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鮮血のエクスタシー 22(最終回)


鮮血のエクスタシー 22(最終回)

 目を覚ます。監禁されていた。男に攫われたようだ。梨香の姿が見える。
「梨香……」
 意識が、ゆっくりと浮上した。自分の置かれた状況を把握するのに、たいした時間はかからなかった。
 アンナは全裸で分娩台に似た奇妙な台の上に大の字に寝かされ、手首足首を革のベルトで拘束されていた。ウェーブのかかった髪が台の上で広がっている。固定された体は女性の力では少しも自由にならない。
 唯一自由になる頭を持ち上げこの部屋を見渡した。アンアを固定した台は、コンクリートの冷たい壁と床の、無愛想な部屋の中央に置かれていた。部屋の大きさは十メートル四方といったところか。足の方向に鉄製のドアが見えた。天井には粗末な傘の付いた照明が点いている。どこかの倉庫のようだ。
 突然、豊かな右乳房を鷲掴みにされた。
「俺を誰だか知ってるか?」
 アンナを覗きこんでくる顔に、覚えはなかった。
「けっ、俺は大物じゃねえってことか、ふざけんな」
 男がにやりと笑う。
「俺は岩丸ってんだ。お前が斉藤をぶち殺してくれたんで、また出世できそうだぜ」
 岩丸は乳房を掴んだ手に思い切り握力を込めた。
「ウッ……」
 アンナがその痛みにきつく眉を寄せる。女にとって、乳房は性器と並んで敏感な場所だ。
男の力で力いっぱい握られたら、それこそたまらない。
「いい女じゃねえか。それに、いい身体だ。権藤をたぶらかしたこのいやらしい胸も、締りの良さそうなオマンコも、この気の強そうな顔もな」
 なおも力をこめて握りつぶす、爪が食い込んで血がにじむ、かなりの力を加えられて形のよかった乳房が指の間から搾り出され、無様に変形し真っ赤にうっ血している。
「アッ……く……」
 それでもアンナは賢明に苦痛に耐え、僅かなうめき声しか立てずにいた。岩丸が乳房から手を離した、男の指の跡がくっきり残っている。真っ赤になった乳房はまだ鈍い痛みを訴えていた。
 覗き込んだ岩丸の瞳に、欲望の光が宿っているのを、アンナは見逃さなかった。
 岩丸はアンナの足元に回った、そして開かれた彼女の足の間に割り込んだ。
腰をかがめ、間近に性器を眺めはじめた。
 岩丸は赤い唇の端を吊り上げ「へへへ」と笑った。その視線には明らかに侮蔑のまなざしが含まれている。岩丸の与える恥辱に、瞳をきつく閉じた。
 岩丸が指を伸ばし、アンナのそこに指を触れる、アンナの体がぴくんと反応する。
「へえ、感じてんのかい?」
 その口調にも限りない侮蔑が混じっていた。
「これが権藤親分をたぶらかした穴ねぇ」
 そう呟くと今度はとおもむろに指を離して立ち上がり、彼女の腹を力いっぱい革靴の裏で踏みつけた。
「痛ッ!」
 アンナの目が苦痛に見開かれる。岩丸が何度も何度も容赦の無い力でアンナの腹を蹴りとばし、踏みにじる。
「あっ! きゃあ! ひいっ……!」
 そのたびに堪え様の無い短い悲鳴が上がった。ミシミシと恥骨や骨盤が軋みを上げる。しばらく嬲りつづけていたが気が済んだのか、岩丸がやっと足を止めた。
 はぁはぁと肩で呼吸をしながら、瞳の端に涙を浮かべ持続する痛みを必死で堪えていた。しかし、それでもアンナは無言だった。
「普通の女性なら泣き叫んでいるところだろうが、さすがプロの殺し屋だな。根性がある。泣いて許しを乞うとか、しないのか?」
 アンナはギュッと唇をかみしめてそれに応えなかった。
 そんな彼女を見下ろし鼻先で笑うと、いつの間にか用意されていた銀のサイドテーブルを手元に引き寄せた、そこには手術で使われるようなメスや見たことも無い器具が並んでいた。
 これから手術を執り行うかのような岩丸の様子に、首を上げてそれを見ていたアンナもさすがに恐怖心が芽生えた、ゴクリと音を立てて口の中の唾を嚥下する。
 岩丸はサイドテーブルの上から四又に分かれたかぎ爪状の刃物のついた、熊手様のものを手に取った。
「これは猫の爪といって、拷問に使う道具だ。使いやすいように持ち手部分はちょっと改良してあるがな」
 岩丸がアンナの鼻先にその刃先をちらつかせながらいう。鈍い刃物の輝きを突きつけられたアンナが、恐怖に顔を引き攣らせる。
「な、何をするつもりなの……」
「使ってみれば判るよ、下手な説明しなくても」
 岩丸が爪を握って、その鉤爪をアンナの右の乳房の突起に触れさせた。冷たい刃物が敏感な部分に触れたのを感じ、アンナが悲鳴をあげた。
 ツツツ……と柔らかくすべらかな丘陵の上を、銀の刃物の背がゆっくりと乳房の下へ滑ってゆく、刃を向けてはいないので柔肌を傷つける事は無いが、冷たい恐怖に感触にアンナの肌が粟立った。
 豊かな胸を下り、やがて胸の付け根の下で留まった。岩丸が刃の切っ先を狙い定めた、彼女の形のいい乳房の下にピタリとあてがい、そしてその鋭い刃先を肉を抉るように力を込めて突き刺した。
「ああ……ッ!」
アンナの口から悲鳴が溢れる。
「このでっけえおっぱいを、抉り取ってやろうか?」
「や、やめて……お願い……」
「まあ、もう少し楽しんでからにするか」
 岩丸はテーブルに置いていた二つの金属の棒を手に取った。コードがつながっていて、変電気のような金属の箱につながっている。 
「おい」
 岩丸は、梨香を呼んだ。梨香が恐る恐る近寄ってくる。彼女も全裸にされている。
「お前はそばで見ているんだ。余計な真似をすると、おまえも同じ目に合わせるからな」
「はい……」
 岩丸は二つの棒を接触させた。鋭い音とともに青い火花が飛び散る。アンナは思わず目を閉じた。
 岩丸が、アンナの両肩に、日本の金属の棒を押し付けた。
「きゃあああぁあぁ!」
 激痛に髪を振り乱してアンナが叫ぶ。その様子を満足げに見下ろしながら岩丸は「じゃ、もう一回、いきますか」と呟き、今度は左右の乳房に棒を押し付けた。
「ギヒイイィ! いやああぁああっ!」
 再びアンナが絶叫し、ビクンビクンと身体を波打たせた。さっきの鉤爪で傷つけられた場所を攻められるのは、神経が過敏になっているせいもあり、その苦痛は例え様もない。アンナの目の前を、チカチカと火花が飛んだ。
 岩丸は、やや焦点を失いかけているアンナの顎を掴んで自分の方を向かせた。涙で霞んだ目に、この残酷な行為で興奮しきっている岩丸の狂った顔が映った。
 岩丸はアンナの開かれた彼女の膣に金属の棒の一本を押し込んだ。
「あああっ!」
 棒はやがて子宮口を強引に押し開き、最奥に達した。差し込まれたままの金属の棒が、彼女の粘膜の熱を奪っていく。
 岩丸がもう一本の棒を払い押し付けた。
「ギャヤアアアアア!」
 アンナが目を見開いて大きく仰け反った。身体の中でも敏感なそこに電流が流れる。その苦痛はまさに地獄の苦しみだった。革製の丈夫な拘束具を引き千切らんばかりに暴れ狂い、半分白目を向いて口から泡を吹いて獣じみた叫び声を上げ続けた。
 激痛を加えられ目を見開き、髪を振り乱し身体をのたうたせながら、叫びを上げて泡を飛ばした。
「いやああ! あっ! ああぁあ! 死んじゃう! 死んじゃう!」
「なら死ねよ、構わねえから」
 耳を塞ぎたくなるような冷たい返事。必死の懇願にも岩丸の動きはひるむことは無い。痛みに悶えていたアンナが一旦大きく痙攣して、その首がガクっと折れた。
 激痛のあまり失禁した。勢いよくあふれ出た尿が岩丸のズボンの一部を僅かに濡らした。
「おっと」
 慌てて足を引っ込めたが、あまりに急で完全には避け切れなかった。岩丸はアンナの尿の掛かった部分を見やり、そして彼女に限りない軽蔑の視線を送る。
「このクソアマ……」
 いまいましそうに呟くと、岩丸は金属の棒をアンナの膣から抜いた。そして今度はそれを彼女のアナルにあてがいグッと一気に奥へと押し込みはじめた。
「う…っぐあああああっ」
 死んだようにぐったりしていたアンナが、その刺激に反応して、ビクッと身体を痙攣させる。容赦なく捩じ込まれてゆく鉄棒を、やがてアンナのアナルが根元まで飲み込んだ。
「おい」
 岩丸が梨香を見た。梨香の身体がびくっと震えた。
「お前にこいつを苛めさせてやる」
「そ、そんな……」
 梨香が大きく目を見開いた。
「嫌なら、おまえもお仕置きだ」
 手元の変電圧器のつまみを回し、岩丸が笑う。
「どうする?」
「や、やります……」
 梨香が震える手で金属棒を手に取った。
「それを女の身体に押し付けろ」
 躊躇している岩丸に、「じゃあ、俺がお前を苛めてやる」といってにじり寄っていった。梨香が慌てて金属棒をアンナの身体に押し当てた。
 アンナが身体を大きく反らせて腹の奥から搾り出すような声をあげた。
「もう一度押し付けろ。この器具の恐ろしいところはこれからなんだよ」
 岩丸がアンナのアナルから出ている棒を更に押し込み、ツマミを最大にまで上げる。
「や、やめて……」
 懇願するように梨香を見る。梨香も涙を流しながらアンナを見ているが、彼女にこの状況に抗えるだけの力はない。
「よし、いいぞ」
 岩丸の情け容赦のない声が倉庫内に響く。梨香が金属棒をアンナの腹にあてる。
「うぎゃっ、ぎゃががが、ぐがああ!」
 ぶるぶるっと、アンナが身もだえ、かぶりをふって喚き散らす。岩丸が「くっくっ」と笑いを漏らし、その様を観賞する。
「ヒギ……ギア……エ……ガッ……」
 アンナが口をパクパクと動かし、身体を限界まで伸びきらせて大きく痙攣する。口から出るのは、もう意味をなさないうめき声だけだ、彼女の脳裏は限界を超えた苦痛にのみ占領されていた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 梨香が涙を流しながら、大声で泣き叫んだ。
「やれ」
 情け容赦のない岩丸の声。梨香が腕を伸ばす。
「ぎゃあああああああああああああああああああっ!」
 アンナはまなじりが避けんばかりに目を見開いて絶叫した、
「あはは! いいねいいね! いい女が泣き叫ぶ姿にはそそられるぜ! オレは好きだな、こういうの!」
 絶望に叫びつづけるアンナに向かって、さも楽しそうに岩丸があざ笑う。限度を遥かに超えた精神的苦痛と身体の痛みで、アンナの精神は限界に近付いていた。アンナの崩壊していく様を、岩丸は欲望に満ちた目で見ていた。
「くそ! もう、たまんねえや!」
 岩丸がズボンを脱ぎだした。パンツをずり降ろすと、勃起したペニスが勢いよく天を向いた。
「そのオマンコにぶち込んでやる」
 岩丸はアンナのアナルに刺さった金属棒を抜き取ると、脚を割って股間に腰を割り込ませ、ペニスをアンナの膣の先端にあてがった。
 ペニスがまさに侵入してこようとする感覚に、アンナが悲鳴を上げた。
「てめえ、何してやがる!」
 岩丸の叫び声に、アンナが目を開けた。いつの間にか、梨香が二本の金属棒を持って立っていた。変電圧器のツマミは、最大にまで上げられている。
「この野郎!」
 岩丸が梨香にとびかかっていった。梨香が腕を伸ばした。
「うぎッ……ぎゃああああぁああああ!」
 室内を、岩丸の絶叫が震わせる。床に倒れた岩丸に、梨香は棒を押しつけた。
「や、やめろ!」
 床に倒れた岩丸が暴れているが、感電して体が言うことを聞かないようだ。金属棒を持った梨香がさっと近寄る。か弱い女性とはいえ、感電して動きの鈍った男を捉えるのは簡単なことだ。
「ギッ……ぐうぎゃああああああああぁあぁっぁああ!」
 岩丸が目を見開き身体を大きく弓なりに仰け反らせて、絶叫する。それでも、梨香は手加減しない。いや、岩丸と違い、手加減の仕方がわからないのだ。
「うああ……ッ! ひぎゃああああ!」
 身体を仰け反らして岩丸が暴れ狂った。口の端からだらしなく涎を垂らしながら絶叫を放ち、魚のように身体を激しくのたうたせていた。
 岩丸が一層大きくブルブルと痙攣したかと思うとその動きが突然途絶えた。
 眼をカッと見開いたまま、身体を痙攣させている。一瞬、身体がまた僅かに痙攣するように動いたが、それ以上の反応は無かった。
「腕と足を外して……」
 アンナの言葉に、梨香が我に返ったように駆け寄ってきて、腕と足の拘束具を解いた。
「ごめんなさい!」
 梨香が抱きついて大声で泣いた。
「いいのよ」
 分娩台から降りる。
 岩丸は息絶えていた。梨香はマックスまで電圧をあげていた。心臓にかなり負担がかかったのだろう。感電死だ。
 アンナがその場に崩れるように床に倒れた。梨香が慌ててアンナを抱き寄せる。
 岩丸が仲間を連れてきていなくて助かった。
「服を着せて」
 床に落ちていたアンナと自分の服を、梨香が拾い集めてくる。
 携帯電話で大島を呼び出し、事情を説明した。すぐに死体を処理しに行くという。
「死体処理費用は二百万なんだが……」
「今回のギャラから引いておいて」
「貸しにしとこうか?」
「お断り」
 電話を切って、一息ついた。大島が来るまでに、梨香を安全なところに逃がさなくてはならない。すべてを見ていた梨香を、大島が殺しかねないからだ。
「私を苛めている時」アンナが戻ってきた梨香の股間にそっと手を伸ばした。
「あなた、興奮していたでしょ?」
 意地悪く笑いながら、ぐっしょり濡れている梨香の性器をまさぐった。


(完)

鮮血のエクスタシー 21


鮮血のエクスタシー 21

「服を脱いで」
 アンナの言葉に頷き、梨香がブラウスのボタンに手をかけた。
 梨香を呼び出し、ランチの後、今、シティーホテルの一室にいる。
 部屋のテレビで、ヤクザの組長が射殺された事件が報じられていた。大島は報酬を振り込んでくれただろうか。
 アンナはテレビを消した。
 梨香は最後の一枚を脱ぎ終えた。
 肌は透ける様に白く、やわらかな曲線に縁取られ、まさしく天使だった。
「恥ずかしい……」
「ううん。すごくきれいよ」
 笑った梨香が、どうして今まで気付かなかったのかと思うくらい、とても可愛く思えた。
 アンナは梨香の手を取って自分の胸に引き寄せた。
 やわらかで弾力のある乳房。乳首だけが他の肌と違い、唇のような感触。
「あ、アンナさん……?」
「ここ……どきどきしてる」
「うん……」
 梨香は何も言わず、アンナの手をショーツの中へと導いた。
「濡れてるわ……」
 黙って梨香と唇を重ねる。
 舌を絡め、唾液を吸い合い、お互いの体温が上昇するのを感じる。ショーツの中の指をゆっくりと動かすと、梨香はそれに合わせて小さな吐息を漏らす。
 アンナも服を脱いだ。再び彼女を攻める。アンナの指や舌に反応する梨香。ソファの上でお互いの胸を揉み、茂みの奥をかき回し、唇をむさぼる。
 梨香との新しい生活が始まってから、一日のほとんどをお互い裸で過ごしている。梨香はいつも恥ずかしがっているが、そんな彼女を見ていると、すぐに抱きたくなる。
 お互い、相手の全身に舌を這わせ、性器をむさぼりあいながら何度も激しく果てた。
 どれくらい経っただろう。気が付けば、二人ともベッドで眠っていた。
 携帯電話が床で鳴っていた。気だるさの中で時計を見ると、針はもう午後五時を越えていた。いつの間にか、深い眠りに落ちていった。
 梨香は気持ちよさそうに寝息を立てている。手を伸ばして携帯電話を手に取る。仲介屋の大島からだった。
 アンナはベッドから降りてバスルームに移った。
「振り込みは確認してくれたかい?」
「まだだけど、信用しているわ」
「報酬の五百万、きっちりと振り込んでおいたよ。今回はずいぶん忙しい思いをさせたね」
「おかげさまで、ずいぶん稼がせてもらったわ」
「インターバルを空けるわけにはいかなかったからね。でも、これでしばらくゆっくりさせてあげられると思うよ」
「本当?」
「約束する」
「どうだか」
「先週の件で、連中は君を探している。用心するんだ。行動パターンも変えるように」
「もう、やってるわ」
「それと、岩丸という男が、君の正体に気づいた」
 思わずため息が漏れた。
「もしかして、今、私と付き合っている女の子のせい? 連中、二丁目をずいぶん嗅ぎまわっていたようだけど」
「殺す気はないんだろ?」
 電話の向こうから、こちらの反応をうかがう気配が伝わってくる。
「彼女を巻き込みたくないのなら、早く別れてあげたほうがいい」
「わかってるわよ」
 別れの時が、意外と早く来そうだった。しかし、このホテルに泊まっていることは連中もすぐにはわからないだろう。せめてここにいる間だけは、梨香を離したくない。
 電話を切ってバスルームを出た。
 梨香がベッドに寝そべったまま、うつろな瞳を向けていた。
「ごめん、起こしちゃった?」
 ううん、といって上体を起こし、梨香がアンナにキスをした。
「ルームサービスでも頼む?」
「このホテルのレストランって、有名なんでしょ?」
「そうね。よくテレビで紹介されている店だったわね」
「じゃあ、レストランで食事しない?」
 梨香の目が輝いている。ホテルから出なければ、部屋から出ても大丈夫だろう。大金持ちにもなった。上等な酒も飲みたかった。
「まったく、性欲の次は食欲ね」
「ひどい、アンナさん」
 支度を済ませ、部屋を出た。二人並んでエレベータを待っているとき、背後に気配を感じた。
 はっとして振り向いた。
「さがしたよ」
 全身に、強い衝撃は走った。
 背中にスタンガンを押し当てられたのだ。
 体が硬直し、そして意識を奪われた。

鮮血のエクスタシー 20


鮮血のエクスタシー 20

 繁華街のはずれにある、斉藤組の事務所。
 入口が見通せる場所に、アンナはバイクを停めた。午後一時。人通りは多い。
 一時問と待たなかった。黒いベンツが横付けされ、五十年配の男が降りてきた。斉藤だ。黒っぽいスリー・ピース。黒々とした頭髪。車は待っていた。十分ほどして、男は出てきた。続いて、後ろから大きな荷物を抱えたボディガードが出てきて、ベンツのトランクにそれを放り込んだ。
 アンナは、イグニッションに手を伸した。滑り出したベンツの後を追う。充分に距離をとった。繁華街の方にむかっている。
 ベンツが停まった。ビルの前だった。斉藤が降りた。若い男が二人一緒だった。ビルに入っていく。クラブやバーの看板が沢山出ていた。ベンツは、十メートルほどさきの路地に入り、また停まった。そのまま待つつもりらしい。
 アンナは、別の路地にバイクを入れた。バイクを降り、歩いてビルの前を一度往復した。手頃な喫茶店があった。通りにむかって窓が開いていて、ビルの入口あたりがよく見渡せそうだ。
 男が出てきたのは、午後二時半を過ぎていた。ホステスらしき女が五、六人見送りに付いてきた。こんな昼間にどうして店にホステスがいるのかと思ったが、人と会っていたらしい。わざわざホステスを呼んだのだろう。四十過ぎの、眼鏡をかけた男をハイヤーに乗せて送り出し、それから自分のベンツを呼んだ。
 アンナは店を出て、反対側の舗道に立った。男の顔を、頭に刻みつけた。実業家という感じだ。ポマードで撫でつけたオールバックの髪、陽焼けした肌、横一文字の濃い眉の下にある小さな眼。白いワイシャツとスリー・ピース、地味なグレーのタイ。
 バイクにまたがり、ベンツを追う。
 ベンツは高速に乗り、横浜方面にむかった。東京の中心からどんどん離れていく。間違いなく、小田原方面に向かっている。
 これ以上付け回していると、気づかれるかもしれない。ここまで来た以上、奴の向っている場所は一つしかない。
 アンナはバイクのアクセルを開いた。一気に加速し、ベンツを追い抜いていく。追い抜きざま、ちらっと横目で車内を見たが、中の四人は誰もアンナに関心を示さなかった。
 バイパスに入り、大きな橋を渡った。制限スピードを守りながら走る。熱海の表示が見えた。
 インターを出た。バイパスからはずれ、住宅街を走る。海が見えた。団地、建売住宅、分譲地。右が海で、左に田畑が広がっている道路に出た。
 駅前商店街を抜け、高級住宅街に入った。道路に人影はない。午後四時。空が曇り始めていた。斉藤の娘の屋敷の前を通り過ぎた。大きな庭石が目に入る。隣の番地に回り込み、家の塀に寄せてバイクを停めた。
 閑静な住宅街。高級住宅街で有名な場所だった。バイクから降りてヘルメットを脱ぎ、周りに人がいないのを確認してかつらをかぶる。リアシートに括り付けていたアレンジメントフラワーを手に取る。
 立派な門構えの家の前に立った。アレンジメントフラワーを両手で持つ。腰に差したスタンガンは、目立たないように、ズボンに突っこんである。拳銃は上着のポケットだった。ルガーブラックホーク・357マグナム。やたら重い銃だ。
 ドアベルを押す。しばらくして、中年の女性の声が聞こえてきた。
「お荷物をお届けに参りました」
 カメラの前にアレンジメントフラワーを差し向ける。しばらくして、門の脇にある勝手口が開いた。品のいい中年女性だった。
 夫婦と大学生の息子と高校生の娘の一家四人。夫は海外出張中、兄は海外留学、娘はまだ学校のはずだ。
「すみません」と言って、女が印鑑をエプロンのポットから取り出した。
「玄関まで運びます」
 女がドアの前から離れた。アンナは敷地に入って玄関まで花を運んだ。
「こちらで結構です」
 玄関の三和土にアレンジメントフラワーを置いた。女が背を向けた瞬間、腰に差したスタンガンを抜いて女の首筋に押し付けた。
 女は一言も発せず床に倒れた。持ってきたロープで女を後ろ手に縛り、両脚も縛った。口にタオルをかませたところで、女が目を覚ました。
「静かにしなさい」
 上着からブラックホークを抜いて女に銃口を浮きつけた。女が両目を見開く。
「騒がなければ何もしない。こちらの用事はすぐに終わる。しかし、騒げば死ぬことになる。わかったら頷け」
 女は必死で首を縦に振った。
 女に目隠しをしてリビングに転がした。家の二階に上がり、身を伏せながらベランダに出る。ベランダの隙間から隣の屋敷を覗きこみ、様子をうかがう。斜め向かい側にある斉藤の娘の屋敷の庭が、よく見える。
 斉藤が必ず顔を出す場所。孫がいる娘の家。今日は孫の誕生日だ。
 殺すとなれば、孫の目の前で殺すことになるだろう。心が痛む。
 ふっと笑みがこぼれる。私にもまだ人間的な感情が残っていたんだ。
 複数のエンジン音が聞こえてきた。四時四十分に、黒塗りのベンツが横付けされた。降りてきたのは、ずんぐりした身体つきの男。斉藤だ。車に分乗していた男たちが、屋敷の前に待機している。手下達は娘の家には上がり込まないらしい。
 一度、深く息を吸った。
 腰を屈め、銃を持った腕を持ち上げた。
 庭に面した部屋の障子が開かれた。大きな背中が見えた。正座している娘が見える。奥の突き当たりに、祭壇。男が庭を見た。斉藤だった。孫を抱いている。これは邪魔になりそうだ。
 孫を抱いた斉藤が庭に出てきた。狙撃にはベストのポジション。狙いを斉藤の頭に合わせる。
 呼吸を、二つ数えた。銃口がぶれれば、孫に銃弾が当たってしまう。ふっと、空白の時間がアンナを襲った。頭が思考を止めたのだ。
 引き金を引いていた。轟音が響く。孫が地面に落ちていく。斉藤の頭が吹き飛ぶのが、はっきり見えた。
 アンナは二階の部屋を飛び出した。孫の泣き声が耳に届く。リビングに転がしている女をちらっとみる。すぐに娘が帰ってくる。
 門を飛び出しバイクに跨ってエンジンをかける。連中の車は二台。前後を挟まれる可能性がある。眼の前の細い路地にバイクをつっこんだ。アクセルをふかして直進する。脇から誰かが飛び出して来たら避けようがない。心で祈りながら現場を離れる。後ろで車のエンジン音が聞こえてきた。バックミラーに細い路地を無理やり進んでくる車が目に入った。
 急ブレーキをかけて減速し、脇道に飛び込んだ。この道は車では曲がれない。そのまま直進する。男たちが車から降りてくるのが見えた。
 大きな通りに出た。もう一台の車は見えない。斉藤を病院に運んでいるのかもしれない。
プロフィール

アーケロン

Author:アーケロン
アーケロンの部屋へようこそ!

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