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幻影と嘘の擬態 9




 昼休み。
 学生食堂はいつもの喧騒に満ちていた。
 遼はトレイを持って、人ごみから抜けるようにして席についた。
 一緒に来たクラスの友人二人はもうすでに食べていた。席について遼はそばをすすった。
 まずい。
 ぼそぼそとした麺、異様に塩辛いつゆ、油かすの様な揚げ玉。
「こりゃ、駄目だな。まずいし値段も安くないし」
 カツ丼をつついていた生徒が細長い顔をしかめた。
「全く。そうだな」
 カレーを食べていたもう一人も同調する。遼も彼らと同意見だったが一応麺を口に運んでいた。
 学生食堂に多くを求めても仕方ない。食堂のまずい飯を食いたくないのなら弁当を持ってくるか、コンビニで弁当を買ってくるしかない。
「なあ、阿久津。うちの学校にもクスリが出回っているらしいぜ」
「ただの噂だよ」
「いや、俺も聞いたことあるぞ」カレーを食べていた友人が口を挟んだ。
「結構やってんのはいるよ。ほら試験前に眠気がとれるとか集中力がつくとかいう話があるじゃん」
 薬物の本当の恐ろしさを、こいつらは知らない。
「実は俺たち、売人の知り合いがいるんだよ」耳元に口を持ってきて、かつ丼を食べている友人が囁いた。
「それ、本当かよ」
「今度分けてもらおうぜ」
「お前ら、たいがいにしておけよ」
「びびるんじゃねえよ。みんなやってんだから」
 遼は素知らぬふりをした。売人が身近にいる場合、興味を持ってしまったものの半数がクスリに手を出してしまう。
 止めても無駄だろう。売人に巡り合ってしまったこいつらが不運だったのだ。
「そういやさ。この学校にも密売組織があるらしいぞ」
「まさか」
「阿久津は何も知らないんだな。俺も聞いたことがあるよ」と別の生徒が言った。
「噂は噂だろ」
「マジな話だって」
「誰がやっているんだ?」
「名前までは知らないよ。だが知っている奴は知っているんじゃないかな。そういうものらしいから」
「クスリなんかに手を出したら、人生おじゃんだぜ」
「おじゃんになるような上等な人生じゃねえし」
「そいつは違いないや」
 笑う二人に取り残された遼はゆっくりとそばを掻き込んだ。口が油っぽい。
 やりたきゃ、やりゃあいい。お前たちの人生だ。母親が薬物をやっているときも、そう思っていた。
 密売グループが街の中高生と接触し、売人に仕立てていることは事実だ。学校内でクスリをばらまけば、友人たちの伝手で一気に販路を広げることができる。この進学校だけが例外であるはずはない。むしろ賢い生徒が多い分、たちが悪いかもしれない。
 後ろから肩を叩かれた。伊達だった。
「ちょっと来いよ。遼」
 食器を片付け、階段を上がって校庭に出る。三島と梨花が待っていた。
「悠太が情報を掴んだ。取引が早まったらしい。今夜実行だ」
「急ぐんだな。連中も情報の漏洩を疑っているんじゃないのか?」
「三島くんのハッキングはばれていないようよ。私も確認したし」
 梨花が挑戦的な目を向けてくる。
「どうだか」
「私たちが信用できないっていうの?」
「手抜かりないよ。すべて順調だ」
 感情的になりつつある梨花をなだめるように、三島が穏やかに言った。三島の自信ありげな態度に伊達も口を挟まなかった。

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