幻影と嘘の擬態 2
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カーテンの隙間から、雲一つない青空が見えている。昨夜の厚い雲はどこに行ったのか。
遼は布団から出てテレビをつけた。
ニュースキャスターが事件のニュースを流している。昨夜、駅で高校生が老人を三人刺殺した。働けなくなった年寄りは社会のお荷物だと叫びながら、老人たちを次々刺殺したらしい。犯人の少年は覚せい剤を使用していたとのことだ。
またか。最近では珍しい事件ではない。
全国の薬物事犯は十月になって三千件を超えた。特に少年少女の使用が増えているらしく、薬物使用が原因の殺人事件も頻発している。
タバコを銜え、火をつける。女性キャスターの訳知り顔のコメントに、吐き気を覚える。
次のニュース。密売組織同士の争い。少年二人が襲われて殺された。
煙を天井に振り上げる。襲われたのはクスリ問屋、襲ったのは問屋と取引している売人グループだ。
ゴキブリ同志、殺し合えばいいのよ。梨花の機嫌のよさそうな顔が目に浮かぶ。
昨夜の連中が警察に届けるはずはない。ひとり二五〇万の儲けか。昨夜の仕事は悪くなかった。
室内着のトレーナーを脱いで左腕のテープを剥がす。傷は浅かったが、傷跡は十センチほどある。テープで留めておかないと傷跡が開いてしまう。病院で傷を縫いたいが、こんな傷を見られたら、すぐに警察に連絡されてしまうだろう。
腹も刺されたが、防刃チョッキを着ていたので皮膚にまで刃が通らなかった。だが、腕を切られたのは油断からだ。地面に倒れた男を痛めつけるのに夢中で、後ろから飛びかかってきた男に気づかなかった。
今後の仕事に差し支えなければいいが。
シャワーを浴びる。昨夜飲んだウイスキーがまだ少し残っている。仕事の成功をひとりで祝ったが、酒臭いのはまずい。午前中には消えるだろう。せめて教師に気づかれないように注意しなければ。
テープを貼り替え、制服に着替える。二本目のタバコに火をつける。本数が増えている。制服がタバコ臭くなると、梨花に睨まれてしまう。
外に出た。太陽がまぶしい。晴天は苦手だった。自分の汚い部分が他人にさらけ出されてしまいそうな気がするからだ。
バスに揺られながら街の中を通過していく。他校の生徒が列をなして通学路を歩いている。今の若者の間では、薬物が大ブームになっている。売人があの手この手で販路を広げ、学校内にまで販売網が侵入している。あくまで統計上の話だが、あの列の中の何人かが確実に薬物に手を染めているのだ。クスリはファッションの一部。そう割り切っている奴もいる。
ガキは薬物の本当の怖さを知らない。遼は母親がクスリで壊れていくのを長い間見てきた。刑務所から出てきたとき、何と言ってやろうか。言っても無駄だ。刑務所から出てきたら売人がまた群がってくる。どうせまた数年娑婆にいたら中に入ることになってしまうだろう。無駄だとわかってはいるが、せめて、母親が出所するまでに一人でも多くの売人を消しておいてやる。
バスが停まった。同じ学校に通う生徒たちがバスを降りていく。バスを降りたら、またタバコを吸いたくなってきた。
学校へと延びる緩やかな坂を歩いていく。連れ立って歩く女子生徒たちの華やいだ声が、二日酔いの頭に響く。
「おはよう」
後ろから肩を叩かれた。二日酔いの脳が揺れ、思わず顔をしかめた。振り返る。梨花が怪訝な顔をした。
「朝から機嫌悪そうね」
「二日酔いだ」
「信じられない」
「昨日は飲みたい気分だったんだ。ひとり二五〇万の稼ぎだ。お前はうれしくなかったのか?」
「お金なんて、どうでもいい」
「じゃあ、お前の分け前、俺にくれ」
「いや」
「家が金持ちなんだから、金なんて要らないだろう」
「それとこれとは別、労働の対価よ」
「まあ、物は言いようだ」
「でも、今回のことは私と三島君のミス」
「気にするな。お前たちはよくやってくれている。お前たちがいなければ取引の日時や場所はわからなかったんだから。少なくとも俺にはお前たちの真似はできない」
「かばってくれるの?」
「まあな」
「腕、大丈夫?」
遼が驚いて梨花を見た。
「どうして知ってる?」
「電話で伊達君から聞いた。ナイフで切られて怪我したって。俺のせいだと言って落ち込んでいたわよ」
「口の軽い男だ」
「マークが漏れたのは私たちのせい」
「もういい。大したことはなかったんだ。俺がこうやっていつもどおり登校しているのがその答えだ」
「なんか、今朝は優しい……」
梨花が潤んだ目を向けてくる。
「気のせいだ。仕事がうまくいったから機嫌がいいだけだ」
梨花が遼の尻を蹴り上げた。
「調子に乗んな。優しい顔するとすぐにつけあがるんだから。それに、今朝、タバコ吸ったでしょ? 口が匂うわよ」
「酒とタバコと女は俺の必需品なんだよ」
「最低……」
梨花が早足で遼を追い抜いていった。