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野獣よ暁に吼えろ 12


野獣よ暁に吼えろ 12

 町は祭りの真っ只中だった。
 山車が駆け抜け通りから水がかけられ、男たちは身体中から湯気を立てていた。勇壮という言葉がピッタリの光景だった。
 笙子は道端で引き込まれるように見入っていた。気づけば、太陽はすでにオレンジ色の日を差しており、周囲に焼けたような色合いを生み出していた。
 夕闇の太陽が静かに息を引き取ろうとしていた。夜が始まっていく。通りに並んでいた露店が店じまいをはじめても、通りの人通りは絶える様子はない
 笙子は人ごみを避けて、実家へ向かって歩き出した。ふうっと一息つく。特にやることも無い。
 車が目の前に停車した。外車だった。ドアが開き、運転手が降りてきた。
「あ……」
 男の顔を見て、笙子は声をあげた。
「よお」
「南原君」
「南原君はないだろう」
「じゃあ、なんて呼べばいいの」
「昔みたいに、明生でいい」
「じゃあ、明生。どこにいくの?」
 笙子は言いにくそうに話した。
「ドライブだ。お前も一緒にどうかと思ってね」
「あなたの車?」
「まあな」
 明生は助手席のドアを開けた。笙子が車に乗り込んだ。
「なんて車?」
 笙子は戸惑いながら聞いた。乗り心地のいいシートに、高級さが漂う内装。かなり高価なスポーツカーだ。
「ポルシェだよ」
「羽振りがよさそうね。向こうで何しているの?」
「店をいくつか持っている」
「どんな?」
「女の子を使っている」
「そう、そういうお店ね」
 横に座る明生の横顔を見た。子供の頃の面影が残っている。この横顔をそっと盗み見して、中学のときは胸をときめかせていた。
「どこに連れて行ってくれるの?」
「海岸線にしゃれたレストランがある。一緒にどうだ?」
「いいわね」
 車は走り続け、町を出て道幅の広い道路に出た。アクセルを踏み込む。急な加速に、笙子が小さな悲鳴を上げた。
 外を見ると、水平線の遠くに灯りがまたたき、その一つ一つの灯りが、逆に闇へと誘っているように見える。漁火だった。
「あの灯りって強いのかしら?」
「集魚灯か。近くでまともに見ると目が潰れる」
「集魚灯だなんて、あなたもそんな言葉を知っているのね」
「俺のことを馬鹿だと思っていたのか」
「いいえ、ただ、意外だっただけ」
 海沿いの道路を進むと、道沿いに赤いネオンが輝いている。赤レンガ造りの洋館の佇まい。明生のいっていた通り、かなり洒落たレストランだった。ポルシェが駐車場に滑り込んだ。
 シックな店内に、クラシック音楽が流れている。海側のテーブルに案内されると、明生がワインを注文した。
「この近海で取れる魚介類を使ったイタリア料理なんだ。けっこういけるよ」
「おばさんは元気なの?」
「まあな。いい歳して相変わらず男出入りが激しいよ。まあ、お袋がそれで楽しけりゃ、別にいいんだ。間違っても、俺の兄弟ができるなんてことは無い」
「どういうこと?」
「卵巣がないんだ。卵巣がんで全部摘出した」
 笙子が息を呑んだ。
「別に命がどうのってことじゃない」
「そう、良かった」
「お袋はどうしようもないあばずれだ。ヤクザは嫌いだっていつも言っていて、じいちゃんの元を飛び出したはずなのに、結局やくざのような男とばかり関わっていたよ。でも、お袋が癌だと聞かされたとき、そんな母親でも助かってくれって祈ったよ。まあ、あんなあばずれほどしぶといんだよな。あっという間に直っちまった。それ以来、人生に後悔しないように、男遊びを楽しんでいる」
 明生の言葉に笙子がくすっと笑った。
「お前はどうなんだ。会社勤めだって聞いたぜ」
「やめたの、会社」
「なんだ、またかよ。堪え性のねえ奴だな」
「職場に、やくざの親分の娘であることがばれたの」
 明生が顔を上げた。
「遠まわしに会社をやめるように言われたの。いつものこと。所詮はやくざの娘。努力をして認めてもらおうとしても、周囲の目は冷たいわ」
 そういって、黙って運ばれてきたパスタを口に運んだ。
 食事を終えて、外に出た。笙子は素直に明生におごられた。
「ご馳走さま」
 助手席に乗ると、ヘッドレストに頭をつけた。
 車がゆっくり動き出した。窓の外を町の明かりが流れていく。
 いい気持ち。
 闇に引き込まれていくように、意識が薄れていった。

 目が覚めるとホテルの部屋にいた。ベッドの上だった。 
 手足を動かそうとしたが、まだ自由に動かせない。明生に何かを入れられたと思った。
「目が覚めたか」
 誰かが顔を覗き込んできた。
「明生……。何をしたの?」うまく舌が回らない「薬を飲ませたのね」
「今からお前をもらう」
「えっ?」
 どういうこと? そう聞こうとしたときには、明生の手が服にかかっていた。
「やめて!」身体をよじって逃げようとしたが、身体がしびれて動かない。
「ああああっ!」身体に触れられると、痺れるような快感に襲われた。
 明生が笙子の身体を押さえつけた。ブラウスとスカートを、あっという間に脱がされた。ブラジャーをはずされ、最後に残っていた小さな布切れも剥ぎ取られた。
 陶器のような白い肌に、無駄な肉のついていない体躯、豊かな乳房の頂点に、ピンクの乳首が誇らしげに上をむいている。匂いたつような女の身体が、ベッドの上にさらけ出されたのだ。
「いい身体をしているな」
「最低! あんた、そんなことする人だったの!」
「俺にだってやくざの血が流れている。欲しい女は力ずくで奪うんだよ」
 明生が服を脱ぎ捨てた。笙子は目を見張った。
 明生の裸を見るのは初めてだった。痩せて細身だが、全身が筋肉で覆われている。腹筋も太腿の筋肉も太く強そうに張っていた。地下格闘技の選手でかなりの強者だったと聞いたことがある。
「大丈夫。何かあれば俺が責任をとってやるよ」
 明生はベルトを外し、ズボンと一緒にパンツを下ろした。
 隆々といきり立った逞しいペニスが天を向いていた。すでに臨戦態勢になっている。
 笙子は明生の股間から目が離せなかった。笙子が知っているどの男性器より、明生のものは太くて大きかった。
 明生が笙子の股間に手を差し込んだ。
「あああっ! やめてっ!」
「なんだよ、嫌がってる割りにはびちょびちょじゃねえか」
「いやっ!」
 自分でもわかるくらい、すごい濡れようだった。股間から太腿の内側にかけて、溢れた粘液がシーツを汚しているのがわかる。
 明生は強引に笙子の脚を開かせると、ペニスを彼女の股間に割り込ませた。
「あああっ! 嫌!」
 笙子は言葉では拒否したが、身体は嫌がっておらず、むしろ、自分から腰を合わせしまった。
 明生は右手を添えて笙子の入口にあてがった。亀頭部が中にぬるっと入り込んできた。明生は笙子の尻に両腕を回し、ぐっと腰を上げた。
 すっかり濡れそぼった笙子の性器は、さしたる抵抗もなく明生のものを受け入れ、根元までしっかりと中にくわえ込んだ。明生の物を奥まで受け入れた笙子は、息もできないほどの激しく反応した。
 明生が腰をゆっくりと動かした。笙子の口からため息のような喘ぎ声が漏れた。
 笙子が、快感に堪えないような喘ぎ声をあげた。膣は、受け入れた明生の物の大きさや堅さを確かめるように、幾度となく収縮を繰り返した。まとわりつく肉襞に逆らうように、明生は前後に激しく出し入れした。
 笙子は自分の恥ずかしい姿を明生に見られていることに異常に興奮した。膣穴からは愛液が溢れ出し、明生との結合部分を淫らに汚していった。
 笙子は胸を突き出し、背中を仰け反らせた。膣がきゅうっと痙攣した。
 明生は笙子を仰向けにして、笙子の白い尻を抱え込んだ。アナルが剥き出しにされるのを感じる。
 後ろから明生の鋭い視線を感じて、笙子が枕に顔を伏せた。
 明生が腰を押し出すと、膣を押し開いて明生のものが再び笙子の中に入ってきた。膣壁がペニスに絡みつく。
 明生がゆっくりと、前後に揺らした。膣壁が擦れる快感で笙子が大きな声をあげた。
 笙子は泣きながら腰を振った。明生の腰の動きが速まって、後ろから深く貫かれた。
 一気に頂上まで駆け上がった笙子が大きな叫び声をあげた。そして、死んだようにぐったり身体を弛緩させた。
 明生は笙子の身体を再び仰向けにした。されるがまま足を開かれ、明生が覆い被さってきて、再び挿入した。
 同時に絶頂に導かれ、笙子は叫んだ。それが声になったかわからなかった。
 気を失っていたのは、どのくらいだろう……。
 はっとして、笙子は飛び起きた。慌てて股間に手を伸ばす。
「うそ……」笙子は明生を睨んだ。
「酷い! 中に出したのね! 私、今日は凄く危ない日なのに!」
 だが、明生は笙子を無視するように咥えたタバコに火をつける。明生の周りに白いカーテンがかかったように靄がかかる。
 そんな明生の態度に笙子は苛立った。
「子供ができたらどうすんのよ!」
「結婚してくれ」
「えっ?」
「俺と結婚してくれといったんだ」
 笙子は言葉を詰まらせた。
 明生が……結婚……? 私と……?
「な、何いってんのよ! 無理やり乱暴した男と結婚なんてできるわけ無いじゃない!」
「いっただろ。俺にはヤクザの血が流れている。惚れた女は力ずくで自分のものにするんだよ」
 惚れた女という言葉が、笙子の胸に突き刺さった。
「自分が何いってるか、わかってんの!」
「俺と一緒になるのが嫌なのか?」
「いや、その……」また言葉に詰まる。「嫌とか、そんな問題じゃないの!」
「お前が嫌じゃなければ、俺には問題ない」
 そういって、煙をゆっくりと吐き出した。

野獣よ暁に吼えろ 11


野獣よ暁に吼えろ 11

 露店が終わる時間に、一平太は明生のところに戻った。二人でテントをたたみ、うなぎを袋に入れる。明日もあるので、水槽はそのままだ。
「祭りはどうだった?」
「よかったっす。なかなか迫力があって」
「意外だな。お前が神輿や山車に興味があるなんてな」
 聡子と一緒にいたことを、なぜか明生に言う気にならなかった。
 ふたりで宿に戻ると、借りている倉庫にうなぎを運び込み、水槽に移してエアのポンプのスイッチを入れる。蓋を被せて暗くすると、うなぎが落ち着くんだと明生が言った。
「こうするとうなぎが死なないんだ」
 これで部屋で飲んでいてくれ。一万円札を一平太に渡すと、明生は用があるといって昨日と同様、一人で出かけていった。ひとりで何をしているのか、一平太に話そうとしないのが気になった。
 酒を買って部屋で一人で飲んでいると、誰かが襖を叩いた。
「空いてるよ」
 声をかけると、部屋に入ってきたのは聡子だった。
「お一人?」
「あ、はい。明生さんは用があるといって、出かけたっす」
「用って何?」
「さあ……聞いてないっす」
「そう」
 聡子が一平太の横に腰を下ろした。
「私も何か飲もうかな」
「そうすっか、じゃあ、何か買ってきます」
「いいわ。下から何か持ってくる」そういうと、聡子が部屋から出て行った。しばらくして、聡子が鍋料理をこしらえて持ってきた。
 ふたりでビールで乾杯し、鍋をつついた。労働の疲れと酔いと満腹で、心地よい眠気がやってきた。
「疲れたでしょ、お風呂沸いてるからどうぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
 聡子に勧められ、部屋を出て風呂場に向かった。
 風呂からあがって部屋に戻ると、風呂場に向かう聡子とすれちがった。浴衣の前から、豊かな谷間が目に入り、思わず目をそらせる。
「私もお風呂をいただくわね」
「どうぞ」
 部屋に戻るとテーブルが片付けられており、横には布団が敷かれていた。
 用意されていた浴衣に着替えて、ビールを飲んでいると、ドアがノックされた。
「開いてるっす」
 明生が戻ってきたと思ったが、入ってきたのは聡子だった。髪をアップにし、薄化粧していた。白い浴衣の胸元が開いている。
 その格好を見て、一平太の胸は早鐘のように高鳴り、鼻の穴が広がった。胸も尻も大きく張り出したグラマーな体形を隠そうとせず、聡子が微笑んだ。
「私の部屋で一緒に飲まない?」
「聡子さんの部屋でっすか?」
 一平太が驚いて聡子を見た。
「大丈夫。代貸しは今夜はここに来ないわ」
「でも……」
「さあ、いきましょ」
 聡子に手を引かれ、一平太は慌てて立ち上がった。
 聡子の部屋は綺麗に片付けられていた。聡子は、部屋の冷蔵庫から冷えたビールとグラスをもって、膝を崩して一平太の傍らに座った。白粉の匂いが鼻腔をくすぐる。
「今日は疲れたでしょ?」
 聡子が一平太の顔を覗き込んで聞いてきた。
「は、はい」
 ふたりでグラスを合わせて、ビールのグラスを空けた。目を逸らそうとしても、視線は聡子の体に向かった。聡子の身体を目で追っているうちにムラムラとしてきた。
 一平太が顔を上げた。聡子が潤んだ瞳で一平太を見つめていた。
「あ、あの、聡子さん」
 聡子が一平太の大きな身体を抱いた。おとなしく一平太の腕の中でキスを待っていた。次の瞬間、一平太の唇が聡子の唇を覆っていた。聡子は何も言わずに受けとめた。そして、一平太の顔を撫でながら、愛しくキスをした。
 静かに抱き合ったまま、ふたりは唇を合わせた。初めは抱かれるままだった聡子が、手を一平太の背中をなでまわした。
 一平太も聡子の手の動きに合わせて、聡子の体を撫でまわしました。童貞だった一平太は、キスをしながら聡子の体を撫でまわすのが精一杯だったが、やがて浴衣をたくし上げて、裾から手を入れた。
 聡子は下着を着けていなかった。
「隣の部屋に連れて行って……」
 一平太は聡子の身体を抱き上げ、隣の部屋の襖を空けた。床に寝床が敷かれていた。一平太が聡子の身体をゆっくり布団の上に横たえた。
 聡子が上体を起こして座り、一平太を抱きしめた。繰り返しキスをしたあと、聡子を布団の上に寝かせて覆いかぶさった。
 太ももで聡子の股間を割って足を開かせるようにした。
「したい……一平太くんと」
「でも……」
「私じゃ嫌? 理想の相手とは程遠い?」
「そ、そんなこと、ないっす」
 聡子は少し微笑むと力を抜き、少し足を開いた。その誘惑に誘われるように、一平太は再び聡子に覆いかぶさった。
「一平太くんは私としたいの?」
 聡子が念を押した。一平太は真剣に聡子を見つめ頷いた。
 不意に下半身に何かが触れた。聡子が手を伸ばし、股間に触れたのだとわかった。
「あ、あの!」
「じっとしていて……」
 聡子は一平太の浴衣の帯を解いて前を開いた。一平太のブリーフを、聡子は両手を添えてずらした。硬く勃起したペニスが、弾けるように飛び出してきた。
 気がついたら、キスされて、浴衣を脱がされて裸にされていた。
「一平太が脱がせて……」
 震える手で聡子の浴衣を脱がせた。思った通り、見事な身体していた。
 聡子に促されるまま、布団に横たわった。 一平太は聡子のどこを見ていいのか、目のやり場に困った。顔を見るように努めた。
 聡子は仰向けに寝ると目を閉じた。上に覆いかぶさって聡子の両足の間に腰を入れると、聡子は股を開いた。
「本当に初めて?」
「は、はい」
 聡子は一平太の股間に手を伸ばして勃起したペニスを握り、自分の入り口にあてがった。
 聡子はそっと一平太のものを指で支えるようにして、自分の中へと導いた。そして瞼を閉じた。一平太はゆっくりと腰を突き出した。

野獣よ暁に吼えろ 10


野獣よ暁に吼えろ 10

 町の方からひっきりなしに、笛や太鼓の音が響いてきていた。太鼓の数や笛の数がどんどんと増えてくる。右から左から、さらにずっと遠くの方からも、聞こえ始めた。
 人々の歓声がそれに混じる。波の様にうねる音が高く低く聞こえてくる。
「俺が店番しているから、ちょっと行って見て来いよ」
 明生がそう言った。
 一平太は立ち上がって、まず神社の境内に向かう。そこはすでに人で溢れかえっていた。
社殿の前には大勢の人が並んで、参拝の順番を待っていた。
 御神楽の舞台では股旅物の芝居をやっていた。役者が見得を切ると、観客から一斉に掛け声が掛かった。お捻りが飛び交う。芝居は一時中断し、役者も裏方もまずはお捻りを拾う。
 一平太は参拝客の後ろに並んで賽銭を投げた。そのまま人の流れに従って鳥居を潜る。階段があり、階段下からずっと町の方まで露店が並んでいた。神社に向かう人と帰る人で、二列に人並みが分かれている。
 一平太は流れについて階段を降りた。
「一平太くん」
 振向くと、そこに聡子がいた。一平太は頬が赤らむのを感じた。
「どうしたんっすか?」
「参拝が終わって帰るところなの。一平太くんはどこにいくの?」
「はい。明生さんが見に行ってもいいっていてくれたんで、山車を見に行こうと思ってたんっすよ」
「じゃあ、ご案内するわ」
 一平太と聡子は並んで人並みに押されて行った。
 聡子の肩が一平太の腕に触れる。薄い浴衣地を通して、聡子の体温と肉の柔らかさが伝わってきた。一平太は、股間が熱くなってくるのを感じた。
 横を歩く聡子に何とか気づかれないように、腰を引きながら歩いた。
 聡子はそんな一平太の様子を見ていた。
「明生さんから、私の事を聞いたのね」
「えっ?」
「隠さなくてもいいわ。顔に書いてあるもの」
「は、はい」
「どう思った?」
「その……。とても本当の事とは思えなかったっす」
 一平太は正直に感想を言った。
「私のことをそんな風に思ってくれたのは嬉しいけど、買い被りよ。明生さんが言った事は本当のこと。私は馬鹿な不良娘だったの。いえ、今でも馬鹿は同じね。馬鹿な、ヤクザ者の妾よ。あなたの考えていたような女じゃあないわ」
「そ、そんなことないっすよ」
「あの時、父の言う事を聞いておけばこんなことにはならなかった、と今になれば思うけど、当時は口煩いばかりの父の言葉には素直に従えなかったの。結局、私をちやほやする男の下心に気が付かず、家を出たって言うわけなの。後はお定まりの転落ストーリーだったわ。高校にも行かずに男のアレをしゃぶって、いろんな男に抱かれて」
「そ、そんなこと……」
「亭主はね、宮城刑務所にいるわ。ちょっと待って、もう出たかしら。いずれにしてもそんな頃だわ」
「会いたいんっすか?」
「そんなわけないでしょ。愛情なんてあるわけないじゃない。動物のように扱われただけだもの。私も動物だったかも知れないけれど、アイツはもっと動物だったわ。けだものよ。人間らしい感情なんかこれっぽっちも無い。自分のしたい事をするだけの男」
「代貸しのことを嫌ってんっすか?」
「そうよ。代貸しも私の亭主と同じ。私を家畜かなんかと思っている。でも、いいのよ。自業自得。私は脳味噌の足りない動物なのよ」
 大通りに出ると人垣が出来ていた。鉦や太鼓の音が大波のように押し寄せてくる。高さが七、八メートルはあろうかと言う山車が目の前を通過して行く。年代物の人形が山車の上で踊っていた。山車は大通りの向こうの方まで、何台もつながって並んでいた。
 聡子は一平太を甘味処に誘った。アンミツを口にして話す聡子はまるで十七、八の少女のようだった。
「今度は一平太さんの事を教えて」
「俺は、話す様な事なんってないっすよ。中学出てからは、高校にも行かずに働いていたっす。両親は離婚しました。母親と暮らしていたけど、母親は風俗で働いていました」
「そう」
「俺、新宿でやくざに絡まれて、ぼこぼこにされたんです。体がでかくって、格闘技もやってたんっすけど、多勢に無勢で袋にされました。そのとき、明生さんに助けてもらったっす。仲間連れて、やくざをぼこってくれたっす。あのときの明生さんって、すごくかっこよくって、もう、一生ついていこうって決めたっす」
「恋人は?」
「恋人なんていませんよ。女の子と付き合った事もないっす。だから俺……童貞っす」
「本当?」
「はい。女の子としたことないっす。したいけど、する相手がいないっすよ」

野獣よ暁に吼えろ 9


野獣よ暁に吼えろ 9

 明生と工藤は辺りを憚るように声をひそめて話しているのだが、どうしたって一平太の耳には届く。
 明生からは、祖父のいた田舎にテキヤのアルバイトにいくという話しか聞かされていなかったが、もちろん、それだけのために明生がこんな田舎に来たとは思っていなかった。
ヤクザ者の世界がそこに垣間見えている。一平太はわくわくする気持ちになってきた。
「悪かったな一平太」
「何か起こるんっすか?」
 工藤が去った後、一平太は好奇心を抑えきれずに明生に聞いてみた。暴力的なことが起こりそうな気がする。
「ヘンな時に連れて来ちまったようだ。こんな田舎ヤクザでも勢力争いはあるんだよ。それに、田舎だからと言って関東や関西の大組織と無縁じゃない。チャンスがあれば、彼らは食い込んでくる。今までもそうやって組織を大きくして来たんだからな」
「何かやるなら、俺、手伝いますよ」
「俺たちはただの露店のアルバイトだ」
「代貸しが明生さんを巻き込もうとしていると、工藤さんは言っていましたけど」
「そんな事はないさ。もし、連中の間に何かが起こっても俺たちは傍観者だ。勝手にしろだ。佐々木組が無くなろうが、須田一家が無くなろうが、関東や関西の組織が母親の生まれた町を取ろうが、俺たちには関係無い」
「聡子さんは、どうなるんっすか?」
「まあ、あの人だって組の争いには関係無いだろう。しかし、成り行き次第では、今の境遇に変化があるのかも知れないな」
「どう言う事っすか?」
「佐々木の代貸しがもし殺されるようなことにでもなってみろ、あの旅館の女将じゃあいられなくなる」
「代貸しが殺されるんっすか?」
「そんな事が起きるかも知れないって話だよ、お互いの面子が掛かっているからな。しかし、喧嘩になれば双方ともただじゃあ済まない。警察も黙ってはいないしな。どうなるかは分からないが、揉め事が起きればどちらの側も損をするんだ」
「聡子さんには亭主がいるんっすよね」
「いや、正式に結婚しているのかどうか、俺は知らない。しかし、その亭主と言う男、そんな事は眼中に無いヤツなんだ」
「服役中だって聞いたっすけど」
「ああ、傷害事件を起した」
「ヤクザ者っすか」
「暴力団に所属しているかってことなら、そうじゃあないらしい。ただし、酷い乱暴者だ。暴力団と言う組織に入っていることさえ出来ないヤツらしい」
「やくざも勤まらないほどの暴れもんなんっすか?」
「誰の言うことも聞かない。誰かに命令されるなど我慢が出来ないし、法律なんか眼中にない。何でも自分の思った通りじゃなきゃ気が済まない。そう言うヤツらしい。聡子さんと亭主は千葉に住んでいたんだが、亭主が逮捕されて、聡子さんはこの町へ戻ってきたんだ」
「そんな男だったら、ヤクザと揉め事起したんじゃないんですか?」
「ヤクザ者も怖れて近寄らなかった」
「どうして聡子さんはそんな男と一緒になったんっすか?」
「聡子さんは、中学に入る頃からこの町の不良やヤクザ者と付き合っていた。中学を卒業するとすぐに家出して、当時付き合っていたヤクザ者と一緒に町を出たんだ。その男から、東京へ行こうと誘われたかららしい。そして、男と一緒に暮らし始めた」
「東京っすか?」
「歓楽街でピンクサロンのような風俗店で働いていた。よくあるパターンだよ」
 目の前を、女子高生のグループが通り過ぎていった。
「服役中の亭主とはそこで出会った。店の客として聡子さんの前に現われたんだ」
「聡子さんは、どんな店で働いていたんっすか?」
「違法な風俗店だ。店内で客と本番をやらせるような店だ。その男は聡子さんが気に入ったらしい。名前は宗田義光。中学出たての幼い女が好きだったのかも知れないな。そして、宗田は聡子さんを自分の物にすることに決めたんだ」
「でも、別の男と住んでいたんですよね」
「宗田は店が終わるのを待って聡子さんと一緒に、聡子さんが住んでいたアパートに行き、そこにいた男を半殺しにした。男は暴力団の組員だったがそんな事はお構い無しだった。その夜から聡子さんは宗田と暮らし始めた」
「前の男は聡子さんを取り戻しに行かなかったんっすか」
「逃げ出してそれっきりだ。それで、聡子さんは諦めた。この男と一緒に暮らして行くしかないってね」
「で、代貸しが横取りしたんっすね」
「宗田が傷害容疑で逮捕されると、聡子さんはアパートを引き払ってこの町へ帰って来た。でも、親の家には入れない。どうしようかと思っている所に、代貸しから声を掛けられたんだ。聡子さんと代貸しは以前から知り合いだったからな。この町は狭いんだよ」
「代貸しは、聡子さんの亭主がそう言う男だと言うことを知っていたんっすか?」
「もちろんだ。だが、この町を縄張りとしている佐々木組の組長が、一人の乱暴者が怖くて妾を手放すなんて事はできない。そんなことになったら、代貸しの面子は丸潰れだ。縄張りを維持していくことなんか出来やしない。それに、相手は一人だ。代貸しの周りには子分がたくさんいる。間違っても聡子さんを亭主に返すなんて事はないよ」
「それじゃあ、聡子さんにとっては、亭主よりも代貸しの方がいいんじゃなっすか」
「それは、俺には分からないよ。ただ、聡子さんは代貸しを嫌っている。理由は分からないけどな」
 昨日見た聡子と、今の明生の話に出てくる聡子はまるで別人のようだと、一平太は思った。中学の時から不良で、家出してヤクザ者の男と一緒になり、十六の頃からピンサロで働く聡子と、染み一つ無さそうな白い肌をし、黒い髪を結い上げ、大きな黒い瞳、聡明そうな口元を持つ聡子が、同一人物とは到底思えなかった。子供の頃から男に身を任せ、男の間を渡り歩き、性と欲望に首まで浸かって暮らしてきた過去があるなど、どうやったら想像できるだろうか。
 しかし、聡子が現在ヤクザ者に囲われている事は疑いようが無い。堅気の女ではないのだ。堅気の女が、暴力で無理やり妾にさせられているというのでも無いのだ。

野獣よ暁に吼えろ 8


野獣よ暁に吼えろ 8

 翌朝は、祭りの初日に相応しいいい天気だった。早朝から夏を惜しむような蝉の鳴き声が聞こえてきた。祭りを待ちきれない子供たちの声も聞こえる。
 祭りの期間中は小学校も中学校も高校も休みだ。子供たちが喜ぶのも無理は無い。祭りは大変な人出になりそうだった。
 九時半に持ち場に着いた。ふたりで露店の設営を始めた。釣堀を組み柱を立て屋根を乗せた。
 釣堀に水を張りウナギを入れる。釣竿に紙縒りで作ったハリスと針をつけ、釣堀の周りに立て並べた。
「俺はウナギ釣り一筋なんだ。今年でまだ三度目だが」
「本当にこんなので釣れるんっすか?」
 竹を裂いただけの頼りない竿を振りながら、一平太が訊いてきた。
「上手なやつは三匹も釣る」
「信じられないっすね」
 一平太が訝るのも無理は無い。紙のハリスは頼り無さそうだし、ウナギは太って元気そうだ。
 子供たちの姿がどんどん増えてくる。ウナギの様子を眺めながら釣堀の前を通り過ぎていった。少ない小遣いを何に使おうか、頭を悩ませているのだろう。周囲を見回すと、ほぼすべての露店が営業を始めていた。
 昨夜の代貸しの言葉を伝えると、明生はさも馬鹿にしたように、ふん、と言った。
「この渡世を送る人間で、縄張りを人に譲るやつはいないよ。連中にとって一番大事なものが縄張りなんだ。俺に譲ってもいいなんて言うのは、まったくの出鱈目だ」
「明生さんにその気がないので、そう言っているだけなんじゃないんですかね。俺には、冗談を言っているようには聞こえなかったっすけど」
「俺はもうここの人間じゃねえ。今さら祖父の事を持ち出しても、もう何の意味も無いだろう。縄張りは代貸しがガッチり抑えているんだからな。俺を代貸しの子分にしたところで、代貸しの力が変わるわけじゃあない。俺はここじゃあただの余所者だし、祖父の子分たちで俺の事を知っているのは工藤くらいのものだ」
「そうっすよね」
 明生が新宿を離れるはずはない。一平太は一瞬でも明生が東京を離れるのではないかと訝ったことを、愚かだと思った。
 日が高くなるにつれて人出もどんどん増えてきた。小さい子供を連れた家族連れや、中学、高校生が友達同士誘い合ってやって来た。
 地元の不良たちの数も増えてきた。髪を金色に染め、眉を細く剃っている。東京の不良と同じ身なりをしている。
 不良たちは神社の裏手に集まって何事か話し、笑いあっている。車で来ているものも多い。女の子を誘い出し、山に連れ出してそこで身体をいただくつもりなのだ。
 祭り太鼓や笛の音が高く低くひっきりなしに聞こえてきていた。神社の境内だけでなく町の方からも聞こえ始めた。
「そろそろ神輿や山車が出る頃だな」明生は言った。
 気温が上がり、釣堀の水の温度も上がり始めた。二人の露店は半分森の中に入っており、日陰があったので、他の場所より店番はしやすかった。釣堀の周りには小学生ばかりが五人ほどいた。誰も釣りをせず、じっとウナギを見ている。
 神社の境内の方から工藤がやってきた。
「どうだい、調子は?」
 明生が笑いながら首を横に振る。工藤は明生の隣に腰を降ろした。
「浮かない顔しているね、工藤さん」
 そうかい、と工藤は言った。
「実は、ちょいとヘンな事を耳にしたんだ。どうやら、明生さんの言う通りらしい。親分と代貸しの間が、ここの所どうもしっくり行っていないみたいなんだ」
「何かあったんですか?」
「親分が長谷川に跡目を継がせようとしていたらしい」
 須田の親分ももう六十五だ、そろそろ引退することを考えているのだろう。
「長谷川さんですか」
「本当は息子でもいればよかったんだが。田舎のやくざから、娘婿に跡を継がせたいんだろう。だが、笙子さんはやくざの世界を嫌っているし、聡子さんの旦那はちょっと……」
 聡子の旦那か。明生は意味ありげに頷いた。
「そこで、子分の中から器量のある者に自分の跡目を継がせることにしたんだろう。そういうことになれば当然、須田一家本家の若い者頭、長谷川が継ぐ事になる。誰もがそう思ったし、どこかから異論が出るとも、親分は思ってなかっただよ」
「ところが、出たって事ですね」
 工藤が苦笑いしながら頷いた。
「佐々木の代貸しが長谷川じゃあ承知しねえと言ったらしい。もちろん他にも同調者がいた。代貸しは、長谷川じゃあ一家が纏められねえと暗に言ったらしんだよ」
 確かに、長谷川は器の大きさに問題がある。それに、身体はでかいが貫禄が今ひとつ足りない。いうなれば、でかいだけの不良だ。新宿にもあの程度の男はごろごろしている。なにより、年も代貸しよりは大分下だ。長谷川組よりも佐々木組の方がずっと羽振りがいい。
「ところが、親分はカチンと来たらしい。俺が選んだ跡目じゃあ納得出来ねえというわけか、とこうなったわけで、お前が跡目を継ぎたいと、こういうわけか、と佐々木の代貸しを怒鳴りつけたんだよ」
「まあ、代貸しとすれば、本家の跡目を継ぎたいと思ってはいても、その場ではハイそうです、とは言えねえですよね」
「そういう事があって、親分はこの祭りの場所割に口を挟んできたってわけらしいんだ。親分の面子もあるし、本家若い者頭の長谷川の面子もあるからな」
「組を引き受けてるからって、いい気になるな、と言う事なんでしょうね。で、代貸しはどうするつもりなんですか」
「どうするかって、それは分からねえ」
「実はね、工藤さん」
 一平太から聞いた、風呂場で代貸しに言われたことを教えてやった。縄張りを譲るなんて本気とは思えないけどね、と付け加えた。
「明生さんにそんな事を言うなんておかしい。でも、満更出鱈目と言うことじゃあないかも知れねえな。五所川原の親分は、初めっから佐々木の代貸しが組を引き受ける事を嫌っていた。テキヤはテキヤらしくしていろ、といつも言っているらしいからな。ところが佐々木の代貸しは、組を放っておくと関東の三合会と関西の洪門会が隙を突いてやって来ると言ったんだ。どうやら親分の頭越しに両組織と話をつけ、自分勝手に組の縄張りをそっくり引き継いだ、と言うことらしいんだよ。組を引き受けた事で、佐々木の代貸しの下には博徒の集団が出来上がっちまったんだ」
「テキヤに比べればずっと喧嘩慣れしているヤツラですね」
「そうなんだよ。だから、五所川原の親分もおいそれとは口を出せない」
「ただ、組を抱えたままじゃあ須田一家の跡目を継ぐことは出来ないんじゃないんですか? 親分がそれを許さないでしょう」
「それで、一時、南原の親父の孫である明生さんに組の跡目を継がせる格好にして縄張りを手放し、須田一家の跡目を継いだ後取り返すつもりなのかもしれねえ。代貸しが組を引き取った時、三合会も洪門会もただ黙って引っ込んだわけじゃあないと思うんだ。代貸しはヤツラと何らかの取引をしたんだ」
 工藤の言うとおりだろう。連中は、咥えた餌を黙って掻っ攫われるようなヤツラじゃあない。

野獣よ暁に吼えろ 7


野獣よ暁に吼えろ 7

 暗い部屋だった。畳が敷いてある。畳の上には夜具が延べてある。窓のガラスを通して僅かな明かりが部屋の中まで入って来ていた。
 疲労の極にあった。
 聡子の肉は、まだゆっくりと蠢いていた。
「お前は最高の女だ」
 佐々木はペニスを聡子の膣から抜いた。佐々木の放った牡汁が布団の上にこぼれ落ちた。聡子は身体を仰向けに転がした。股間におびただしい精液を溢れさせていた。 
「幼い顔立ちからは、このテクニックはとても想像できないな」
 佐々木の言葉に耳を覆いたくなった。意識して胎内の肉を動かしているのではない。聡子が本能的に備えている能力なのだろう。
 十三歳の少女の時から、男に抱かれてきた。無意識に男のものをむさぼろうとする膣肉の反応、肉の蠕動と収縮。これまで何人もの男に指摘されてきたが、聡子の身体はおそろしくセックスに適応した魔性の能力を持っているのかも知れない。
「見ろよ」
 佐々木が聡子の体液にまみれた分身を突き刺してきた。
「ムスコがなかなか萎えねえ。二度と縮まねえんじゃねえのか」
「薬を飲んでいるんですか?」
「お前とやるときは薬はいらねえんだ」
 聡子の奥では、まだ襞の細かい蠕動は続いていた。
 聡子はティッシュで自分の股間から漏れ出てくる佐々木の精液を拭うと、新しいティッシュを箱から引き抜き、まだ萎え切っていない佐々木のペニスを拭った。そして、ゆっくりと口に含んで、ペニスについていた粘液を舌で綺麗に舐めとった。
「南原の孫が、毎年祭りのときに戻ってきやがる」
「夜店の手伝いなんでしょ? 工藤さんがアルバイトとして東京から呼んでいるらしいんです」
 聡子は佐々木のペニスを掌に乗せると、親指で尿道を扱いて中に残っていた精液を搾り出し、ティッシュで拭った。
「アルバイトだと?」
 佐々木は不機嫌そうにテーブルにおいてあったタバコの箱から一本取り出して口に咥えた。聡子が身体を起こし、ライターで火をつけた。
「お前、あいつの正体を知っているのか?」
「笙子の同級生ですよ。小学校、中学校のときの。今は東京で働いているって」
「半グレだよ」
「えっ?」
「聞いたことあるだろ。新宿や渋谷で幅を利かせている不良グループのことだ。その中でも東京連合ってでかい不良グループがあるんだが、その幹部なんだよ」
 聡子は言葉が出てこなかった。
「ホストクラブや風俗店を何軒も経営している。高級マンションに住んで高級外車を転がしている調子乗りなんだよ。そんな奴が夜店のバイトのためにわざわざ東京からこんな田舎まで来ると思ってんのか」
「じゃあ、どうして……?」
「どうして戻ってきたのか、俺にはわかる」佐々木が不機嫌そうな顔のまま、タバコの煙を天井に噴き上げた。
「あいつは南原組を継ぐ気なんだ。そんなこと許してたまるかい」
「でも、南原組は長谷川さんが……」
 そういって、はっとして佐々木の顔を見た。佐々木の顔が赤黒く変色していく。
「す、すみません」
「け、面白くねえ。このままじゃ済まさねえからな」
 佐々木は全裸の聡子を引き寄せた。
「もう一発やるぞ。チンポをでかくしろ」
「は、はい」
 聡子はさっきよりは力を失っている佐々木のペニスを口に含んだ。舌先でペニスの先端を刺激しながら、野球のボールほどもある大きな陰嚢を、左手でやんわり刺激する。佐々木のペニスが、ゆっくりと力を取り戻してきた。
「おおお……。聡子、お前はやっぱり凄い女だ」
 佐々木は腰を痙攣させながら、満足そうに呻いた。
 佐々木が聡子の胸に顔を埋めた。聡子は首を仰け反らせて、ゆっくりと横臥して行った。
 高く低く、早く遅く、絹糸のような細い声に獣のような生臭い声が被さった。佐々木の巨体が、痙攣するように震える白い体に襲い掛かった。
 白い身体が弾む。豊かに実った乳房が揺れる。下腹がよじれながら波打つ。佐々木の腰が旋回し、上下に、また前後に動き回る。
「お前は魔性の女だな」
 聡子の表情を仰ぎ見ながら、佐々木が呻くように言った。二カ所の肉の輪が、リズミカルに伸縮していた。二つの輪の中間に位置する肉壁が活発に蠕動し、佐々木の茎や亀頭のくびれを舐め回しては扱きたてた。

野獣よ暁に吼えろ 6


野獣よ暁に吼えろ 6

 明生は用があるといって、席を立った。
「女っすか?」
 小指を立てて聞いたが、「ただの野暮用だ」といって、一人で出て行った。工藤に会いに行ったのかもしれない。
 すっかり酔ってしまった一平太は、一人で部屋に戻って寝ることにした。
 明日から三日間の祭りだ。初日から二日酔いでフラフラしていたんじゃあ売上にも影響する。明生にも怒られるかもしれない。早く寝て酔いを醒まさないと。
「どうして明生君が帰ってきたの?」
 階段を上がろうとしたとき、玄関から女の声が聞こえてきた。一平太は自分に話しかけられたと思って声のしたほうを向いた。聡子だった。妹の笙子も一緒にいる。
「夜店の手伝いじゃないの? 毎年この時期に帰ってきているみたいだから」
「代貸しが気にしていたわ」
 聡子の言葉に笙子の目が険しくなった。
「何よ、あんな男」
 笙子がそういい捨てると、姉を置いて玄関から外に出て行った。
 階段を上がると、磨き上げられ黒光りしている廊下に出る。料理を食べさせるのが中心の店なので、泊まって行くのは宴会や食事の後で帰るのが億劫になった旦那衆がほとんどだ。従って客間は三つしかない。
 祭りの日の前で、泊まり客は取っていなかった。
 小さな旅館だけど温泉を引いているんだぜ、と明生は言っていた。湯船は小さいが二十四時間何時でも入れるそうだ。
 二階の廊下に出て左の一番奥が一平太と明生が泊まる部屋だった。廊下の反対側、右手の一番奥、障子が明るくなっている部屋が女将と代貸しがいる部屋だ。
 一時間ほど横になったあと、一平太は風呂へ入る事にした。階段を下りて一階に行き、廊下を料亭とは反対側に進む。突き当たりのガラスの引き戸が風呂場の入口だった。
 引き戸を開けようとすると、いきなり中から開いた。姿を現したのは聡子だった。
「あら」と聡子は言った。
「今、代貸しが入っているわ」
「そうっすか、じゃあ、俺は後からにします」
「大丈夫よ。五人くらいは入れるお風呂だから、さあ、お入りになって」
 聡子はそう言って廊下を戻って行った。
 代貸しの背中でも流していたのだろう。
 一平太は手早く服を脱ぎ、風呂場の戸を開けた。身体の大きい男が湯船に浸かっていた。
「失礼します」
「おお、はいれ」
 代貸しは血色の良い男だった。でっぷり太っていて、頭が大分薄くなっている。背中一面に坂田の金時の刺青が彫ってあった。
 その筋の男だが、見た限りでは恐ろしい男だという印象は無い。人の良いオジサンと言った感じだった。しかし、声は掠れて太く、長年の渡世で鍛えてきた貫禄が滲むように出ていた。
「明生の弟分なんだって?」
 代貸しは気さくに声を掛けてきた。
「ここの祭りは初めてかい?」
「はい」
「ここいらの田舎としちゃあ結構大きいんだぜ。参拝客も大勢来る、せいぜい稼ぐんだな」
 代貸しは湯船につかりながらこちらを見ている。
「いい身体しているじゃねえか」
「ジムで鍛えてるっすよ」
「明生は東京じゃ、ずいぶん羽振りがいいそうじゃねえか」
「店をいくつか経営していますから。俺もそこで働いているんっすよ」
「そうかい。ところで、明生の爺さんは博徒の親分だったんだ。聞いているかい?」
「はい」
「そうか、それならいいんだ」
 代貸しは、ふうっと息をついた。
「明生に言っておいてくれねえか。爺さんの後を継ぎたいんなら縄張りを返してやってもいいんだぜってな。俺のところで修業して、爺さんの後を継ぐ気はねえかってな」
 玄関で話していた聡子と笙子の会話を思い出した。代貸しは明生が帰ってきたのを気にしていると、聡子は言っていた。
「明生さんが組の跡を継ぐんっすか?」
「奴にその気はねえのか?」
「そんな話、聞いたことないっす。東京で店を四つも持ってますから、向こうを離れる気なんてないんじゃないですか」
 噂では明生の年収は三千万を超えていると聞いている。こんな田舎の組を継ぐとは考えられない。
「爺さんが死んだ時、明生のお袋に連絡したんだが無しの礫だった。明生が祭りの時期にこの町に帰って来るようになるまでは、何処でどうしているんだかまったく分からなかったよ。俺が縄張りを預かったんだって、他にどうしようも無かったからだ。東京や関西の連中にいい様にされるわけにはいかねえしな。何て言ったってここは俺たちの土地だ。そうだろ」
「はい」
 代貸しは風呂から上がっていった。代貸しの股間には黒い大きなペニスがぶら下っていた。勃起すればかなりのサイズになるだろう。
 あれで聡子をよがらせているのか?
 聡子の熟れた浴衣姿を思い浮かべ、下半身が熱くなった。

野獣よ暁に吼えろ 5


野獣よ暁に吼えろ 5
 
 夜店の準備を終え、宿に向かった。古い料理旅館で、名前は「梅の家」。あてがわれた部屋に入ると、明生がタバコを口に咥えた。一平太がさっとライターを差し出す。開け放した窓から祭り太鼓の音が入って来る。
「なんか、楽しみっすね」
「お前、祭り好きだろ」
「だから、俺を連れてきてくれたんっすか」
「まあな」
「ありがとうございます」
 食事の用意が出来たと仲居が伝えに来た。一階の料亭に下りるとテーブルに二人分の料理が並んでいた。ビール瓶と酒の徳利もついていた。
 藍染めのひとえの浴衣を着た女が店の奥から出て来た。長い髪を高々と結い上げた色の白い女だった。その姿を、一平太が吸い寄せられたように見入っていた。
「お久しぶり」
 女は二人のテーブルまで来て、明生の隣に坐った。
「ここの女将の聡子さんだ」
 浴衣の胸の合わせ目から覗く肌の白さに、一平太は目のやり場に困っていた。
「いい男っぷりね。向こうじゃ、ずいぶんと羽振りがいいんでしょ」
「まあ、ぼちぼちだよ」
「何のお知り合い?」聡子は明生に聞いた。
「弟分だ」明生は聡子に、一平太をそう紹介した。
「弟分って、なんか、やくざみたいね。職場の後輩とか? じゃなきゃ、本当のやくざか何か?」
「いえ、俺、明生さんに雇われているんです」
「そう。明生さんに会うのは一年に一度この祭りの時だけね」
 それじゃ。そういって、聡子は席を立った。
「あの女、須田親分の娘なんだ」
「やくざの親分っすよね」
 明生より二つ年上だから、歳はたしか二八のはずだ。
「明生さんって、この町の出なんっすか?」
「母親はこの町の生まれだ。母親の父、つまり俺の祖父は博徒の親分だった。南原組というんだがな。博徒になったのは祖父の父親の代のことだそうだ。祖父の父親は川筋で運送業をやっていて、今は工藤が継いでいる。一緒に川魚料理屋もやっていた」
「で、運送業は今も続いているんっすか。すごいっすね」
「この人が相当の遊び人だったらしい。川筋の漁師や船頭たちを集めて、自分の経営する料理屋で賭場を開いていた。段々と勢力を伸ばして行き、前からいた親分を追い出して、この町を縄張りとして一家を構えたんだ」
 一平太が明生のグラスにビールを注いだ。
「祖父の代に組はさらに大きくなった。関東の広域暴力団三合会と兄弟分になったのも祖父だ」
「南原組っすか」
「だが、南原組はもう無い。祖父が死んで組は無くなった。子分が跡目を継ぐという話もあったらしいが、今の代貸しが面倒を見るという事で落ちついた」
「工藤さんはどうなんすか。どうして組を継がなかったんですか?」
「自分にはそんな度量などないといって断わったんだよ。人のいい田舎ヤクザだからな」
 襖が開いて、また若い女が入ってきた。聡子によく似た女だ。女が明生を見て眉根を寄せた。明生が女を手招きした。
「帰ってきていたの?」女が明生に話しかけ、そして一平太を見た。
「聡子さんの妹の須田笙子さんだ。ガキの頃からの幼馴染だよ」
 笙子は一平太に愛想笑いを返しただけで、姉のいる席に向かった。
「どうだ? 美人だし、聡子さんに負けないくらいいい身体をしているだろ。須田組はテキヤの一家で、本来はここいらが縄張りなんだが、今は代貸しがここの縄張りを預かっているんだ」
「代貸しっすか?」
「名前は佐々木重徳。実は、俺の祖父と聡子さんや笙子の父親の須田安之助とは、歳は離れているが兄弟分の間柄なんだ。祖父が兄、須田親分が弟の関係だ。祖父が死んだ時、三合会が祖父の組を引き継ぐという話が持ち上がった。新宿の洪門会も組の跡目相続の間隙を縫ってこの町に上陸しようとしたらしい」
「新宿にもここを狙っている組があるんっすね」
「まあな。何処をどう立ち回ったのかは分からないが、代貸しが組を引き継ぐという事で落ちついた。子分たちの面倒も見る事になった。三合会の弟分になっているが、洪門会ともうまく付き合っているようだ。佐々木重徳という代貸しは、なかなか政治力のある男らしい」
「どんな男なんっすか?」
「年は五十五、六といったところかな」
 襖が開いて男が顔を出した。
「女将、代貸しがお見えになりました」
 そう、と言って聡子は立ち上がった。一平太は聡子が店から出て行く姿を目で追っていた。薄い浴衣の生地が聡子の動きにつれて微妙に捩れる。その捩れが聡子の熟れた肉を想像させた。
「聡子さんは、今は代貸しの囲われ者なんだ」
「ほんとっすか?」
「この料理旅館は代貸しの持ち物だ。それを妾の聡子さんにやらせている。代貸しには聡子さん以外にも何人か女がいて、みんな水商売の店をやらせている。なかなかの事業家だよ」
 うらやましいか? そういって、一平太に耳打ちしたら、「そりゃ、そうっすよ」と恥ずかしそうに頭を掻いた。
「この町の祭りは大きいんだ。大きな山車が何台も出る。山車の中には江戸時代に作られた文化財級のものも幾つかある。明日見てみろよ、結構すごいぞ」
「楽しみっすね」
「この辺じゃあ、ここの祭りが一番なんだ。近郷近在から人が集まる。東京や大阪からも観光客が来るんだよ」
 明生は意味ありげに一平太を見た。
「ここの祭りを仕切るのは大きな利権だ。祖父も曽祖父も、祭りの時は大きな賭場を開いていたんだそうだ。今は代貸しの佐々木が開いている。賭場には警察署長や市長なんかも顔を出すという話だぜ。佐々木が何時だったか自慢げに話していたのを聞いた事がある」
「なかなかのやり手っすね、その佐々木って人は」
「実は、代貸しとは因縁があるんだよ」
 一平太が驚いて明生を見た。
「俺の母親が、祖父が亡くなった後もこの町には一切来ようとしない。それは、代貸しに原因があるらしい。代貸しは、組を引き受ける時、母親に食指を伸ばしてきたようだ。母親の面倒を見ると言ったんだそうだ。俺の教育費を出してやるとも言ったらしい。だが、代貸しを嫌っていた母親は当然その申し出を断った。そしてこの町との縁も切れたんだ」
 部屋では、あちこちで酒宴が催されている。
「母親にとっては、故郷の町に帰れないのは辛い事だったらしい。祖父が死んだら一度帰りたいと思っていたようだ。しかし、代貸しがいるからそれもかなわない」
「けじめつけたらどうです? 東京から仲間呼んで締め上げましょうよ」
「ここにはここのしきたりがあるんだ。他所もんが考えるほど、簡単なことじゃない」
 部屋がだいぶやかましくなってきた。他の男たちも大分酒が回ってきたようだ。
 一平太は少し興奮気味だった。口の動きも軽やかに、徳利を空けていく。明日からの祭りが楽しみで、というわけでもなさそうだ。
「どうかしたんだ? ずいぶん楽しそうじゃねえか」
「いえ、そんなこと、ないっす」
 明生はそう言うが、聡子のことが気になっているのは顔を見れば明らかだった。
「この旅館の女将のことだろ」
 一平太は目を上げて明生を見た。
「聡子さんは代貸しを嫌っているのさ」
「本当っすか?」
「聡子さんには亭主がいた。いや、今でもいる。現在服役中なんだ。その亭主の留守を狙って代貸しがものにしたんだ。聡子さんは抵抗したようなんだが、この町にいれば代貸しには逆らえない。力の強いものが縄張りと女を取る、そういう世界なんだからな」
「じゃあ、聡子さんは無理やり代貸しに囲われてんっすか」
「聡子さんも堅気とは言えない人だったからね。聡子さんの父親は須田の親分だ。娘たちも、いくら本人がヤクザ社会から遠ざかろうとしていても、周りはそう見ない。しかも、聡子さんはいろいろあった。どうしたって関係が出来てくる。妹の笙子の方は、町で組の人間とすれ違っても知らん振りは出来るが、聡子さんはなかなか難しい。それに、聡子さんは笙子と違ってヤクザ者と付き合う事を嫌がらなかった。どうなるかは分かるだろ」
 一平太は黙って頷いた。
「中学生になった時はいっぱしの不良になっていた。もっとも、俺はその頃の聡子さんはまったく知らない。俺は母親と一緒に東京にいて、祖父がヤクザの親分だとはまったく知らされずに暮らしていたからね。今の話は、俺が高校生になって、毎年祭りにやって来るようになってから聞かされた話だ。その時はもう聡子さんは代貸しの囲い者だったよ」
「それじゃあ、もう何年にもなるんですね」
「そうだな」
「もう、慣れたでしょうね」
「女の気持が分からないヤツだな。嫌いな相手に何年囲われたって好きになるわけないじゃないか」
「そう言うもんっすか?」一平太は言った。
「お前、聡子さんが好きなんじゃないのか。聡子さん、いい身体してるからな」
「そ、そんなこと、ないっすよ」
「だが、用心しろ。ここは一般社会とは違うんだ。聡子さんの相手はヤクザ者でこの町の実力者だ。女は力で従わせるのがやり方だし、自分の女に誰かが手を出すのは絶対に許さない。この世界では面子が何よりも大事なんだ。面子が潰されれば、そのまま黙っている訳にはいかない。男が立たないんだ」
 一平太がごくりと唾を飲んだ。
「仮に、お前と聡子さんの間に何かあるという噂でも立ってみろ、代貸しは面子を保つ為にお前を力で排除するだろう。それが何を意味するかは言わなくても分かるよな。ここはそう言う世界だと言う事を覚えておけよ」
 明生は低い声でそう言った。
「聡子さんには旦那がいるんでしょ? その旦那が跡を継ぐんすかね」
「それはないな」明生がため息混じりに言った。
「じゃあ、笙子さんが継ぐんでしょうね」
「だから、須田組の連中はなんとか笙子をものにしようとしている。だが、露骨に口説くと親分の逆鱗に触れちまう。かといって、カタギと結婚でもされたら跡を継げなくなる。そこん所が親父さんの悩みだろうな」

野獣よ暁に吼えろ 4


野獣よ暁に吼えろ 4

「うわぁ!」
 シートに身体を押し付けられ、一平太が感嘆の声を上げた。
「凄い加速っすね」
「気に入ったなら、お前も買え」
「俺には無理っすよ、ポルシェなんて。いくらするんっすか?」
「一二〇〇万」
「すげえっ!」
「お前も俺の店でホストやれよ。いいガタイしているし、童顔だし、お前なら稼げるぜ」
「ホストなんて無理っすよ。俺、まだ女も知らないし」
「ソープに行けばいい」
「俺には理想があるんっすよ。最初は絶対に惚れた女とやるんだって」
「ロマンチストだな。鈴奈を抱かせてやろうか。締りのいい女だぜ」
「冗談きついっすよ。鈴奈さんはグラビアアイドルっすよ。それに、明生さんの恋人じゃないっすか」
「恋人か」女は鈴奈だけじゃない。一平太にそういいかけて、明生は口を噤んだ。この男に大人の男の世界の話をしても仕方がない。
 ポルシェが水戸のインターで一般道に入り、栃木の県境に向かって走っていく。やがて、 田畑と民家が点在する場所に入る。広い空き地にプレハブ小屋が建っているのが見えた。明生はポルシェを空き地に入れた。
「ついたぞ」
 明生と一平太がポルシェから降りた。砂利敷きの空き地にトラックが三台停まっている。
「土建会社っすね」
「俺の知り合いの運送業屋だよ」
 ふたりは杉林の間の小道を上がっていった。遠くから祭り太鼓が聞こえてきた。笛の音も聞こえてくる。風に乗って高く低く大きく小さく、うねるように這うように。
 杉林をぬけると、祭り提灯が家々の軒に吊るされているのが目に入った。提灯は狭い道の両側を飾るように、ずっと奥の方まで続いている。
 白いブラウスと紺色のスカートの女子高校生が三人、横に並んで歩いて来た。道幅いっぱいに広がって、何かを話し、そして弾けるように笑う。明生と一平太は、そんな女子高生たちを通すために道を譲った。
 家々の屋根の向こう側にこんもりと茂る鎮守の森が広がっている。一際大きな御神木が大きく枝を張り、八月の終わりの陽射しを跳ね返していた。
 ふたりは黒板塀の角に沿って曲がる。その道の先に男たちが群れていた。
 午後三時、指定された時間だった。早過ぎたわけではない。長引いているのだ。
 上半身裸になって刺青を見せている男に、明生が近づいていった。一平太も後を追う。興奮しているのか、渡辺綱の顔までが赤くなっている。
 その場の雰囲気は剣呑なものだった。同じように刺青を見せている男たちが他にも数人いた。
「明生さんか、ちょっと待っていてくれ」
 渡辺綱の刺青をしている男がそう言った。明生は反対側の塀に寄りかかって男たちの様子を眺めた。
 去年と同じと言うわけにはいかないんだ、と男の一人が言った。こっちは親分からそう言われて来ているといって、譲らない。
 結局、話し合いがつくまでにそれから小一時間も掛かった。明生に声をかけた男は話し合いが終わるのを待っていた男たちを集めて、それぞれの店の場所を指示した。
 また不平の声が上がったが、男たちがしぶしぶ散っていった。
「悪かった、明生さん」
 男が明生の前で頭を下げた。パンチパーマで目つきの鋭い、いかにも筋ものという風体の男に、一平太の顔が緊張した。
「やあ、工藤さん。こっち、弟分の本田一平太です」
 明生に紹介され、一平太が慌てて頭を下げる。
「車は工藤さんの会社の敷地に置かせてもらいました。俺たちの場所はどこです?」
「神社の建物の裏手、森の中なんだ。去年はもっといい場所だったんだけどな」
「何を揉めていたんです?」
「店を出す場所だよ。毎年、誰が何処に店を出すかはほぼ決まっているんだ。何らかの事情で場所が変わる場合でも、代貸しの一存ですべてが決まっていたんだがな。不平が出る事はなかった。今年のように親分の意向が出てくるようなことは、ここ数年、いや十数年、聞いたことが無いや」
 工藤はそう言葉を口にした。そして首を傾げた。
「とりあえず、俺たちも指定された場所にいこう」
「さっきの人、知り合いっすか?」
 工藤と別れ、歩き出した明生に、一平太が聞いた。
「まあ、古い知り合いだ」
 二人は指定された場所にやってきた。神社の本殿からはやはり大分遠かった。裏参道から森に踏み込むその通路の脇が露店を出す場所だった。
「去年は宝物殿のすぐ脇だったんだが」明生は言った。
「どうせアルバイトなんでしょ? あがりの良し悪しは関係無いですよ」
「あがりが良ければご祝儀がつく」
「でも、明生さんの稼ぎに比べりゃ、たいしたことないっすよ」
 明生が笑った。そこにトラックが来た。一平太がウナギ釣り堀用のプール、柱、屋根など露店道具一式を下ろした。
 明生と一平太が露店道具を広げる。手際よく作業をする明生を、一平太が感心するように見ていた。
「なんか、意外っす。新宿のナンバーワンホストで、ホストクラブ経営者の明生さんが、田舎の祭の夜店に座るなんて」
「たまにはこういうのもいいだろ」
 周りではトラックが来て、どんどんと露店が出来ていった。
 工藤がまたやって来た。
「悪かったな明生さん、こんな場所で」
「代貸しと親分の間に何かあったんですか?」明生は言った。上納金が少ないと親分が怒ったのか、とそう言う意味で聞いたつもりだった。
 しかし、工藤は、「分からねえ、聞いてねえ」と言った。
「あの人、やくざっすよね」工藤が去ってから、一平太が聞いてきた。
「工藤さんは俺の爺さんの子分だったんだよ」そう明生は言った。
 明日からは祭りだ。境内から笛や太鼓の音が途切れる事無く聞こえてくる。明日はここいら辺一帯がぎっしりと人で埋まるのだろう。
 一平太の心が浮き立つのを、横にいる明生も感じていた。一平太は祭りが大好きだったはずだ。

野獣よ暁に吼えろ 3


野獣よ暁に吼えろ 3

「うわぁ!」
 シートに身体を押し付けられ、一平太が感嘆の声を上げた。
「凄い加速っすね」
「気に入ったなら、お前も買え」
「俺には無理っすよ、ポルシェなんて。いくらするんっすか?」
「一二〇〇万」
「すげえっ!」
「お前も俺の店でホストやれよ。いいガタイしているし、童顔だし、お前なら稼げるぜ」
「ホストなんて無理っすよ。俺、まだ女も知らないし」
「ソープに行けばいい」
「俺には理想があるんっすよ。最初は絶対に惚れた女とやるんだって」
「ロマンチストだな。鈴奈を抱かせてやろうか。締りのいい女だぜ」
「冗談きついっすよ。鈴奈さんはグラビアアイドルっすよ。それに、明生さんの恋人じゃないっすか」
「恋人か」女は鈴奈だけじゃない。一平太にそういいかけて、明生は口を噤んだ。この男に大人の男の世界の話をしても仕方がない。
 ポルシェが水戸のインターで一般道に入り、栃木の県境に向かって走っていく。
 田畑と民家が点在する場所に入る。広い空き地にプレハブ小屋が建っているのが見えた。明生はポルシェを空き地に入れたぞ。
「ついたぞ」
 明生と一平太がポルシェから降りた。砂利敷きの空き地にトラックが三台停まっている。
「土建会社っすね」
「俺の知り合いの運送業屋だよ」
 ふたりは杉林の間の小道を上がっていった。祭り太鼓が聞こえてきた。笛の音も聞こえてくる。風に乗って高く低く大きく小さく、うねるように這うように聞こえてくる。
 杉林をぬけると、祭り提灯が家々の軒に吊るされているのが目に入った。提灯は狭い道の両側を飾るように、ずっと奥の方まで続いている。
 白いブラウスと紺色のスカートの女子高校生が三人、横に並んで歩いて来た。道幅いっぱいに広がって、何かを話し、そして弾けるように笑う。明生と一平太は、そんな女子高生たちを通すために道を譲った。
 家々の屋根の向こう側にこんもりと茂る鎮守の森が広がっている。一際大きな御神木が大きく枝を張り、八月の終わりの陽射しを跳ね返していた。
 ふたりは黒板塀の角に沿って曲がる。その道の先に男たちが群れていた。
 午後三時、指定された時間だった。早過ぎたわけではない。長引いているのだ。
 上半身裸になって刺青を見せている男に、明生が近づいていった。一平太も後を追う。興奮しているのか、渡辺綱の顔までが赤くなっているようだ。
 その場の雰囲気は剣呑なものだった。同じように刺青を見せている男たちが他にも数人いた。
「明生さんか、ちょっと待っていてくれ」
 渡辺綱の刺青をしている男がそう言った。明生は反対側の塀に寄りかかって男たちの様子を眺めた。
「去年と同じと言うわけにはいかないんだ」男の一人が言った。「親分からそう言われて来ている」
 結局、話し合いがつくまでにそれから小一時間も掛かった。明生に声をかけた男は話し合いが終わるのを待っていた男たちを集めて、それぞれの店の場所を指示した。
 また不平の声が上がったが、男たちがしぶしぶ散っていった。
「悪かった、明生さん」
 男が明生の前で頭を下げた。パンチパーマで目つきの鋭い、いかにも筋ものという風体の男に、一平太の顔が緊張した。
「やあ、工藤さん。こっち、弟分の本田一平太です」
 明生に紹介され、一平太が慌てて頭を下げる。
「遅くなりました。車は工藤さんの会社の敷地に置かせてもらいました。俺たちの場所はどこです?」
「神社の建物の裏手、森の中なんだ。去年はもっといい場所だったんだけどな」
「何を揉めていたんです?」
「店を出す場所だよ。毎年、誰が何処に店を出すかはほぼ決まっているんだ。何らかの事情で場所が変わる場合でも、代貸しの一存ですべてが決まっていたんだがな。不平が出る事はなかった。今年のように親分の意向が出てくるようなことは、ここ数年、いや十数年、聞いたことが無いや」
 工藤はそう言葉を口にした。そして首を傾げた。
「とりあえず、俺たちも指定された場所にいこう」
「さっきの人、知り合いっすか?」
 工藤と別れ、歩き出した明生に、一平太が聞いた。
「まあ、古い知り合いだ」
 二人は指定された場所にやってきた。神社の本殿からはやはり大分遠かった。裏参道から森に踏み込むその通路の脇が露店を出す場所だった。
「去年は宝物殿のすぐ脇だったんだが」明生は言った。
「どうせアルバイトなんでしょ? あがりの良し悪しは関係無いですよ」一平太は聞いてみた。
「あがりが良ければご祝儀がつく」
「でも、明生さんの稼ぎに比べりゃ、たいしたことないっすよ」
 明生が笑った。そこにトラックが来た。一平太が「ウナギ釣り堀」用のプール、柱、屋根など露店道具一式を下ろした。
 明生と一平太が露店道具を広げる。手際よく作業をする明生を、一平太が感心するように見ていた。
「なんか、意外っす。新宿のナンバーワンホストで、ホストクラブ経営者の明生さんが、田舎の祭の夜店に座るなんて」
「たまにはこういうのもいいだろ」
 周りではトラックが来て、どんどんと露店が出来ていった。
 工藤がまたやって来た。
「悪かったな明生さん、こんな場所で」
「代貸しと親分の間に何かあったんですか?」明生は言った。上納金が少ないと親分が怒ったのか、とそう言う意味で聞いたつもりだった。
 しかし、工藤は、「分からねえ、聞いてねえ」と言った。
「あの人、やくざっすよね」工藤が去ってから、一平太が聞いてきた。
「工藤さんは俺の爺さんの子分だったんだよ」そう明生は言った。
 明日からは祭りだ。境内から笛や太鼓の音が途切れる事無く聞こえてくる。明日はここいら辺一帯がぎっしりと人で埋まるのだろう。
 一平太の心が浮き立つのを、横にいる明生も感じていた。一平太は祭りが大好きだったはずだ。

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