す。ターゲットの行動を割り出すため、常に誰かが貼りついて監視しているのだろう。
大騒ぎになっているので、刑事だってターゲットたちを尾行しているはずだ。その中でターゲットを仕留め、安全に逃走するにはどうすればよいか。
チェアにもたれて目を閉じる。バッグの中で携帯電話が鳴った。権藤殺しに利用した、あの女からだ。
「もしもし」不安そうな声が聞こえてきた。
「どうしたの? まさか、あいつらに見つかりそうなの」
「大丈夫。ずっと部屋に隠れているから」
「じゃあ、何かあったの?」
「会いたい……」女の切なそうな声に、胸がとくりとなる。
「しばらく隠れていて。今この町に戻ってくればヤクザに捕まるわ」
「あなた、何やったの? それに、こんなにたくさんお金くれて。親分がホテルで殺されたってニュースで言っていたけど、まさかあなたがやったんじゃないわよね」
「まさか。私がそんなことするわけないでしょ?」
「でも、関わりはあるんでしょ? あのスナックの経営者と面談したあと、あなたに指示されてこの部屋にずっと隠れているのよ。あなた、私が働くはずだったお店で働いていたんでしょ?」
「私もある人に頼まれただけ。大丈夫。あなたには迷惑をかけないから。時間ができたら会いに行くわ」
「早く来て。でないと、男に抱かれちゃうから」
勝手にしなさい。心の中で呟く。
でも、いい女だし、この先使い道もあるかもしれない。苦労して見つけた女なのだ。また何かに使ってやろう。
「じゃあ、また」そういうと、女が何か言う前に電話を切った。
鮮血のエクスタシー 5
潮の香りがする。風は陸から海へと流れているのに、不思議なものだ。
車から降りると湾に沿って伸びる国道を見た。陽が落ちてだいぶたつが、晴れた夜空をバックに山の影かかすかに見えている。湾を挟んで一キロほど先の対岸に集落の明かりが見える。
あの明かりの中にあの男がいるのだ。
胸が急に高鳴る。見つけたわ。お前には一日たりともいい思いはさせないから。
まだ十五歳だった。学校帰りの人気のない道路で車の中に引きずり込まれた。連れてこられたのはゴミだらけの部屋。鼻をつく腐敗臭。部屋を飛び回るハエに壁を這うゴキブリ。そんな部屋で十日間も監禁され、毎日犯された。
アンナは意識して地面を踏みしめながら道を歩いた。そうしなければ足を踏み出すことができなかった。非情な殺し屋になった今でも、クズのような強姦魔の記憶を思い起こしただけで脚が震えている。一日たりとも、あの男に自由な気分など味あわせはさせない。
ガラス戸から情報屋から聞いた居酒屋を覗いた。あの男がいた。カウンターに座り、中にいる若い女をくどいている。
先週刑務所から出たばかりの男。少女を監禁して十日間毎日犯し続けて十二年の刑。判決を聞いた時は短すぎると思ったが、今は裁判官に感謝したい気持ちだった。
ガラス戸に手をかける。指先が震えていた。一度手を離し拳を強く握って震えを押さえつけると、思い切って戸を開けた。
「いらっしゃいませ」
男に口説かれていた女がこちらを向いて営業スマイルを投げた。男もつられてこちらを見る。間違いなく、あの男、山岡幸一だった。心臓が絞られるように鈍く疼いた。
席二つを開けて、山岡の左に座った。横顔に男の視線が突き刺さってくるのを感じ、悪寒が走った。
「何になさいますか?」山岡の前から離れ、若い店員が注文を聞いてきた。
「じゃあ、熱燗をお願い」
何気なく横を見ると山岡と目があった。軽く会釈を返して正面を見る。復讐の始まりだ。
「この辺りのもんじゃないよな」
熱燗が出てきたとき、声をかけてきた。思った通り食らいついてきた。
「旅行かい?」
「仕事です。食品加工会社のものなんです。魚を卸してもらえるようにお願いに来たんですけど、いいお話がなくて」
「俺が口をきいてやるよ」
「それは助かりますわ」
「任せておけ」山岡がグラスを持って横の席に移ってきた。勝手に徳利を手にとって、猪口に酒を注いでくる。
「一人で出張かい?」
「そうなんですよ。予算の関係で」
山岡がほくそ笑んだ。
「俺たち、どこかであったことあるんじゃねえか?」
顔が引きつりそうなのを我慢して、アンナが微笑んだ。
「男の人はみんなそういうんですね」
「まあ、会ってるわけないか、俺は十二年も別荘にいたんだからな」
「別荘ですか?」
「そう、別荘だよ。特別な」男が笑ってグラスを飲み干した。
「私、お酒の強い人が好きなんです」というと、男が日本酒の入ったグラスを一気に空けた。
「さあ、あんたも飲めよ」
山岡は言葉巧みにアンナに酒を飲まそうとした。酔えば酔うほど饒舌になっていった。
「これでもガキの頃は族に入っていて、命がけで戦ったもんだ、マッポとよ」
知っている。この男の改造車に無理やり連れ込まれたのだから。
「さあ、飲めよ」
「もうだめ、酔ったみたい」
「何言ってんだよ、これからだよ」
「外に出て風に当たりたいわ」
アンナが意味ありげに山岡を見た。顔に下品な笑みを浮かべた。身の毛もよだつような不気味な笑みだった。
「じゃあ、いいところに連れて行ってやる。静かでいいところだ」
「ぜひ、行きたいわ」
女の気が変わらないうちにと思ったのか、山岡はさっさと金を払うと、アンナの肩を抱いて店の外に連れ出した。
「夜風が気持ちいいわ」
風でなびく髪を指で押さえながら、周囲を見回した。誰もいない。
「さあ、こっちに来いよ」そういって、港へと続く道にアンナを誘いこもうとする。
「暗くて怖いわ」
「大丈夫だよ、子供じゃあるまいし」
山岡はアンナの腕をとって、港への道を進んでいった。
暗くて小さな漁港だった。地面のいたる所に網が置かれている。
「こっちに来いよ」といって、プレハブ小屋に連れ込もうとする。
「何をする気?」
「ここまで付いてきておいて、それはないだろう」
山岡が抱きついてきた。酒臭い息がかかり、思わず顔を背けた。
「その気、あるんだろ?」
後ろから抱きついた山岡が、両手でアンナの身体をまさぐる。
「ここじゃ、できないわ」
「立ったままやろうぜ」
「私、男の人のを確認してからすることにしているの」
「なんだよ、それ」
「だって期待していたのにすごく小さかったらがっかりするじゃない」
「心配いらねえよ」
山岡がアンナの手を取って股間に導いた。ズボンの中で男のペニスはすでに固くなっていた。
「なあ、でかいだろ?」
「じゃあ、見せて」
「疑い深いんだな」
山岡が下着ごとズボンを下ろした。グロテスクなペニスが空に向かって鎌首を持ち上げている。
「なあ、でかいだろ」
「そうねえ」
アンナが山岡のペニスに触れた。
「さあ、そこに手をついてケツを向けろよ」
妖しい笑みを浮かべたアンナが、山岡の鳩尾に拳を叩き込んだ。ぐえっと息を吐いて身体を丸めた男の首筋に手刀を打ち込んだ。身体を丸めたままの男を仰向けにし、ペニスをつかむと、ポケットから取り出したナイフの刃を立てた。
山岡の悲鳴が闇に響いた。
「本当に大きいわ。惚れぼれしちゃう」
切断した山岡のペニスを夜空にかざした。股間を抑え、男がのたうちまわっている。
「しっかり根元を絞って血を止めたほうがいいわ。動脈を切断しちゃったから、そのままだと死んじゃうわよ」
「お前……」
「これなしで惨めな人生を歩めばいいわ。そのうち本当に殺しにきてあげるから」
アンナはほくそ笑むと、男の眼の前で、手に持ったペニスを海に投げ捨てた
鮮血のエクスタシー 4
車が停まった。
「どうした」岩丸が苛ついた声を上げた。葬式が始まる前の打ち合わせの時間が迫っている。
「すんません、渋滞です」
「クラクション鳴らして脇に避けさせろ」
「それが、マッポでして」
軽く舌打ちしてタバコを銜える。横に座る若衆がさっとライターを出した。
葬儀会場となった事務所前で、組員と警官隊とがにらみ合っている。岩丸は事務所裏の地下の駐車場に車を入れるよう指示した。事務所の角を曲がるとき、防弾チョッキを着ている警官と目があった。マッポだらけの事務所に突っ込んでくる馬鹿もいないだろう。
地下の駐車場に車を乗り入れる。大型のワンボックスカーがずらりと並んでいる。一昔前まではヤクザの幹部が乗る車はベンツが多かったが、最近は乗り心地が良く、かつ目立たないワンボックスカーが好まれるようになっている。
「お疲れ様です!」
事務所に詰めている若衆がドアを開けると、居並ぶ組員たちが頭を下げて声を上げた。
「親分衆は?」
「上の会議室で待機いただいております」
エレベータで四階にあがり、重厚な樫のドアを開ける。権藤組傘下の組長たちが既に顔をそろえていた。中央に小指に白い包帯を巻いた男が、歯を食いしばって座っていた。亀梨組組長、亀梨正志だ。
「てめえ、あの女は何者だ!」
部屋に入ってきた岩丸に向かって亀梨が叫んだ。
「なんだぁ?」
声を張り上げた亀梨を、岩丸が睨んだ。
「組長をやった女だ。お前の店で雇っていた女だろ!」
「ほう、自分の不始末のくせしやがって、俺にアヤつけんのかい」
「なんだと!」
亀梨が席を立った。横にいた親分が亀梨をなだめた。
「女がやったとはどういうことだ。あの女にそんな大それたことができるか」
「じゃあ、やつらとグルだったに違いねえ」
「いい加減にせんかい!」
岩丸がどなる。
「あの女の不始末のせいにして俺に責任なすりつけようって魂胆かい。女は親父を殺して逃げたんじゃねえ。殺し屋にさらわれたんじゃ。俺のせいにするんじゃねえ」
直参若頭の斉藤に睨まれ、岩丸は頭を下げて席に座った。斉藤が権藤組長の後を継ぐことが幹部会で決まったと連絡があった。
「じゃあ、なんで攫われたんだ。グルだったに決まっている」
「その場にいて巻き込まれただけだ。女の裏は取ってある。知り合いの組幹部に面通しまでして雇ったんだ」
「岩丸」
斉藤がギラリと光る目を向けた。
「ここに来る前の幹部会で、跡目は俺が継ぐことになった」
「へい、聞いておりやす」
「その女を探し出して、ここに連れてこい」
「へい」
岩丸が頭を下げた。
まったく、冗談じゃねえや。
葬式を終えると、岩丸は急いでスナック「カサノバ」に向かった。店に入ると、手下がママと一緒に待っていた。
「女は?」
「いませんでした。電話も通じません。住所はでたらめです」
「なんだぁ!」
岩丸がテーブルをひっくり返すと、ホステスたちが悲鳴を上げた。
くそ、このままじゃ、俺も指を詰めさせられちまう。
「あの女の素性には間違いないんだな」
「へい」
配下の組の幹部が、スーツの袖で額の汗をぬぐった。
「うちの系列の店で使っていました。こいつの店です。面通しで面拝みましたが、間違いねえです」
幹部の横で、ホスト上がりだとわかる四十過ぎの男が頭を下げた。
「だれだ、そいつ」
「俺の店で店長をやらせています。レナは二年間こいつの女でした。高級ソープ嬢だったのをスカウトして、金持ち親父専門の娼婦をやらせてたんです。上玉で、権藤組長にも気に入ってもらえると思ってこの店で働かせてたんですが」
「お気に入りだったのは間違いねえ。その日のうちに連れ出したんだからな」
岩丸は店長という男の前に立った。
「てめえの女なのに居場所がわからねえとはどういうことだ」
「半年くらい前に別れてまして」
「馬鹿野郎! てめえの女だったら、知り合いとか親許とか、探すところがあるだろう!」
「はい、探しましたが、知らないと。ここんところ音沙汰なかったらしくて、どこにいるかわかりません。親分の言うとおり、本当に攫われて殺されちまったかもしれません」
「ふん」
それならそれで話の筋が通る。
「女を探せ」
「でも、どこにいるかわかりません」
長身でグラマラスな水商売風の女だ。目立つはずだ。
「スナック、風俗店。どこでもいい。店を回って情報を流せ。見つけたら奴には報奨金を弾むってな」
ママが不安そうに擦り寄ってくる。
「私、関係ないよね」
ぽってりした唇が色っぽい。あれのしゃぶり方もうまかった。
「さあな、お前だって親父が殺されたことに無関係じゃねえんだ」
「そんな……」
怯える女のドレスの胸が大きく開いている。岩丸が手を滑り込ませた。店に出るときブラはつけるなと言ってある。乳房に直接触れる。きめの細かい肌はこの女の自慢だ。
「心配するな。女はすぐに見つかるさ」