野獣よ暁に吼えろ 21(最終回)
電話の音で目が醒めた。
「はい」
横で寝ていた笙子が布団から出て電話を取った。
「工藤さんよ」
差し出された受話器を受け取って耳に当てた。
「明生さんかい? 長谷川が殺されたよ」
さほど驚かなかった。やはり宗田からは逃げられなかったか。
「メッタ刺しの死体が河原に放置されていたらしい。代貸しを殺したのと同じ手口だ」
「やったのは宗田義光ですね」
「ああ。今、須田一家が血眼になって宗田を探しているよ。須田の親分も、今度ばかりは切れちまったようだ」
「親分と話してみます」
一度電話を切ると、笙子に受話器を差し出した。
「お父さんを呼び出してくれ。宗田義光のことで俺が話があるというんだ」
全裸のままの笙子が受話器を受け取ると、ボタンをプッシュし始めた。須田安之助が電話に出たようだ。笙子が二言三言話し、明生に代わった。
「どうだ、指の調子は?」安之助の口調は穏やかだった。
「結構、苦しんでいます」
「正直だな。少しは意地を見せろ」
「すみません」
「義光のことで話とはなんだ?」
「宗田義光とはちょっとした因縁があるんです」
「お袋さんのことか?」
「はい。それで、俺にやらせてもらえませんか?」
「義光をか?」
笙子が息を呑んで様子を伺っている。
「あいつの恐ろしさを知らねえわけじゃあるめえ。指くっつけたばかりじゃ、ハンディがありすぎる」
「腕一本失ってもいいですよ。宗田義光が出てくるのを、俺もずっと待ってましたから」
電話の向こうで、安之助が微かに笑った。
「奴の居場所がどこか、見当はつきませんか?」
「わからん。聡子が匿っているはずなんだが、あいつと連絡が取れない」そして、何か言葉を続けようとして、安之助は言葉を切った。
「あんな娘でも、死なせたくはない」
「もちろんです」
「一家の幹部を殺された以上、もう黙っているわけにはいかねえ。聡子には悪いがな。お前も義光を見つけたらすぐに俺に知らせろ」
「俺にやらせてもらえますか?」
安之助は電話の向こうでしばらく沈黙した後、ふふっと笑った。
「奴のタマ取ったら連絡しろ」そういって、電話を切った。
「お義兄さんを殺す気?」
笙子が今にも泣きそうな目で見つめている。
「お袋は宗田義光に手篭めにされたんだ。俺がガキの頃に」
笙子が息を呑んだ。
「それ以来、心に傷を負ったままだ。お袋は聡子さんのように強い女じゃない。だから、俺がけじめをつける」
聡子は長谷川に取り入って、組長の妻の座を射止めようとしていた。邪魔だった代貸しは、初めから出所したばかりの宗田義光に殺させるつもりだった。しかし、長谷川が殺されて、すべてがどぶの中。結局、聡子もあの暴れん坊をコントロールすることができなかったのだ。聡子という女は、人を利用しようとはするがその相手が何をどう考えどう行動するかとまでは考えられない。聡子は、自分でも言っているように、ただ馬鹿なだけの女なのだ。
明生が笙子を抱き寄せた。そして、笙子の左の乳房を掌に乗せた。
「重いな」
「胸が大きいのを喜ぶのは男だけ。女にとっては迷惑。すごく肩が凝るのよ」
「俺はでかいのが好きだ」
明生が笙子の乳首を弄び始めた。笙子が甘い吐息をつく。
「したくなるじゃない」
「今からやるぞ」
「さっきしたばかりじゃない」
明生が笙子の右手を取って、股間に持ってきた。
「あ……。硬くなってる」
「今しておかないと、最期になるかもしれない」
明生の言葉に、笙子が目を見開いた。明生は笙子にキスをして、そのまま布団の上に押し倒した。
終わってから、準備をした。笙子は何も言わず、玄関でそっと明生の体を抱きしめたあと、部屋に戻った。
あいつなら聡子の居場所を知っているかもしれない。一平太の携帯に電話を入れた。ふたりができているのは、とっくに知っていた。
呼び出し音が停まった。息遣いが伝わってくる。
「一平太か?」
返事がない。
「聡子さんかい?」
一瞬息が詰まる気配。
「一平太は無事なのか?」
「死にそうなの……」
「今、どこにいる」
「言えない」
「そこに宗田義光がいるんだろ。俺が話をしたいと言ってくれ」
それでも、聡子は黙っている。
「兄貴の宗田義春について話がしたいと言ってくれ」
「義春?」
しばらくして、男の声が聞こえてきた。
「兄貴について話ってなんだ」
「俺があんたの兄貴の頭をかち割ったんだ」
電話の向こうが沈黙する。
「俺の名を知らないだろう。当時は未成年だったから、俺の名前は伏せられていた」
「この野郎」
「後輩をいただきたい。場所はどこだ」
「一人でこい。誰か連れてきやがるとこの男を殺す」
そういって、宗田義光は場所を伝えて電話を切った。
明生がまだ小学生の頃だった。父親はいなかった。部屋に男がやって来た。男はふたり。そして、ふたりは代わる代わる母の体を抱いた。
母はひとしきり悲鳴を上げたあと、今度は悲鳴とは別の声を上げた。
母は首を仰け反らせて喘いでいた。乳房が揺れていた。その乳房に黒い影が覆い被さっていた。その喘ぎ声を聞きながら、明生は布団の中で震えていた。
男たちが帰ったあと、母の体には痣が残っていた。
それから、男たちが家にやってきて母を抱くようになった。ふたりが同時に家に来たことはなかった。別々にやってきて母を抱き、欲望を満たせば帰っていった。
やがて、一人の男が突然家に来なくなった。人を殺して刑務所に入ったと、後日母から聞かされた。
そして、あの夜がやってきた。
明生は眠っていた。聞きなれた物音がして眠りは浅瀬に引き上げられた。薄目を開けると暗い部屋が見えた。襖の隙間から弱い光が入り込んでいる。
その弱い光の中に母がいた。男も来ているようだった。
ケモノの吼えるような声が聞こえてきた。明生はその声が怖くて、布団の中で蹲った。
突然、母が悲鳴を上げ、明生に助けを求めた。明生は用意してあった鉈を服の下に隠して居間に入ると、顔に怒りを浮かべた大きな男が立っていた。
男は顔を真っ赤に染め、母を罵っていた。母を淫乱な女だと罵った。そして明生を見て、淫乱な女と人間のクズとの間に生まれてきた子供だと罵った。
男が何を言っているのかわからなかった。明生は無表情に激昂する男を眺めていた。一言も口をきかなかった。
明生は男の隙をついて、服の中に隠してあった鉈を男の後頭部に叩きつけた。頭はほぼ二つに割れ、血と脳漿が居間に飛び散った。
そして、警察で取り調べを受けた。
明生が殺した男は宗田義春。傷害事件で服役していたが、刑務所を出たばかりのとき、母を犯した。それから、兄弟で母を欲望のはけ口にし続けたのだ。
当時十歳だった明生は少年法に守られ、罪に問われなかった。
後日、殺した宗田義春には義光という弟がいて、当時殺人罪で服役中だったということを知った。兄弟そろって手の付けられない極悪人だったらしい。
明生はポルシェに乗り、山道を右に左に車を走らせた。そこには壊れかけた小さな家があった。
ここか……。
路地に車を入れ、正面の家に鼻先を突き付けるようにして停めた。
羽目板は外れ、引き戸は傾いている。家の中に入ると廃屋の匂いがした。
「明生君」
暗闇の中に一歩踏み出そうとした時、突然後ろから声をかけられた。反射的にかまえた。聡子の姿が暗い部屋にぼんやりと見えていた。
「聡子さんかい」
明生は安堵の声を漏らした、しかしそれと同時に床に大きな塊が転がってるのに気付いた。
一平太だった。
彼に駆け寄ろうとしたとき、勢いよく奥のドアが開いた。次の瞬間、大きな固まりが中に飛び込んでぶつかってきた。床を一転して、すばやく起き上がった。
宗田義光が、すさまじい形相で立っていた。手に匕首を持っている。
体勢を整えた明生に、宗田は匕首を横に薙いだ。上体をのけぞらせてかわした。右から左へ振られた宗田の匕首が空を切る。返し刀で左から右へ振ってきた。少しかがむ動作でかわすが、直後、宗田は匕首を上から下へ振った。
明生が体を左横へスライドさせてかわす。今度は角度を変え、斜め下から刃物が襲いかかるが、明生はバックステップでかわした。背中が壁にぶつかった。逃げ場はない。
匕首を持つ宗田の腕が伸びてきた。掌底でその手を弾き落とした。再び宗田の顔に視線を戻す。宗田は怒りのたぎった目で明生をじっと見ていた。
「この野郎……」
宗田は明生の襟首を左手で掴み、一気に押し倒した。宗田の腹に右足をかけ、身を任せるように背中から床に倒れ込んだ。馬乗りになろうとした宗田をそのまま蹴り上げると、その巨体が宙に浮いた。柔道の〝巴投げ〟である。
背中から床に叩きつけられた宗田がうめく。反撃に転じるべく、すぐに立ち上がった。
床に落とされた匕首が目に入った。手が伸びる。匕首が明生の手に渡った。頼りにしていた武器が敵の手に渡ったことに愕然としながらも、宗田は構えていた。
宗田の前に立ちはだかった。距離は五メートルほど。
踏み込んだ。拳を振り上げて襲いかかろうとする宗田の顎に左の拳をたたき込む。膝を折った宗田の顔を蹴り上げた。倒れ込んだ宗田を激しく足蹴りにする。強烈な蹴りを食らっても、宗田は悲鳴ひとつあげない。
宗田が起き上がりとびかかってきた。もつれ合った。明生はその場に投げ倒されてしまう。受け身をする間もなく地面に叩きつけられた。
宗田がのしかかってきた。匕首を握った明生の右手が、宗田の脇腹に食い込んだ。
「ぐわああああああああぁ!」
宗田は目を剥いた。宗田は拳を振り下ろした。拳が明生の顎下をとらえた。明生が転倒すると同時に宗田の脇腹に刺さっていた包丁が抜け、血が噴き出した。
宗田は脇腹を抱えながら踵を返して外に飛び出した。走る足はもつれ気味で、途中、一度転んだが、必死に立ち上がり、また走り出した。
明生が床に落ちていた匕首を拾い上げ、後を追った。
宗田に追いついた。明生は包丁を腰にあてがい、宗田に体当たりしたが、宗田が腕をつかんで防いだ。
二人はもつれ合った。位置が入れ替わり、明生が少しバックすると、足の感触が変わった。
落ちる!
二人はもつれたまま傾斜を転げ落ち、下の野原で止まった。明生は急いで身を起こした。
宗田より早く立ちあがらなくては。
頭は無意識のうちに戦闘モードに入っていたが、その必要はないことに気付いた。宗田の胸に匕首が深く刺さり、血だるまになっていた。
「お……お前は兄貴を……」
虫の息になりながらも宗田は目を見開き、声を振り絞った。 そして、そのまま魂が抜けたように動かなくなった。
坂を上がり、小屋に戻ると、聡子が一平太を抱えて廃屋から出てきた。
「これであなたは自由ですよ」
「私、一平太さんをひどい目にあわせてしまった」
「気にする必要はありません。こいつはタフなんですよ」
「ひどいっすよ」
血まみれの顔を上げて一平太が明生を見た。
(了)
野獣よ暁に吼えろ 20
「あら? お久しぶり」
上気した顔で、聡子は明生を見ていた。風呂から上がったばかりのようだ。
「そろそろ来る頃だと思っていたわ」聡子はそう声を掛けた。
「ご婚約おめでとう」
「親分にまだ認められていませんよ」
「父はすごく上機嫌だったわ。器量のいい跡取りが出来たからね」
「何も、俺が跡を継ぐと決まったわけじゃありませんよ」
「そのつもりで笙子と結婚するんでしょ?」
聡子の目に妖しい光が宿っている。これまで多くの男を地獄に誘い込んだ、魔女の目だった。
聡子が自分の部屋に明生を導いた。
「あなたが笙子と結婚して父の後を継いだら、姉の私は妹に頭があがらなくなるわ」
「気を揉む必要は無いですよ。俺が須田一家を継ぐって決まったわけじゃない。それはそうと、長谷川に教えたのですか。俺が笙子と結婚するということを」
聡子の顔が強張った。
「なあに、それ? どういうこと?」
「あなたは長谷川とも情を交わす仲のようですね」
聡子の顔から笑みが消えた。
「須田一家を手に入れたかったんじゃないですか? 組長の妻として」
「私が?」
「長谷川が須田一家の後釜に一番近い男ですからね」
聡子が意味ありげに微笑んだ。
「よくお分かりね」
「長谷川は驚いたでしょう。うっかりすると自分が須田一家の跡目を継げなくなる」
「長谷川はあなたの下で働くことを承知しないわ。あなたがここに戻ってきたせいで、何もかもがめちゃくちゃだわ」
「めちゃくちゃにしたのは俺じゃないですよ。あなたです、聡子さん。あなたが宗田義光をこの町に呼んだからです」
聡子の表情が強張った。
「あなたは宗田義光を後ろでを操って、ヤクザ同士の権力争いに利用しようとしたんですね?」
聡子の目が光った。
「よく見ていらっしゃるのね、明生さん」
聡子がふっと笑った。
「どうしてそんなことを?」
「私だっていい思いはしたいわ。たしかに、今のような境遇に陥っているのは誰のせいでも無い。すべて私が悪いの。それは分かっている。それでも、今の場所から這い上がりたい。そう思って悪い?」
「あなたはあの須田安之助の娘です。好きなように生きられるはずです」
「それは無理よ。あの宗田義光に囚われたから。あの男は父でも止めることが出来ないわ」
聡子が明生のグラスにビールを注いだ。
「義光と出会ってしまったのは私のせい。運命は受け入れるしかない。でも、義光が刑務所に入れられて、私は自分が生まれたこの町に逃げて来た。あいつから逃げたかったの。でも染み付いた悪い噂はどうしても消せないわね。今度は佐々木に手篭めにされ、無理やり囲い者にされたの」
「そうじゃないんじゃないですか?」
「どういうこと?」
「あなたは、わざと佐々木に近づいたんでしょ?」
聡子が明生を睨んだ。
「私が、どうして好き好んであのガマガエルみたいな男に抱かれなくちゃならなかったの?」
「宗田義光から逃れるためにです。あなたはお父さんに頼ることを潔しとしなかった。だから、佐々木を頼ったんです」
聡子が、感情のない目を向けている。かまわず続けた。
「宗田義光はいつかムショから出てくる。奴はあなたに手を出した佐々木を絶対に許さない。必ず殺しに来る。佐々木だって黙って殺されるわけがない。やられる前に子分を使って宗田義光を始末しようとする。あなたは佐々木の力を利用して宗田義光を葬り去ろうとしたんです。結局、佐々木が殺されましたけど」
聡子が、相変わらず感情の抜けた目で笑っている。
「宗田義光がどんな男か、あなたは誰よりも知っている。佐々木だけじゃ不安で須田一家の若い者頭の長谷川にも手を伸ばしていた。それに、うまく行けば組長の妻の座も射止められる」
聡子はビールをグラスに注いで、瓶をテーブルに置いた。どこか諦めたような表情だった。
「義光は物心つく頃から乱暴者だった。小学校に上がる頃には近所では知らない者の無い、手の付けられない悪になっていたの。父も、はじめのうちは義光のことを、乱暴なのは見込みがあるくらいに思っていたらしいわ。ところが、見込みは大きく狂った。義光は社会性のある行動がまったくできなかった。乱暴の程度が半端じゃなかったの。父の言うことどころか、他の誰が何と言っても一切受け付けない。さすがの父も自分の跡目を継がせる事は諦めて、放って置くことにしたの」
「奴が人の上に立てる人間じゃないことは、誰の目にも明らかだ」
「私は四年間、義光と暮らしたけれど、地獄だった。毎日客を取らされ、稼ぎが少なければ殴られたわ。義光から逃れるには死ぬしかないと思っていた。ところが、あるやくざに大怪我を負わせてしまって、五年の懲役に行くことになったわ」
聡子がグラスのビールを一気にあおった。
「これが最後のチャンスか持って思った。あなたの思っている通り、私はこの町に戻って来て佐々木を抱きこんで、義光の出所を待った。その出所する日がこの町のお祭りの当日だった、というわけなの。私は宗田に手紙を書いて、祭りの当日にこの町に誘き寄せる手筈を整えていたの。私は宗田の内縁の妻だし、手紙はちゃんと届くのよ。その手紙の中に、私は佐々木の世話になっていると書いたってわけよ。宗田は佐々木を殺そうとするはず。でも、佐々木にも多くの子分がいるわ。佐々木は宗田を殺してくれるはずだった」
「ところが、当の宗田義光は一週間も前に出所していた」
「そうよ。驚いたわ。一体どう言う事なのかしら。おかげで、私の計画は台無し」
「そして、その後は佐々木を殺して長谷川の妻になる予定だったんですね」
聡子が明生を見た。
「宗田義光を処分できたら、長谷川に佐々木を始末させようと思っていたんでしょ?」
聡子の唇の両端が吊り上がり、哄笑の形を作って止まる。そして、口から甲高い笑い声が、迸り出るように出てきた。真っ赤な唇が大きく開き、白い歯、赤い舌が闇の中に浮かんだ。白い首を仰け反らせ、恍惚の表情を浮かべて笑った。
聡子の笑い声は、止む事も無く何時までも続いた、このまま永遠に笑い続けるのでは、と明生が思うほどに。
突然、聡子の笑い声は止まった。
「でも、義光はどこかへ行ってしまった。私の計画も、全く意味の無いことになってしまった」
「あなたはこれからどうされるのですか?」
「そうね。また町を出ていくわ。さすがに今回は父も許さないでしょうし」
「笙子はあなたにここに残って欲しいみたいですよ。佐々木もいなくなったし、ここにとどまって静かに暮らしたらどうですか? お父さんに許してもらえるように、笙子から話してもらいます」
「義光が入る以上、私は幸せにはなれないわ」
「聡子さんは、宗田義光が今どこにいるのか、知っているんじゃないんですか?」
聡子の表情が一変した。「どう言う事かしら?」
「あなたは、本当は心の底のどこかで、宗田義光を殺したくないと思っている」
聡子が、きゅっと唇を結んだ。
「あなたが匿っているんですね」
恐ろしい形相で明生を睨みつけてくる。
「宗田義光は私の亭主なの」
「奴を利用して、その上罠に嵌めて殺そうとしていたのに、いまさら亭主だと言って、匿おうとしている。矛盾していますね」
「ええ、でもね、それが男と女というものよ」
聡子が明生から目を逸らせた。聡子が宗田義光を殺して幸せになりたいと思っているのは本当だろう。しかし、その一方で死なせたくないとも思っている。女の気持ちなど、所詮男にはわからない。
「長谷川は?」
「必死になって義光を探しているわよ」
「長谷川に宗田の居場所を教えてやらないんですか?」
聡子は何も言わない。宗田義光を殺したいのか助けたいのか、彼女自身も判断できないでいる。できれば自分で判断を下さず、このまま運命の流れに任せてもいいとさえ、思って入るようだ。
「長谷川が宗田義光のタマをとるのは無理ですよ。長谷川は殺されるでしょう」
「だから?」
聡子が挑戦するような目を向けてきた。
「いえ、別に」
聡子がそれでいいというのなら、何も言うことはない。
野獣よ暁に吼えろ 19
笙子はずっと明生を抱きしめたまま離さなかった。時折、思い出したように黙って明生の頬をなで、唇にキスをして、再びしがみついた。
笙子に抱きしめられているうちに、少しずつ睡魔の波が押し寄せてくる。このまま眠れれば少しは痛みから逃れることが出来るのだが、笙子が離してくれそうにない。
「もう、気が済んだか?」
笙子は首を横に振って、泣きそうな顔で明生を見つめる。そしてぎゅっと目を閉じ、何度も明生の肩に顔を擦りつける。
明生は右手で笙子の頭を撫でて、ゆっくりと座椅子に持たれかけた。
「指、痛い?」
厚く包帯を巻かれた左手に、彼女がそっと触れた
「まあな」
傷がひどく痛む。あまりの痛みに、動悸と冷や汗が止まらない。歯を食いしばって耐えていた。堪らずに呻いたときは、笙子が胸をそっと手でおさえてくれた。
須田一家が長年世話になっている医者は、六十過ぎの温厚そうな男だった。
「やくざなら、麻酔なしで縫うんだがな」
顔に似合わず、厳しいことを言った。縫合は無事終わったが、鎮痛剤を処方しようとはしなかった。
「明生……ごめんね……」
笙子が俯いて肩を震わせた。彼女の肩を抱いて引き寄せる。明生の胸元に笙子が頭をもたせるような格好になる。
「今、何時だ?」
「七時過ぎ」笙子が自分の腕時計を覗いて答えた。
「お腹は空いてない? 何も食べていないでしょ?」
「食欲がない」
そういって、ウイスキーを瓶から直接喉に流し込む。酒を飲むしか、この痛みを誤魔化すすべがない。
アルコールが回ってきた。しばらく横になるというと、笙子が床に布団を敷いた。布団に身体を横たえると、笙子が添い寝をした。
体がだるい。早いところ普通の生活に戻りたいものだ。
誰かがドアをノックした。
「見てきてくれ」
笙子が布団から起き上がり、玄関に向かった。
襖から顔を出したのは工藤だった。
「どうだ、様子は?」
「のた打ち回っているところですよ」
「薬、買ってこようか?」笙子が言った。「鎮痛剤。市販の薬でも、よく効くのがあるの」
「その必要はありませんよ、お嬢さん」工藤が言った。「この痛さに耐えてこそ、男です。薬で誤魔化すなんざ、俺たちの世界じゃ許されません。だから先生は鎮痛剤を処方しなかったんですよ」
「でも、このままじゃ、明生がかわいそう。だって、何日も痛むんでしょ」
笙子がまた涙を流した。
「まあ、酒で誤魔化すしかないですね」そういって、持っていたレジ袋からウイスキーを取り出してテーブルに置いた。
「実は、須田の親分に会ってきたところなんです」
「お父さんに?」笙子が眉根を寄せた。「あんなひどいことするなんて……。いくらお父さんでも許せない」
「まあ、そう酷いことでもなさそうなんですよ」工藤が明生を見た。
「親分に呼び出されたんですか?」
「そうなんだ。最初話を聞かされたときはびっくりしたけど、須田の親分、明生さんのことを気に入ってるみたいだな」
「ホントに?」笙子が伏せていた顔を上げた。
「いい度胸してると感心していた。あれほど焼きを入れたのに一言も泣き言をいわず、エンコも堂々と飛ばしたってね。口先だけの半端もんは、指詰めろといわれてドスあてられただけで小便漏らす奴が多いんだ」
笙子の肩から力が抜けていくのがよくわかる。
「お嬢さんが面倒見ていると、須田の親分には伝えておきます」
「お願いします」笙子が深々と頭を下げた。
工藤は立ち上がると、意味ありげな笑みを顔に浮かべて明生を見ると、部屋を出て行った。
夜になると痛みがいっそう酷くなった。小指が熱を帯び、耐え難い痛みがずきずきと襲い掛かってくる。明生はウイスキーをラッパのみしながら痛みに耐えた。
「痛い?」
横で寝ていた笙子が心配そうに訪ねてくる。
「悪いな。呻き声なんて上げちまって情けねえ」
「そんなことない……」笙子が明生を抱きしめた。
明生が笙子の手を取って股間に導いた。
「あ……」
「気晴らしにやろうぜ」
「動いたら、指が痛むわよ」
「じゃあ、お前が上になれ」
明生は笙子の華奢な肩に置いてある手をゆっくりと下げていき、浴衣の合わせ目から手を入れて、なだらかな膨らみを軽く揉んだ。大きく実った、弾力のあるいい乳房だった。
笙子が微かに声を上げた。明生は少しずつ胸を弄ぶ手に力を込め、変形する乳房を楽しんだ。
笙子は明生の浴衣の前をはだけた。逞しい胸があらわになる。
笙子は明生の股間にまたがると、指で広げた部分に男根の太い頭をあてがった。明生の肩を掴む手に力が入って、ゆっくりと腰に沈めていく。
明生が下からゆっくりと抜き出して、再び反動をつけて突き入れる。笙子の熱い吐息が耳元に浴びせられる。想いをぶつけるように激しく何度も何度も繰り返す。その度に笙子は前へ仰け反り、顔を明生の頬に擦り付ける。
明生の突きが徐々に早まっていく。
快楽に掻き回されながら、笙子は無我夢中で明生の唇に吸い付いた。互いに舌を絡み合わせる。
「明生……アキオ……」
薄らいだ意識の中で、笙子が明生の名前を呼ぶのが聞こえる。
「好き……愛してる」
野獣よ暁に吼えろ 18
「はあ……」
またため息が漏れた。一人の空間が、余計に寂しさを感じさせる。笙子は、明かりも点けないままカーペットの上で膝を抱いたままじっと座っていた。カーテンを通して淡い光が部屋に降り注いでくる。外は晴天だが、出かける気がしない。会社に勤めているときはあちこち行きたい場所があったはずなのに、自由な時間ができたとたんに、いきたいところなどなくなってしまった。
いや、これは明生のせいだ。あいつが無理やり私のことを犯したりしなければ……。
ふう……。
また、ため息が漏れる。カーペットに腰を下ろしてから、どれくらいの時間が経っただろう。時計が時を刻む音の他は、窓の外から、時折、車の通る音がするだけだ。
寂しさが、笙子の身体により強い刺激を求めてさせていた。寂しさを振り払うだけの強い官能が欲しかった。
どうして連絡してくれないの……?
どうして呼び出してくれないの……?
会いたい……。抱いて欲しい……。
何もしないでいると寂しさと孤独感が増してくる。
「明生……。何処にいるの? 会えないの? 今すぐ会いたいのに……」
孤独感が笙子に独り言をこぼさせた。ポロリと涙がこぼれる。
辛い……。我慢できない……。
じっとしていると、どんどん不安が大きくなっていく。笙子の神経は、ちょっとした音にさえ敏感になっていた。屋敷の前の道を通る車の音、風の音さえ、忍び寄る孤独の気配を強めていく。
笙子は、いつの間にかカーペットの上に膝を抱え横たわっていた。
「明生……」
すぐ来て……。傍にいて欲しい……。
そんなことが無理なのは理解している。切なさに涙が、笙子の頬を伝った。
「あっ……」
笙子は、短い呻き声を上げた。タイトスカートから伸びた両太腿を擦り合わせ、指先がショーツの上から縦裂を撫ぜていた。無意識のうちに、スカートの中に掌を忍ばせていたのだ。
(こんなときに何してんだろう……?)
しかし、孤独感に苛まれた笙子には指の動きを止める事は出来なかった。
「はあ、はあ……明生……」
指はだんだんと強く亀裂を押さえ込んでいく。もう一方の手は、服の上から胸を弄っている。
「抱いて……明生、抱いて……」
服の上からだけでは満足できなくなった笙子は、掌をブラジャーの中に忍び込ませた。昨晩の明生の荒々しい愛撫を思い出し、指先に力を込める。
「も、もっと強く……。すき……好きよ、明生……」
ブラウスの中で、豊満な膨らみに指が食い込んだ。
明生に会えない寂しさが、指の動きを速めていた。あの夜のエクスタシーの記憶が、淫欲を助長していた。
会いたい、達したい……。
ショーツの中でも、五本の指が蠢いている。中指を蜜壷に埋め込み、残りの指でもっこりとした柔肉を弄る。
ショーツを脱ぎ捨て、抜き差しを速くする。熱く熱を持った媚肉が指に絡み付いてくる。笙子は背中を退け反らし、切ない呻き声を上げた。秘孔に差し込まれた笙子の指は、妄想の中の物に比べあまりにも細かった。
笙子は、左手で乳房を強く握り潰しながら、いっそう高く腰を掲げ、自らの手で秘唇を開き媚肉を刺激した。
甘美な充足感に満たされていく。笙子はやがて、ガクガクと腰を揺すりエクスタシーを迎えた。深い絶頂が、不安や恐怖を癒していく。
突然、ドアがノックされた。笙子が飛び上がるように上体を起こした。
「だ、だれ?」
「安治です。親分がお呼びです」
「お父さんが?」
「大広間に来てください」
「す、すぐにいくわ」
床に落ちているショーツを手に取った。クロッチの部分が酷く汚れている。クロゼットから新しい下着を出して身につけ、部屋を出た。
長い廊下を歩いて大広間に向かう。襖を開けると、組員たちが並んで座っている。広間の中央で誰かが蹲っていて、その脇で父、須田安之助が鬼のような形相で手に杖を持ち、仁王立ちになっている。
どうやら、誰かが焼きを入れられているようだ。
「お嬢さんが参りました」
安治が父に頭を下げた。
父が振り向いて笙子を睨んだ。その強い視線に気圧され、思わす半歩後ろに下がる。
「な、なに?」
「お前、この男と付き合っているってのは本当か?」
「えっ?」
床に転がっている男を見る。父が男の脇に腰を下ろし、髪をつかんで頭を引き上げた。
「あ、明生!」
顔を赤く腫らし、額から血を流している明生が、うっすら目を開けて笙子を見た。
「ひ、酷い! 何てことするのよ!」
笙子が傍に駆け寄っていく。
「やかましい!」
父が怒鳴った。笙子はかまわずに父親を押しのけ、ぼろ雑巾のようになった明生を抱き寄せた。
「この男は、お前と結婚させてくれといってこの家に来やがったんだ。お前と結婚を約束しているとぬかしやがったんだ!」
「本当よ! 私、明生と結婚するの!」
「この男が誰だか知っているんだろうな!」
「もちろんよ! 私の同級生で、お父さんの兄弟分の南原竜二郎の孫よ!」
「この男は、須田一家を乗っ取ろうとしてお前に近づいたんだ。お前のことなんか、これっぽっちも好きじゃないんだよ」
「何も知らないくせに!」
「それに、こいつは新宿を根城にしている不良グループの幹部で、風俗店を何軒も経営している男なんだ」
「知ってるわ! だから、明生はこんな田舎に収まりはしないわ!」
父が明生の顔を覗き込んだ。
「いいか、よく聞け。南原竜二郎とはたしかに兄弟の間柄だ。だが、孫は関係ねえ。まさか、祖父の七光りがここで通用するなんて思っているんじゃねえだろうな。そのうえ、半グレの癖して大切な娘と結婚させてくれだと? 調子に乗りやがって。どの面下げて物言ってんだ、おう!」
父が明生を蹴り上げた。
「や、やめて!」
「お前、娘をたぶらかした責任をどうとるんだ、え? 調子乗ってんじゃねぇよ!」
父が明生の背中に蹴りを入れた。背中には足型がクッキリと残った。笙子が明生の身体に覆いかぶさる。父が笙子の腕をつかんで引き剥がすと、さらに明生の身体に蹴りを入れた。
明生はヒザと頭を抱えながら黙って耐えていた。
「いやぁぁっ! やめて!」
笙子は泣き叫びながら父にしがみついた。
「笙子を押さえてろ!」
若い組員が笙子を引き剥がした。
父は、明生の顔面を杖で殴り、続けて二発、三発と蹴りを入れる。明生は蹲ったまま、うめき声もあげない。それでも父は手を休めない。横たわった明生の腹を何発も蹴り上げる。
「やめて! もうやめて! 明生が死んじゃう! お父さんなんて、大っ嫌い!」
笙子が泣きながら、組員たちを振りほどこうと暴れた。
「オイ! お前ら、親父を止めろ!」黙ってみていた長谷川が指示を出した。
「は、ハイッ!」
同じく呆気にとられていた組員が、父に駆け寄っていく。
「親分! 落ち着いてください! これ以上やったらこいつ死んじまいます!」
組員たちに押さえられても、無表情のまま杖を振り回し、届かぬ蹴りを繰り出していた。組員たちも、鬼のように怒り狂う須田安之助にすっかり震え上がっていた。
若い組員たちが、半殺しの目に合わされた明生を抱き起こした。明生は朦朧とだが、まだ意識があった。傷は酷く痛々しい。並の人間なら失神しているだろう。辛うじて、明生は意識を保っているようだった。
「さすが半グレだけあって、殴るのも殴られるもの日常茶飯事か。打たれ強いな」
父が感心している。
「お前があの竜二郎の孫なら、けじめのつけかたってのを知っているんだろうな。ケジメつけろ。ケジメつけろぉ!」
笙子の前ではめったに見せない、厳しく恐ろしいヤクザの顔だった。
「どうやってこの落とし前付けんだ。あぁ? どうすんだって聞いてんだよ!」
「道具を……貸してもらえますか……」
明生は朦朧としながらも、口を開いた。父は若衆に「道具」を持ってくるよう手を出した。
「はいッ!」
若衆の一人がスーツの脇に差し込んでいた短刀を差し出した。明生はそれを受け取ると鞘を抜いた。短刀の白刃が恐ろしげに輝く。
「ちょ、ちょっと、明生! 何する気!」
暴れる笙子を、若衆が必死になって抑えている。何をどうするかは、火を見るより明らかだった。
明生はポケットからハンカチを出すと、自分の左手の小指の付け根に巻きつけ、強く締め付けた。
「や、やめて……。やめて! 明生!」
ソファーの前のテーブルに、明生は左手の小指を乗せると、そのすぐそばにドスの刃を突き立てた。明生は朦朧としながらも、若衆達に取り押さえられている父を見た。
「須田の親分……すみませんでした。これで……勘弁してください!」
明生は短刀の柄を掴むと、力を込め下ろした。
笙子の悲鳴が大広間に響いた。
短刀の白刃は、一気にテーブルの面にまで達した。骨まで断ち切り、明生の小指を完全に切断した。テーブルの上に明生の血が流れていく。
笙子がその場で泣き崩れた。
「これを……お納めください」
明生は短刀を鞘に収め、切り落とした小指を父に差し出した。
「しかし、これで笙子さんをあきらめたわけではありません。私はこの先も、笙子さんへの愛を貫かせてもらいます」
「このやろう! まだそんなこと言ってやがんのか!」
長谷川が前に出て拳を振り上げた。
「待て」
長谷川を止めたのは父だった。
「オイ、この野郎をすぐに医者に連れていけ! 指も持っていくんだ。氷で冷やすことも忘れんな!」
「はい!」
安治が若衆に檄を飛ばすと、数人の若衆が傷だらけの明生を抱えながら大広間から連れ出した。明生は血の滲むハンカチで小指のあった場所を押さえながら、笙子を見つめていた。
笙子はその場で伏せって、大声を上げて泣いた。
野獣よ暁に吼えろ 17
暗い山道を登っていく。月の明かりは木々にさえぎられて地面まで届かない。手に持った懐中電灯だけが頼りだった。
山小屋が見えてきた。山を管理するために、夏場に県の職員が使っている小屋だが、今は無人だ。
小屋の前で、聡子は立ち止まった。手に持った重箱はまだ温かかった。意を決し、ゆっくりと小屋へと近づいていく。
入り口の戸に手をかけると、軋んだ音を立ててゆっくりと開いた。途端、ホコリとカビの入り交じった饐えた匂いが鼻をついた。
その臭いに混じって、濃い瘴気の臭いが混じっている。
「聡子です」
室内は真っ暗だった。聡子は入り口の横の柱に手を伸ばし、手探りでスイッチを見つけて入れた。部屋の明かりが灯る。人工的な明かりは、部屋に立つ一つの人影を浮かび上がらせた。
「お食事を持ってきました」
手に持った重箱をテーブルに置いた。顔を上げてぎょっとした。目の前に凶暴な目を向けた男が仁王立ちなって、聡子を見下ろしている。
男が聡子に飛びかかった。
「きゃあああああああ!」
悲鳴をあげる聡子を、押さえつけ、男がのしかかってきた。男は下半身裸だった。巨大なペニスが鎌首を持ち上げ、聡子を睨みつけている。
聡子を床におさえつけた男が、馬乗りになり、聡子のブラウスを引き裂いた。裂ける音がして、薄いブラウスは無惨に引き裂かれた。白いブラジャーに包まれた乳房が露になった。
「な……なにをするんです!」
男はかまわず聡子のスカートと下着を一気に剥ぎ取った。聡子の悲鳴が部屋に響いた。聡子の足の間に腰を割り込ませ、腰を突き出して挿入した。
「あっ! あああ! くぅぅぅ!」
腰をつかまれ、左右に振られ、弧を描くように回される
「あ……あ……あああああああ……」
秘部からとろけるように蜜をふきこぼす。乱暴に扱われると、たまらなく燃えてしまう性癖が聡子にはあった。苦痛とは違う、甘い感覚がにじみ出て来るのを、聡子自身どうしょうも出来ないでいた。
「う…ん……んっ!……んん! あっ!も……もう……お願い! お願い!」
聡子が必死に叫ぶ。 ぐいっと上体を起こされ、結合したまま、両手を前に回す。掌がぐぐっと絞られ、指が聡子の白い乳房に食い込む。豊かな乳房が悲鳴をあげるように歪み、醜く上をむいた。
「あああ! うううう!」
ぐぐう!と聡子の体の中で、男のペニスがより固くより熱くなるのを感じた。男の思ったように反応する感じる体。過去の男にそういわれたことがある。
「あ……あ……」
激しく腰を突き上げながら、乳房を指で責めながら、男は満足気に、のけぞる聡子の首筋に舌を這わせた。たっぷりと腰を動かし、男は臭い息を吐いた。
男は聡子をうつぶせにすると、聡子の腰をつかんで浮かせた。聡子が自分から尻を突き出した。男は聡子の尻の前で脛立ちになると、後ろからペニスで聡子を貫いた。
「あああああっ!」
バックで結合したまま、抱えられる。 足を開かれ、足が床から離れた。 ガラスに、自分の裸身と、男に貫かれ、怪異な堅いモノが出し入れされる局部が丸見えに映し出される。
「あ…あああ! イヤっ!」
しかし、体は反応していた。熱いだけの局部に、たくましい男の局部が打ちつけられる度、体の奥が収縮し、それを包みこもうとしていた。
「オオオオオオ!」
激しく腰を使っている男が、獣のような声で吼えた。
聡子はただ、叩きつけられる下半身の律動に喘いでいた。
「ああ! ああああああっ!」
聡子は叫んで、のけぞった。 健康的な脚が、大きく弧を描いていた。黒い褐色の肌の巨漢に抱えられ、剥き出しの局部に巨大なペニスが出し入れされる。
「あ……あああああ……あああ」
聡子の声がかすれる。喉もとに舌を這わされながら、下からは男の特大のペニスで突き上げられているのだ。からみあう浅黒い肌と白い華奢な体は、まるでおぞましいオブジェのようだった。
突かれる度に、声をあげる聡子。 男は激しく乳房を揉み、舌で乳首を舐めあげた。
「あう! あああああ! ああああああ!」
まるで鋼でできた機械のように、巨大なペニスは突き上げ続ける。聡子は汗だくになり、涙を浮かべて首を激しくふった。 男の舌技で濡れ、狂おしいまでに上をむいて勃起するピンクの可憐な乳首は、男の唾液で濡れ、鈍く光っていた。
激しく出し入れされ、激しく収縮する聡子の女の部分。そ男の指先が、の上に大きく膨らんだ核に触れる。
「ああ! ああああっ! ううう! ひぃ!」
奥と陰核、同時に責め上げられる。
「ああああ! うう! ああああああ!」
聡子は悶絶した。男の動きが一段と速くなる。聡子が叫ぶ。意識は朦朧として、自制という言葉など吹き飛んでしまっていた。
「ああああああっ!」
聡子は汗を飛び散らせ、咆哮した。M字にひらかれ、自分の足首くらいの大きさはあろうかと思うほどの太いペニスを食わえ込んだ股間が激しく痙攣した。閃光が走り、目の前がまっ白になった。
次の瞬間、大きい固い塊が、さらに大きくなった。
「うおおおおおぉぉぉ!」
熱いものが聡子の胎内に放出され、奥底まで汚すのがわかった。
「ああああああああああっ!」
聡子は叫んだが、それが声になったかわからなかった。
どれくらい気を失っていただろうか。
聡子が目を覚ますと、裸のまま男が重箱の中身を胃に流し込んでいた。部屋の中に男の体臭と聡子の女の匂いが充満している。
けだるい体を起こす。男が振り向いて聡子を見た。聡子の体の奥底にある、聡子自身その存在を知らなかった性獣を呼び覚ました男だ。
「代貸し以外に男がいたのか」
四年ぶりに、この男が話すのを聞いた。股間から男の放った精液の匂いが立ち上ってくる。
「相手は誰だ」
「男なんて、いません」
男にぎろっとした目で睨まれ、聡子は身を縮めた。凶暴な目に、背筋が冷たくなる。宗田義光。須田一家の親分である父、須田安之助ですら恐れる男だ。
「東京から来た若い連中か」
聡子は息を呑んだ。ただ凶悪なだけの野獣ではない。この男は頭脳も切れる。この凶暴な男と四年も一緒に住んでいたのだ。聡子は誰よりも義光のことを知っている。
「あの人たちは関係ありません」
義光が圧し掛かってきた。悲鳴を上げて逃れようとする聡子の両足をつかんで広げると、股間に顔を近づけた。精液が滴り落ちる聡子の性器の匂いを、しきりに嗅いでいる。
「男の匂いがするじゃねえか」
「それは……あなたのです」
「違う」義光が顔を上げて聡子を睨んだ。「俺の匂いだけじゃねえ。代貸しのものでもねえ。もっと若い男のものだ」
義光の目が不気味に光る。聡子の全身に鳥肌が立った。
野獣よ暁に吼えろ 16
夜明け前にもう一度聡子を抱いた。行為を終えると、聡子が部屋に戻っていった。しばらくして、また睡魔が襲ってきた。
障子が激しい音を立てて開いた。その音で一平太は目覚めた。大して眠った感じもしない。目を開けてみると、部屋の中が明るくなっていた。
脇に工藤が立っている。
「明生さんはどこだ?」
工藤は息せき切ってそう言った。
「帰ってきていないっすけど」
一平太は首を横に振った。工藤が外に出ていった。一平太も浴衣を着て部屋を出た。
「聡子さん」
工藤が廊下で大声を出した。暗い廊下にその声が響く。しばらくして部屋の障子が開き、聡子が顔をのぞかせた。しどけなく着た浴衣の前を両手で掻き合わせている。
「代貸しが大変なことになった。誰かに刺された。めった刺しにされたんだ。今病院に担ぎ込まれた所なんだが、どうやら危ないらしい」
聡子の顔が引きつっている。
「お父さんも事務所にいます。警察から、事務所を手入れすると言って来たんです。喧嘩が起きると思っているでしょう」
「私はどうすればいいんですか?」
「若い奴をおいていきます。聡子さんは部屋から出ないでください」
工藤は戻ってくると、「すぐに明生さんに連絡をとってくれ」と一平太にいって、階段を下りていった。
振り返って聡子を見た。一平太と目を合わせると、黙って部屋に入っていった。代貸しが刺されたと聞かされても、動揺している様子はない。度胸が据わっているのか。ヤクザの娘とはそういうものなのかもしれない。
午前十時に「釣り堀」を開けた。
昨日ウナギを釣れなかった子供たちがすぐにやって来て、今日こそは釣るんだ、と言って騒いでいる。
周囲は、祭りのためでは無く、何となくザワついている。近くの露店も商売に身が入っていない。
あちらこちらに、二人、三人と寄り固まって何事か話をしている。
「警官がやたら多いですね。まあ、仕方ないっすけど」
「祭りの期間中に暴力沙汰でもあったら大変だからな」
明生がタバコの煙を吐きながら言った。
「さしたる観光資源も無いこの町では、この祭りが外部から客を呼べる唯一の機会なんだよ。警察も神経質になっている。面子にかけても暴力沙汰を起させるわけにはいかない」
「じゃあ、このまま平和に終わりますかね」
「どうかな。ヤクザ者は面子で生きている。面子が潰されたままでは、この世界では生きていけない。面子が潰されたのは佐々木組とその上部組織の須田一家で、組と兄弟の関東の三合会も絡んでいる。しかし、面子ばかりとは言えないな」
「どういうことっす?」
「須田一家内にも争いがある事は事実なんだ」
「身内の誰かが代貸しを刺したってことっすか?」
一平太は聞いてみた。明生は「分からない」と首を振った。
日が高くなるにつれて、ヤクザ者の姿が目に付くようになってきた。祭り見物に繰り出した人達の間をしきりに行き来している。長谷川の姿も目にした。警官の姿も益々多くなってくる。誰の目にも、何か不穏な事態が進行しているのは明らかだった。
昼少し過ぎに工藤がやって来て、代貸しが死んだと告げた。明生の顔も心持青くなった。
「さっき五所川原の親分がやって来て佐々木組の事務所に入った。若い者頭の長谷川も一緒に来た。代貸しが死んだことで、何がどう動くのか分からない。明生さんも気をつけてくれ。長谷川もあんたのことを気にしているんだ。なんといっても、新宿の半グレのリーダーで、祖父は南原組の組長だったんだ。誰がどう誤解するか分かったもんじゃない。あいつらは明生さんの事をよく知らないからな」
「わかってます」
「佐々木組の内では、代貸しは長谷川にやられたと思っているものもいる」
「どうしてそんな風に思う人がいるんっすか?」一平太が横から聞いた。
「梅の家の女将の事だよ」
「聡子さんっすか?」
「長谷川と梅の家の女将ができてるってのは、みんな知っているんだ」
一平太は唾を飲み込んだ。
「代貸しもうすうす疑っていたようだ。代貸しは豪放そうに見せてはいたが、とんでもない。特に女の事になると、やたらと細かいしうるさいんだ。自分の女に誰かが手を付けることなんか、絶対に許しゃしない。逢引を見つかった長谷川が、やられる前に代貸しを殺ったと考えたって何もおかしいことじゃないんだ」
「そうかな」明生がぽつりと言った。
「長谷川に代貸しを殺す度胸なんかないんじゃないですか」
「やくざを甘く見ちゃいけないよ、明生さん。あいつももう何年もこの世界で飯食ってんだ。それに、子分も大勢いる。いっぱしの幹部なんだから」
工藤がため息をついた。
「それに、他にも厄介な事が起こりそうなんだ。三合会と洪門会が人を出してくるらしい。須田組長と長谷川はその事でカリカリしている。そこに、警察署長も介入してきたんだ」
「まだあるんです」明生がいった。
「何か?」
「あの男が刑務所から出てきた。宗田義光ですよ」
工藤が黙って頷いている。どうやら知っていたようだ。
「宗田って、どんなやつなんです?」一平太が訊いた。
「常軌を逸した男だよ。ヤクザも警察も恐れない。自分の命でさえ要らないって男だ」
「その……聡子さんの内縁の旦那っすよね」
「まあな。聡子さんもとんでもない男に目をつけられちまったもんだ。自分で聡子さんに客を取らせておきながら、町で男と親しく話をしていたと言って聡子さんを殴るんだ。もちろん、相手の男も半殺しの目に会う。自分の所有物に他の誰かが声を掛けるのが許せないらしいんだ。それに、聡子さん自身、宗田のことは良く知らないらしい。極端に口数が少ないので、四年も一緒に暮らした聡子でさえ、奴が何をどう考えているのか分からないんだそうだ」
「ほんとっすか?」
「欲望のままに抱いて、終われば放り出す。他には交渉らしいものは何も無い。何処へ行くとも言わず出掛けて行き、一か月も、二か月も連絡が無い、そういう事はしょっちゅうだったらしい。宗田が刑務所に入ったと聞いた時は救われたと思ったことだろうな」
一平太は歯を食いしばった。そんな男がまた世間に出て来た。また自分のところへ現われるんじゃないかと、聡子は怯えているのではないだろうか。
「ヤクザ者じゃないどころか、ヤクザよりもたちの悪い、手の付けられないヤツなんだ。須田組長も自分の組に入れなかった。ヤクザ社会の上下関係も掟も何も関係無いという男なんだよ。刑務所に迎えに行ったのも、戻って来てもらっては困るからだという話だ。佐々木の代貸しが迎えを出したのも、奴をどこかへ追っ払おうとしたんだろうな」
長谷川がやって来た。今度は子分を四人も連れている。警戒しているのだ。
長谷川が明生を睨みつけながら、近づいて来る。
「お前、昨日の夜、何処へ行っていたんだ?」顔を赤く染めている。凶暴そうな眼光に、一平太の背筋が凍った。これがやくざの幹部の迫力なのだ。
しかし、明生は表情を変えずに長谷川を見ていた。
「明生さんが代貸しを殺ったっと思ってるんかい!」
工藤が怒鳴った。「明生さんは先代のお孫さんだぞ」
「先代の孫なら、代貸しを殺してもいいというんかい」
「てめえ、誰に向かって口を聞いてるんだ!」
工藤が長谷川を睨んだ。
「昨夜は笙子さんと一緒でした」
明生の言葉に、長谷川も工藤も不意打ちを食らったように目を見開いた。自分の勘が当たっていたと、一平太は思った。
「てめえ、お嬢さんに何をしやがった!」長谷川が睨みつけてきた。
「何も。同級生なんで、昔話をしていただけですよ」
「一晩中一緒にいたんじゃあるめえな」
「少なくとも、代貸しが刺された時間は一緒にいましたよ」
自分だって聡子と関係を持っているじゃないか、と言ってやろうと思ったが、相手はヤクザ者なのだ。まともな話が出来るような相手ではない。力のあるものが、女を力づくでものにする。それがやくざの世界だ。まともな人間が住んでいる場所とは世界が違うのだ。
「お前は佐々木組とはどういう関係なんだ?」と長谷川が言った。
「何の関係もありません」
「ここは東京とは違うって警告したのを忘れたのか。余計なことに首を突っ込むんじゃねえぞ。半グレが」
長谷川はそう凄むと、その場を離れていった。あの様子では、長谷川も明生が代貸しを刺したとは思っていないのだろう。
「今の話、本当か?」工藤の顔色が変わっている。
「笙子さんに手を出すなんざ、自殺行為だ。聡子さんがああなっちまったから、須田の親分は余計に笙子さんを猫可愛がりしているんだ。遊びなら早く手を引いたほうがいい。長谷川が余計なことを親分に吹き込む前にな。いくら先代の孫とはいえ、須田の親分を怒らせるのはまずい」
「結婚するんだ」
「はあ?」
工藤があんぐり口をあけた。一平太も、さすがにこの言葉には驚いた。
「ほんとっすか?」
「ああ。そのうち、須田の親分にも挨拶に行くつもりだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」そういって、工藤が周囲を見回した。
「何を考えているんだ。笙子さんと結婚? 須田一家を継ぐつもりなのか」
「惚れた女と一緒になっちゃいけませんか」
「ふざけたことを言うんじゃねえ!」工藤の鼻息が強くなった。
「その辺の浮ついたカップルがくっつくのとは訳が違うんだ。長谷川の言葉どおり、ここにはここのしきたりがある。新宿のようにはいかない。それに、先代との約束を忘れたのか? あんたは南原組を継ぐんだろうが」
「南原組を継ぐかどうかなんて、俺一人で決められるもんじゃないですよ。須田の親分が決めることです」
「だから、そこは俺がうまく……」
「強引に南原組を継いだって、若い衆はついてきませんよ」
「いや、明生さんなら大丈夫だ。新宿には弟分が五百人いるって聞いている」
「誰にです?」
そういって、一平太を見た。一平太があわてて首を横に振った。
「それくらいのこと、調べるのはわけねえ。新宿の裏社会じゃ、明生さんのことを知らない奴はいないらしいじゃないか。あんたならやれる。その統率力で南原組を復活させてくれ」
「笙子と結婚できれば、状況はさらに工藤さんの望むようになるんじゃないんですか。今のまま俺がここに残っても何かしらトラブルが起こる。今の長谷川がいい例です」
「いや、しかし、笙子さんを巻き込めば須田の親分が……」
「大丈夫です。二人の愛の力があれば、どんな困難だって乗り越えられますよ」
明生は工藤に背を向けると「店番を頼む。祭りの様子を見てくる」と一平太に言い残して去っていった。
一平太の不安とは正反対に、祭りは最高潮を迎えようとしていた。
見物客がどんどんと増えてきた。四方からお囃子が近づいてくる。各町内から出た山車が神社の境内に終結するのだ。境内は山車と囃し手と見物客でいっぱいになる。
周囲の興奮も時間の経過とともに盛り上がってきた。「ウナギ釣り」も一先ずは休止だ。
夜になっても明生は戻って来なかった。
連続的なお囃子の音と、興奮した群衆の声が和するように境内を駆け巡っている。一平太も立ち上がり、背伸びをして境内の方に目を向けた。
誰かに見られている、と言うのは感じるものだ。目から何かが出ている訳ではないのだろうが、他人の視線を感じるという感覚は存在する。意識をどこか一点に振り向けると、体から飛び出して行くものがあるに違いない。
その時一平太が振り向いたのも、そういう超自然的な感覚を得たからだった。急いで辺りを見回してみたが、何も見つける事ができなかった。
しかし、間違いなく誰かが自分を見ていた。一平太は露店を離れ、裏の森に足を踏み入れた。暗がりで、大きな木に寄り掛かって待っていたのは聡子だった。
白地に藍で絞り染めした生地の浴衣を着ていた。闇の中に白い肌と白い生地が浮かび上がっていた。
聡子の顔色がひどく悪かった。青白く、まるで幽霊のようだ。
「どうしたんですか?」
聡子が一平太に抱きついてくる。
「何かあったんですか?」
「不安なの」
聡子は一平太の唇や耳に軽く舌先を這わせた。
聡子が一平太の手を取り、スカートの中に導いた。下着に触れると、すでに湿っぽくなっている。
「俺、まだ何もしてないっす」
「恥ずかしいわ……下着の中に手を入れて」
聡子の下着の中に手を入れる。濃い陰毛が指に触れた。そのまま奥まで侵入し、小陰唇の襞を軽くくすぐった。
「あっ、き、気持ちいい……」
「本当っすか?」
「いい……いいわ……」
聡子が足をくねくねとさせ、快感に身をよじらせる。一平太は指を入れ、粘膜をかき回すように刺激した。ほどなくして、太腿をプルプル痙攣させながら、聡子は絶頂の波に飲み込まれた。
聡子が声を震わせる。そんな聡子に追い討ちをかけるように、指先でこねるようにかき回す。
声が快感に震え、太腿がガクガクと震えている。
快感に逃げようと身体を前にやるが、一平太は執拗に逃げる腰を押さえつけ、ヒクヒクと死にそうなほど痙攣している陰核を正確さで苛めた。
聡子の足の筋肉に緊張が走った。強張って数秒間固くなっている。それでも一平太はやめずに、固くなってじっと堪えている聡子の陰核を正確に攻撃し続けた。
聡子は手を伸ばそうとしたが、一平太はかまわず続けた。聡子の上半身がビクンと上に跳ね上がった。
聡子は首をかすかに動かすと、四つん這いになって一平太に尻を向けた。そして、自分から浴衣をまくった。
白くて豊かな尻肉が露わになる。一平太は聡子の背中に脛立ちになり、両手で尻肉をしっかり掴むと、濡れてベトベトになった聡子の陰唇の狭間にペニスをあてがった。
腰を押し出し、ゆっくりと挿入されてゆく。中は沸騰したように熱く、生き物が四方八方に蠢いているようだった。
一平太のピストンするスピードが増し、クチャクチャと結合部のいやらしい音も激しさを増す。聡子がさらに高く尻を突き上げると、一平太は聡子の尻肉を大きく広げ、結合する面積を拡大してゆく。熱い先端が子宮を貫き、快感に襲われた聡子が叫び声をあげた。
聡子が体をのけぞらせて、恍惚の表情を見せる。一平太のペニスはまだビクビクと震えながら精液を出し続けていた。
「聡子さん、最高っす」
吐精を終えたペニスを膣から抜くと、ぱっくり開いた膣口から放ったばかりの精液がどろっとこぼれ落ちた。
「ねえ……」
「なんだい?」
「あたしってやっぱりオバサン?」
後ろから抱き込むように覆いかぶさってきた一平太に対し、下を向きながら少女のようにすねる。
「そ、そんなことないっす。聡子さん、すごく綺麗っす」
「でも、もう二八だわ」
「そんなこと、関係ないっす」
一平太は、聡子の体をギュッと抱きしめた。
野獣よ暁に吼えろ 15
無人の宿は水を打ったように静かだった。祭りの夜の浮ついた感じは微塵も無い。
一平太は階段を上がり二階の廊下に出た。聡子の部屋の方に目をやる。真っ暗だった。部屋には誰もいないようだ。今夜も代貸しは来ないのかも知れない。
自分の部屋に入る。二組の夜具が敷かれていた。明生から、今夜は戻らないと連絡があった。誰かと会っているようだった。
これなら、ボディーガードの意味がないじゃないか。今夜は退屈な夜を過ごすことになるのかもしれない。
一平太は風呂に入り、一人で夜具の上に寝転んだ。何もすることがなかった。一人を酒を飲んでいても空しいだけだ。どこか店に行くか。
一平太が身体を起こしかけたとき、誰かがドアをノックした。
「一平太くん、まだ起きてる?」聡子だった。一平太は勢いよく起きあがった。
「部屋にいてくれてよかった」
聡子がにこっと笑って、抱きついてくる。香水のいい匂いに鼻の奥をくすぐられる。
聡子は、ブラウスにカーディガン、タイトスカートだった。昨夜より、穏やかな表情をしている。大きな胸と尻が、魅力的だった。
聡子の豊満な乳房が一平太の逞しい胸板で潰れている。この感触に、一平太のペニスがむくむく起き上がってきた。
聡子にだきついた。薄い香水の匂いに、ペニスは一層いきりたった。
「ちょっと待って」
「すいません……我慢できなくて」
「ビール、飲みたいわ……」
「は、はい」
聡子が部屋から出て行った。しばらくして、ビールを二本盆に載せて戻ってきた。
しばらく、二人でビールを飲みながらゆっくりした。聡子は、少し脚を崩す格好で正座をしていた。健康的な太腿がスカートから顔をだしている。一平太は聡子の身体の線が気になって仕方なかった。
もう、我慢の限界だった。
「すみません。俺、もう我慢できません。お願いします」
「ええっ?」
聡子は少し戸惑った表情を見せたが、やがて微笑んで、一平太にキスをした。そして、キスをしながら、そのまま布団に崩れ落ちた。
一平太のまえで、聡子は、カーディガンを脱いだ。
どちらからともなくキスし始めた。一平太は、言われたとおりに聡子の乳房を揉み始めた。片手には納まりきらない巨乳だった。
聡子の口が半開きになり、喘ぎ声が漏れた。
聡子のブラウスの前がはだけ、ブラジャーが首のあたりまでずり上がっていた。
一平太は聡子のブラウスのホックを上から順番に外し、前を開いた。白いブラジャーが眩しい。下から上へずりあげた。乳房は真っ白で、うっすらと青く血管が透きとおって、張りがよかった。乳首も隆起している。聡子が肩を浮かせてブラウスを脱いだ。それから聡子が自分で背中に手を回しホックを外しブラジャーも外した。
あの夜より動きが激しかった。聡子の手と一平太の手がつながる。じっとしてる間も、聡子は喘ぎ声をあげている。
一平太が下から突き上げた。突き上げるスピードをあげて聡子を追い込んでいく。
ぎしぎしと音を立てながら、激しく聡子を貫いた。聡子の身体を抱え込み、勢い良く腰を叩き込む。聡子も腰をグイグイと動かしながら、叫びとも絶叫ともつかない声を上げた。
聡子のなまめかしい身体が弓なりにしなり、胸が卑猥に揺れている。
聡子があられもない大きな声であげて達した。一平太は揺れていた聡子の胸を鷲づかみにして、絶頂の膣の締め付けを堪能した。
聡子が動かなくなった。ペニスを抜くと、聡子の膣から精液がどろりと零れ落ち、シーツを汚した。そのまま、聡子はうつぶせに倒れた。
一平太は自分のものを処理したあと、聡子の身体を仰向けにし、股間をテッシュで拭った。
それから、聡子の股間を覗き込み、性器を拝んだ。女性器をじっくり見るのは初めてだった。聡子は性経験が豊富なはずだが、そこは処女のように鮮やかなピンク色をしていた。
しばらくして、聡子が目をさました。
「ありがとう、拭いてくれたのね」
「えっ、はい。あの……すいません」
「どうしたの?」
「ごめんなさい。聡子の大事なところ見せていただきました」
「うふふ、いいわよ」
聡子が一平太の抱きついた。
「明生さんが帰ってこないか、どきどきしちゃった」
「明生さんは、今夜は帰ってこないっす。誰かに会ってるみたいで」
「誰にあっているのかしら?」聡子が一平太のペニスに手を伸ばした。
「俺から聞いたって、明生さんにいっちゃ、だめですよ」
「ええ」一平太のペニスを弄びながら聡子が頷いた。
「多分、笙子さんに会っていると思うっす」
野獣よ暁に吼えろ 14
明生はハンドルを握って海沿いの国道を走っていた。
会ったときはまともに顔を見ること野獣よ暁に吼えろ 14ができなかった。運転席に座って、その横顔をそっと盗み見るのがやっとだった。
衝撃的なセックスだった。あれだけの快感を覚えたのは生まれて初めてだった。男には歳相応に抱かれてきたが、セックスがいいとは思ったことなどなかった。なのに、明生に与えられた快感に気が狂いそうになって、激しく乱れてしまった。
あんな自分の恥ずかしい姿を見られたのに、またこうやって明生に会っている自分が信じられなかった。いや、明生に会いたかったのだ。そして、またあの快感を与えて欲しかった。明生に抱かれたがっている自分が、今でも信じられない。
「夏ももう終わりだな」
「えっ?」不意に横から声をかけられ、笙子は慌てて窓の外を見た。海水浴場に人影は無かった。砂浜に点々と散らばっているのは打ち寄せられた塵だろう。寂しいと思えるような景色だった。
「南原組を継ぐの?」
「祖父の望みだった」
「おじいさまの?」
「祖父が死ぬ前に、約束しちまった。工藤が見届け人だった。死んだから約束を反故になんてできない」
「その……」口ごもった後、思い切って口を開いた。「私と結婚したいって、本気?」
「だめか?」
「何のために? 須田組も一緒に継ごうってわけ?」
「上部組織に俺が立って、二つの組を傘下に収める」
「組員たちが納得しないわ」
「させるさ。その準備をしてきた。若い衆にいい生活をさせてやれる。女も抱かせてやれるし、やりがいのある仕事も与えてやれる。男はそんな奴についてくるんだよ」
「結局は金と欲なのね。あなた、やっぱり根っからのやくざなのよ」
「おまえも、愛だの恋だの、青臭いことを言う男は嫌いだろ。俺は自分の道を極める。必要なのは、そんな俺についてきてくれる女だ。お前の母親だって、極道の親父さんについていったんだろ」
「でも、新宿の一等地に住んでいて、どうしてこんな田舎に戻ってくるわけ? 南原組を継ぐっていったって、あなたを慕ってくれるのは、今となっては工藤とその舎弟くらいしかいないわ」
「ここは俺の故郷なんだ」
「何それ」
明生はそれ以上、何も答えようとしなかった。
「あなたが南原組を継ぐのは無理よ。お父さんは別の人間を組長に添えるはず」
「誰をだ。もしかしたら長谷川のことを言ってるのか? あの男に組の頭なんざ務まらんよ」
「長谷川じゃない」
「でも、お前の親父さんは長谷川を後釜にするんじゃないのか?」
「あいつが出てきたの」
「あいつ?」明生が鸚鵡返しに聞いてきて、そして、息を呑んだ。
「宗田義光か」
「そう。あの男は人間じゃない」
「まさか、義光に跡を継がせるんじゃないだろうな」
「お姉ちゃんの旦那だから」
「旦那といっても、正式に結婚はしていない」
笙子が鼻で笑った。
「役所に婚姻届ださないと妻とは言えないだなんて、やくざのいうことじゃないわよ」
「たしかにな」
「でも、あの男にこそ組長なんて務まらないわ。ケダモノなのよ、あいつは。今までお姉ちゃんがどんな目にあわされてきたか。特に、あいつの兄が殺されてから、余計に凶暴になったわ。極悪兄弟だったもん。犯人はまだつかまっていないし」
車がホテルの駐車場に入った。
「馬鹿にしないで」
「来るんだ」
明生の目が一瞬、猛獣のように鋭く光った。背中にぞくっと冷気が走った。笙子の身体からすっと力が抜け落ちた。
明生に抱えられるように、ホテルの部屋に向かった。明生に身体を預けていた。口を閉じ、唇をぶるぶると小刻みに震えさせている。恐怖のためじゃない。期待と極度な緊張のために、身体が震えているのだ。
自分の身に何かが起こっている。身体の奥から、ゾクゾクとした神経を直接撫でられているかのような感覚が、次々と這い上がってくる。心臓がバクバクと鼓動を早め、体中の神経が敏感になり、視界が広くなったように感じる。
そして、口の中がからからに乾燥していた。
明生が、自分の身体の中に潜む女の淫獣を呼び覚ましたのだ、と、笙子は認めざるを得なかった。
強烈な劣等感が笙子を混乱させた。自分が、急にどうしようもなく淫乱で意思の弱い人間に思えてくる。
いやらしい、どうしようもない女……。
突然下半身に鈍い感覚が走り、胸が締め付けられる。身体が明生を求め始めている。
ホテルの部屋に入ると、明生が突然笙子を抱き上げた。そして、ベッドの上に彼女の身体を投げ出した。
「やっ……そ、そんな雑な扱いしないでっ!」
笙子の反応に満足したのか、明生は笙子の唇にゆっくりとキスをした。もはや、笙子に抵抗する気は無い。薄く開いた唇から明生の舌の侵入を許し、その中で舌が嬲られても、それを嫌がる素振りを見せなかった。
突然、笙子の足が大きく開かされた。
「あ、嫌! 待って! シャワー浴びてない!」
「俺はお前の匂いを嗅ぎたいんだ」
「嫌! それはだめ!」
明生がズボンを下ろし、カチカチに硬くなった物を笙子に握らせた。
「あ、ああっ!」笙子が身体を震わせた。
「どうだ?」
「どうって」
すごい……。太くて硬い。これが私の中に入ったんだ。
あの日、レストランからホテルに連れ出されて、明生に犯された。それから無理やり宿泊させられ、翌朝までぶっ通しで犯されたのだ。
そう、あれは無理やり……。
しかし、セックスで失神したのは初めてだった。話には聞いていたけど、信じていなかった。でも、すごく気持ちよかったら女は失神するんだということを、笙子はあの日、初めて経験したのだ。
明生の手が段々と降りてくる、臍を通過して、短パンのゴムの隙間から指を差込み、さらに奥へ、そしてついに下着に侵入した。
「あ……だめ……汚い……」
「ここは嫌がっていないぞ」
「そ、そんなこと……いわないで……」
明生が強引に下着を剥ぎ取った。お互い上半身衣服を着たまま、笙子の淫裂に、明生の先端があてがわれた。
「ああ……そんな……いきなり……」
「何もする必要がないくらい、お前のここは準備が整っているんだよ」
その時、笙子が何と言おうとしたかは、分からなかった。仰向けにされた豊かな裸体に硬い肉棒が突き刺さった瞬間、笙子は声を上げた。
口をパクパクさせながら、笙子の体は甘い快感に酔いしれていた。引き締まった腹から豊かな乳房にかけて明生が手を這わすと、それだけで甘い声を漏らす。硬く勃起した肉棒で体の中をかき回されると、悲鳴のような歓喜の声で応えた。
明生の腰の動きが早くなると、笙子の声もそれに合わせて早くなった。太い肉棒が出入りする膣から、止め処なく愛液が溢れているのを、笙子も自覚していた。
明生は着ていた服を脱ぐと、笙子のブラウスのボタンをはずし、ブラごと剥ぎ取った。
卑猥な音を立てながら、笙子の無防備な性器が犯されてゆく。
ああ……もう、我慢できない……!
気が狂いそうなくらい、気持ちいい……。
笙子は胸を反らし、体を震わせながら、荒れ狂う快感の濁流に翻弄されていた。明生に突き上げられる度に、奥の方からゾクゾクと痺れるような劣情が湧き上がり、足のつま先から、頭髪の一本に至るまで、抗いようの無い強烈な快感に蹂躙されていく。
そこまで考えた時、笙子の中で何かがパッと弾けた。そして、抑える事の出来ないゾクゾクした快感が湧き上がった。性器がきゅうっと収縮し、切なくてたまらない。
もう、堕ちてしまいたい……奈落の底まで……。
何もかも捨てて、ただ、明生の言いなりに成るだけの道具になりたい。
もう、何も考えたくなかった。
笙子は大声で叫びながら、絶頂を迎えた。背中を弓のように湾曲させ、胸を反らしながら、体を痙攣させる。そして自ら腰を振り、性器を締め付け、射精を終えた明生の肉棒から一滴も残さずに精液を搾り取ろうとした。
霞がかかったように意識がぼんやりしている。明生が笙子の上から離れてペニスを抜いた。
「あっ……」
明生の放ったものが零れ落ちるのを感じた。
「明生……」
笙子が仰向けになった明生の身体を抱きしめた。
「本当に……赤ちゃん、できるかもしれないわよ」
明生がベッドの上でタバコに火をつけた。
「覚えておきなさい。堕ろせなんていったら、殺すからね。須田一家がどこまでもあなたを追いかけ、追い詰め、殺すから」
「怖いな」
明生が笙子の頭を撫でた。
「今夜、泊まれるか?」
笙子が明生を抱きしめ、キスをした。長く激しいキスだった。
野獣よ暁に吼えろ 13
聡子の柔らかい肌の感触が忘れられない。ついに女を知ってしまった。自分の思い描いていた理想と少し違うが、相手が聡子なら文句は無い。
明生に打ち明ければ、なんと言われるだろう。笑われるだろうか。
昼過ぎに明生から電話がかかってきた。時間が来たら先に神社に行って店の準備をしておくように指示された。外からの電話のようで、傍に誰かいるようだった。
夕方になって神社の裏に行き、店の準備をした。客が十人ほどやってきた。半分は大人の客だった。
しばらく待っていると、明生がやってきた。
「悪い、遅くなった」
明生が椅子に腰を降ろして、タバコを咥えた。
「後ろを見ろよ」
明生に言われて振り向いた。一見してヤクザ者と分かる二人連れが、「釣り堀」の斜め後ろ、一平太が振り向かないと見えない位置に立っていた。
一人は三十代後半に見える。痩せて背の高い男で、頭を坊主刈りにしている。もう一人は若い男で派手な柄のシャツを着ている。顔つきが凶悪な印象だった。
二人はしばらく、じっと一平太の方を見ていたが、やがて若い方が近づいてきた。一平太は緊張した。咄嗟に明生の前に立った。
「明生というのはテメエか」男は言った。
「なんすか」
「お前が明生か」
「明生さんはこの方ですが、何か用っすか」
一平太が男を睨みつける。明生が椅子からゆっくり立ち上がった。背の高い坊主頭がゆっくりと近づいてきた。男たちが明生に何かしようとしたときは、すぐに飛び掛るつもりでいた。明生のためなら命も捨てる覚悟があった。
「何をしに来たのか知らねえが、ケガをしないうちに東京に帰れ。ここはお前が来る所じゃあない。先代の孫かなんだか知らねえが、でしゃばるとただじゃあ置かねえぞ」
「ここは俺の故郷なんですがね」
「とっとと帰れ」
そう言って二人は境内の方へ戻って行った。
「なんっすか、あいつら。誰ですか」
「坊主頭のほうは、須田一家の長谷川だ。長谷川は須田一家の跡目を狙っているんだよ。それを邪魔しているのは代貸しだ。長谷川も代貸しも俺が邪魔なんだよ」
「それで、先代の孫の明生さんのことを」
須田の親分と明生の祖父は兄弟分だったと明生はいっていた。
「俺が南原組を継ぐようになれば、須田親分が跡目として俺に目をつけるかもしれないからな」
「跡目って、組長ですか?」
「しかし、代貸しは南原組を飲み込んでいる。長谷川は何とか南原組の組長に納まれないか画策しているところだ。おそらく、長谷川は俺が代貸しの指図でここに戻ってきたと思っているんだろう。俺と佐々木の代貸しとは何の関係も無いことが分かれば、俺に手出しはしないさ」
「工藤さんに連絡したほうがいいんじゃないんですか」
「もう伝わっているだろう」
一平太はうなずいた。それがヤクザの世界なのだ。
夜が深まるに従って人出はさらに増えていき、露店の裸電球が輝きを増していく。
裸電球の間を人並みが埋めていた。
「ウナギ釣り堀」の周囲も人で埋まっていた。夜も更けたというのに、子供たちが必死でウナギを釣っている。
大人たちの目も真剣だ。うなぎは今や高級魚だ。うなぎを釣って、蒲焼にして食べている光景が目に浮かんでいるのかも知れない。
境内の方から笑い声が聞こえてくる。御神楽の舞台に東京の漫才師が出演している時間だ。漫才師は代貸しに頼まれて、嫌々出演を了解したのだと聞いている。しかし、そこはプロだ。客の姿を見れば、ちゃんと笑わせている。
午後十時を大分過ぎ、人が減ってきた。露店の中には、今日の営業を終了する店が出てきた。工藤が露店を見回りながら「釣り堀」にやってきた。明生の隣に腰を降ろす。
「長谷川が来たらしいな」工藤が言った。「ちょっかいを出してきたか」
「たいしたことじゃないです」
「連中が何か仕掛けてきたら、すぐに俺に連絡してくれ」
工藤がタバコを咥えた。明生が火をつけようとすると、工藤が深々と頭を下げた。
「須田一家の本家の連中が宮城刑務所に出迎えに行ったみたいだ。誰かが出所したらしい。今日の事だよ」
「誰が出てくるのか、誰も知らないんですか?」
「ああ。ところが、代貸しの組の連中も宮城刑務所に出迎えに行っているんだ。もちろん一緒じゃあない。別々だよ。二つの組が出迎えに行ったのに、俺は誰が出てくるのか知らないんだ。それで、周りのものに聞いて見たが、誰も知らなかった」
「須田組の連中には?」
「聞いてみた。俺が話を聞いた連中も誰が出てくるのか知らなかったよ。どうやら、組長と迎えに行った連中しか知らないようなんだ。こんな事は初めてだ」
「気になりますね」
「ここの所、須田一家本家と佐々木組の間がギクシャクしているので、余計な事だとは思ったが俺はもう少し調べてみることにしたんだ」
「組幹部では?」
「なら、俺が知らないってことはない。そいつはヤクザ者じゃあないということだ。少なくとも南原組でも須田一家の構成員でもない。明生さんのような立場の人間なんじゃないかと思うんだ」
「俺のような?」
「組とは無関係だが、組に大きな影響を及ぼす存在だ」
「俺がですか? 買いかぶりすぎです」
「昨夜、どこに行っていたんだ?」
工藤の質問に明生は答えなかった。ただ、意味ありげに微笑んだだけだ。
「どこの誰で何で服役していたのか、誰も知らない。そういう事があるんで、長谷川は神経を尖らせているんだよ」
「つまり、須田親分はその男に跡目を継がせるんじゃないかってことですか?」
「それは無いと思うんだが。でも、明生さんに突っ掛かってきたのも、その辺に理由があると思う」
「じゃあ、その男はもうすぐこの村に来るんですね」
「ところが、その出所した男、何と一週間前に、既に出ていたんだ。出迎えに行った二つの組は空振りさ」
「妙な話ですね」
「そうだ。もし、その男が須田親分と深い関係があるというのなら、須田一家の連中が出迎えに行くのは分かる。しかし、何故佐々木の代貸しが迎えに行くんだ。しかも、組員でもない男を」
明生が黙って頷いている。一平太も、胸の奥に嫌な予感が広がっている。
「適当な時に仕舞ってくれていいぜ」そう言って工藤は帰って行った。
一平太は露店を仕舞う前に小用に立った。
神社の社務所の脇にトイレはある。境内に人垣は無かったが、それでも本殿の前にはまだかなりの人がいた。御神楽の舞台は既に締め切られ、舞台の前には無人の筵が広がっていた。
一平太はトイレから出ると本殿の前を横切った。
狛犬がある。その前まで来た時、意外な人を見つけた。思わず狛犬の後ろに体を隠した。
聡子が本殿の脇を抜けて、裏の森の方に消えていく所だった。
一平太は後をつけた。本殿の裏から鎮守の森は始まる。大きな木が鬱蒼と生い茂り、明かりの無い森は鼻先も分からない闇だった。
聡子はその闇の中へ、全く躊躇する様子も無く踏み込んで行く。
一平太は闇に目が慣れるのを待って聡子の後を追った。聡子の姿は、既にかなり先にあった。聡子の姿が大きな木の向こう側に隠れた。一平太は見失わないように小走りになって急いだ。
大きな木が目の前にあった。それを避けるように脇に出る。
すぐその先に聡子が立っていた。
一平太は思わず大木の影に隠れた。
聡子は一人ではなかった。男が一緒にいた。昼間「釣り堀」にやって来た、痩せて背の高い坊主頭の男だった。たしか、長谷川という男だ。
聡子は男に抱かれていた。男の両手は聡子の背に回っている。聡子は強く引き寄せられるようにして唇を合わせていた。聡子の両手も男の背に回されている。
唇を離すと、聡子の口から喘ぎ声が洩れた。男の手が背中を離れ、浴衣の合わせ目から中に侵入していった。
聡子の片方の乳房を引き出す。その乳房は闇の中でさえ白く輝いていた。
男は聡子の乳首を口に含んだ。聡子は白い首を仰け反らせて男の愛撫に耐えている。
代貸しの愛人が、須田一家の跡目を狙う長谷川に抱かれている。しかしそれも当然の事なのかも知れない。聡子にとって、一平太は東京に住んでいる世間知らずの不良だ。長谷川は同じ世界に住む実力者。聡子はこの先も、この世界で生きて行かなければならない。甘い感傷は許されないのかも知れない。
聡子の高まっていく息遣いが聞こえてくる。彼女が太い木の幹に手をついて、長谷川に尻を突き出した。長谷川は彼女の浴衣を捲り上げた。聡子の豊かな白い尻が闇の中で輝いて見える。
長谷川が後ろから聡子を貫くと、聡子が獣のような声を上げた。
目の前ではまだ聡子と長谷川の激しい交尾が続いている。一平太はそっと木の幹を離れる。
暗い森の中を、まだ喧騒の残る神社の境内に向かって歩いて行く。
ふと人の気配を感じた。
闇の中、三十メートルくらい右手に寄った木々の間。
誰かがいた。誰かが立ち止まって、じっと一平太の方に顔を向けていた。闇の中で顔は見えない。しかし、一平太の背筋がぞっとした。
一平太は自分の方から視線を外し、再び神社の境内に向かった。誰だか分からないその人物も、再び森の奥に向かって歩き始めた。
「釣り堀」に戻ってみると、明生はいなかった。露店はきちんと畳まれていた。
「釣り堀」の周りには客らしき人はもう居なかったが、背後の森の入口に五、六人のヤクザ者と思しき男たちがいた。何やらザワついた様子だった。
一平太が目を向けると男たちは神社の方に去って行った。周辺の露店も営業を終了し、喧騒が嘘だったかのようにひっそりとしていた。