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魔女の棲む街 1




 暗闇の中から、男の呻き声が聞こえてきた。目を覚ましたらしい。地面に横たわった状態でこちらを見ている。猿轡を噛まされているので声をあげることはできないが、おそらく、ここはどこだ、お前は誰だといっているのだろう。
「すぐに終わるから、そのままの状態でもう少し待っていてよ」
 手早く二台のカメラをセットした。明かりをつけるわけにはいかないので赤外線モードで撮影することになるが、そのほうがいい絵が取れる。明かりの下であの手の映像を取ると、どうもまやかしのように見えてしまう。
 カメラのセットを終え、男の顔を覗き込んだ。薄闇の中で、屠殺される前のウサギのような哀れな目を向けている。あの時の人を小馬鹿にするような目つきのほうが良かったのだが、この状況では無理もない。
 どうせこの街の住人なのだ。そうあたりをつけて一週間ほど夜の街を徘徊した。あいつだ、間違いない。ようやく男を見つけた時は、その場で小躍りしそうになった。高鳴る胸を押さえつけて男のあとをつけ、その日のうちに男のアパートを特定した。週末に部屋を見張っていると、思った通りあの時の女を部屋に連れてきた。三時間後、男の部屋から出てきた女の後をつけた。髪を金色に脱色した、頭の悪そうな女だった。女は近くの駅から電車に乗り、自宅に帰った。タクシーを使われなくてよかったと思った。
 そして今夜、街で再び男を待った。男の行動は把握していた。チャンスを狙っていると、男が人目のつかないビルの谷間に入っていった。足音を忍ばせて男のあとに続いた。薄闇の中で、派手なアロハシャツを着た男の背中が、スッと伸びていた。横に広げた脚の間の地面が、耳障りな音を立てていた。
 周囲に人影はない。あんな男でも、立小便のときは人目を避けようとするのだ。
 放尿を終えた男がペニスをズボンに収めて振り向いた。男と目があったのは一瞬だった。男の目の焦点が合う前に、改造して電圧を上げたスタンガンの電極を素早く首筋に押し当てた。
「僕のこと、覚えてる?」
 怯える男の顔を覗き込んでいった。どうやら覚えていないようだ。しかし、あの時のことを覚えているかどうかなんて関係ない。この男は悪い人間だ。その事実さえわかっていればいい。悪い人間なら何人でも殺してもかまわないと、あの方も言っていたのだ。
 カメラのアングルを調整すると、デイバッグからレインコートを取り出して頭からかぶる。バッグの底をかき回し、沈んでいたペンチを手に取った。
「さあ、宴の始まりです」
 男をうつぶせにすると、後ろ手に縛った手首をつかみ、男の人差し指をペンチで切り落とす。男のくぐもった声が響く。しかし、ここには誰も来ない。
「痛い?」男の髪を掴んで額を持ち上げる。男が必死で頷く。
「じゃあ、続けるね」
 ペンチで男の指を次々と切り落としていく。男が狂ったように縛った足をばたつかせる。親指と小指以外の六本の指を切り落とすと、男を仰向けにした。
「助けてほしい?」
 男が涙を流しながら、必死で頷いている。
「だめ」
 メスで男のシャツの前を切り裂いた。男の身体が痙攣した。切り裂いたシャツを両側に広げる。男の胸が露わになる。メスを男の喉の下あたりに押し当て、皮膚を縦に切り裂くと、男のくぐもった声が暗いビルの谷間に響いた。
 メスをもう一度喉元につきたて、今度はもっと深く切り裂いた。激痛で男が身体を捩ろうとしたが、しっかりロープで身体を縛っているので動けない。切り裂いた男の皮膚から血があふれ出し、シャツを赤く汚している。傷口に両手の指を差し込んでひっかけ、左右に広げる。男が絶叫して暴れる。白い肋骨が露わになった。まだ心臓が規則正しく鼓動している。
 大型のペンチで肋骨を掴むと、男が暴れるのも構わず力を入れてねじ切る。左右の肋骨を3本ねじ切ると、カバンからレンガを取り出して胸骨にたたきつけた。男の身体が硬直し、動かなくなった。あれほど激しく動いていた心臓も沈黙した。ブロックを数度たたきつけて胸骨を砕き、ペンチで破片を取り除くと、止まったばかりの心臓が露わになった。男はすでに絶命していた。
 メスで身体につながっている血管を切断し、心臓をつかみ出す。胸が高鳴る。これでまた一歩、あの人に、神に近寄ることができたのだ。
 心臓を逆さにし、両手で絞るようにして、中に残っている血液を太い血管からできるだけ絞り出すと、コンビニのレジ袋に放り込んだ。血まみれになったレインコートを脱ぎ捨て、ゴム手袋も外して一緒に丸め、大型のゴミ袋に入れた。
 早く持って帰って中の血液を洗い出し、ホルマリンを入れた瓶に保存しなくては。デイバッグに今夜の生贄を大切に納め、腰を上げる。地面に仰向けになった男が、魂の抜けた目でこちらを見ていた。この世にいて何の役にも立っていなかったこの男が神の生贄になれたのだ。今頃きっと幸せに思っているに違いない。
 血の付いたレインコートとゴム手袋を入れたゴミ袋を公園のゴミ箱に乗り込み、はやる気持ちを押さえながら家に戻った。玄関に入る前に直接庭に回り、水道の蛇口を開く。レジ袋から男の心臓を取り出すと、血管から水を入れて中をゆすぎ、残っていた血を絞り出した。
 納屋の棚にいてあった空のガラス瓶を掴み撮って床に置き、ふたを開けると、心臓を中に収めた。最後に一斗缶の栓を抜き、ホルマリンを注いで蓋をする。
「できた」
 ようやく肩の力が抜けた。納屋にもう何年も置かれている埃だらけの段ボール箱を移動し、床板を外した。中に六個のガラス瓶が置かれている。一本一本とりだして眺めていると、うっとりした気持ちになってくる。母親に見つかると大変なので、ガラス瓶を元に戻し、新しい七本目の瓶を秘密の隠し場所に納めると、床板をはめ込み、段ボール箱を元の位置に戻した。
 赤い髪のカツラを取って玄関に回り、何食わぬ顔でドアを開ける。家に上がって部屋を覗き込んだが、母親も父親もまだ仕事から戻っていない。
 離れにある自分の部屋に入る。うずたかく積まれたDVD。ビデオデッキが唸っていて、部屋の温度が高い。エアコンをつけると、やりかけていたDVDの編集の続きを行う。
 女が男に犯されている。
 つまらない映像だ。
 でも、いつか本当の魔女を殺す映像を撮ってやる。
 やりかけの編集を手早く終えると、今夜撮影した映像を画面に映し出した。
 よく撮れている。今夜も悪い男を切り刻んで神の生贄にしてやった。
 これで、あの人にまた一歩近づけたのだ。


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