幻影と嘘の擬態 14
14
あれから一週間たったが、波多野の姿を校舎で見かけることはなかった。
屋上にも彼女は姿を見せず、廊下でも擦れ違うこともなかった。
昼休みに教室を覗いてみたりしたが、見当たらなかった。
「彼女、ずっと休んでるみたい」
梨花も波多野のことを気にしているようだ。E組の女子に聞いてみても、なぜ波多野が学校を欠席しているか知らなかったらしい。もともと一学年上の生徒だった彼女には、クラスに親しい友人はいないらしい。
警察に捕まったのだろうか。それとも売人グループ間の諍いに巻き込まれたのだろうか。
テスト前なので、授業は昼で終りだった。
遼は額の汗を拭った。空からは容赦無く白い太陽が、熱と光を降らしている。熱量を吸収したアスファルトは靴底の下からも熱を伝えてくる。遼は目を細めた。一瞬アスファルトが熱波のために揺らぐ。
陽炎が立ち上り、地面近くの風景が歪んだ。摂氏三十度。十月にはありえない気温だ。
「熱いな」伊達が汗をぬぐった。
「こりゃ、異常気象だよ」三島もうんざりした顔で空を見上げる。
学校の近くのショッピングモールに入った。一階のフードコートの隅の席に、梨花が先に来て座っていた。冷房が効いた店内は快適だった。
「ここは天国だよ」三島が席に座って、汗をぬぐいながら買ってきたコーラを喉に流し込む。
警察が動いているよ。コーラのストロ-から口を離した三島が言った。
「今夜、取引がある。罠じゃないとは言い切れないが、警察も動いているらしい。もうすぐ手入れがあるってのは確かな話だったから。でかい所をパクるつもりで警察は張り切ってるんだ」
「慎重になったほうがいいな」
遼の言葉に梨花が黙って頷く。いつもなら頭に血が昇っているはずの彼女も、今日は冷静だ。波多野の一件があってから、ずいぶんおとなしくなっている。
「情報は当てにできると思うよ」
「私も三島君の言うとおりだと思う」
三人が伊達を見た。
「実行だ」
伊達の言葉に三島も梨花も意外そうな顔をした。遼も驚いた。伊達が中止を決定すると思ったからだ。
「珍しいな。慎重派のお前が」
伊達が遼を見て意味ありげに笑った。
「勝算大いにありだからな。今回は罠じゃない。警察が踏み込む前に金を奪う。警察が連中を押さえようとするどさくさに紛れてその場を離れる」
「そううまくいくかしら?」
「少なくとも、俺たちは警察にマークされていない。やばくなれば金を捨てて逃げる」
「ま、今まで伊達くんの言うことを聞いて、損はしてないからね」
梨花がすぐに同調する。
「あと、オレたちの抜け駆けをした連中なんだけどな。かなり大きなグループのようだ」
三島の言葉に、梨花が遼を見た。
「上手く姿を隠しているからよくはわからないんだけど、警察が狙ってるのはそのグループらしいんだ」
遼は梨花に気づかれないように唾を飲み込んだ。波多野の所属している組織だ。
「今夜やってくる連中がそうなのか?」
遼は慎重に努めて冷静さを装って訪ねた。
「わからない。別の組織かもしれないが、警察に目を付けられているのは確かだよ」
波多野は知っているだろうか。警察の情報を盗むには三島クラスのハッキングの技術が必要だ。
とりあえず今しなければならないのは波多野に伝えることのはずだった。
遼は彼女の電話番号もメールアドレスをも知らない。だが、たとえ知らせたとしてもどうにかなるのだろうか。そんな考えが頭をよぎった。