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処女の秘孔は蜜の味 25



25 廃墟の臨津江

「気持ちいい風だ」
 大きく伸びをしながら、小池は上機嫌で呟く。辰雄はハユンの車椅子を押して、柵際まで近づいていった。辰雄とハユンは、黙って柵の向こう側を眺めた。すっかりと変わり果てた「廃墟」の向こうに、臨津江(イムジンガン)が広がっていた。
 こうやって、一歩距離を置いて遠くからこの光景を眺めると、山から眺めるより近い分、余計に誰も生き残っていないという現実が襲ってきた。
 ハユンが辰雄の手を握った。
 政府のエゴで連れてこられた若者達の多くがこの地で命を失った。
 馬鹿なことをしたものだ。十年も戦争を続けて何もかも失って、いったい何が楽しいのか。
「ここに来るたび思い知らされるよ。世界は本当に変ってしまったんだな、ってね」
 いつの間にか辰雄の隣に立っていた小池が、目を細め、遥か遠くを見つめながら静かに呟いた。
「小池さんは、この基地にいつ頃からいたんだい?」辰雄が尋ねた。
「二か月ぐらい前からだな。でも、それまでもほとんど浮浪者みたいな生活だったからなぁ。道端に落ちているものとか拾って食べながら何とか生き延びてたんだけどね、さすがに限界かな、と思っていたときに彼らに保護されたんだ」
 いつものニコニコした笑顔を浮かべながら、彼は明るい調子で答えた。
「日本人にとって、住みにくい町だったのかい?」
「まあ、韓国といっても実質的には中国の一部だから、表現の自由なんてなかったし、それに加えて韓国人の反日精神は今も生きているからね。日本人への恨みは千年、子孫永代続くんだって中国に支配される前から韓国人は叫んでいたけど、中国に全土を占領されて虐げられている今もその精神は生きているみたいだから」
 ハユンが気まずそうに俯いた。彼女に反日の気持ちなんてないことは辰雄はよく知っている。
「じゃあ、どうしてこの街に住んでいたんだい?」
「俺にとっては、日本よりずっと住みやすかったよ。表現の自由も韓国人の反日感情も、俺には関係なかったから。でも、日本は俺から本当の自由を奪おうとしたんだ」
「ボランティアかい?」
 小池は頷いた。
「日本の無能な政治家のために、無意味に戦って死ぬなんてごめんだから、高校を卒業するとすぐに海を渡って韓国にきたんだ」
「わざわざ韓国に来なくったって、アメリカやヨーロッパのほうが自由を謳歌できたんじゃないのかい?」
「他所の国じゃ、日本に強制送還されちまう。そういう意味ではここは安全だ。戦場だから政府のシステムは混乱しっぱなしだし、戦闘が始まれば他所に逃げればいいだけだから。もっとも、逃げ遅れてこんなところに来ることになったんだけど」 
「小池さんは、以前は何をしていたんですか?」ハユンが初めて小池に話しかけた。
「ん。別にこれといって何もしていなかったかな。たまに仕事して、少しお金が貯まったらちょっと地方をぐるっと旅行してみたり。好き勝手に生きてたよ。偶然この街に滞在して、そして、生き残っちゃったんだな、これが」
 喜んでいるのか憂えているのか、肩をすくめるようなしぐさをしながらそう言う。
「これから、どうなるんでしょうね」
「分からないけど……。国連軍の機能が回復して支援団体が生き残ってくれれば、まだ希望は持てる。だが、あの吉野君の話を聞く限りじゃあ、現状では厳しいだろうね」
 そう言ったきり白い息を深々と吐き出す。ハユンも悲しく、やるせない気持ちになってしまっているのがわかる。
 辰雄は特に返答することも無く黙って外を眺めていた。俺には関係のない話だ。
「この寒さは体にこたえるだろう。二人とも、もうそろそろ中に入った方がいいよ」
「そうだな。ハユン、中に戻ろう。小池さんは?」
「僕はもう少しだけ外を眺めているよ。なんせ余命わずかなもんだから、出来る限り外の光景を目に焼き付けておきたいんだ」
「そんなに悪いんですか?」
 ハユンが心配そうに小池を見つめている。
「まあ、寿命だと諦めているよ」
 それっきり口をつぐみ、小池は再び柵に掴まりながら外を眺め続けた。
 辰雄はハユンを連れて、基地の中へ戻った。
 医務室に戻ると、疲れたのかハユンはベッドにすぐに横になった。しばらく呼吸が荒くなっていたが、しばらく見守っているうちにやがて落ち着いていった。面会時間はもうじき終わりだ。
 急に入り口のドアが開け放たれた。小池が、そこには立っていた。
「先生、やっぱりもう少し薬を頂きたいんですよ。どうもこの量じゃ不安で」
 また椅子に座りながら居眠りしている医者の肩を揺らしながら、小池は声を張り上げた。煩わしそうに彼の手を払いのけると、医者はおもむろに立ち上がり奥のダンボールの山を漁り始めた。
「ああ、悪い、もうここには置いてないんだった」
 それを聞くと、小池は分かりやすいぐらい心底悲しそうな表情になった。
「浜田曹長が確か持っていたはずだから、いくつか譲ってもらったら? 頼めばくれるかもよ」
 顎に手をあて少し思案するようなしぐさをしてから、彼は結論が出たらしく頷く。
「分かった、邪魔したね」
「おいおい、今から行く気か? 浜田さんは夕方以降は他人に干渉されるのが大っ嫌いなの知ってるだろ? 明日にしなよ」
「駄目だ、今貰っておかないと心配で夜も眠れない。じゃ、辰雄君とハユンちゃん、また明日な」
 そう言って、小池がさっさと部屋を出て行く。一つ気になったことがあったので、彼が部屋から遠ざかって行った後、声を潜めて医者に話しかけた。
「先生」
「なにかね?」いかにも面倒そうに、医者は返事をした。
「小池さんが飲んでる薬って、何の薬なんだい? 浜田さんも服用してるってことは心臓の薬じゃないんだろ?」
 それを聞くと、何が可笑しいのか医者は唇の端を曲げながら笑みを浮かべた。
「ああ、あれは精神安定剤だよ。小池さんの場合、心臓に対する処置はもうどうしようもないからね。せめて不安だけでも取り除いておこうってことで。浜田さんは、一応定期的に処方している。見た感じ、別に必要なさそうなんだけどねぇ。ま、このご時世だ。多かれ少なかれ皆色々不安を抱えて生きてるって事だろうね」
 そこまで言うと、彼はちらりと時計に目をやった。
 浜田という男は見かけに寄らず繊細な神経をしているらしい。
「さぁ、もうすぐ消灯の時間だ、早く部屋に戻った方がいいぞ。浜田曹長に見つかると色々うるさいからね」
「そうだな」
 辰雄が病室を覗くと、ハユンは寝息を立てていた。辰雄は医務室を出て、そのまま自分の部屋へ戻ろうと足を踏み出した。
「あ、ちょっと」
 振り返ると、そこにいたのはさっきまで医務室に一緒に居た医者だった。その真剣な表情に、辰雄の背中に冷たいものが走った
「彼女の事で少し話があるんだけど、ちょっといいかな」


処女の秘孔は蜜の味 24



24 基地での朝

 目が覚めた。
 この頃よく同じ夢を見る。
 辰雄の遥か前方に広がる地獄絵図。燃えさかる街並み。はっきりとは見えないけど、逃げ惑う人々。叫び声が聞こえてくるわけでもないのに、人々が苦しみの声を上げているのが目に浮かぶ光景だった。
 ふと、山のふもとに視線をやると、一人山を駆け上っている男の姿が見えた。爆撃を喰らったのか、顔中血まみれで必死の形相で走っている。
 クン……と、一瞬、戦闘機が高度を下げたかと思うと、山のふもとが轟音と共に爆発した。眩しさと熱風で目を瞑り、次に目を開けた時は、えぐられたように山の形が変わり、男の姿を確認することは出来なかった。
 このごろ良く見るのは、その時の夢。現実では見えていなかった男の吹き飛ばされる光景が、夢でははっきりと見せ付けられていた。
 朝鮮半島に来て初めて前線に出たときのことだった。戦略上意味もなさそうな村に、中国軍が空爆を行ったのだ。
 彼を助けに行ってやりたかった。だけど上空を飛び回っている戦闘機が頻繁に爆撃と銃撃を繰り返すので、身動きがとれなかった。
 それに、あの時助けに走って間に合うわけもなかった。自分には責任が無いことは分かってる。けど、その夢を見るたびに自己嫌悪で吐きそうになる。
 ベッドから起き上がり、備え付けの水しか出ないシャワーで顔を洗い、体を拭く。冬の季節に冷水は少しきつかった。
 黴臭い金属製のドアを開け、廊下に出る。すぐ目の前の床に乏しい食料がぽつんと置いてあった。一日二食。それがこの基地の住人に決められた食事の割り当てだった。
 基地内では何をしようが自由で、好きにうろつくことができた。しかし、基地の外には出るなというルールがあることは、隣の部屋の住人である小池に基地に入った翌日聞かされた。
 小池は三十代前半ぐらいの男で、会話するときに身構えなくてもいい気のいい男だった。
 隣のドアに目をやる、既に目が覚めているらしく、空の缶詰がドア先の床に転がっていた。
「やあ」
 ハユンのいる医務室に向っている途中で、小池とばったり会った。彼も医務室に用があるらしい。辰雄の横を歩きながら、何度も大きなあくびをした。
「知ってるかい? 二日前にソウルが爆撃されたらしい」
 驚いて小池を見た。
「ソウルには仲間達がいる」
「被害はたいしたことなかったらしいけど、その報復に昨日、ピョンヤンを絨毯爆撃だとよ。あの街はもう何も残っちゃいないのに」
 エリカは無事だっただろうか。
「君は開城までいったのかい?」
「ああ、アメリカ軍に連れて行かれてね。おかげで酷い目にあった。まあ、アメリカさんはほぼ全滅したって聞いたけどけどね」
「僕はまだ三十八度線を超えたことがないんだ。板門店とか、いってみたいなあ」
「何もないさ。残ってるのは瓦礫だけだ」
「しかし、神様ってのも気まぐれっていうか適当っていうか、何考えてるんだろうな」
 彼はことあるごとに神という言葉を口にした。何かの宗教の信仰でもあるのかもしれない。
「こんな俺みたいな奴を生き残らせて、いったいどうしろって言うんだろうなぁ」
 同意を求めてくる彼に対して、辰雄は曖昧に頷いた。辰雄が生きていることに意味があるのだとしたら、それはきっと日本で辰雄を待っている女達の元に戻ることだろう。
「でもな、あの吉野っていう人は結構話の分かる人だよ。うん、あれは中々いい奴だね」
 この男は独り言が多い。一人で勝手にうんうん、と納得して頷いていた。聞き手としては、随分楽な男だ。
「あんたは、この基地を出たらどうするつもりなんだ?」
「ああ。俺さ、心臓にちょっと病気持ってるからどっちにしろあんまり長く生きられないんだよ」
 さらっと、とんでもないことを口に出す。
 いきなり足を止め、前方に手を振る小池。呼ばれて、背を向けていた顔をこちらに向ける。吉野と、優希菜という長い黒髪の女が立っている。
「よう、おはようさん」吉野が自衛官らしからぬ笑顔を向けて挨拶をする。
「おはようございます、小池さん、藤島君。医務室へ?」
「ああ、ちょっと薬を貰いにと、この子のツレのお見舞いにな」
 優希菜が辰雄と小池にぺこりと挨拶をしてきた。辰雄より幾らか年上のはずなのだが、その無垢、いや空虚とさえ言える表情は不思議なほど彼女を幼く見せていた。
 優希菜の手を引きながら吉野は辰雄達と別れる、基地内の施設を色々と案内しているらしい。
「吉野さんってさあ、あの優希菜さんを狙ってるんだ、きっと」
 小池が意味ありげににやける顔が不快だった。
「いいじゃねえか。女を抱くくらいしか楽しみがないだろ、ここには」
 医務室のドアの目の前に立つ。おもむろに小池がドアに手をかけて中に入り、辰雄もそれに続く。
「起きてよ、先生」
 部屋の隅っこで、椅子に座りながら居眠りをしている年老いた医者らしき人の肩を、小池は激しく揺さぶっていた。
「なんだ小池君か。いつもの薬ならあそこに置いてあるから、好きに持っていきなよ」
 そう言って、奥に設置されている台を指差す。満足げに笑みを浮かべながら軽く医者の肩を叩くと、小池は台の方へと歩いていった。辰雄はハユンの眠るベッドへ向かう。辰雄が入って来たのを知ると、ハユンは慌てて膝に立てていたスケッチブックをバッグの中へ隠した。
「よう、調子はどうだ?」
「おはよう。うん、悪くない」
 彼女の顔色がうっすらと昨日より蒼くなっている。特に目立つ回復はしていないようだった。
「退屈か?」
 辰雄がそういうと、ハユンは少し顔を伏せがちにして上目遣いで辰雄の方を見た。
「うん……少し。たまには外に出たいかな」
 天井を眺めながら、ポツリとそんなことを言う。ここに来てから数日が過ぎたが、外に出られない上に、窓も付いていないので、まともに外の世界の空気に触れることもできない。
「すぐにここを出られるさ」
 突然背後で勢い良く水を飲み干す音が聞こえた。それから小池の「ぷはぁ」と言う声がした。
「ん、何だ。君ら知らないのか、屋上があること」
「屋上?」
 小池はこくりと頷く。
「ああ、突き当りにあるエレベーターを上っていけば屋上に着くよ。外でも何でも見放題だ。なんなら、案内しようか?」
 辰雄はハユンを見た。
「でも、医務室から出ちゃあ、駄目なんじゃ」
「ああ、いいよいいよ、行って来きなよ」
 いつの間にか医者は目を覚ましていたらしく、大きく欠伸をした後、立ち上がって、部屋から車椅子を持ってきた。
「行くか? ハユン」
 辰雄の問いにハユンは少し顔をほころばせながら頷いた。


処女の秘孔は蜜の味 23



23 基地の日本人

 浜田は鼻歌交じりにジープを運転していた。辰雄とハユンと吉野が後ろの荷台に座り込んでいた。
 ジープに揺られている間、辰雄は吉野にこのあたりの戦況を尋ねてみた。
 奇襲ともいえる中国軍の総攻撃で、多くのアメリカ軍兵士が死んだらしい。日本の自衛隊を前線のそばに配備し、自分達は後方の安全な街にいたらしいが、大規模な爆撃でほぼ全滅していた。
 辰雄達から見ればつまらない国家間の諍いだ。
「誰が勝ったかも分からないほど、多くの死傷者や被害者が出てしまっている」と、吉野は心底残念そうに語った。一部の自衛官も被害を受けたらしい。戦闘には直接関与していなかったが、愚かにも米国の支援活動をしたせいで巻き添えを喰らってしまったらしい。
「私達が悪いんだ。自衛隊は自国を守るためにあるものなのに……すまない」
 下唇をかみ締めながら謝る吉野を見て、辰雄はもう、誰かを責める気になどなれなかった。
 彼らが『基地』と呼んでいる場所は、辰雄達の住んでいた街からそう離れていないところにあった。
 ジープを入り口のそばで降り、中に入った。
「ようこそ、俺達の基地へ」
 入る瞬間、浜田がそう呟いた。
 建物の中は薄暗く、灰色で統一されていた。案内されている途中に、一般人らしき人を何人か見かけた。
 辰雄とハユンは歩いている間一言も言葉を交わすこともなく、時折視線を合わせて意思の疎通を行っているだけだった。
「いいよ。辰雄がそう決めたことなら、私、別に反対しないから」
 ペンションで辰雄がハユンに事情を説明した時、拍子抜けするほどあっさりハユンは彼らについていく事を承諾した。そのハユンの話し方にどこか投げやりな感じだったのが気になった。
 ハユンの生への執着が薄れている。辰雄はそう感じた。
 吉野と浜田は、元々自衛隊に所属していた人間らしい。今やこの辺りの自衛隊も散り散りになってしまい、たまたま一緒になったこの二人が炎上するアメリカ陸軍の基地から残った食料と医療品その他様々な道具を持ってここに駐屯所を建てたそうだ。
「こいつなぁ、燃えてる基地の前で呆然とつっ立ってんの。で、俺が声をかけてやったってわけさ」
 なんとも愉快そうにそれを話す浜田が、不快に思えた。この暗い状況下、浜田みたいに明るく振舞うことも必要なのかもしれない。
「大変だっただろう、二人だけで。君の小隊は戻ってくる様子はないのかい?」
 ハユンを医者に診せようと医務室に続く廊下を歩いている途中、吉野が神妙そうな声で話しかけてきた。
「見捨てることはしないと思うんだが」
「でも、もう大丈夫だ。この基地にいれば、ひとまず情勢が落ち着くまでしのぐことは出来るよ」
 病室に着いた。相当簡易的なもののようだ。彼ら二人がドアの前で足を止めた。
「悪いが、あまり設備には期待しないでくれよ。急ごしらえの上に人手はまだ足りないんだ。」
 煙草を吹かしながら、面倒くさそうにこっちを見もせずにそう言う浜田。どうもこの男のことは、あまり好きになれそうな感じはしなかった。
「いや、助かったよ。じゃ、行こうか、ハユン」
「おっと、悪いけどこの医務室の中は一応面会時間が決められているんだ。悪いが、今日はもう終わりなんだ」
「面会時間?」
「中に入れるのは女の子だけって意味だよ」
 浜田はそう言うと、辰雄とハユンを引き離し、ハユンを部屋の中へと連れて行ってしまった。
「明日、会いに来るぜ」振り向いたハユンに声をかけた。
 ドアが閉まったところで吉野が軽く咳払いをする。
「藤島君、君の部屋に案内するよ。ついておいで」
 基地内は、電気は通っているらしかった。
「ここの電源は?」
「昼は太陽光パネルで発電している。夜は下水道に充満しているメタンガスをつかって発電しているんだが、少し頼りないんだ」
 廊下は非常に薄暗く、奥に行くに連れて不気味さの濃度が増していった。
 カツカツカツ……と辰雄と吉野の足音だけが一定のリズムで廊下に響いている。
「この建物の中には、何人ぐらいの人が住んでるんだい?」
 吉野は歩きながら顎に手をあて、首を捻るような素振りを見せた。
「私達を含めて十人だな」
「全員日本人かい?」
 吉野が頷いた。
「中国支配下になっても、韓国各地には結構な日本人が住んでるからね。多くの日本人は戦闘が終われば元の街に戻るつもりなんだ。ここに避難している日本人も同じだよ。日本に逃げようと説得しても首を縦に振らない。この地に根を張って暮らしてきたんだ。彼らにとってここは故郷なんだよ」
「結構なことだ。この地が気に入ってるなら好きにさせてやればいいんだよ。だが、ここは韓国だ。日本人以上に韓国人が多いんじゃないのかい? この街で韓国人はまったく見かけないな」
「韓国人は、米軍が攻めて来る前に中国側の町に逃げたよ。中国共産党軍の命令でね。若者は中国軍のために兵士になったり慰安婦になったりと、どこかの国と同じことを若い人たちに強いている」
 吉野が皮肉っぽく笑った。
「年寄りはどうなったんだ?」
「中国軍の役に立たないものは皆殺しだよ。生かしておいても貴重な食料を消費するだけだからな。中国人にとって韓国人はゴミ以下の存在なんだ。役に立つ若者の扱いも、酷いものだよ。日本のほうがはるかにましさ」
 やがて、突き当たりの部屋で彼は立ち止まった。どうやらここが辰雄の部屋らしい。
「節電のため、九時消灯になっているから注意してくれ」
「了解だ」
 それから彼は、笑顔で手を差し出して握手を求めてきた。
「私でよければなんでも相談に乗るよ、よろしくな」
 辰雄も、笑顔で彼の手を握った。


処女の秘孔は蜜の味 22



22 廃墟に現れた自衛官

「着いたぜ」
 運転席に座ったまま国安はそう言い、ドアを開けた。
「1200円だ」
 そう言って手を差し出してくる。彼の口元が緩んでいた。
 思わず苦笑した。運賃を請求されるのなど、初めてだった。
「円じゃなくってウォンだろ?」
「ウォンなんざ、紙くずだよ。やっぱり円だな。日本が誇る世界最強の通貨だからな」
「つけといてくれ」
 タクシーから降りると、冷たい風が辰雄の体を突き刺していく。体を丸めながら足を進め、とりあえず食料がありそうな場所に向う。
 街の中心部にある、元々はスーパーマーケットが建っていたと思われる場所に着いた。爆撃を受けたのだろう、そこには建物の代わりに瓦礫が山のように不規則に積まれていた。しばらく眺めて、一度白い息を肺から思いっきり吐き出してから、その瓦礫の山の間を彷徨い、残った保存食がないかを調べ始めた。
 周囲には腐敗臭が漂っている。生ものや普通の食べ物はとっくに駄目になっているだろうが、保存の利く缶詰や乾物とかだったらまだ大丈夫かもしれない。
 一つ一つ丁寧にコンクリートやプラスチックの破片を除けていく。思ったより体力のいる作業だった。この寒さだというのに、三十分も作業を続ける頃にはうっすら汗が滲んできた。
 瓦礫を除けていく。一瞬体が止まった。それを手に取り、様々な角度から眺める。
「骨…か」
 肉体が焼かれ、残った白色の骨が瓦礫の中に埋まっていた。形は既にぼろぼろだったのでどこの部分かなどは分からない。辰雄はその骨に向って何となく神妙な面持ちで手を合わせてから、それを脇に置き再び瓦礫を除け始めた。
 ハユンの事を考える。いい身体をした、アメリカ兵たちに人気の娼婦だったが、今は脆くて危ういガラス細工のようなボロボロの体になった。
 ペンションに運び込んだときは碌に口も聞けないくらい衰弱していたが、徐々に回復してきている。
 だが、ここ数日で目に見えて食欲が落ち、盛んに咳き込むようになった。
 そして昨日の朝、突然ハユンは吐血した。その時はそれだけで済んだが、ハユンはずっと寝たきりだ。
 ハユンを守れるのは辰雄だけだ。ここに来た目的も食料の確保もあるがハユンに飲ませる有効な薬がないかというのも大事な目的だった。
 瓦礫の中を漁り続けていると、急に黒くて硬いものがゴミの塊の中から現われた。その物体の両端を掴み一気に引っ張り上げる。引っ張り出されたものは、ラジオだった。それも相当昔のものらしくボタン式ではなく右手でつまみを回して周波数を変え、アナログ式にメーターでそれを表すタイプのものだった。
 ペンションのテレビは当然映らない。最近の世間様の情報を知ることの出来るものが何一つ無かった。
 アンテナを引っ張ってスイッチを入れてみる。電池はまだぎりぎり生きていたようで、微かなノイズが辺りに響き渡った。つまみを回して周波数を変えながらそのノイズに耳を澄ます。適当に回しているうちにやがて一瞬声らしき音が聞こえた。
「…あ…まれ……のこ……たちよ」
 日本語だった。
 しかし、なんといっているのかよく聞こえない。辰雄はラジオの横側面を手の平で叩いた。意外にも少し音がクリアになった。
「私た…に…る。…ざ…おぜいのいきの……もいる。場所はワダ…ミ市東部…港にある倉庫だ」
 唯一はっきり聞き取れた単語。ワダツミ市。ここから車で約20分程の所にある港街だ。そこに生き残りがいるのか。
「…がんばれ。もうすぐ助けは来る……」
 しかし一足遅かったらしく、それから後はひたすらノイズが流れ続ける。
 辰雄は食料や薬を探すことさえ忘れて、呆然とラジオが再開されるのを待っていたが、結局、音声が再びラジオから流れ出てくることはなかった。
 深呼吸を二回した。気を取り直して再び食料と薬探しを再開する。ラジオの言うワダツミ市の情報は確かに貴重なものだが、冷静に考えると改めて疑念が湧いて来る。それに、今ハユンを移動させるのはあまり得策ではない気がした。
 スーパーの焼け跡に残っていたであろう物資は、ほとんど燃えてしまったのかあるいは数少ない生存者に奪われてしまったのか、めぼしい物はほとんど手に入らなかった。それでも、数個の魚と肉と果物の缶詰とスルメが見つかった。
 さらに街を一回りして何か残っていないか探した。
 殺風景な、どこを歩いていても山全体が見渡せてしまうほど、街は瓦礫で崩れ去ってしまっていた。ぽつり、ぽつりと焼け残った建物もあるにはあるが、およそ物資を期待できるような雰囲気ではなかった。

 約束どおり、国安はタクシーでやってきた。
 溜めていたタクシー代だといって魚の缶詰を差し出した。
「本当に、もらっていいのかい? 姉ちゃんに食わしてやれよ」
「いいんだよ。ペンションにもまだ食料は残っているし、果物の缶詰もある」
「じゃあ、遠慮なく」
 国安はタクシーを走らせペンションのある山へと戻っていく。ハユンへの手土産も手に入った。
 トンネルの前でタクシーを降り、ペンションに向かって歩いていく。
「ん……?」
 前方。遥か遠くの数キロ先位だろうか、一瞬だが確かに大気が切り裂かれた。銃声のような音が、ここまで響いてきた。同時に、微かだが大地が震えるのも足の裏で感じた。嫌な予感がした、と同時に体に緊張が走る。
 中国軍か。しかし、既に廃墟になっている街になど、軍に用はないはずだ。
 では、誰か生き残っている人間なのか。街に物資を求めてやってきたのなら、警戒が必要だ。もしそんな連中が飢えている人間だったら、こちらを発見した場合、まず食料のありかを尋ねるだろう。知らないといっても、信じてもらえるとは思えない。そして次に連中が取る行動はペンションに押し入って家捜しをする。下手すれば、ハユンにまで危険が及ぶ可能性もある。
 徐々にだが、その音は大きく、近くに迫ってきている。このペースだと下手すればあと数分で接触してしまうだろう。辰雄はすぐに走り出した。
 視界に見慣れないものが入った。
 黒色のジープが突然姿を現し、猛スピードでペンションに近づいていく。いや、それより辰雄の存在に気付いた可能性も十分あった。こっちが肉眼で確認できたのだ、あっちにもこちらの姿が見えたかもしれない。辰雄は地を蹴り上げ走り出していた。
 ブレーキを掛けたような音が聞こえた。辰雄に気づいたジープが停車したのだ。
 少し遅れて人の声らしきものが聞こえた。
「おい、とまれ!」
 若い男の声。日本語だった。
 辰雄がジープに近寄っていった。男が二人乗っている。ふたりとも自衛隊の軍服を着ている。
 男のひとりがジープから降りてきた。
「私の名前は吉野だ。階級は二等兵。君は?」
「藤島辰雄。アメリカ陸軍第四師団の第34中隊所属の作業員だ」
「米軍の?」
「ボランティアだよ。日本から無理やり連れてこられたんだ」
「どうしてここに?」
「中国軍の奇襲を受けて後退してきた。仲間達や米軍は先に後退したが、重症の怪我人がいて動かせなかったので、俺だけがここに残っている。今、ここで仲間達が迎えに来るのを待っているところだ」
 男は黙って頷くと、大きく深呼吸してその芯の通った低い声を再び響かせた。
「私たちと一緒に来ないか? ここは危険だ。私たちのところに来ればとりあえず食料はある。医療設備も万全とはいえないが一応はある。私たちは君のような生き残りの日本人の救助をしているんだ」
『医療』という言葉を聞いた瞬間、ハユンの顔が頭に浮かんだ。彼女をこのままペンションに寝かせたままだと助かる見込みはまずない。でも、もし治療を受けられるなら……。
「おい、なにやってんだよ吉野」
 ふいに彼の後方から、もう一人男の声が響いた。徐々にこっちに近づいてくる。
「浜田曹長……」
「ふん、この坊やが生き残りか」
 吉野とは対照的に、鋭い目つきの痩せた男だった。吉野の隣に立ち辰雄を眺めているが、別段興味を持っているわけではないのは目を見て感じ取れた。
「救助をしているのは日本人だけか?」
「他に誰を助けようってんだ? アメリカ人はアメリカ軍が面倒を見るし、中国人は敵だ。見つけたら殺すだけだろ」
 浜田が馬鹿にするような眼で辰雄を見た。
「韓国人は?」
「韓国人? そんなの助けるわけねえだろ。人間じゃなくて虫じゃねえか。養うだけ食料の無駄だ」
「ふん、そうだな」
 今までどこで生活していたか、食料はどうしていたのか、他に生き残りの知り合いはいないのか、などを何度も吉野と質問された。
「それで、どうするんだ君は。ついてくるのか? それとも、ここで仲間が来るのを待つのか?」
 二人の男に見つめられながら、吉野の再度の問いに辰雄は静かに口を開く。どのみち、選択肢なんて無かった。
「連れて行ってくれ。怪我をしている女の子も診てやって欲しいんだ」
「ああ、そりゃ結構だ」
 浜田と言う男が愉快そうに答えた。
「だが、韓国人なんだ」
「女なら韓国人でも大歓迎だぜ。人間扱いしてやる」
 嫌な笑い方だ。この男は何かをたくらんでいる。
 ジープに乗り込み、車を走らせる。国安の事は言わなかった。きっと彼なら、この男たちについていくことよりタクシーを巡回させることを選ぶだろうということは容易に想像がついたからだ。
 ハユンのいるペンションへと、ジープは砂埃を舞い上がらせながらゆっくりと走っていった。


処女の秘孔は蜜の味 21



21 取り残された二人

 コーヒーを淹れた。
 腕時計に目をやる。そろそろ時間になったのでコーヒーをカップに注いだ。
 銃弾を受けたハユンを車に乗せ、佐藤小隊は後続のアメリカ陸軍中隊と合流しようとした。しかし、中隊は中国軍の奇襲に遭い、はるか後方に退却した後だった。そして残されたのは傷ついたアメリカ兵たちと、彼らの仲間の死体だけだった。
 辰雄は仲間達と近くの街に逃げ込んだが、食料がなかった。ちょうど無人となったペンションがあったので、そこに身を隠すことにした。
 ハユンを連れ歩くのは危険だと判断した佐藤二尉は、辰雄にハユンを預け、食料を探しに行った。
 ノックしても返事は無い。いつもの事なので気にせずドアを開けると、ベッドに体を預け、ハユンが眠りいっていた。儚げなその姿は、何だかこの数日で随分小さくなってしまった気がする。
「ハユン」
 一呼吸置いてからゆっくりと彼女に声をかける。気だるそうにしながらも、辰雄の声が届くと彼女はうっすらと目を開けた。
 やがて気だるそうに唇を動かしながら答える。
「おはよう、辰雄」
「これでも飲んどけ。目、覚めるから。熱いから気をつけろよ」
「うん…」
 ハユンはベッドの上で上体を起こし、コーヒーに息を吹きかけて冷ましながら一口ずつ啜る。顔に赤みが少し戻った。
「調子はどうだ」
「大丈夫……悪くないよ」
 しかし、どう見てもよくは見えない。銃弾は体を貫通していたが、ハユンはベッドの上から殆ど動かない生活を送っている。
「食欲はあんまり無いけどね……。それよりさ、さっきすっごく懐かしい夢を見たの」
 ここ数日、ハユンは自分が見た夢の話をするようになった。それは現実からの逃避なのだろうか、あるいはかつての日々への邂逅を望んでいるせいなのか。辰雄はただ、彼女の話を聞くことしか出来ない。
「中学校時代に戻っててね。学校に行ってて……それで友達と遊んだりして……それから……一緒に帰ってね……」
「そうかい」
 ハユンの目尻にどんどん涙が溜まっていく。
「友達に、会いたいな……」そう言ったきりハユンはうつむいて黙ってしまった。
 彼女と仲のよかった友人のほとんどが戦争で死んだ。アメリカ軍の従軍慰安婦となって軍の保護下に入った彼女はこの戦争を生き残れるはずだったのに、今こんな目に遭っているのは不幸としか言いようがない。
 ペンションにある食料は二人で三日分。もうすぐ食料が尽きる。ハユンはあまり食べる事が出来ないので、実質的にはまだ多少の余裕はあるが、それでも危機的状況であることに変わりはなかった。
 ペンションの周囲ではしばらく、銃声や砲声が聞こえていていたが、昨日あたりから聞こえてこなくなった。国連軍や敵の中国軍で何らかの動きがあったのかも分からない。あったとしてもそれを確認するすべなど辰雄にはありはしない。
「なぁハユン」
「なに……っ? ごほっ……」
 ハユンは頻繁に咳をするようになった。時折激しく咳き込む。
「街に出て様子を見に行こうと思うんだが」
 食料が足りないということはハユンには言いたくなかった。ただでさえ病気で不安だろうに、余計なことまで心配をかけたくない。
「うん、いいんじゃない。誰かこの街に戻ってきてるかもしれないしね」
 期待を込めた瞳を向けるハユンの目を、辰雄はまともに見ることが出来なかった。
 あんな廃墟の街に戻ってくる物好きなど、いるはずがない。
 そんな言葉を飲み込んで、辰雄はハユンと再び向き合う。彼女の目を見つめることで、辰雄は半ば無理矢理使命感を駆り立たせた。
「安静にしてろよ」
 頷く彼女を残して部屋を出る。軽く深呼吸した後、出口に通ずるドアの目の前で一度大きく背筋を伸ばす。
 歩いて近くのトンネルに向う。かつてはコンクリートで舗装されていたのだろうが、今やただの土しか残っていない山道を下っていくと、やがて見慣れた大きな空洞が見えた。
「よう、生きてるか?」
 トンネルの中を覗くと、頬に真っ黒なすすを付けた男が、手製らしき椅子に腰掛けながら居眠りをしていた。近づいていったら、気配でも感じたのか男が目を開けた。そしてふいに目が合った瞬間、まるで少年みたいな笑顔を僕に向けてきた。
「よう」
 苗字は国安。名前は知らない。いや、この国安という名が本名かどうかも怪しい。
 韓国に移住した民間人だが、街が廃墟となり住んでいた家が消失しても、こうやって近くのトンネルの中で暮らしている。
 辰雄はこの男がスパイだと思っていた。中国の支配下におかれた朝鮮半島にも、多くの日本人が住んでいたが、戦火で焼かれた街からその多くが逃げ出している。しかし、この男は家を失った今もこうしてトンネルの中で暮らしながら街の様子を窺っているのだ。
「ちょっと街まで行きたいんだが、あんたの車に乗っけてくれないか?」
 図々しい物言いだが、この男にはそんなことを気にする必要はない。嫌なら嫌という男だ。だが、国安は嬉しそうに目を細める。
「ああ、いいぜ」
 この男は元々タクシーの運転手で、戦争中もこの異国の辺境の街でタクシーを転がしていた。今でも商売道具のタクシーを転がして、客などいない街を時々走っている。今となっては、彼のタクシーに乗る客は辰雄だけだ。
 いや、金を払ったことなどないので、客とはいえない。
 国安が椅子を出してきた。腰掛けると、ぐらつく。少々いびつで左右のバランスの悪い椅子だ。
「あんな街に何をしにいくんだい?」
「食料の調達だ」
 国安がわらった。
「本気で言ってるのかい? あんな廃墟に食いもんなんかありゃしないさ」
「缶詰くらい転がってるさ」
「みんな食い尽くされちまってるよ」
 国安がタバコを銜えた。
「姉ちゃんの様子はどうなんだい?」
「よくねえな。弾は貫通していたんだが」
「なんだかんだいっても、女は弱ええからな」
 どこが悪いというものでもない。娼婦のハユンはこれまで身体を酷使してきた。傷を負って余計に弱ってしまったのだろう。
「お仲間たちは?」
「まだ、何の連絡もない」
「もう、戻ってこないんじゃねえのか? お前はお荷物を押し付けられて捨てられたんだぜ」
「それならそれでいい」
「女を楽にしてやってから、逃げるって手もあるぜ」
 国安の目からすっと温かみが消えた。普通の人間なら、いいたくとも決して口にしない残酷な言葉だ。
 やはり、この男はスパイなのだ。
「いい女なんだ。怪我を治したらたんまり身体で返してもらうさ」
 国安がわらった。
 タクシーの準備し始めた国安の姿を、頬杖をついて眺める。乗り手のいるはずのないタクシーをほぼ毎日運行している。しかもこんなご時世だ。幸い、破壊された車両があちこちに転がっていて、タンクに残っている燃料には事欠かない。
 やがて、勢い良くエンジンのかかった音が聞こえた。同時にタクシーの後ろ側のドアが開く。
「さぁ、乗れ」
 弾んだ調子で辰雄に搭乗を促した。
 山を下る。日に日に気温が下がり、山の木々は随分と寂しくなってきている。見る見るうちに景色が変っていき、街の残骸が木々の切れ間から覗かせるようになってきた。
 タクシーに揺られながら、中国軍の攻撃で破壊された街を眺めていた。
 この街には誰一人として生存者はいないだろう。


処女の秘孔は蜜の味 20



20 決死の銃撃戦

 ジープが荒野を爆走していた。中国軍の装甲車はいつの間にか追撃をやめ、距離は離れていった。
「どうにか躱しきったたようだな」佐藤二尉が言った。辰雄の隣に座っているハユンの身体が震えている。
 大丈夫だ。そういって彼女の肩に触れた。
「連絡を受けた中国軍がこの先で待ち構えてるってこと、ないですか?」野崎の声が震えている。
「心配ない。ここは前線じゃない。国連軍のテリトリーなんだよ。むしろ迷い込んださっきの中国兵こそ、焦っているだろうな。あと十キロも進めば中国軍の脅威はまったくなくなる」
「後ろから来てる米軍の中隊が無事だといいがな」野崎が言った。
 無線が入った。辰雄が繋ぐ。
〈銃声が聞こえたが、問題が起こったのか?〉所属部隊の通信隊員の声だった。
「中国の装甲車の攻撃を受けたが振り切った。小隊四名及び女性一名、全員無事。以上」
〈中国の装甲車が前線を越えてきたのか……。厄介だな〉
 通信隊員が呟く。だが、連中は米軍に守られている。この斥侯隊よりずっと安全だろ。
「俺達にも護衛をつけてくれねえかな」中野が言った。
「米軍に貴重な戦力を割いてもらうわけにもいかないだろ」そういって野崎が懐からナイフを抜いて振ってみた。
「まあ、中国軍が退いたタイミングだし、もう敵襲を受けるようなことはないだろう」佐藤二尉が言った。
「この先にクサリという街があります。そこで燃料や食料も補給できると思いますよ」野崎が言った。
「いや、市街地は避けよう」佐藤二尉が言った。
 前方から砂煙を上げながら急速に接近するものがあった。
「何か来るぞ! 戦闘用意!」佐藤二尉が叫ぶ。
 近づいてくるにつれ、その姿が明確になった。
「十二時、進行方向に車両多数!」野崎が叫んだ。
「敵か?」中野が言った。
 突然轟音が耳に響いた。そばで激しい爆発が起こる。
 車体に衝撃が走った。ハユンが悲鳴を上げる。無線機とジープの後輪がほぼ同時に撃ち抜かれていた。ジープはドリフトしながら回転し、止まった。
 ハユンが震えていた。
 目の前に、敵兵の乗る車両が停まっていた。不覚だった。待ち伏せしていたのに気づかないなんて。
 佐藤二尉がジープから飛び降りた。辰雄は手に拳銃を握った。
 捕まれば全員殺される。なんとか逃げる方法を考えようとした。だが逃げようがない。
「敵襲だ!」
 中国軍の急襲を受けたのだ。
 辰雄は舌打ちをすると、銃剣や手榴弾といった武器を詰め込んだ背嚢を背負い、鉄帽を被った。
「ゆくぞ! 茂みまで走れ!」
 一斉にジープから離れる。辰雄がハユンの腕をつかんで走り出す。
 洞窟の中へ走り込んだ。
 あまりの急展開に、思考は空回りをしていた。
 樹木の間から銃を撃つ乾いた音に混り、重機のうなるエンジン音がいくつも聞こえてくる。
 音とは反対の密林の中へ走る。
「後方部隊に連絡!」
 転がりそうになりながらも、佐藤二尉が叫んだ。中野が慌てて受信機のスイッチを入れる
「くそ! 中国軍め!」
「このままじゃ、やられてしまう!」
「馬鹿なことを言うな。全員散開しろ。反撃だ」
 近くで火花が散り、木の幹がはじけ飛ぶ。
 辰雄は必死に退路を探し、ハユンを引っ張って走る。
 戦車と思われる重たいエンジン音が、さらに迫ってきた。
「対戦車ランチャー、持ってきたか?」
「そんなもん、持ってきてねえよ。ここは国連軍のテリトリーなんだからな」
 そう思っているのはこっちだけか。中国軍は前線を超えて進軍してきたのだ。
 ハユンが怯えている。彼女は一般人だ。兵士として、ハユンを守る義務がある。
「隊長、降伏しましょうっ! そしたら命は助かります」突然、野崎が叫んだ。
「降伏するくらいなら、敵もろとも自決しろ。もうすぐ後方部隊も追いつく。それまで堪えるんだ」
「でも、戦車が出張ってきてるんですよ」
「降伏しても奴らは容赦はしないだろう。なぶり殺しにされるだけだ」
 茂みに身を伏せる。銃を構えた中国兵の集団が近づいてくる。
 佐藤二尉が合図を送ると、全員が一斉に銃撃を始めた。驚いた中国兵が地面に身を伏せる。手榴弾を投げる。連中の頭上で弾け、悲鳴と銑鉄が飛び散る。
 敵が狂ったようにばんばん撃ち返してくる。
 中国兵が突撃してきた。辰雄が引き金を引くと、敵の頭が吹っ飛んだ。野崎は地面に転がって呻いている中国兵を次々狙撃していく。
 辰雄が再び手榴弾を投げた。敵兵の中央で爆発した。吹っ飛んだ敵の手足が振ってくる。
 リズミカルな銃声が周囲に響く。
 肉塊となった中国兵が重なるように倒れている。迷彩服の軍服を身に纏い、上半身には紺色防弾チョッキ。そして腰にはマガジンポーチが幾つか付いたベルトが巻かれている。また、黒の革製のホルスターがぶら下がっていて、中には銃が収納されていた。
 なかなかの装備だ。
 音が、止んだ。
 様子を窺おうと、ちらっと顔を出す。
 その刹那、ヒューンと空気を切り裂く音が耳を掠めた。
 銃弾が地面に接触し、弾けた。
 ハユンが恐怖で身体を瞬時に引っ込める。辰雄もブルブルっと身体を震わす。
「こんなところで死ねるかよ。それもアメリカのためにだぜ! 馬鹿馬鹿しい」
 野崎が吐き捨てるように言った。「さっさと逃げましょう、隊長」
「諦めるな! 死んでもなお銃を撃ち続けろ!」
「やってらんねえや」
 銃声は絶えることなく轟き続ける。
 辰雄は右手でグリップを確かめるように何度か握ると、人差し指をトリガーに軽くかけた。もう片方はグリップの前の、銃身バレルに突き刺さっている弾倉マガジンの手前に添えた。
 タイミングを測り、撃つチャンスを見極める。
 身体を地面に突っ伏すと、腹這いに左側に進む。茂みからちらっと銃口を出すと左目を閉じ、右目でスコープを覗くと前方を見据えた。
 舌を出し乾いた唇を舐め潤す。銃を構えたり、敵と直面に立ち会うと性格が変わるタイプだと、戦場に来て始めて気づいた。
 半壊した塀の後ろに四、五人隠れていることが確認できた。しかし、いずれも銃だけを突き出しているだけでヘルメットも見えない。位置的な問題もあり他のを狙うのは難しいだろう。
 すると、自分から直線上に銃口をこちら側へ向けている兵士を一人発見した。
 迷彩柄のヘルメットを頭に被っている。
 ここから撃てる部位としたら顔面である。当たったら悲惨な光景を眼にすることになる。しかし、そんなことにかまっている暇はない
 迷っているとここで死ぬことになる。
 セーフティーを外し、狙いをつける。武装兵士は腰くらいまでしかない塀から顔だけを覗かせ、警戒しているのかきょろきょろと辺りを見渡している。
 引き金を引く。敵兵の頭が半分吹っ飛んだ。兵士は地面に倒れたまま二度と起き上がる事はなかった。
 転がった敵の死体を見て、中野がガッツポーズを見せた。
 ハユンを見た。何やら表情がおかしい。
 異常なまでにぐったりとした表情を見せていたので、「どうした」と声を掛けた。すると再び異変に気付いた。彼女の着ている服に小さな赤い染みが出来ている。返り血かと最初は思ったが、次第にシミが大きく広がり色も黒さを増していく。その光景を見た辰雄が「まさか」と口をついた瞬間、ハユンは膝から崩れ落ち地面に倒れ込んだ。
 手に持っていた銃を無造作に投げ、彼女の体を仰向けにして、染み出るその部分を強く抑えた。だが一向にその血は止まらずにいた。
「おい! 撃たれたのか! しっかりしろ!」
 ハユンの表情は虚ろで、呼吸も段々に早さを増していた。辰雄は必死に声を掛け傷口を押さえた。


処女の秘孔は蜜の味 19



19 戦場での情交

「どうやら、戦闘になりそうだ」
 司令部からテントに戻ってきた佐藤二尉が、辰雄たち三人を見た。
 突然、今朝から中国軍の通信が活発になり、司令部は殺気立った雰囲気だったらしい。
「俺達の運もここまでかもな」
 野崎が大きなため息がついた。ソウルから三八度線に戻ってきて二週間。これといって戦闘らしい戦闘には遭っていなかったが、いよいよやばい目に遭うかもしれない。
「藤島。お前、バイクに乗れるか」
 佐藤二尉が突然聞いてきた。
「乗れますよ。日本にいるとき、一瞬ですけど、族、やってましたから」
 近くにいた野崎が笑った。
「オフロードバイクだぞ」
「乗れますよ」
「では、今から前線近くに小哨へ行ってくれ。どこかで敵を確認したら電話で知らせるんだ」
 一同が息を呑んだ。
「俺達は兵隊じゃないんですけど」
「わかっているが、司令部からの指示だ。敵がこちらの陣地を迂回して三八度線を越えたという情報があるんだよ」
 司令部の指示と言われたら逆らうことは出来ない。アメリカ軍司令部は日本政府を動かしている上位組織でもある。
「わかりました。藤島辰雄、これより哨戒任務につきます」
 佐藤に敬礼し、テントを出る。
 本当に戦闘になるのか半信半疑だったが、司令部の中庭に入ったとき、周囲のあわただしい様子を見て、これはやばそうだと実感した。
 中庭には作業員服姿の多くの日本人が集まっていた。大型のオフロードバイクに跨り、次々と中庭を出て行く。米軍が下っ端の兵士ではなく日本人ボランティアを使うということは、やはりやばい状況になっているようだ。連中は仲間の兵士の損失を抑えるために、危険な任務には日本人を使う。
 辰雄の番が来た。アメリカ兵は地図とバイクのキーと通信機器を渡すと、黙ってバイクを指差した。
 司令部を出て大路を横切り、北への路を急いだ。都羅山(トラサン)の町は、まったく平穏無事であった。もし戦闘となれば、この街も戦火に晒されることになるのだろうか。
 辰雄は流れ去る景観を時折横目に見ながら、北を目指した。
 十数キロも行けば、周囲の風景はまったく一変する。そこはもはや、荒涼たる自然が広がるのみである。
 辰雄は時折バイクを停め、地平線まで低くうねる半島の山河、丘陵、遠くに望む疎な立ち木の群れ、湧き起こる雲と、わずかに赤みがかって所々紫に見える狭い空を眺めた。日本にいたら、こんな風景は目にすることはできない。大陸に来て戦闘らしい戦闘には遭っていないし、死ぬような目にも遭っていない。海外ボランティアなど、恐れるに足らないと思っていたのだが。
 日本を遠く離れた、異国の荒野。大勢の人で賑わうソウル市街地から、急にこのような原野に出たので、まるで夢でも見ているような気持ちになった。
 再び出発しようとバイクに跨ったとき、遠くにローターの爆音が聞こえた。やがて稜線の尾根を越え、北側から軍用ヘリの黒い影が一機、かなりの低空で辰雄の上を飛びすぎていった。
 国籍マークを消してあったが、間違いなく中国軍のヘリだ。あいつには戦車に大穴を開けるほどの強力な機関砲が積まれている。
 攻撃に先立ち、偵察に来たのだ。
 辰雄は慌てて通信機のスイッチを入れた。

 敵機が飛び交う空を仰ぎながら、米兵達が苦笑いしている。日本政府の弱腰対応を嘲笑っているのだ。
 中国機は易々と自衛隊が防衛している都羅山の上空を飛んでいた。だがこれに対し、自衛隊は中国側を刺激するとして迎撃に常に消極的であった。戦火を交えているというのに、おもてなしの精神もここまでくれば破滅的だ。
 辰雄たちの補給小隊は米軍とともに移動していた。米軍は韓国人女たちを連れてきていた。戦場で性欲処理させるための娼婦達だった。どうやら、かなりの長期ロードになるようだ。命がけで戦う兵士に、せめて戦場で女の体を与えてあげようとは、アメリカ軍というのはずいぶんフランクな組織だ。
 そして、その韓国人女たちの中に、辰雄が馴染みにしている娼婦のハユンも混じっていた。
 隊が休息をとった。二時間歩いては三十分休憩する。平地だとそれほどたいした行軍ではないが、山間部でアップダウンの激しい道を行くので体にはきつい。娼婦達もへとへとになっている。
 娼婦達の集団から外れた木陰で、ハユンが一人で休んでいた。
「大丈夫か?」
 辰雄がハユンに声をかけた。足が痛いというハユンに、足のマッサージをしてやる。
「喉が渇いただろう。水を飲め。水分補給は大事だぞ」
「でも、飲みすぎると水がなくなっちゃう」
「下に下りたら川があるので汲んできてやるよ。お前の水筒にも入れてきてやる」
 ハユンに水筒から水を飲ませた後、ハユンの水筒を受け取り沢に下りた。川の水は冷たく澄んでいた。二人の水筒に水を満たし戻ろうとしたとき、川沿いに人影を見た。米軍の服を着た韓国人の兵が岩場にうずくまり、水を飲んでいる。
 辰雄は近付いて行って、声をかけた。彼は気付かぬ様子である。もっと歩み寄って、彼の肩を揺すってやった。
 彼は白い水しぶきを上げて、川の中へ倒れこんだ。
 腹を撃たれて死んでいたのだ。
 辰雄は周囲を見回しながら拳銃を抜いた。二度、三度、気配を探り、辺りに耳を傾けた。しかし聞こえてくるのは、かすかな鳥のさえずりと、せせらぎの音だけである。
 そのまま河原を這うようにして、夢中であとずさった。
 ここは既に戦場なのだ。
 一時、米軍キャンプは大騒ぎになったが、すぐに落ち着きを取り戻し、兵の死体を埋めるように、米軍の士官が辰雄たちに命じた。
「北の斥候か共産ゲリラか、どちらかの仕業だな」
 佐藤二尉が遺体を埋めながら言った。川の斜面に穴を掘って死体を埋めた。その様子を同行していた娼婦達が顔を青ざめながら見ていた。
 近くに敵がいるかもしれないのに、米兵達は気に留める様子もなく道を歩き始めた。佐藤二尉率いる補給小隊も、周囲に気を配りながら歩を進める。
「戦闘になるでんしょうかね」
 野崎が水筒に栓をしながら、佐藤に訊ねた。彼は、北に霞む山々を見、そして南へ白く続く河流に目を転じた。
「たぶん、激しい戦闘になるだろう。最初から分の無い勝負だ、こいつは」
 黒々と重い巨雲が横たわっている。やがて豪雨が降り注ぎ、雷鳴が天地を揺るがすだろう。
 辰雄は米軍の野営地に戻った。
 テントの前で、兵達が列を作っている。連れて来た娼婦達の姿はなかった。テントの中で、連れて来た韓国女たちが米兵の性欲を満たしているところだった。
 まあ、せいぜい稼いでくれ。
 川のそばまで下りてタバコを吸った。さっき見た韓国兵の姿を思い出した。自分も油断していてはやられてしまう。
 周囲を警戒しながらタバコを吸っていると、草を踏む音が近づいてきた。拳銃を抜いて急いでそばの藪に身を潜めた。
「ハユン」
 川縁で彼女が振り向いた。
「どうしたんだ?」
「川で身体を洗おうと思って。体中舐められたし、アメリカ兵って臭いし」
「キャンプの風呂があるだろう」
「ひとつしかないし、いっぱいだから」
 秋も深まっている上、北緯三八といえば北海道よりも北だ。
「風邪引いちまうぜ」
「大丈夫だよ。家にいるときは、冬でも近くの川で水浴びしていたのよ」
 貧しかったハヨンの家には風呂がなかったらしい。共同浴場の費用を浮かせるために、冷たい川で身体を洗っていたのだ。
 誰も覗かないように見張っててね。そういって微笑むと、ハユンが服を脱いで全裸になった。川の中に入って、全身を洗っている。見ているだけで凍えそうだが、ハユンは平気な顔をしている。
 手早く洗い終えると、裸のまま、辰雄に抱きついてきた。
「体が冷えちゃった。暖めてよ」
 辰雄の作業服を脱がし始める。裸になって二人で抱き合った。ハユンの体が、氷のように冷たかった。
「おい、こんなに冷えて大丈夫か?」
「大丈夫」
 彼女が手を股間に伸ばしてくる。タツオのペニスがあっという間に勃起した。
「溜まってるんでしょ?」
「一週間ほどな」
「サービスしてあげる」
 ハユンが下から辰雄を飲み込んだ。彼女の中は、熱かった。
「そろそろ戻らないとまずいから、すぐに出してね」
 ハユンがいつもと違う動きで、辰雄を攻めた。
「おおお……」
「気持ちいいでしょ?」
 ハユンが腰の動きを早めた。多くの男たちを昇天させてきたハユン自慢のテクニックに、ひとたまりもなかった。
 辰雄は彼女の身体を抱きしめながら、奥深くで弾けた。


処女の秘孔は蜜の味 18



18 あのときの、懐かしい女体

 エリカに連れて行かれたのは、古い作りの洋館の、あまり使われていない部屋だった。
 最後にエリカとセックスしたのは一年近く前だ。ずいぶん昔のことのように感じる。
「やぁ……あ……んっ」
 エリカを壁に押しつけて身体を愛撫する。辰雄の下半身もすでに硬く勃ちあがっていた。
 鼻腔からシャンプーか石けんの微かな香りがする。狭い個室の中、辰雄の指に翻弄されて濡れた水音とエリカの甘い喘ぎ声が響く。
「相変わらずじゃねえか。あそこびしょびしょに濡らしやがって」
「馬鹿にしないで。今の私はお高い女なのよ。日本人の若造が抱ける女じゃないの」
 耐えるような甘い吐息に似た喘ぎ。
 偉そうな口を利いても、彼女の体はしっかり感じている。ビクビクと何度も辰雄の指を締め付けてきた。
「ああぁあ!」
 エリカの片足を持ち上げて一気に貫く。擦り上げながら突き上げるだけで彼女自身が辰雄をきゅうっと締め付け絡みつく。
「んっあぁ」
「なあ、わかるか? つけてないんだぜ」
「え?」
「ゴム、つけてないんだよ……直に入ってるんだぜ、お前の中に」
「だから何? くだらない、今の私はプロの娼婦よ」
「中で出していいんだな」
「好きにすれば。日本にいるときも、しょっちゅう中に出してたじゃない」
 女から病気をうつされたことは今まで何度もある。だから、知らない女とは生ではやらない。
 今のエリカは多くの男を相手にしている娼婦だが、故郷の街の女子高生より安心できる。
「気持ちいいぞ、エリカの中……あったかくて、うねってる。おまえもいいんだろ? こんなに濡らして……」
「いいはずないわ……」
 感じてないはずがない。ダメと言いながらも甘い声で辰雄を煽る。辰雄も堪えきれないほどの快感が腰から上がってきて、声が掠れる。
 エリカを抱くのはこれで最後のような気がする。だが、ずっと、彼女を抱いていたい。
 破裂寸前の己の猛りを彼女の濡れた秘部にゆっくりと出し入れする。エリカが以前と変わらない声を上げて、立て続けに果てた。辰雄もいつ出てもおかしくないほど張りつめていた。
「駄目だ、もう、出そうだ……」
「判ってるわ。我慢しなくていいから……」
「好きだと言えよ……オレのモノが」
「だ……だれが、好きなもんか……」
 激しく腰を突き上げた後、エリカの奥深くで大量の精液を吐き出した。
 彼女の中に全て吐き出してしまった。
 二人の荒い息が、部屋に響いている。
「ベッドで休みましょう」
「今抜いちまったらこぼれて床をよごしちまうぜ」
「かまわないわよ、汚しても」
 目の前で潤んだ瞳で見つめてくるエリカが愛しくて、下半身を精液まみれの彼女に擦りつけながら唇を重ねた。
「少し休んだら、続きをやるわよ……」
「え?」
「いつも二回はしていたじゃない。それに、急がないと点呼の時間になるよ」
「そうだな」
 ぐったりとしたままのエリカを腕の中に閉じこめて、不思議な安堵感を覚えていた。

 最後のセックスを終えた後、素っ裸のままお互いベッドの上で黙って煙草をふかした。エアコンの風がほてった身体に気持ち良い。
 辰雄は三度、エリカの中で果てた。
 エリカも大胆に大きく股を開いて辰雄を受け入れ、激しく腰をくねらせて何度も果てた。
 辰雄の中で何かが弾けた。いや、切れたと言ったほうが正しいだろう。
 エリカを抱いているとき、プチンって音がしたかと思うと、心の中で何かが転げ落ちるのを感じた。
「帰ろうぜ。俺と一緒に日本に」
 エリカが黙って辰雄を見た
「お前がいないと、寂しいんだよ」
 彼女が、ふっと笑った。無駄なのはわかっていた。しかし、いわないと後悔しそうな気がした。
「ありがとう。嬉しいわ。あんたがこんなところにまで会いに来てくれて、頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃった」
 吸殻を灰皿の中で押しつぶした。
「あんたは私の事すごい分かっててくれてた。でも私は、全然あんたの事を見てなかったのかなって、ソウルにきてすごく思った」
「どうしてもアメリカにいくのか?」
「私はね、お金持ちになるのが夢だったの。さもしいと思うかもしれないけど、お金があれば大概のことは自由になるわ」
 黙って頷いた。エリカを責めることは出来ない。貧乏のつらさは辰雄もよく知っている。
「正直言って、あんたを置いて韓国に来ることに迷いはあったよ。体だけの付き合いのつもりだったんだけどね」
「そうか。もう何も言わねえよ。頑張りな」
「あんたと別れるのはすごく寂しいけど、これからもあんたのことは忘れないわ」
「忘れたっていいんだよ。頑張って金持ちになれ。俺はそんなお前を責めねえよ」
「ゴメンネ」
 エリカが堪え切れず、辰雄の胸で泣き出した。
 エリカはきっと夢をかなえるだろう。アメリカにわたり、金持ちの男を捕まえて結婚して、可愛いハーフの子供を生むだろう。
 そして、やがて辰雄のことを忘れるだろう。


処女の秘孔は蜜の味 17



17 夜の街での再会

 今が戦争中だということなど忘れてしまいそうになるくらい、平和で狂乱の毎日だった。
 街ではウォンのほか、円も使える。むしろ円のほうが価値があって喜ばれた。日本から持ってきた円で遊びまくった。もしかしたら、明日死ぬかもしれないのだ。
 人通りの多い大通り。
 休日の午後八時。通りは酔客と金持ち男目当ての女たちで賑わっている。
 高級娼館の並ぶ通りに立つ。
 米軍将校が連れ立って歩いているのは、日本人の娼婦だ。兵隊達に安い金で抱かれる韓国人女達は、この界隈を歩くことすら出来ない。そして、一兵卒もまた同じだ。この通りを歩いているのは米軍や他の国連軍の将校か、経済的に余裕のある日本の商人だけだ。
 ここは男の花園。男たちが期待に胸を膨らませ、ひと時の恋に勤しむ場所。咲かぬ花に夢を見て、刹那に散り行くその時まで、残された時間で人生を色取る、花園なのだ。
 そんな男の花園で 「ショーウィンドウの女」を務める娼婦が、道行く男たちに際どいポーズを見せ、色目を使い、待ちの時間を飽きさせないようにしている。
 客のほとんどを占める米軍将校が、好みの女を物色している。
 辰雄は、ギュッと拳を握る。
 エリカはこの娼街にいる。彼女が綾香に送った手紙に写真が同封されており、その風景から綾香がこの場所を割り出した。
 エリカは今頃米軍将校の愛人なっているだろう。そのために海外ボランティアに応募し、朝鮮半島に渡ったのだ。豊かで自由な生活を手に入れるために。
 彼女に会ったところで、なんと言えばいいのか、辰雄にはわからなかった。
 ショーウィンドウの女たちを眺めながら通りを歩く。軍属の作業員服姿の男が闊歩していい場所ではないが、気にしない。
 案の定、白人の男が絡んできた。将校ではなく下っ端の兵だ。辰雄を手で追い払おうとしている。
 辰雄が地面に唾を吐いて挑発した。白人男の目つきが変わった。歯を剝き出して迫ってくる。
 両足を開き、体の力を抜く。白人が胸倉を掴んで拳を振り上げたとき、懐に飛び込むように頭を突き出した。
 白人が顔を押さえて地面に倒れた。頭突きで鼻を潰した。ガタイはでかいが、さほど喧嘩慣れしていない。
 顔を真っ赤にして男が立ち上がった。軍服を脱ぎ捨てる。上半身、下品な刺青だらけだ。
 周囲にあっという間に人だかりができた。ぐずぐずしているとすぐにミリタリーポリスが飛んでくる。
 男が突進してきた。怒りに任せて大きく振り上げた拳を振り回すが、大振り過ぎて容易く見切ることが出来る。
 軽やかなステップで懐に飛び込み、ジャブを繰り出す。砕いた鼻にヒットした。体格差で勝る男が組み付いてきた。
 日本男児を舐めるんじゃねえ。
 辰雄の髪をつかんだ手を取り、男の親指を強く押し込見ながら手首を捻る。男の体が面白いように地面を転がった。あっけにとられている男の顎を蹴り上げる。
 周囲で拍手が起こった。仲間の米兵達も声を上げて笑っている。
「あんた、ここでなにやってんの」
 懐かしい声。振り返ると、エリカが立っていた。

 店内はカウンターメインのほど良い広さで、シックな木調で統一されている。壁のところどころにはアメリカ各地の風景が収められたモノクローム写真がパネル張りされて、一つ一つ丁寧に間接照明でライトアップされていた。
 客のカウンターの一番奥で若い女性がひとり、訳ありげに飲んでいる。カウンターの中で、バーテンがせっせと手を動かしている。
 二人、カウンターに並んで座った。
「いつきたの?」
 バーテンが注文を聞く前に、エリカの前に名前も知らないカクテルを置いた。この店の常連になっているらしい。辰雄はバーテンにバーボンのロックを注文した。
「半年前だ」
「昨日のニュース見た?」
「いや、見てない」
「国連軍が三八度線を越えて旧北朝鮮側に侵入したわ」
「そりゃ、知らなかった」
「あんまり関心なさそうね」
 エリカはアゴに手をあててため息をついた。
「戦争は来年には終わるわ」
「よかったな。日本に帰れるじゃねえか」
「あんたがね」
「お前は?」
「私、もうすぐアメリカに行くの」
 辰雄はエリカを見た。
「私、アメリカ軍の准将の愛人なの」
「ジュンショウって偉いのか?」
「そうね。日本の総理大臣に彼が直接電話をしたら、あんたひとりくらいなら日本に返すことが出来るくらいはね」
「そりゃ、すごい」
「信じてないのね」
「信じてるさ。米軍の偉いさんには日本の総理大臣もかなわないってのは、みんな知ってる」
「彼に頼んであげるわ」
「別にいいさ」
「日本に帰りたくないの?」
 今帰っても、治安会に追い掛け回されるだけだ。だが、戦争が終われば治安会は解散する。
「案外気に入ってるんだよ、廃墟になったソウルの街が」
「やっぱり馬鹿なのね、あんた。死ぬかもしれないのよ。ボランティアといっても、米軍の命令ひとつで戦場に送られるんだから」
 エリカがカクテルのグラスを一気に空けた。バーテンが戻ってきて、グラスを下げた。
「お金も溜まったわ。ここに来てほぼ一年。一億ってわけにはいかないけど、日本に戻れば広い庭付きの家が買えるくらいにはね」
「夢がかなってよかったな」
「あとはアメリカに行って自由を手に入れるだけ。日本にいたらいつまた政府の愚策の犠牲にされるかわかったもんじゃないから」
「ずいぶん難しいことを言うようになったな」
「ここに来てね、私も色々学んだわ。学校の三年間の授業で習うことよりも何倍も有益なことをね」
 エリカは、自分の夢に向かって着実に歩んでいる。
「なあ、エリカ。やろうぜ、久しぶりに」


処女の秘孔は蜜の味 16



16 娼婦ハユン 十七歳

 雑然とした目抜き通りを歩く。空襲で焼きだされた韓国人の路上生活者が、めぐんでくれと哀れな目を向けてくる。
 十年前に中国共産党の支配下におかれた韓国国民たちは自由と平等を奪われ、家畜のような生活を強いられていた。かつて日本ボイコットを叫んでいた反日国民達がこぞって日本に脱出しようとしたが、中国軍が空路と海路を遮断したため、国外脱出もかなわず、苦難と屈辱の日々を送らざるを得なくなった。韓国を解放しろとの国連決議を無視した中国に対し、国連は朝鮮半島に軍を上陸させた。韓国全土は焦土化し、国を奪われた韓国人たちは、廃墟の街でかつての敵国民であった日本人に施しを求めている。
 戦争が始まり、ソウルの街も六十パーセントが瓦礫になった。一年前までは回収しきれずに放置された遺体がそこらじゅうに転がっていて、腐臭を放っていたらしいが、今はそのときの面影は見当たらない。
 目抜き通りから一本隔てた路地に入ると、雰囲気ががらりと変わる。アメリカ兵や他の国連軍兵士、徴用された日本人たちに、妖しげな女達が声をかけてくる。
「お兄さん、あたしの若い身体、抱きたくない?」
 媚を含んだ顔を向けて、日本語で声をかけてくる。
「お小遣い、弾んでくれれば、サービスするよ。チンチン、がんばって、しゃぶってあげる。気持ちよくいかせてあげる。私、うまいんだから。私の身体、好きなだけ弄べるわ」
 まとわりついてくる女たちを振り切り先を行くと、日本語で割烹と書かれた店の前に女達が並んでいる区域に出る。並んでいる女たちは韓国人娼婦だ。
「にいちゃん、いい子がいるよ。見ていって」
 韓国訛りの酷い日本語で、老女が手まねきしてくる。
 娼館「紫園」の店先に、好みの女がいた。玄関に腰を下ろした娼婦が辰雄を手招きする。
「いらっしゃい」
 中に入ってきた辰雄に、女が愛想のよさそうな顔をして腕を組んできた。十七歳になったばかりの、ハユンという韓国人の娼婦だ。
 店の玄関に入ると、ハユンがにっこりと笑って立ち上がり、腕を組んできた。
 階段を上がり、部屋に入る。
「久しぶり」
 ハユンが辰雄に抱きついてキスをした。久しぶりの女の匂いに、股間はあっという間に硬くなった。
 多めに渡してやると、ハユンが目を丸くした。
「多いよ」
「チップだよ。おまえに会うのも久しぶりだからな」
「わぁ! ありがとう」といってハユンが大喜びで抱きついてきた。チップの分は店にピンハネされずに全部自分のものになる。
「タツオ、大好き。うんとサービスするね」
 ハユンのシャツの胸元は乱れていた。そのままもつれ合うようにベッドに寝転がる。
 下着を剥がして、白い胸をむき出しにする。メロンの実のようにたわわに実った大きな胸が、フルフルと震えている。
 その豊かな膨らみを、辰雄の骨ばった大きな手がそっと包む。
「きゃっ」
 ハユンが身をすくめた。そのままゆっくりと揉みしだく。
「やだ……」
 辰雄はハユンの胸にしゃぶりついた。生温かい舌が胸に触れる。
「あっ、だ、だめっ」
 ハユンが喘ぎ声を漏らした。
 敏感な部分を舌で舐め回し、唇で吸う。胸の頂が、ぷっくりと立ち上がる。
「きゃ、やっ」
 ハユンに覆いかぶさる。ハユンが辰雄の怒張を掴んで膣内に導いた。そこは既に溢れんばかりに潤んでいた。
「ハユン、つけてないぞ」
「大丈夫。病気はないよ。ワクチン打ってるし」
「そうじゃなくって……」店からはうるさいくらいコンドームをつけるように言われている。
「嫌じゃないよ。辰雄は嫌……?」
「嫌なわけ、ないだろ」
 ハユンも辰雄相手だと商売抜きになる。
 一気に奥まで入れる。
「ああああっ!」
 ハユンはあえぎ声をあげた後、辰雄の背中に爪を立てた。
 女の息遣いに合わせてゆっくりと腰を振る。脚を抱えるようにして突いていたが、脚を大きく開けさせて奥まで突き入れると、ハユンは一層大きな声を出した。
 辰雄は腰を少し引いて奥まで突く動作を繰り返した。その間、白くて大きな胸を揉みしだく。
 ハユンの膣の上側をこすっていると、「もっと、は、激しく」と求めてきた。ベットの上で喘ぎながら、ハユンは辰雄の両腕を掴み乱れている。口を結びシーツを握りしめていた。女に覆い被さる辰雄の体が、規則的に動く。
 辰雄の下で、ハユンが立て続けに果てた。辰雄にも限界がきた。
「もう、出そうだ……」
「ぅん……いいよ……い、いっぱい出して、いいよ」
 辰雄はハユンを抱きしめながら、膣内で果てた。
「よかったよ」
 辰雄はハユンに軽くキスをすると、ペニスを抜いた。ハユンが慌ててティッシュで押さえた。自分でも信じられないくらいの量が出ていた。
 ハユンは手早く処理をし、掛け布団にくるまっている辰雄の横に寝転んだ。
「お前、あんまり声出さないな」
「隣の部屋に聞こえちゃうから」
「ちゃんと気持ちよくなったか?」
「気持ちよかったよ」
 戦争が始まり、国連軍の爆撃と砲撃でさんざん街が焼き尽くされ、ハユンは身内も友人も全員失ってしまったらしく、最後の希望できたのがこの街だったらしい。街の焼け跡をぶらついているとき、店の経営者に声をかけられ、それ以降娼婦を続けている。
「タツオ、今度はいつ戻るの?」
「来月までソウルにいるよ。毎週通ってやるから」
 ハユンは黙って頷くと、辰雄の身体を抱きしめた。少し様子がおかしい。
「何かあったのか?」
「アメリカ軍から店に連絡が来たの。従軍しろって」
 従軍とは従軍慰安婦のことだ。前線に戦いに出るアメリカ兵の性処理のために軍に同行するよう、時折娼婦に命令が出る。
「いつから?」
「まだわかんない。タツオと一緒に行くかもしれない」
「俺は戦場には出ないよ」
「でも、ボランティアの日本人も行くらしいってママが言ってたよ」
「マジかよ」
 ボランティアは軍属として主に後方支援の任務を与えられるが、前線に出て戦わされることもある。
「従軍は嫌なのか?」
「ソウルのアメリカ人は優しいけど、戦場では乱暴になるよ。でも、お金、いっぱい稼げるから」
「そうだったな」
「日本人は優しい。タツオも優しい。日本にいきないなぁ」
 ハユンが辰雄にしがみついてきた。
 たしかに。今の日本は糞みたいな国だが、ここよりはずっとましだ。
 ハユンが辰雄のペニスを弄び始めた。
「二回目、しようよ」
「まだ無理だよ。さっき出したばかりだから」
「大丈夫。タツオはすぐに元気になるから」
 ハユンは辰雄の股間に顔を近づけ、ペニスを口に含んだ。彼女の巧みで柔らかい舌使いに、ペニスはあっという間に力を取り戻した。
「ハユンはうまいなぁ」
 彼女ははにかんだ様に微笑むと、辰雄の股間に跨った。


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