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幻影と嘘の擬態 5




 夕闇の気配が漂う中、河原に心地よい風が吹き渡る。
 学校の傍の河原。明るいうちは部活中の生徒がランニングしたり、カップルで散策したりする場所。
 しかし、街灯も少なく、夜になると闇に包まれ人影もまばらになる。
 遼は川の流れる音を聞きながら、河川敷の遊歩道をゆっくりと歩いた。
 看板の辺りに三人の人影が動いている。他の面子はすでにそろっているようだ。
「遅い!」
 梨花の強い視線が、暗闇の中から突き刺さる。こちらを睨みつけているのだろう。
「時間にルーズな男は信用されないわよ」
「たかが五分遅れたくらいで喚くんじゃない。焦らされるほど悦びは大きいっていうぜ。特に女はな」
「最低」
 仲間は四人。リーダーの伊達芳樹、ハッキングのプロの三島悠太、情報収集担当の鈴木梨花、そして暴力担当の阿久津遼。
 伊達がカバンから分厚い封筒を取り出し、仲間たちに渡していく。わざわざ封筒に入れてくるところが律儀な伊達らしい。
 奪った金は一千万。ひとり二五〇万。高校生にとってはこの上もない大金だ。
「これで新しいゲームソフトが買えるぞ」
 三島が封筒の中身を取り出して数えている。
「今まで稼いだお金、もう使っちゃったの?」
「パソコンにスマホにカメラ。一通りそろえるとなくなっちまった」
「呆れた。馬鹿みたい」
「どれも、仕事にも使うものだよ」
「ほとんどお前の趣味に使うものだろ?」
 遼の言葉に梨花が三島に鋭い目を向ける。
「趣味って、何よ。変なエロゲーとかじゃないでしょうね」
「違うよ」
「そんな生易しいもんじゃないさ」
 遼の言葉に梨花の目が鋭くなった。三島が意味ありげににやけている。
「悠太のおかげで昨夜はいい稼ぎになったんだ」とリーダーの伊達がその場を取りまとめる。チェック漏れはあったものの、三島の情報は概ね正確だった。梨花が街の売人の情報を拾ってきて、三島が売人のスマートフォンをハッキングして支配下に置く。あとは売人の情報網に潜り込んで取引の日時、場所、メンバーを割り出していく。三島にとっては造作もない作業だ。
 梨花と三島の集めた街の売人情報は膨大な量になる。三島のハッキングに気づいていない売人は日々取引の情報を送ってくれる。その中からこれはと思う取引に殴り込み、金を強奪する。
 金を奪われた売人はクスリを売った相手の仕業だと思い、両者の間で小競り合いが起っている。今や卸と売人はお互い疑心暗鬼に陥っていて、取引はスムーズに進まなくなってきている。
「次の仕事の話がある」
 金をポケットに押し込み、踵を返そうとしたとき、伊達が声をかけてきた。
「取引の情報が入ったのか?」三島を見ると、彼がにやりと笑った。
「まあ、そうだな。卸の連中は大忙しだ。この街には売人が多いから」
 三島がいつものいやらしそうな笑いを浮かべた。
「あてになるのか? 俺たちのことは連中の間でも噂になっている。罠ってこともあるぜ」
「私もこれから裏取るわ」
 前回のミスを挽回したいのか、梨花の言葉に力がこもっている。
「たしかに、罠の可能性もある。だが、売人もブツを仕入れないことには商売あがったりだ。どこかから仕入れないとな。梨花と悠太の情報次第だが、戦いの手を緩めるわけにはいかない。
 伊達はゆっくりと三人を見回し、確認するように言った。伊達はあえて戦いという言葉を使った。そう、これは遼たち四人の戦いでもあるのだ。
「安易な判断には賛成できないな」
「私たちの集める情報が信用できないっていうの?」
「嫌な予感がする。俺たちのことを知っている奴がいる」
「そんなはずはないよ」三島が口を挟んだ。「売人たちはクスリの卸問屋がブツを売り渡した後、金を奪いにきたと思ってる。両者は手を結んで稼ぐ傍らで争っている。このまま続けりゃ、両者の信用関係は破綻するだろう」
「どこにも騙されるやつはいるが、全員じゃない。中には頭の切れる奴だっている」遼が皆を見回した。
「何か、気になることでもあったのか?」
「いや……」屋上に現れた、見覚えのない女子生徒。同じ匂いがした。偶然だったのか。
「何、弱気になってるのよ」
「そういうわけじゃないが、だいぶ稼いだ。そろそろ潮時なんじゃないのか」
「何言ってるの。私はやめないわ、絶対」梨花の鋭い声があたりに響いた。

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