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愚かな毒鼠どもの眠れない夜 12


12 けじめ

 デビルスカルの入口ドアに、「CLOSED」の表札が下がっている。ドアに近寄り、息を止めて耳を澄ませる。
 裏口の換気扇が回る音が微かに聞こえる。店内にまだ人が残っているのかもしれない。
 遠くの方から電車の走る音が聞こえてくる。近くの道路を疾走するエンジン音。今夜はいつもよりやけに静かに感じる。
 タクシーやレンタカーだと後々証拠を残すので、歩いてここまでやって来た。実際の距離以上に体力を使った気がして、不安が増す。
 棟方たちは、監禁してリンチした若い男を、楽しそうに金属バットで殴り殺した。不良仲間たちと絵美を犯した教師の田辺をボコボコにした時より軽いノリで。死体はユンボで穴を掘って埋めたらしい。
 道々、逃げ出すことも考えた。東京にでもいけば人も多いし、うまく紛れ込めば棟方も簡単には見つけられない。知り合いもいるし人脈もある。渋谷にはクラブとかも多い。そういうところで働くのもいいだろう。
 もし逃げて巧く身を隠せたとしても、必ず見つけて捕まえるからな。そしたら問答無用で拷問して、まだ生きてるうちに土に埋めてやるよ。棟方は実際にそう言った。ヤクザの情報力をナメんなよ、と。
 今にも見つかるかもしれない。明日こそ捕まってしまうかもしれない。そんな恐怖を抱えたまま生きていくなんてごめんだ。
 あいつらはヤバイ。健次はそんな連中の人質になっているのだ。だから逃げない。逃げられない。命じられた通り、殺しをやる。
 茂樹を殺る。それは健次が人質にとられているからでも連中に脅されているからでもない。
 男のケジメだ。茂樹は、やってはいけないことをやったのだ。
 もし茂樹と格闘になったりしたら、勝ち目などない。でかい黒人を半殺しにするのを見たのはいつだったか。あのクソみたいな棟方がかなう相手じゃない。そして、祐輔にも。
 茂樹とやりあう。そんなこと、今まで考えたこともなかった。
 しかし、健次が奴らの人質にとられている。袋叩きにされた健次は、祐輔はあのビルを出るときにはぐったりしていた。早く戻ってやらなければならない。
 恐怖。
 そう、俺は間違いなく怖いのだ。もしかしたら茂樹に殺されるかもしれない。むしろ、棟方より副島や新井たちより恐ろしい。
 デビルスカルの「CLOSED」の表札を見つめる。
 裏口の換気扇が回る微かな音。
 夜の重み。
 怯えて何が悪い。
 ビビりながらも気付かれないようにこっそり忍び寄って、油断しているところに飛びかかって一気に喰い殺す狩りもある。
 成功させるには、具体的にはどうしたらいい?
 頭を使うんだ。
 茂樹には、襲撃役からの現金回収に失敗したことを相談しに行くと、連絡してある。健次が人質に取られているので、ヤクザに捕まったことは黙っている。しかし、会社に内緒で会ってくれるという茂樹が実は嘘ついていて、会社に密告している可能性もある。もしそうなら、祐輔の人生は終わりだ。今だって店内に会社の連中が待ち伏せていてもおかしくはない。
 出たとこ勝負だ。考えても仕方ないことは考えない。
 落ち着こうと深呼吸をする。茂樹が裏切る可能性はないわけではない。だが、そんなことを考えて何になる。
 ノブをそっと握って回し、ドアを引き開ける。
 店内の明かりは落ちている。
 暗闇の中に待ち伏せがいないか探ろうとした途端、祐輔は肩口を突き飛ばされる。
 背中がドアにぶち当たると同時に、何者かに首を掴まれ、引き倒された。
「なんだ、お前かよ」
 茂樹の声。
 会社の連中は来ていないようだ。

愚かな毒鼠どもの眠れない夜 11


「おい」
 棟方が顎で指図すると、新井が売人の男を引き摺ってきた。男は惨めったらしく泣きながら命乞いしている。
 副島がバットを構えた。
 男が悲鳴を上げると同時に、副島がこめかみめがけてフルスイングした。
 白い壁に血しぶきが点々と飛び散る。
「いいスイングだ」と、棟方が誉めた。
「恐縮っす」
 頭を叩き潰された若い男は、それでもまだ息絶えることなく、床に倒れたままぴくっぴくっと肩を痙攣させている。
「お前もやっとけ」 棟方が新井に言った。
「うっす」
 新井は金属バットを受け取ると、頭上に振りかぶり、何のためらいなく若い男の頭に振り下ろした。
 ゆで卵を硬い床に叩きつけたような音。
 若い男は痙攣は止め、喉から奇妙な息の音を漏らした。膝をストレッチするように伸ばすと、そのまま動かなくなった。
「ズボン、汚れちまった」と新井。
「きったねえなあ、お前」と、副島が茶化すように言う。
「夜が明けるまでに埋めとけよ」
「ういーっす」
 棟方が、祐輔と健次の顔を相互に覗きこむ。
「頼まれたこと、やる気になったか?」
 背筋がぞっとする。こいつらは本当にヤバイ連中だ。
「んだと、コラぁ」
 健次が棟方を睨んだ。
「それくらいのことで俺らがびびるとでも思ってんのかい? 馬鹿にしてもらっちゃ、困るな」
「ほう、いい度胸している。大概の奴ぁ、今のシーンを見ると小便漏らしちまうのによ」
「あんたが茂樹さんを目の仇にしている理由に思い当たるふしがあるぜ」
 健次がにやりとした。
「先月、ヤシマ組のへタレヤクザを半殺しにしてやったって、茂樹さんが話してたな。そいつ、泣きながら土下座したらしいぜ。自分が大物だと勘違いしたインテリヤクザみたいだったって言ってたけど、あんた、ぴったりじゃねえか」
 健次の頬に棟方の拳が食い込んだ。健次の体がぶっ飛ぶくらい、強烈な一撃だった。
「このボケがぁぁッ!」
 憤怒に顔面を歪めた棟方が、怒鳴りちらしながら健次の顔面を殴り続ける。
「ガキのくせしてやくざ舐めんじゃねえぞぉぉぉッ! ああぁッ?」
 棟方が健次の顔面に唾を吐き捨てた。
「この半グレがぁッ! 俺たちゃヤクザなんだよぉ! おまえらガキと違って喧嘩に負けましたじゃなぁ! 明日からオマンマが食えねえんだよぉッ!」
 髪の毛を引っつかみ、何度も揺さぶりながら健次の耳元で棟方がわめく。
 健次の腹部に棟方の拳がめり込んだ。見ているだけで胃液が逆流する。拳が何度も健次の腹部を打ち抜いた。
 健次が床にゲロをぶちまけた。祐輔は奥歯を食いしめた。じっとりと汗ばむ額、耐えるしかなかった。
 棟方の耳をつんざく怒号、延々といたぶるように叩きつけられる拳。
 健次が動かなくなった。
 棟方が祐輔を見た。
「いいか、三日待ってやる。どんな手使ってでも斉藤のタマとってこい」
「自分でやったらどうなんだ?」
 床で動かなくなっていた健次の、濁音混じりの声が響いた。
「何が落とし前だよ。ケジメつけるとか言って、怖いから俺たちに茂樹さんを殺れって、おまえ、びびりまくりじゃねえか」
 苦痛にうめきながら、健次が床に唾を吐いた。棟方の容赦ない蹴りが、健次の腹に食い込む。
 健次が床にへたり込んだ。それでも棟方は容赦なく健次を蹴り続けた。こんな光景には慣れている祐輔も、背筋がゾクッとする。本職の勢いはハンパない。
「シンジ、バット貸せ」
 棟方が右手を差し出すと、新井がバットを差し出した。
「こいつの頭、叩き潰してやる」
 棟方がバットを振り上げた。
「待て、やめろ」
 祐輔の声に、棟方が動きを止めた。
「茂樹さんを殺ってやるよ」
「祐輔、てめえ……」
 健次が血塗れの顔を祐輔に向けた。

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