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処女の秘孔は蜜の味 15



15 ヤンキーからの贈り物

「イエーイ!」
 店内で、ロックが爆音で鳴っていた。
 店の奥のテーブルに置いてあるCDプレイヤーがアンプに繋がれていて、フルボリュームでがなり立てている。
 テーブルを片付けたフロアはダンスホールと化して、間髪入れずに繰り出してくるロックンロールにアメリカ兵や彼らに群がる韓国人女達が、身体を揺らしながら踊ったり、歌ったりと楽しんでいた。
「よう」
 スツールに座ってビールを飲んでいると、野崎がやってきた。
「見ろよ、あれ」
 野崎がフロアに向かって顎をしゃくった。アメリカ軍の女性兵士の周囲に人だかりができていた。仲間達と一人一人肩を組んで楽しそうに話し込んでいる。
「見ろよ、あの強烈な胸。日本人の女には到底かなわないよな」
「でかけりゃ、いいってわけじゃない」
 店の隅でパーティーの輪の中に入れないアメリカ兵もいる。ヤンキーが全員、陽気なわけではない。
「胸はでかいに越したこたぁ、ないだろ?」
 息が酒臭い。野崎はすでにかなり酔っていた。
「まあな。でも、アメリカ女はあそこが臭いらしいぜ」
 野崎が笑いながら肩を叩いてくる。
「匂いなんか気にならねえよ。俺のチンポには鼻はついていないんだ」
「あそこを舐めるとき、臭いだろ」
「お前、女のあそこ舐めるのが好きなのか?」
「お前は嫌いなのか?」
「好きとか嫌いとか、考えたことねえな。すぐに突っ込んじまうしな」
「俺はいつも舐めるぜ。味はそうだな、女によって色々だ。おまえ、可愛い処女のあそこは蜜みたいに甘いって知ってるか?」
「嘘つけ」
「やっぱり、知らねえんだな」
「処女となんかやったことねえからな」
 野崎がバーボンのボトルに口をつけ、直接喉に流し込んでいる。
 作業服の内ポケットには、綾香から届いた一番新しい手紙が忍ばせてあった。辰雄は野崎と話し終わると、らせん階段の横にあるトイレに入った。
 内ポケットから手紙を取り出し、読み返した。
「エリカの居場所がわかったよ」
 綾香の手紙の最後の行にそう書いてある部分があった。辰雄はそれを読み返す度に、心の中に懐かしさが湧き上がっていた。
 治安会からの追求から逃げるために、徴兵に応じた。前線に送られたら生きて帰れる保障はないが、全員が最前線送りにされるわけじゃない。そっちに賭けた。今のところ、運はこちらに向いている。二年後に日本に戻っても、治安会は辰雄のことなど忘れているだろう。
 たしかに武器を持って戦うことはなかったが、いつ砲弾が飛んでくるかもしれない最前線で荷物運びをやらされるはめになった。運が向いているといっても、気まぐれな神様がいつまで辰雄を生かしてくれるのか。
 生きるか死ぬかは、神のみぞ知るということだ。
 大盛況なパーティーの様子を満足げに見渡していたジムが、カウンターの中からでてきた。
「ヘイ、タツ!」
 ジムは軍から支給された陸軍のジャケットを着ていた。彼は軍人ではないが、先月、軍属として配属されていた沖縄から朝鮮半島に送られてきた。
「これ、フランクから届けるようにって言われたんだ!」
 ジムはカウンターの上に「ドン!」とバーボンとグラスを置いた。沖縄に長いこといただけあって、ジムは日本語がうまい。
「フランクから?」
「先週のお礼だって言ってたぜ。タツが戻ってくるのと入れ違いに戦場に行っちまったけどな」
 ということは、次に会えるのは三ヵ月後か。もっとも、お互い生きていればの話だが。
「でも、お礼って、どう意味なんだ?」ジムが怪訝そうな目を向けてくる。
「たいしたことじゃない」
 楽しんでくれといって辰雄の肩を叩くと、ジムはフロアの人だかりを避けながら、カウンターの中に戻っていった。
 辰雄は手元にあった煙草を咥えてライターで火を点けた。
 大きく煙を吐く。
 少し長生きしただけで、面白いこともあるもんだ。
 先月、三八度線に戻る前の日だった。
 飲んだ帰り、通りを歩いていると、酔っ払った女と男が歩いてきた。
 男は眼鏡をかけた米兵で、それがフランクだった。
 フランクが彼女を抱きしめてキスしていた。どうやら酒場で口説いて連れ出したらしい。
 そこに、黒人の男がやってきて、つかみ合いになった。英語で叫んでいたので、なんといっていたのかわからなかったが、「人の彼女に手を出すな!」 って感じのブチギレ方だった。
 ふたりがつかみ合いになり、女が慌てて割って入った。その様子を見ていた辰雄もその中に入り、二人を引き離した。
 女は黒人に連れられ、その場を離れていった。その様子を、フランクが悔しそうに見ていた。
「ヘイ」
 そういって、フランクの前に財布を差し出した。彼が目を瞬かせて辰雄の顔を見た。
「さっきの女がスッたんだ」
 英語は喋れなかったが、ズボンの尻ポケットから財布を抜き取られる様子を真似て見せた。女と黒人の男はグルになって、フランクの財布を盗もうとしたのだ。
 ようやく通じたのか、フランクが辰雄の手を取って「サンキュー」を連発していた。そして、このバーに連れてこられて一緒に飲んだのだ。
 俺が今週ソウルに戻ってくるのを覚えていたのか。律儀な奴だ。
 栓を抜き、グラスに中身を注いだ。そして、一気にグラスを飲み干した。


処女の秘孔は蜜の味 14



14 三八度線の原野

 この季節、朝はまだ冷える。ただでさえ殺風景な原野が広がっているせいか、風が吹けばなおさら寒々しく感じられる。
 しかし、半年もたてば慣れてしまうものだ。見慣れない光景、名前も知らない異国の草木。それが見慣れてしまえばずっと昔から知っているもののように感じる。大陸を離れ日本に帰ることになったら、きっとこの光景を懐かしく思うときがくるのだろう。
 突然、上空で轟音が鳴り響いた。米軍の戦闘機の編隊が、北に向かって飛んでいく。今日も北のどこかの街が灰になるのだろう。
「がんばれ、アメ公!」
 地面に座ってタバコを吸っていた野崎が手を叩いた。同じ船で門司から釜山に来た、いわゆる同期という奴だ。
 日本海を挟んで日本と隣合う中華人民共和国。かつでは大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国、いわゆる北朝鮮に分断されていた半島は、十年前に中国の実効支配下に置かれたが、仁川と釜山から上陸した米軍を中心とする国連軍により、かつて韓国と北朝鮮の国境線のあった北緯三八度線まで戦線を押し戻し、ここ五年間は膠着状態が続いているらしい。
 藤島辰雄は米軍隷下のとある中隊所属の作業員として、ソウルの駐屯地に勤務していた。
 どうしてこんな戦争が起こったのか、事の原因は全く知らないし、興味もない。大国どうしが戦争を起こし、その火種が世界中に広がって、日本も巻き込まれてしまった。いや、日本の宗主国様、アメリカに無理やり巻き込まされてしまったといったほうが正しいだろう。戦争が始まって以来、日本は膨大な戦費と何の罪もない若者の命と女の身体をアメリカ軍に捧げ続けている。
「はあ、女とやりてえなぁ」
 野崎の横でタバコをふかしていた中野が股間を弄ってる。前線勤務の当番に当たってそろそろ一か月。作業員達の下半身はとっくに限界を過ぎている。
「ここでやるな。向こうの草むらで抜いて来い」野崎が顔をしかめる。
「け、こんなところでお前の顔見ながら抜けるか。そこまで落ちちゃいないよ」
 中野が下品に笑う。海外ボランティアの名目でソウルの駐屯地で働いている日本人作業員は、一か月ごとにソウルと三八度線付近の前線とを行き来する。来週の月曜日はソウルに戻る日だ。向こうでドンちゃん騒ぎが出来る。
「抜かずに置いとけよ。あと二日で娼館で好きなだけやれるぜ」
 辰雄がタバコの吸殻を地面に押し付けた。 
「おおおっ! 待っててね、ソヨンちゃん。ソウルに戻ったら真っ先に僕のオチンチン入れてあげるから!」
 中野の言葉に、三人が大笑いする。飯を食うことと女を抱くこと。それ以外にここには楽しみなどない。
 娼館で下っ端の兵隊の相手をするのは元韓国人の女だ。日本人の女を抱きたいのなら、高級娼館で大枚をはたかなくてはならない。日本人の女を抱くのは、もっぱらアメリカ軍の士官や将校だ。韓国人の女は臭いので将校たちは敬遠するのだと聞いたことがあるが、辰雄は韓国人女を臭いと思ったことはなかった。
 ソウルのどこかにエリカがいるはずだ。ソウルでの勤務の間は、自由に街を歩ける。エリカは米軍将校にうまく取り入っているだろう。彼らの出入りする娼館にいけば会える可能性は高い。
 しかし、探し出したところで彼女になんといっていいのかわからない。
「おうい、そろそろ行くぞ」
 隊長の佐藤二尉が手招きしている。三人はのそりと立ち上がり、銃弾やロケット弾の入った箱を担いだ。
「砲撃が止んで一時間たった。そろそろ大丈夫だろう」
 佐藤二尉は防衛大卒の幹部自衛官で、辰雄たちと同時期に日本から送られてきた。前線部隊に物資を運ぶ補給部隊の小隊長として、辰雄たち三人を指揮している。
 佐藤の指示で、急峻な山道を慎重に登っていく。トラックや車輪付きの荷台も入れない急な山道は、補給物資を人力で運び上げなくてはならない。要するに、荷物を運ぶ牛馬と同じというわけだ。牛や馬は人間よりパワーがあるが上官の命令を平気で無視するので、人間のほうが使い勝手はいいだろう。
 少し登っては岩陰に隠れ、佐藤二尉が双眼鏡で原野の様子を窺う。発見されれば、三八度線の向こうから砲弾が飛んでくる。これまでボランティアという名の米軍の奴隷が、何人もこの山で命を落としている。
 山道を登りきったところに古い坑道に続く大きなトンネルがある。その穴の中に陸上自衛隊の隊員たちが潜んでいる。この旧鉱山の地中に狭いトンネルが張り巡らされていて、三八度戦の向こうにいる敵を砲撃したり、三八度線を越えて侵入しようとする敵兵を狙撃したりしている。
 トンネルの中を覗き込む。オイルやガソリンの強い匂いが漂っている。
「ごくろう」
 佐竹という五十過ぎの自衛官がのっそりと姿を現した。ランニングシャツに自衛官ご用達のカーキ色のズボンを履いている。
「銃弾と砲弾をお持ちしました」
 佐藤二尉が佐竹に敬礼する。自衛隊の中では佐藤のほうが偉いらしい。しかし、親子ほど歳が離れているベテランの佐竹に、佐藤は敬語を使って話している。日本にいるときは隊の中では階級は絶対らしいが、生死のかかった戦場では戦いを知っている兵隊の方が偉いのだ。
 しかし、自衛官でない辰雄たちは気楽に佐竹さんと呼んでいる。こちらはあくまでボランティアであり、自衛官ではないのだ。
「まだソウルに戻らないのか?」
「来週の月曜日に戻るんですよ」
「そいつはいいや、うらやましい」
 彼がコーヒーをお盆に乗せて差し出してきた。いただきますといって、四人がそれを受け取る。コーヒーを振舞うのがこの男の趣味だということに、辰雄は最近気づいた。
「うん、佐竹さんの淹れるコーヒーはすごくうまいです」中野が上機嫌で褒める。
「豆がいいんだよ。なんといってもアメリカさんからのお流れ品だからな。自衛隊はお堅いから、持ってくるのはレーションばかりだ」
 佐竹の横で、佐藤二尉が聞こえない振りをしてコーヒーを飲んでいる。
「日本においてきた彼女は元気なのかい?」
 佐竹が辰雄を見て、突然口を開いた。きっかけは忘れたが、綾香のことを佐竹に話したことがあった。
「ええ、まぁ、なんとか……。時々手紙が来るんで」
「まあ、戦場にいるときは日本に置いてきた女のことは忘れろ。ソウルに戻ればいい女はたくさんいる」
「そうそう」と野崎が頷く。
 朝鮮半島に来て半年が過ぎた。綾香の裸体を思い出すことが、日に日に少なくなってきている。
 コーヒーを飲み終えた佐竹はトンネルの奥に入っていき、巨大な長方形の物体を手で軽く叩いた。ロケットランチャーだ。
「俺は、こいつを敵陣にぶっ放すまでは日本に帰れないんだよ」
 冗談とも本気ともつかない彼の言葉に、四人は曖昧に笑うことしか出来なかった。辰雄たちがこのトンネルに来るたびに、佐竹は同じことを言う。このトンネルに住居を構えて以来、佐竹はこのロケットランチャーの面倒を見続けているらしい。
 低く鳴り響く砲声がトンネル内に届いた。続いて地面が揺れた。敵の砲弾が近くに着弾したらしい。
「敵さんが撃って来たな。こっちも撃ち返しゃいいのに、戦場にいても日本政府は弱気でいけねえや。優秀な自衛隊が総力を挙げりゃ、向こうにいる敵さんを全滅させるなんて簡単なのによ」
 そういって、佐竹はロケットランチャーを手で叩いた。


処女の秘孔は蜜の味 13



13 処女のあそこは蜜の味?

 目隠しをはずされた。
 倉庫のような場所だった。
 裏門に、箱型の車が止まっていた。車好きの辰雄は瞬時に車名と年代を見極めたが、肝心のナンバープレートは辺りが暗くて見えなかった。
 車に乗せられた時点で、アイマスクを付けられた。何処をどう走ったのかまったく分からなかったが、時計を確認すると走行時間は二十分弱だった。
 それほど移動したわけではなさそうだ。
 倉庫の中に入る。剥き出しの鉄骨と高い屋根。コンクリート敷きの床は汚れていて、空調もないから部屋はひどく暑く、じめじめして不快だった。
 廃屋になって久しいらしく、天井の照明器具も壊れていた。泥だらけの窓から差し込んだ頼りない月明かりが、中の様子を間接照明のように照らしている。
 だだっ広い空間に、今は使われなくなった大型機械が埃を被っていた。ドラム缶や角材、ジャッキなどが数えきれないくらい置かれて、只でさえ薄暗い視界を遮っている。
 遠くに、埃まみれの壁とドアが見えた。ユニットハウスのようだ。
 辰雄は両手を拘束されたまま床に座らされた。
 くぐもった呻き声が聞こえてきた。視線を動かして様子を窺う。
 祥子だった。下着姿で口にガムテープを張られた状態で、辰雄を見ていた。
 辰雄を見た祥子の目に安堵の色が宿った。まだ犯されていないし、怪我もしていないようだ。
「腕を離してやれ」
 犬が唸るような低い声。こいつらの兄貴分のようだ。
「でも」
「かまわねえよ。こんなガキにびびるんじゃねえ」
「別にビビッてませんよ」
 手首のガムテープが剥がされ、両手が自由になった。
「俺がいったい何をしたって言うんです?」
「覚えていないのか?」
「俺はただの現場の作業員です」
「土建会社で働いてるんだったな」
 この男は辰雄のことを知っている。
「忘れたって言うなら思い出させてやるよ。もうかれこれ、半年以上前のことだからな」
 半年前……。まさか……。
「半年前、俺たちの仲間二人が街で女子高生を拉致した。溜まってたんで犯すつもりだったんだろう。しかし、翌日に死体となって川に浮いていた」
 辰雄はごくりと唾を飲んだ。ずっと調べていたのだ。
「どこで殺されたかはわからなかった。そこで川の上流をさかのぼって調べると、あいつらの車を見つけた。付近を探すと、なんと大麻草が生えていたじゃねえか。誰かがそこで大麻草を栽培して街で捌いていたんだってわかったんだ」
 全身から冷や汗が出てきた。相手は三人。足手まといの祥子もいる。
 どうする……。
「あいつらが街で誰を攫ったのか聞きまわっていたんだが、白百合学園の制服を着た、長い黒髪の女だとわかった。そこで白百合学園の生徒で髪の長い女すべてをリストアップして、可能性のないのを順に省いていった。残ったのが、そこの女だ」
 くそ……。やくざの組織力と執念深さを甘く見ていた。
「その女をずっとつけていた。お前の部屋に頻繁に通っていたんでな、お前のことも調べさせてもらった。お前、以前、街でマリファナを売っていたらしいじゃねえか」
 選択肢は三つ。倉庫に隠してある金で解決するか、隙を見て祥子を見捨てて逃げるか、三人をここで殺すかだ。
「俺じゃないんです! た、助けてください!」
「また芝居か?」
「お芝居じゃないですよ! し、死にたくない! 確かにマリファナを捌いていました。でも、誰も殺してなんていません!」
「信じられねえな」
「本当です。あ、マリファナで稼いだ金があるんです。全部で三千万。それをあげるから助けてください。それと、その女も自由にしてくれて結構です!」
 こちらを見ていた祥子が大きく目を見開いた。
「金かあ」
 兄貴分がにやりと笑った。
「じゃあ、とりあえず金を拝ませてもらおうかな。お前の言っていることが本当なら、助けてやらないこともない」
 よくもまあ、しゃあしゃあと見え透いた嘘を。金を奪ってから殺す。祥子は飽きるまで輪姦したあと、どこかに売り飛ばす。こいつらのやり口くらいわかっている。
「じゃ、じゃあ、金の隠し場所に」
「そいつの腕を縛れ」
 兄貴分の命令で、子分の一人がガムテープを持ってきた。
 迷いはなかった。
 そっと足首に手を伸ばし、隠してあったナイフを抜いた。
「手を後ろに回せ」といって腕をとろうとした男の股間にナイフを突き上げた。
 男の悲鳴が倉庫に響いた。ナイフを持った手にさらさらした生暖かい液体がかかった。ナイフの刃が男の大切な場所を突き抜け、膀胱を切り裂いたのだ。
 素早く立ち上がり、目の前で呆然としている男に突進していった。
「ゲホッ!」
 男が嗚咽とともに血を吐いた。ナイフが男の腹のど真ん中を刺している。その場に崩れ落ちるように倒れた男に覆いかぶさり、胸にナイフの刃を差し込んだ。
 辰雄は立ち上がると、股間を刺されて床をのたうっている男に近寄り、背中に乗って男の腰やわき腹を何度も刺した。
 やがて、倉庫からうめき声が消えた。
「アッ! ウッ……」
 兄貴分の声が震えている。足元の男の白いシャツや麻のパンツが赤い血で染まっていた。
「てめぇ……ああ……ハァ……ハァ……畜生!」
 兄貴分は完全におびえていた。おそらく、人を殺したことなどないのだろう。
 立ち上がった辰雄が、じりじりと兄貴分を倉庫の角まで追い詰めていく。
「なめてんのかお前!」
 強がっているものの、声が震えている。
 辰雄が突進すると、兄貴分が悲鳴を上げた。ナイフを思い切り男の太ももに突き立てた。
「あああああああ!」
「うるせえな」
 痛みに前かがみになった男の髪を掴み、無理やり持ち上げると、腿から抜いたナイフを喉元にグイと押しこんだ。
「があっ!」
 喉の軟骨をぶちぶちと引き裂く感触が伝わってきた。
 何か言おうとした男の口からは、言葉の代わりに血混じりの泡が醜く噴き出る。
 喉を刺された男が、助けを求めるようにこちらに手を伸ばす。その手を思い切り踏みつけた。
 やがて、男は動かなくなった。
 祥子が辰雄を凝視したまま震えていた。彼女に近寄ると足元の床が濡れていた。恐怖のあまり、失禁したようだ。
 彼女の口を塞いでいたガムテープを剥がしてやった。
「俺がどんな人間かわかっただろう。平気で人を殺すロクデナシなんだよ」
 そういって、紙袋から制服を掴みだして彼女に投げた。
 この連中は仲間の誰かに辰雄のことを伝えているだろう。明日からは治安会に追われる身だ。
 いつまでも服を着ようとせずに固まっている祥子を怒鳴りつけると、彼女は弾かれたように立ち上がって慌てて服を着はじめた。
 倉庫の外に出る。祥子が慌ててついてきた。
 男たちが乗ってきた車に乗り込む。
「早く乗れ」
「でも、車が汚れちゃう。おしっこ漏らしちゃったから」
「気にするな。男にとって女子高生の小便は聖水以上に清いものなんだ」
 おいていくぞというと、祥子は慌てて助手席に乗り込んだ。
 車のエンジンをかけてヘッドライトを点灯させる。道路には人ひとりいない。
「お父さんとお母さん、きっと私のこと探しているよ」
 祥子の親は上級国民だ。捜索願が出ているのなら、警察は本気で捜している。こんな時間に灯火管制下の街を無免許で運転して捕まったらどうする。祥子さんには何もしていません、なんていっても、彼女の両親は信じてくれないだろう。今捕まればどんな目に合わされるかわからない。無実の罪を着せられて刑務所行きか、強制的に海外ボランティアに従事させられるか。
 海外ボランティアか。明日から治安会に追われる身だ。海外ボランティアも、悪くない。
「祥子」
「は、はい……」黙って俯いていた彼女がはっとして顔を上げた。
「俺、前から気になっていたことがあるんだ」
「なんですか?」
「お前、まだ処女か?」
「え、え、ええ?」
「男とやったことあるかって聞いてんだよ」
「あ、ありません!」
「なあ。可愛い処女のあそこって舐めると蜜の味がするって聞いたんだけど、本当かよ」
「し、知りません、そんなこと!」
 祥子は口を硬く閉じて眼を見開き、穴が開くんじゃないかと思うくらい熱い視線で辰雄を見つめた。


処女の秘孔は蜜の味 12



12 饐えた街の匂い

 汗で肌にへばりつくシャツを引き剥がし、シャワーを浴びた。
 七月初旬。いったい地球はどうしちまったんだといいたくなるくらい、暑い日だった。
 体を熱い湯で流した後、冷水で冷やし、バスルームを出た。
 マスタングに乗り込み、エンジンをかける。
 エリカが半島に渡って半年が経った。彼女からは何の連絡もなかった。彼女と過ごした日々が夢であったのではないかと最近は思えてくる。人の記憶というものはそうやって失われていくのだろう。
 街を抜け、川に出て橋を渡り、倉庫に車を停めた。隅のカーペットはきちんと敷いてある。合格だ。
 倉庫を出て隣の店のドアを押した。
 カランコロンと、カウベルの優しい音が響く。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの中で、カクテルグラスを拭きながら綾香が笑顔で出迎えた。髪を肩で切りそろえ、メガネをかけている。変装としては今ひとつだが、以前とずいぶんイメージが変わっている。
「真面目に働いてるな」
「辰雄も仕事帰り?」
「ああ」
 マリファナは諦めた。卒業後、偽名を使い肉体労働で体を虐めている。頑丈な体は財産だとよく父に言われたが、その通りだと思う。
「仕事、続いているようじゃないか」
 叔母がビールを持ってきた。仕事帰り、ビール目当てで来る客が数人、雑談を交わしている。もう少し時間が経てば、食事帰りのサラリーマンがやってくる。特に綾香がここで働き出してから、彼女目当ての客が増えていると叔母から聞いている。
「何か食べる?」
 綾香が顔を覗き込んできた。だいぶ仕事には慣れたようだ。本当によく働く子だと、叔母も感心していた。
「いや、ビールだけでいい」
「あの子がくるんだ」
 彼女の目が睨みつけてくる。祥子は週に二回、辰雄の部屋に手作りの料理を持ってやってくる。本気で辰雄の面倒を見ている気なのだろう。辰雄も彼女の料理を食べるために、祥子の来る日は部屋で待つことにしている。
「いい加減にしてくれ。何度も言っているが、あいつには指一本触れていないんだ」
「どうだか」
 ビールを飲み干すと、金をカウンターの上に置いた。その手を綾香が掴んだ。
「じゃあ、今夜も彼女が帰った後、部屋に来て。二日分、溜まってるはずよ」
 いつからか始まった、綾香の浮気チェック。祥子が部屋に来る日は必ず、彼女が帰った後に綾香の部屋に行くことになってる。やり終わった後、ゴムの中に残った量と濃さで浮気の有無を確認するのだ。自分で抜いたなんて言い訳は通用しない。
 いつの間に、お前は俺の女になったんだ。
「お前はお尋ね者の身なんだぞ」
「そんなの、関係ない」
 ため息が出そうになった。
「わかったよ、今夜寄るから」
 辰雄の言葉に、綾香の顔がぱっと明るくなる。
 倉庫から車を出し、アパートに戻った。アパートの前に車を停める。明かりは点いていない。祥子はまだのようだ。
 車から降りる。アスファルトの細い道を挟んで古いビルが立ち並んでいる。歩道にはゴミが散乱し、それが雨で濡れて饐えた臭いを放っていた。
 あまり治安のいい場所じゃない。祥子にはここには来るなと何度も言っているのに。
 アスファルトにできた水溜りを踏みつける音が響いた。振り返ると、ビルとビルの間の細い通路から黒い人影がゆっくりと現れた。
 暗い路地で顔も見えず、男だということ以外はわからない。
 男は俯きながらゆっくりと歩いてきた。お互いの靴音が狭い路地で響き渡たっている。
 男達とすれ違ったとき、ドスッと鈍い音が辰雄の頭の中に響いた。腹部に激痛が襲い、思わず体を折った。強烈な蹴りを顔面に食らう。鼻の奥がつんと痛む。地面に倒れた辰雄の全身に男達の靴先が食い込んだ。
「どうしてこんな目に合わされるか、わかるよな?」
 顔を上げて男達を見る。一見して街のチンピラだが、組織の匂いが微かに漂っている。やくざの下っ端か。
「わかりません」
 最近は誰とも揉めていないし、マリファナ密売からも手を引いている。
 体を探られる。ポケットのナイフを取り上げられたが、足首に隠しているナイフには気づかなかった。持っているナイフは一本だとは限らない。
「ここで殺しておくか……」
 男の一人が辰雄のナイフの刃を起こした。
「か、勘弁してください!」
 卑屈さを装って地面に這い蹲った。これで許してくれればいいが、駄目な場合は隙を見て足首のナイフで仕留めるしかない。
 いったい何が起こっているのか。パニックに陥っている振りをして、冷めた脳で考える。
 男の一人が手に持っていた紙袋の中から何かをつかみ出し、辰雄の前に投げ出した。
 白いブラウスに紺のスカート。白百合学園の夏服だった。
「てめえら、祥子に何をした!」
「やはりさっきのは芝居か。いい目つきだぜ。肝は据わってるようだな」
 男たちが不敵に笑う
「祥子に何をした」
「まだ何もしてねえよ。女の命が惜しかったら大人しくしてろ」
 辰雄の手首を後ろに捕えてガムテープで拘束した。


処女の秘孔は蜜の味 11



11 女友達の決意

 学校の帰り道、人気のない公園のベンチに座り、銜えたタバコに火をつけた。
 タバコの煙が風に流されていく。今日で十八歳になった。タバコを吸っても咎められない歳だが、在学中の喫煙は一応校則で禁止されている。もっとも校則など気にかけたことなどないし、それどころか普段から禁制品のマリファナをいつも吹かしている。
 やがて、海外ボランティア応募用紙という名の召集令状が来るだろう。それまでは好きにさせてもらう。
 仲間二人を殺した犯人を治安会が血眼で探し回ってると、叔母の芳江から聞いた。叔母の店には裏社会のいろんな情報が入る。
 祥子が辰雄のことをしゃべるとは思えないが、相手はやくざだ。脅しに拷問。男も知らない十六歳の小娘の口を割らせるなど簡単だろう。かといって、祥子を殺す気にもなれなかった。
 裏社会で生きていくには、俺は優しすぎる。
 辰雄はタバコの吸い殻を地面に落とし、靴で踏みつぶした。
 マリファナの密売も難しくなってきた。父親が残してくれた大麻草の種子。植える場所や手入れの仕方なども教わった。十分稼がせてもらった。そろそろ潮時ということだ。
 しかし、祥子のあそこって、本当に蜜みたいに甘いのだろうか。
 部屋に戻ると、部屋の中に誰かがいる気配がした。
 エリカはもう大陸に渡ってしまった。
 まさか、治安会か。
 上着のポケットからナイフを取り出し、刃を立てる。足首にもナイフをベルトで留めている。
 勢い良くドアを開け、部屋に飛び込んだ。
 女の悲鳴が響いた。
「お前、ここで何をしている?」
 床に腰を下ろした綾香が、血の気が失せた顔を向けている。
「入っちゃ、だめだったの? だったら、鍵くらいかけとけ」
「鍵がかかっていないからといって、勝手に入っていいってわけじゃないぜ」
 綾香がベッドに座った。スプリングの軋む音が部屋に響いた。
「エリカがいなくなって、寂しがってるかなって思って。学校でも元気ないし」
「なんだ、やらせてくれるのか?」
「あんたには新しい女、いるじゃない」
「あいつはそんなんじゃない」
 祥子がこの部屋に来るようになった。エリカに辰雄の面倒を見てくれるように頼まれたと言っていた。エリカに面倒を見てもらっていたのは性欲処理だけだ。エリカがどういうつもりで祥子にそんなことを言ったのか。
 祥子は部屋を掃除したり手作りの料理を持ってきたりしてくれるので、正直、助かってはいるのだが。
「あ、そうだ、来たよ」
「何が?」
「海外ボランティアの応募用紙」
 綾香を見た。彼女が今にも泣きそうな目で辰雄を見ていた。
「来月卒業でしょ。すぐに市役所に来て欲しいって。仕事も決まってるのに、本当に迷惑」
 一応志願制だが、さまざまな理由をつけて強制的に連れて行かれる。政府には歯がゆい憤りを感じるが、誰も何も出来ない。まして綾香はただの女子高生だ。
 綾香が突然うつむき、泣きだした。
 恐怖で震える体を鎮めるように、両手で体を抱いている。
「今日は帰りたくない」
「えっ?」
 綾香が辰雄に抱きついた。
「そ……それって……」
「今日はあの子、こないんでしょ?」
 綾香に押し倒される形でベッドに沈み込んだ。
「お前なあ……」
 彼女が前髪を掻き上げる。彼女の顔が思った以上に近くにあるのに気付いた。それがどんどん近付いてくる。辰雄は目を逸らさずに待った。
 重なった唇はすぐに離れて、綾香はとろんとした表情で辰雄を見つめた後、また唇を合わせてくる。
 舌を差し入れてくる。「んっ……」と甘い声を洩らした綾香は、普段の彼女にはない積極さで、辰雄のシャツのボタンに指を掛けてくる。
 下半身に熱が集まっていく。
「やる気になってるじゃん」
 どうやら気づかれたようだ。
「あの子とやってないの?」
「そういう仲じゃないって言ってるだろ」
「じゃあ、溜まってるんじゃん」
「右手がある」
「馬鹿」
 冷や汗でシャツが湿っている。
「アメリカ兵にやられる前に、あんたとやっとこうって思って。黒人並みだってエリカが言ってたから。私しばらくやってないから、練習しとかなくっちゃ」
 思いつめたような表情で見つめてくる。彼女の頬を撫でた。
「あんたを嫌がってるようじゃ、向こうに行ってもやってけないじゃん」
 辰雄が手を伸ばして、綾香の制服を頭から抜いた。ピンクのブラをつけている。大きな乳房。エリカと同じくらいある。
 彼女から全て剥ぎ取ると、なめらかで女らしい裸体が現れた。程よい肉付き、柔らかな張りのある肌、豊満な胸とその大きさに相応しい腰つき。
「ずるいよ、わたしだけ……」
 彼女がそう言って辰雄のシャツに手をかけてくる。辰雄は自らシャツを脱いだ。
 下着ごとズボンを下ろした。下股はすでに硬く熱くなっていた。
「大きいね。あの子に聞いていた通り」
 辰雄が綾香の胸に吸い付いた。
 ひたすら指と舌で綾香の中をかき回し、突起を吸い、ひっかいては噛んだ。その度に彼女は悲鳴に似た喘ぎを漏らした。
 腰をよじって逃げようとするのを押さえつけ、強制的に快感を送り込む。絶頂の寸前に刺激を止めては、また刺激して追い詰めていくの繰り返し。
 息も絶え絶えの綾香を、狂った様に犯し続けた。意識が朦朧として声も上げられなくなった彼女の上で腰を振ってひたすら貫き続けた。

 朝の光が差し込む寝室。学校に行く気になれない。腕の中で、綾香が寝息を立てている。結局、一晩中、綾香を犯し続けた。
 目を覚ました彼女と目が合った。
「寝起き顔なんて見ないでよ」と言って、布団に潜り込んだ。
「服を着ろ」
 辰雄がベッドから飛び降りた。何事が起こったのかと、彼女が訝る目を向けてくる。
「服を着るんだ」といって、床に落ちていた下着をベッドに放り投げた。
 綾香をマスタングの助手席に放り込み、運転席に座ってアクセルを踏み込んだ。強烈な加速で、体がシートに押し付けられる。
「無免許なんでしょ? 目立つ運転しないほうがいいよ」
「どうってことはない。いつものことだ」
 倉庫に車を停め、隅の床を持ち上げると、彼女が目を丸くした。
「ここ、どこ?」
「秘密のアジトだ」
 地下室に降りてトイレの壁のタイルを外すと、綾香を呼んだ。隠してあった札束を見て、綾香が目を丸めた。
「ここは死んだ父親の持ち物で、誰も来ない。戦争が終わるまでここに隠れていろ。金を稼ぐなら、隣の店で働け。俺の叔母の店だ。面倒を見てくれる。話を通しておいてやる。それに、金が必要ならこいつを使ってくれていい。三千万ある」
「これって……」
「エリカに使うべきだった。そうすれば、あいつが大陸に行くことはなかったかもしれない。これでも後悔しているんだよ」
 潤んだ目を向けている綾香を見た。
「俺は絶対にお前に諦めさせない」


処女の秘孔は蜜の味 10



10 別れの情交

 何も考えずに校舎の屋上でタバコをふかすことが、一日の楽しみになってしまっている。
 今日も教室にエリカの姿はなかった。ここまで音沙汰がないと、さすがに心配になってくる。
 ドアが開いた。
「よお」
 吾郎と光男だった。
「葉っぱは?」
 まるで辰雄からもらうのが当然のような態度に思わず苦笑いし、ポケットからマリファナとパイプの入った箱を取り出して投げて渡した。
「お前はやんないの?」
「そんな気分じゃなくってな」
 二人がマリファナをパイプに詰めて火をつける。マリファナの煙が伝わってきても、吸いたい気分にならない。
 教師との面談で海外ボランティアの話が出たことは、この二人には黙っていることにした。今そんな話を聞かされたら、二人とも憂鬱な気分になるだろう。
 マリファナで少しハイになった二人が、よそのクラスのグラマーな女子生徒の話を始めたが、辰雄は興味が無く、ぼうっと空を眺めていた。
「それで、お前はどう思う?」
「何が?」
 ところどころ話を聞いてはいたが、何を言いたいのやら辰雄にはわからない。
「おいおい、まさか聞いてませんでしたって言うんじゃあないだろうな」
 僕は天才じゃあないんだ。ボーっとしながら聞けるはずが無い。
「じゃあ、最初から言うぞ。すげえ胸とケツがでかくってよ、ヤリマンって噂なんだよ。なんか、いつも男を誘うような目をしてやがってよ。ありゃ、やれるぞ」
「あのタイプの女は、絶対あそこが臭いんだよ」
「いやいや、それくらいは我慢するべきだろう」
 付き合ってられない。
「あそこが臭いってことは病気持ちの可能性があるってことだぜ」
「抗生剤を飲めばいいんだよ」と光男。
「病気が怖くてオマンコがやれるか。そうだろ?」
「そうだそうだ」
 二人で勝手に盛り上がっている。マリファナを決めたやつの相手をするには、相手をするほうもマリファナを決める必要があるな。
 バタンと言う音が響いた。二人が慌てて後ろに手を回してマリファナを隠した。
「なんだ、綾香かよ」
 吾郎が舌打ちするが、近づいてくる綾香の顔をこわばっている。
「どうした?」
「エリカが海外ボランティアに応募したんだって」
 三人とも言葉に詰まった。
「どうしてそんなことを?」
 光男の声が震えている。だが、辰雄はどうして彼女がそんな馬鹿な真似をしたのか、知っている。
「いつ?」
「たぶん昨日だと思う。私もさっき先生から聞いたんだもん」
 綾香も知らなかったらしい。

 辰雄は学校を抜け出した。午後の授業など、受ける気分になれなかった。
 猛ダッシュでエリカか普段出入りしている繁華街に行った。
 繁華街に到着して、ゲーセンを片っ端から探したが、彼女の姿はない。
 こんな日にゲーセンにはいかないだろうと思うのが普通だが、エリカの行動は常識では測れない。
 どこに行ったんだ、あいつ。
 彼女の家を訪ねようかと思ったが、母親の男がいる自宅にいるはずはない。
 辰雄は必死に繁華街中を走り回った。彼女が立ち寄りそうなカフェやクラブやいろんな飲み屋を覗いて、彼女を探した。
 行きつけの店、初めての店、何件も回った。しかし、どこにも彼女の姿はなかった。
 結局、見つからないまま時計を見ると、夜の九時を過ぎていた。
 まさか、俺の部屋に来ているのか。そんな予感がした。
 アパートに急いで戻ると、部屋の電気がついていた。慌てて部屋に入る。エリカがベッドに腰かけ、こちらを見ていた。
「お前、どこにいたんだ?」
「家よ」
 当然でしょ、とでも言いたげな彼女の表情にイラついてきた。
「家って、お前の自宅のことか? 母親の男がいるから寄り付かないんじゃなかったのか?」
「あいつを殺してきたの」
 彼女がさらりと言った。
「殺してきたって?」
「言葉の意味そのままよ。他に何か意味があるの?」
 上着のポケットから何かの包みを取り出して辰雄の足元に放り投げた。包みの中から、血まみれのナイフが出てきた。
「マジかよ」
「海外ボランティアで向こうに渡って米軍の保護下に入ったら、日本の警察は手出しできなくなるの。それくらい日本はアメリカに頭が上がらないのよ。知ってた?」
「それで母親の男を殺したのか?」
「なかなか踏ん切りがつかなかったから。殺しちゃったら、向こうに行くしかないでしょ?」
 辰雄はため息をついてエリカの横に腰を下ろした。
「ボランティアに応募したんだってな」
「そうよ、そのつもりだって言ったでしょ。冗談だと思ってた?」
「いや」
 エリカの横に腰かけた。
「お前が覚悟を決めてたのはわかってた。だから、説得しなかったんだ。無駄だからな」
 彼女が黙って頷いた。
「島中祥子ちゃんに会ってきたわ。彼女、いい子ね」
「そうだな」
「私の代わりになる?」
「ならない。誰もお前の代わりにはならない」
 エリカがキスしてきた。
「しよ。ここにはやりにきたの、あんたと」
 辰雄が彼女を横たえる。エリカが髪を解いた。エリカが別の女のような気がした。
 服を剥ぎ取り、一糸まとわぬ女に変えた。
 沈黙に耐えかね、彼女の唇を塞ぐ。エリカの舌が口内に押し入り、辰雄の粘膜を蹂躙する。
 辰雄はエリカのグラマラスな身体から体を離し、足を大きく開かせた。エリカが恥ずかしそうに前を隠す。その手を払いのけ、股間を覗き込んだ。そこはもう溢れんばかりに濡れていた。
 彼女の身体に腕を巻きつけた。掌で乳房を転がすように掴み、腹部を撫でおろし臀部を揉みしだき、恥丘を押し転がす。エリカが身体を少し硬くする。その柔肉の谷間へ指を滑り込ませ、指先で弄った。
 エリカが息を荒げながら熱っぽく辰雄を見つめる。その表情は男を誘惑する大人の女そのものだ。大陸に渡っても、この女なら成功するだろう。
 何度も突き入れながら角度を探り、エリカの敏感な場所を探る。喘いでいたエリカの声が突然甲高くなり、体を仰け反らせて果てた。
 辰雄はエリカを攻め続けた。正常位から抱え込むように騎乗位になると、エリカは大きな乳房を揺すりながら激しく動いた。辰雄に愛撫されて乱れ喘ぐ彼女は、いつも以上に声を上げ、何度も達して体を震わせた。
 騎乗位で深く繋がった。エリカが辰雄に絡みつき締め付けてくる。震える指先で辰雄にしがみついて来る。それがやたら可愛かった。
 柔らかくて吸い付くような肌、時折見せる艶っぽい表情。辰雄の愛撫で信じられないぐらい艶っぽく変化し、辰雄のモノを飲み込んだそこはきゅうきゅうと締め付け、根こそぎ搾り取ろうと蠢く。
 この女となら、底知れない快楽の根元までたどり着けそうな気がする。その果てまでいつか二人でいってみたい。
 そのためには、もっと、もっと、抱きたかった。


処女の秘孔は蜜の味 9



9 豪傑な叔母

 マスタングを倉庫の中に入れ、叔母の店に入った。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの中から条件反射的に営業スマイルを向けた叔母が、辰雄を見て真顔に戻った。
「やあ、叔母さん、久しぶり」
「なんだ、おまえか。久しぶりだね、元気だったかい?」
 カウンター席に腰かけると、瓶ビールが出てきた。程よく淡い照明と、小粋なジャズがマッチした空間は、どこか心地よかった。
 父親の妹。辰雄の父に借りた金でこの店を開いたが、借金を返す前に父が死んだ。叔母はその借りを辰雄に返している。
「機嫌悪そうじゃないか」
「昼間に世間知らずの女に説教してやったんだ」
 叔母が笑う。カウンターに五人の客とボックス席に四人組。店は流行っているほうなのだろう。
「相変わらずワルやってるのかい?」
「まあね」
「困ったらいつでもおいで」
「ボランティアに行きたくねえな」
「だったら、逃げるが勝ちだ。匿ってやるよ」
「親戚が真っ先に疑われるよ」
「そんなへまはしないさ。それより、治安会のほうが問題じゃないのかい? 父さんからもらった種で葉っぱ作って売ってるんだろ?」
「まあね。親父が残してくれた財産だ。有効に活用しているよ」
「港の倉庫で売人が二人、殺されたらしいよ。治安会に黙ってシャブやマリファナを捌いていた連中なんだけど、ばれちまったんだろうね。あんたも気を付けな」
「わかってるよ。その治安会なんだけどさあ。俺、追われるかも」
「マリファナのこと、ばれちまったのかい?」
「二人ぶっ殺した。この前、河口に浮かんでいた二人だ」
 叔母が息を飲んだ。
「何か揉めたのかい?」
「いや、成行きで。単なる弾みだよ」
「誰かに見られたのかい?」
「まあね。しかも、その目撃者は俺のことを知ってるんだ。喋らないと言ってるんだけど、何かの拍子で連中が知ることになるかもしれない」
「そいつは困ったねえ」
 その目撃者を殺せと、叔母は言わない。必要なら辰雄がそうすることを、叔母は知っている。
 叔母の店の倉庫に身を隠すこともできるが、徴兵逃れではなく治安会の組員を殺したのだ。見つかれば叔母に迷惑がかかる。
「連中に目をつけられると面倒だねえ」
「いざとなれば大陸にでも逃げるさ」
「ボランティアにはいきたくないんじゃないのかい? あんたみたいなのは真っ先に前線に送られちまうよ」
「慰安婦って稼げるんだろ?」
「はあ? ケツ掘らせる気なのかい」
「まさか。俺は一生アナルバージンを守るつもりだ」
 叔母が豪快に笑った。アメリカ軍の慰安婦にはゲイもいるらしく、補給品リストにも入ってるらしい。
「女は慰安婦になれば、戦場で稼げるよ。日本人の上玉は米軍将校用の慰安婦になれるからね。割り切れるならいい商売だ。日本人女のボランティアも悪くないかもね」
「韓国人の女はそうじゃないのかい?」
「兵隊の性欲処理専用だよ。汗臭い兵隊の下の世話して、故郷に戻って家建てる韓国人女もいるらしいけど、そんな勝ち組は一部だね。多くは使い捨てで殺される。まあ、韓国人女は昔から世界中で体を売って稼いできたからねえ。男に股広げて体を売って稼ぐのが当たり前になってる。楽して稼げるし、あいつらにとっちゃ、よっぽど誇らしい職業なんだろうね」
 エリカが言っていたことは本当か。
「女は凄いね」
「好きでもない男にはめられるなんて、慣れちまえばどうってことないよ」
「そうかなあ。俺は凄いと思うよ」
 英語や韓国語もわからないのに慰安所に連れて行かれ、アメリカ兵や日本兵や韓国兵、それにいろんな国の国連軍の兵士が大勢が列をなし、一日何人も相手に、男のズボンのジッパーをおろして汗臭い汚いものを舐めるのだ。
「アメリカはいい国なのかい?」
「日本よりかずっといいよ。日本と違って絶対に他国に媚を売らないからねえ。国民を他国の生贄に差し出すなんて、最低だよ」
 叔母の出してくれたビールを喉に流し込んだ。
 エリカは今、何をしているのだろうか。

処女の秘孔は蜜の味 8



8 処女の来訪

 頬杖を突きながら窓の外をぼんやり見ていた。カラスが近くの電線の上で、獲物でも探すかのように頭を小刻みに動かしている。
 教室内では、生徒たちが友達と談笑している。
 肩を叩かれた。
「おっはよー!」
 綾香の弾けた声。
「早いじゃない。今日は寝坊しなかったの?」
「六時に目が覚めちまったからな」
 目が覚めたというよりも、昨夜は眠れなかった。バイヤーとその用心棒を撃ち殺したことはまだニュースになっていない。
「お前も早いな」
「私はいつも早く起きてるよ。ただ今朝は家のレンジが故障しちゃって、パン買ってきたの」
「はあ? 何それ。飯食わなかったから早く来たって意味か?」
「朝はいつもブレイクドコーヒーを楽しんでいるの。だから、遅刻ぎりぎりになっちゃうの」
「女にとって貴重な朝の時間を、朝飯ごときで使っちまうのかい?」
「時間に余裕を持って楽しまなきゃ人生損だよ、チミィ」
「言ってろよ」
 アメリカ兵に抱かれたくないと泣きじゃくっていた時の姿は片鱗も見えない。辰雄もあえて口にしなかった。
 授業が始まってすぐに、突然、教師に呼び出された。
 職員室の横にある進路相談室のドアを開けると、担任の教師が辰雄を見て微笑んだ。
「どうしたんっすか?」
「お前に大変名誉な話だ」
 席に座った辰雄の前に、教師が紙を置いた。
 ボランティア応募用紙。ついにきたか。
「召集令状じゃないですか」
「これは名誉なことなんだぞ」
「何が名誉なんですか。先生は俺に戦場で死ねっていうんですか?」
「何を言っているんだ。海外にいって困った人たちを助けるのがボランティアなんだぞ」
「そんなの、政府が言ってる嘘だって、誰でも知っていますよ」
「いい加減な噂話を信じるんじゃない。早くここに署名するんだ」
「あ、俺、拒否します」
「はあ?」
「これ、志願制なんでしょ? だから志願しません」
「お前なあ。拒否できないことは知っているだろ」
「それこそ噂話ですよ。ほら、ここに志願する場合は署名するようにって書いていますよ」
「いい加減にしろ!」
 教師が怒鳴って机を叩いた。
「拒否はできないんだ! 裁判を起こしても弁護士がどんな民法を持ってきても、拒否できないんだよ!」
「先生には難しい言葉かもしれませんけど、志願ってのは自由意思って意味なんですよ。覚えておいてください」
「子供のくせに教師を馬鹿にするんじゃない! 今、世界中で困っている人が大勢いるんだ! そんな人たちを助けるのが、お前たち若い者の義務なんだよ。そんなことやりたくないなんてわがままが通るわけないだろ! お前ももうすぐ学校を卒業して社会人になるんだ。社会人は学生とは違うんだ! 社会で生きるためには、自己中心は止めて折り合いをつけなくっちゃ、いけないんだよ! 自分勝手なことを言うんじゃない!」
「わかってますよ、それくらい。俺は海外ボランティアじゃなく他の方法で社会と折り合いを付けますよ。じゃあ、そういうことでよろしく」
 辰雄は席を立とうとした。
「待て! どうするつもりなんだ。学校はお前に仕事を紹介したりしないぞ」
「商売でもやりますよ。役所と伝手のある知り合いがいるんで、許可証をもらってもらいます」
「そんなことは無理なんだよ」
 怒鳴る教師を無視して、辰雄は進路相談室を出た。

 授業は昼までだった。エリカは学校に来なかった。エリカに何かあったのかと綾香に聞かれたが、聞きたいのは辰雄のほうだった。昨日からずっと連絡はない。
 吾郎も光男も学校に来なかった。この二人はいつものサボりだろう。こんな時代にレベルの低い学校で勉強することに意味があるとは辰雄も思えない。学校に通っているのは、高校くらい卒業しろという親父の遺言に従っているだけだ。
 綾香が友人たちと言葉を交わしている。帰りの挨拶を交わす仲でもない。
 校門を出ると、見覚えのある制服を着た女子生徒が立っていた。白百合学園の制服だ。帰宅途中の男子生徒たちが、彼女をまぶしそうな目で見ている。白百合学園の女子生徒はわが校の男子生徒の憧れだ。
 彼女の顔を見た。見覚えがあるような顔だった。辰雄は眼球の焦点を彼女の顔から全身に移した。背筋もまっすぐ起立している。皮下脂肪が豊かな曲線を形作っていて、胸は丸みを帯びつつ大きく突起していた。
 少女にしたら男子高校生がいやらしい顔で自分の体を見つめていると思うだろう。しかし、辰雄を見た彼女の顔がぱっと明るくなった。
「藤島辰雄さんですか?」
 彼女が近寄って声かけてきた。その声を聞いてはっとした。島中祥子だった。
「お前、どうしてここに?」
「須藤エリカさんに聞いたんです。私の生徒手帳を持ってきてくれて。それで分かったんです。あの夜私を助けてくれた男の人の知り合いなんだって」
「エリカが俺のことをしゃべったのか?」
 彼女が黙って頷いた。なんてことだ。治安会の二人を撃ち殺したことが明るみになりかねない。
「大丈夫です。私は何もしゃべりませんから」
 辰雄の心の中を覗き込んだかのように、彼女が言った。
「会って、お礼が言いたかったんですけど、探しようもなかったし。でも、エリカさんがあなたの車の中に忘れてきた私の生徒手帳を持ってきてくれて」
「人をふたりも撃ち殺した男なんだぞ。怖くないのか?」
「治安会だったんでしょ、あの二人。もしあなたが助けてくれなかったら、私、今頃どうなっていたことか」
 彼女が拉致されて連れていかれた河原の傍で、辰雄は大麻草を栽培している。辰雄はこの女が自分の仕事内容を知っているのではないかと邪推した。探りを入れる必要がある。
「エリカは俺のこと、なんて話していた」
「たいしたことは……」
「いいから聞かせろ」
「この学校の生徒で、不良で、その……スケベで……」
「あの野郎」
 校門の前でしゃべっていると目立つので、歩きながらしゃべることにした。
「あんた、きょうだいは?」
「きょうだいですか?」
 どうしてそんなことを聞いてくるのかと言いたげに、辰雄を見た。女についてまず情報を引き出す。こんな時は兄弟の話から食い込んでいくのがいい。
「兄と姉がいます」
「何をしている?」
「兄は父の仕事の手伝いをしています。海外ボランティアから帰ってきたばかりなんです。釜山で国連軍の事務していたらしくって、日本から来るボランティアの人たちの面倒を見ていたんです。それに、姉は今、ボランティア中なんです。大陸じゃなく、国内の自衛隊施設で事務の仕事をしています」
 安全地帯で人の不幸を眺めているというわけか。上級国民とその家族には実質的に海外ボランティアは免除される。この女の家族は上級国民らしい。
「親の仕事は?」
「尋問みたいですね。政府の関係者です。聞かれると思うので答えますけど……」
 そういって、自分がどこに住んでいるかを話した。誰もが知っている高級住宅街。
「エリカとは長い時間話したのか?」
「お茶しながらお話ししたんです。お互いの学校の話とかで盛り上がっちゃって」
「へえ」
 意外だった。エリカと気の合う相手だとは思わないが。辰雄の浮気疑惑が晴れたので、気が楽になっていたのか。
「エリカは何をしているんだ。学校を休んでいて連絡もつかないんだが」
「さあ、何も言っていませんでしたけど」
 まあいい、そのうち連絡が来るだろう。とりあえず、この女がどこまで知っているか確かめる必要がある。
 たわいもない話をしながら歩いた。会話はよく途切れた。そのたびにチラチラと島中祥子の視線を感じた。彼女は何とか会話の糸口を掴もうとしたが、辰雄はそれに気づかないふりをした。
 自分のマンションの前で足を止めた。
「祥子……」
「あ、はい……」
 突然呼び捨てにされ、彼女は戸惑った。
「こいよ」
「こいって……ここは?」
「俺の部屋だ」
 彼女の顔が一瞬強張った。辰雄は彼女の腕を掴むと、無理矢理歩かせて強引に部屋に連れ込んだ。
「あ、あの……」
 戸惑う祥子をベッドに押し倒して上に覆いかぶさった。彼女は体を固くしたが、悲鳴はあげなかった。
 辰雄は祥子を見下ろした。祥子が真っ赤になりながら辰雄を見上げている。
「のこのこ男の部屋までやってきやがって。襲ってもいいって言ってるのと同じだぜ」
「無理やり部屋に連れ込んだのはあなたのほうです」
「エリカから俺のことで何を聞いた?」
 祥子の瞳が不安げに辰雄を見つめる。
「さっき話したつもりなんですけど……」
「いや、他に何か聞いているはずだ」
 彼女が唇を噛みしめた。
「したければ……していいです……。でも私、経験ないからベッドを汚しちゃうかもしれないし、つまらないですよ……」
「この場におよんで、生意気なんだな」
「な、生意気で悪かったですね」
 思っていたより気が強い女だ。
「正直に喋れ」
 辰雄は祥子を睨みつけた。
「あなたがマリファナを売っていること。それも特製の」
 思わず、彼女の首に手をかけた。
「怖いか?」
 彼女が首を横に振った。
「エリカさんが言っていました。あなたは女の子を酷い目にあわせるような人じゃないって」
「買いかぶりすぎだ」
「私、彼女に喋ったんです、あの夜のこと。あなたが二人の男を撃ち殺したってこと。それでもエリカさん、あなたのこと、悪い奴には容赦ないけど、いい奴だっていってました。もしかしたら裏で悪い奴らと繋がっているかもしれないけど、絶対信用していい奴だって」
 辰雄は祥子から離れた。
「もう帰れ。それから、俺に二度と付きまとうな。俺は多分、近々治安会に目をつけられる。俺に関わりのある奴は理由もなく連中に酷い目にあわされるかもしれないんだ」
 彼女がベッドから降りた。
「早く帰れ」
 彼女は玄関で一度辰雄のほうを見たが、振り切るように部屋を出て行った。

処女の秘孔は蜜の味 7



7  非情の掟

 目覚まし時計がなった。午後六時。
 部屋に戻ってベッドに横になってすぐに眠ってしまったようだ。時計のアラームをセットしておいてよかった。
 ベッドから出て留守番電話を確認する。エリカからの連絡はなかった。島中祥子に会ったはずなのに音沙汰がないとは、かえって不気味だ。
 テレビでは、路地裏で治安会メンバー三人が刺殺されたニュースを流している。トシアキの遺志を実行した達成感は、わずかだがある。それだけでもたいした進歩だ。
 服を着替えて車庫に停めてあるマスタングに乗った。親父が乗っていた車。車検はとっくに切れている。そもそも、辰雄は運転免許証など持っていなかった。運転は中学のとき、親父に教えてもらった。
 車を走らせ、街を出る。街外れにある古ぼけたバー。父の妹である叔母の芳江が経営している酒場だ。開店準備をしているかと思ったが、店内にまだ明かりは点っていなかった。
 店の横の倉庫のシャッターを開け、車を放り込む。倉庫の隅の床に敷いてあるカーペットをずらすと、地下室の入り口がある。一メートル四方のドアを引き上げ、下に下りる。
 手探りで電気をつけた。
 コンクリートむき出しのがらんとした部屋の中央に置いてあるダンボールを覗き込む。小分けした乾燥大麻が、グレードごとに分けて置いてある。有効成分のテトラヒドロカンナビノール濃度が高い雌花を乾燥させた袋を手に取った。雌花はプロのバイヤーに高く売れる。その他の葉の部分は、エリカや吾郎、光男といったワル仲間に分けてやったり、街の不良に売ったりする。
 薄暗い地下室の隅のドアを開け、 灯りをつける。小さなキッチンにベッド、箪笥などが置いてある。部屋の隅にはシャワー室にトイレ。トイレに入って壁のタイルをはずしていくと、中に隠してある札束が見えた。手に取ってみる。三千万くらいはあるだろう。大麻草を山で栽培し、売って貯めた金だ。手を伸ばして壁の奥を探る。布に包まれた拳銃。357マグナム。ただし、弾丸は少し弱めの38スペシャルが装填してある。
 拳銃とナイフをベルトに差し、地下室から出た。

 午後七時。
 空港の近くにある工業地域の一角。倉庫の立ち並ぶ港。作業を終えた港湾作業員たちが事務所に引き上げていく。
 空き倉庫の前を通り過ぎ、入口より十メートルほど先の路肩に停車した。マスタングの運転席にもたれて窓を開けると、銜えたタバコに火をつけた。
 作業員が引き上げると、この時間、人気が全くといっていいほどなくなる。
 空き倉庫の壁は波型スレートでできていたが、長い間雨風に曝され続け、茶色い錆が広がっていた。大きなシャッターが、半分ほど開いたままになっている。強い風が吹くたびに、カタカタとシャッターの揺れる耳障りな音が聞こえてきた。
 タバコの吸い殻を外に捨てる。アスファルトの道路の割れ目から、雑草が生えていた。
 ヘッドライトが近づいてくる。辰雄は体を隠した。黒いベンツがマスタングの前を通り過ぎ、路肩に停車した。
 ベンツから二人の男が降りてきた。眼鏡をかけた小太りの男と、黒いロングコートを着ている身長が一八〇センチメートル以上はある大きな男。眼鏡の小太り男は高田といういつものバイヤーだが、大男は見覚えのない男だった。
 眼鏡の小太り男は倉庫のシャッターに近付くと、周囲を確認した後に身を屈めて中に入っていく。残った大男が周囲を警戒している。直立しているだけで人を威圧するようなオーラを放っていた。
 いつもは高田一人で来るのに、どうして今夜は二人なのか。
 背の高い男が倉庫の中に入っていった。辰雄はマスタングから降りて倉庫に近づいていく。ジャンパーの上から、腰に差した銃を撫でた。
 倉庫の中は暗く、窓から月明かりが差し込んでいた。中に入ると、辰雄はシャッターを下ろした。
 周囲が深い闇に包まれた。月明かりの中で、辰雄を見ている二人の男が浮かび上がっている。
「ブツは持ってきたか?」
 眼鏡の小太り男が言った。
「ああ、ここにある」といって、雌花を乾燥させたマリファナの入った紙袋を差し出す。
「あんたも、金は持ってきたか?」
「ああ」
 眼鏡の小太り男がカバンから包みを取り出した。包みを開封して中身を確認した。万札がびっしりと詰まっている。五百万。手が震えてきた。
 眼鏡の小太り男が袋を破って摘まみだしたマリファナをパイプに詰めている。ぼうっと光ったライターの灯が、周囲を照らす。
「いいネタだ」
 眼鏡の小太り男が大男を見て頷いた。
「じゃあ、これで」
 出口に向かって後ずさりした。窓から差し込む月明かりの外に出て、闇に溶け込もうとした時、大男が、こちらに銃を向けた。
「表情一つ変えないとは、いい度胸だな」
 大男が笑った。
「どういうことだい、高田さん」辰雄は眼鏡の小太り男をみた。
「そろそろ潮時なんだよ。俺たちがブツ捌いているのを治安会にバレちまってな。今夜の取引を最後に街を出ることにしたんだ」
「治安会にケツまくられてビビっちまったのか」
「てめえ、ガキのくせに口のきき方に気を付けろ」
 大男が銃を持った手を突き出した。年の頃は四十前後。がっしりした体つき。髪は短く刈り込んである。
 高田は卑屈な笑いを浮かべ、辰雄に近寄ってきた。
「そういうわけで、金が要るんだ。悪いが、その金は返してもらうよ」
「ハナから裏切る気だったとはな。どうりで気前がいいと思ったよ」
「お前はまだガキだから経験が足りないんだよ」
「どうかな」
 辰雄が金の入った包みを差し出した。高田が手を伸ばして近づいてきた。
 腰に差した銃を抜いた。高田が目を剥いたが、彼が悲鳴をあげる前に引き金を引いた。高田が腹を抱えてしゃがみこんだ。大男が目を見開いて銃をこちらに向けているが、銃口が別の方向に向いている。暗闇に逃げ込んだ辰雄の姿を見失ったのだ。
 辰雄は、月明かりの中でうろたえる大男に銃口を向けて引き金を引いた。
 轟音とともに、大男の体が後ろに吹き飛んだ。床で呻いている大男に近づき、頭を撃ち抜く。容赦のない辰雄の行動に、高田が叫んだ。
「た、助けて……」
「もう遅いよ、あんたは助からない。腹に弾食らったから、苦しいだろ? 楽に死なせてやるぜ」
 悲鳴を上げる高田の眉間を、銃弾が撃ち抜いた。

処女の秘孔は蜜の味 6



6 親友の遺志

 目を閉じれば、綾香の泣きじゃくる顔が瞼の裏に蘇ってくる。
 まったく、むしゃくしゃする。いつも俺のことを馬鹿にしやがるくせに、目の前で他の女みたいにおろおろ泣くんじゃねえよ。
 イライラしている。このままでは治まりそうにない。憂さ晴らしが必要だ。
 午後八時。外はすっかり暗くなっていて、物音ひとつ聞こえてこない。辰雄はベッドから降りでジャンパーを着た。
 外に出て、暗闇に包まれた街を歩く。灯火管制のため、建物の外に漏れ出る明かりはわずかだった。時折道路を走り過ぎる車のヘッドライトだけが、街の闇を照らし出す。
 そして、脇を通り過ぎた何台目かの車のヘッドライトが、遠くで蠢く人影を照らし出した。
 足音を忍ばせ近づいていく。
「離してくださいっ!」
 女の叫び声が聞こえてきた。
 不良が女を襲っている。この辺りじゃ、珍しくも何ともない光景だ。こんなご時勢に夜外を出歩く女も悪いが、外出せざるを得ない場合もある。一概に女を責めることはできない。
 それに、辰雄は女を集団で襲ったりひとりを大勢でぼこったりする卑怯なやつらが嫌いだった。そんな連中は見るだけでイライラしてくる。
 見て見ぬ振りをするのは、その卑怯な行為に加担しているのと同じなんだぜ。トシアキの言葉だ。その時は、青臭いことをほざきやがってと思っていた。
 助けてやるか。トシアキとの約束だ。
 男たちが暴れる女を皆で抱えあげ、廃ビルの中に連れ込もうとしている。
「おい。何してんだ?」
「あ?」
 後ろから声をかけられ、男たちが一斉に振り向いた。三人組か。丸刈りに金髪にモヒカン。ゴキブリどもはみな同じ格好をしている。少しは個性を出したらどうだ
「誰だよ、おめえ……」金髪が唸った。
「街のゴキブリ駆逐隊だ」
「はあ?」
「知らねえのか? この辺りじゃ、有名なんだぜ」
 命名したのはトシアキ。隊といっても、トシアキ一人で行動していた。そして、彼の後を辰雄が継いだ。
 三人が辰雄を囲んで睨みつけてきた。相手を威圧しようとして、顎をあげ眼球を下に向けている。その嫌悪感を覚えさせる視線はゴキブリ独特のものだ。
 連中の顔に余裕がある。相手より人数の多い圧倒的優位な立場に粋がり過ぎだ。
 丸刈りの男がいきなり殴りかかってきた。相手の拳をかわして腹に蹴りを入れる。丸刈り頭は避けることもできないまま、鈍い音と共に後ろの仲間の足元に転がっていった。
 続いてモヒカン男が殴りかかってきた。あと一歩のところでパンチを避け、その勢いで地面に転びそうになったモヒカン男の尻を蹴り上げた。頭から地面を転がったモヒカン男が、ヨロヨロと力の入らない足で立ちあがった。
「殺してやる!」丸刈り男とモヒカン男がナイフを抜いた。
「おめえ、俺たちにそんなことして無事に済むと思ってんのか」金髪男はまだ余裕を見せている。
「お前ら、治安会の下っ端なんだろ?」
「だったらなんだ。今更謝ったって遅いぜ」
「そうか。土下座して許してもらおうと思ったんだが。それじゃ、仕方ないな」
 辰雄はナイフを取り出すと、刃を立てて前に突き出した。そして、一瞬で丸刈り男との間合いをつめ、両眼を狙い横一文字に切り裂いた。
 赤ん坊のような弾けた悲鳴が耳を劈く。鳥肌が立った。左眼は無事のようだったが、まともに刃が入った右眼は水風船を割ったように破裂して眼球の中の水分が飛び散り、もう瞼を開けなかった。
 呆然としている仲間二人の前で、激しく暴れる丸刈り男の首を左手で掴み、そのまま頸動脈を切断した。周囲に血の匂いが一気に漂った。
 トシアキは治安会のメンバーを数多く殺した。これは自由を掴むための戦いなんだといっていたが、当時の辰雄には興味はなかった。
 そして、トシアキは警察に殺された。仲間に裏切られたのだ。裏切った男は今、上級国民になっている。
「お、お前……」
 呆気に取られているモヒカン男に飛びかかり、首を掴むとそのままビルの壁に背中を押し付け、脇腹にナイフの刃を差し込んだ。モヒカン男はくぐもった悲鳴を上げ、苦しそうに手足をじたばた動かしながら、苦悶のあまり放尿した。
 モヒカン男のうめき声が、ろうそくの火のようにゆっくりと消えていった。
「だ、誰なんだよ、お前は……」
 残った金髪男が、辰雄を見ていた。手に持っているナイフが震えている。
「いっただろ。街のゴキブリ駆逐隊だ」
「知らねえよ、そんなの。俺を殺すのか?」
「ああ、だが俺は快楽で人を殺しているんじゃない。俺は、殺すことからくる罪悪感に耐えることで生きている。いわば使命だな。ダチから引き継いだ使命だ」
「はあ?」
「殺すことにかけて、ただの人殺しと俺とでは違いがある。ほんの些細な違いだけどな」
「な、何いってんだよ」
 金髪男が背を向けて逃げ出した。慌てて転倒した男の後ろ襟をつかみ、そいつの喉をナイフで抉った。
 生暖かい血が、地面を染めた。血の匂い。嫌な臭いだ。しかし、やめるわけにはいかない。これがトシアキから引き継いだ革命であり、俺のこの世の存在意義だ。
 女が辰雄を見上げて震えている。化粧もあまりしておらず、普通の女に見える。
 しばらくその女を見続けていると女が口を動かした。
「あ、あの……あ……ありがとうございました……」
 女は震えながら頭を下げた。
「あんたが今夜のことを誰にも話さなかったら、これまでと同じように、明日からも何事もない日々を送ることができる」
「私、誰にもしゃべりません」
 女は黙ってうなずくと、立ち上がってその場を立ち去った。

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