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幻影と嘘の擬態 13


13

 寄り道もせず、まっすぐに部屋に帰った。
 ひとり部屋にいる気にもなれなかったが、外をふらつく気にもなれなかったのだ。
 物心ついたときから、父親は家にはいなかった。母親は遼が高校合格と同時に刑務所に入った。懲役三年。覚せい剤使用の前科があったので、執行猶予はつかなかった。
 万年床の布団に寝ころぶ。
 波多野はこの先どうするつもりなのだろうか。
 バイヤーを続けていればいつか逮捕されてしまう。元ジャンキーが完全にクスリを断つのは難しい。その事実がひたひたと水のように自分に寄せてくる。
 とりとめもないことが浮かんでは消えていく。どこかに逃げたくなる。
 布団から起き上がり、カーテンを開け、窓の外を見た。やや西に傾いた太陽がまだ禍々しく輝いている。
 ドアがノックされた。慌てて玄関を振り返った。
 まさか、密売グループがやってきたのか。
 引き出しからサバイバルナイフをとりだし、服の下に隠すと、ドアに身を寄せ、耳を澄ました。
「私よ。早く開けて」
 梨花か。ドアのロックを下ろす。
「ずいぶん遅かったのね」
 玄関に入って後ろ手にドアを閉めると、彼女が睨みつけてきた。白のスカートにベージュのブラウス。ピンクのカーデガンを羽織っている。気が強いが、梨花は清楚に見える格好を好む。
「もしかして、外で待ってたのか?」
「覗きに来て、いなかったので本屋で時間潰してた」
「電話すりゃ、いいじゃねえか」
「別に大した様じゃないし」
「大した様でもないのに、時間つぶしまでして部屋に押しかけてきたのかよ」
 キッチンが三畳、リビング兼寝室が六畳の間取り。ひとり暮らしにとっては別に狭くもないが、梨花が部屋に来たときは少し狭く感じる。とくに、気がたっている彼女とこの部屋にいると、圧迫感すら覚える。
「何かあったのか?」
 遼の問いかけには応えず、彼女がカーデガンを脱いだ。続いてブラウスに手をかけ、ボタンを外していく。
「お、おい」
 ブラを外し下着から脚を抜くと、裸体を遼に向けた。
「何のつもりだ、いきなり裸になって」
「どう、私の身体。魅力的でしょ。明るいところでじっくりと見せたことないから、見せてあげるわ」
 明かりの下で裸を見られるのを、梨花はいつも嫌がる。だから、彼女を抱くときはいつも部屋を暗くしている。
「胸だって、クラスで一番大きいのよ。腰だってこんなにくびれているし、お尻もたれてない。肌には染み一つないわ。たぶん、学校で一番いいプロポーションだと思う」
「自己賛美の精神に目覚めたのか? たしかにお前はいい女だが」
「本当にそう思ってる?」
「ああ」
「波多野さんより?」
 遼が言葉に詰まった。梨花の目から涙がこぼれた。
「彼女、胸もないし、服脱ぐとあばらが目立つくらい痩せてるし、顔色だって悪いわ。一年ダブってるから私たちより年上だし、たぶん、クスリもやってる」
 涙を拭おうともせず、梨花がまっすぐ遼を見ていた。
「彼女と屋上で何を話してたの?」
「大したことじゃない。屋上に上がったらあいつが一服していたから、一緒にタバコを吸っただけだ」
「この前も、その前も? 私、知ってるのよ。あんたが彼女に会うために屋上に行ってるの」
「俺は毎日校舎の屋上でタバコを吸ってるんだ」
「今まではタバコ吸うため。でも、少し前からは彼女に会うために屋上に行ってたわ」
 梨花は鋭い女だ。こうなると誤魔化しは通用しない。
「あいつはクスリのバイヤーだ」
 梨花が目を見開いた。
「俺の正体も知っている。昨日の取引でジャンキーの売人からクスリを買ったのはあの女だ。お前たちのことを知ってるぞという彼女のメッセージだよ」
 梨花が体をこわばらせている。彼女に近寄り、指で涙を拭ってやる。
「大丈夫だ。あの女は誰にもしゃべらない。確証はないがな」
「これからどうする気?」
「さっきまでそれを考えていた」
 クラスで一番大きいという梨花の乳房に触れた。
「やろうぜ、せっかく裸になったんだ」
 そのまま梨花を布団の上に押し倒した。
 警察に捕まるような奴は、初めからクスリになんか手を出すんじゃない。いつもの遼なら鼻で嗤っているところだ。
 これからどうするか。そんなことは波多野の考えることだ。彼女をどうするかなど、おせっかいを焼く必要などない。
 突然、梨花が大声を上げた。彼女の奥を突きながら、足首を持って脚を持ち上げ、指先を口に含んだ。
「ちょっと、汚いよぉ……」
 梨花が身を捩る。同じリズムで奥を突く。彼女の甘い喘ぎ声が、大きく短くなっていく。
 波多野が逮捕されるのを、黙ってみているつもりなのか。
 いや、そんな甘ったるいことを言っている場合じゃないかもしれない。遼たちのせいで売人グループの間で諍いが続いている。グループ間の諍いを避けるために、彼女が遼のことを他の密売組織に売らないとも限らない。
 梨花が大きな声を上げて果てた。そのまま構わず突き続ける。同じリズムで攻め続けると、すぐに彼女に二度目の波がやってきた。
 警察と密売グループの動きを、三島に探らせる必要がある。
 大声を上げて、梨花が立て続けに果てた。息を切らしながら、潤んだ目でこちらを見ている。
「もうだめ……無理……そろそろ終わって……」
 梨花がギブアップした。遼は彼女の上に覆いかぶさり、ラストスパートをかけた。

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