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幻影と嘘の擬態 18


18

 見晴らしのいい駐車場に、車が一台停まっている。全部で三人。車の中にもいるかもしれない。
 午後十時。雨がいくらかひどくなっている。
「最後のヤマにしたい」
 そういった時、「お前がそう思ってるなら、それでもいい」と伊達が答えた。梨花には黙っておくほうがいいだろう。波多野と二人で街を出たと知った時の彼女の気持ちを思うと、胸が重くなった。
「まだか?」
 スマホの向こうにいる三島に聞いた。
「今そっちに向かっている。人数はわからない。そっちは?」
「少なくとも三人以上」
「ちょっと、それ、無理じゃない。引き返してきなさいよ」
 梨花が口を出してきた。
 周囲の地理は頭に入っている。車で移動した連中を停めるための道具もそろえてある。あとは待つだけだ。
 腰に差したナイフに手をやった。模造拳銃は上着のポケットに入れてある。殺傷能力はないが、派手に火花を散らし大きな音が鳴る。暗闇でいきなりぶっ放されたら腰が引けるだろう。
「来るぞ」
 三島の声が聞こえてきた。向こうの出入り口から車が一台入ってきた。
「金を持った連中がこの出入り口を通らなかったら、作戦は失敗だな」
「そのときは次があるさ」
 いや、次はもうない。今日の真夜中、遼は波多野と一緒にこの街を出ている。
 駐車場の中央で人が集まっている。話し声は聞こえてこない。全部で六人。どれも若い男だ。覚醒剤の取引を終え、入ってきた出入り口から車が出て行った。
 残っていた男たちが、黒塗りのベンツに乗り込んだ。
「来るぞ」
 一度、深く息を吸った。そして腰を屈めた。
 車がこちらに向かってくる。目の前のゲートから駐車場を出るのだ。
 呼吸を数えた。
 車がゲートを通過したとき、派手な破裂音が響いた。鋲の付いた車止めが、タイヤに絡まっているのが見えた。
 車から男たちが降りてきた。
 伊達が先に飛び出した。気配に気づいた男たちが振り返った。目の前にいた男を膝で弾き飛ばし、ベンツの後部座席に飛び込んだ。
 男の悲鳴が車内から聞こえてきた。伊達がスタンガンを運転席の男に押し当てたのだ。
 ずんぐりした男が、車内に飛び込んだ伊達を掴みだそうとした。
 遼が足音を忍ばせて近づいていく。
 カバンを離せと、男が叫んだ。伊達が金の入った鞄を抱えている。
 遼が突っ込んだ。振り向いた男の股間を蹴あげる。男が丸太のように地面を転がった。
 ずんぐり男が立っている。運転席から首を押さえながら男が転がり出た。
「逃げろ!」遼が叫ぶ。伊達が反対側のドアから外に出た。
 ずんぐり男がナイフを抜いた。刃を上にむけ、腰だめにして突進してきた。刃物の使い方に慣れている。
 遼もナイフを抜いた。咄嗟に地面を転がり、横に薙いだ。切先が堅いものを掠めた。ずんぐりした男が、両手で右脚を抱えて地面を転がった。
 跳ね起きた。車に背を向け走り出す。二人の男が大声でわめきながら後を追ってくる。
 走った。力のかぎり走った。追ってくる気配があった。背後で地面を蹴る音がした。横に飛ぶのが一瞬遅れた。左の二の腕に痛みが走る。
 背中になにかぶつかってきた。もうひとりいた。腰を沈めて上体ごとナイフを持った腕を振った。
 刃先が男の頬から鼻を掠めた。男が叫ぶ。
 突き出されてくる白い刃が見えた。前へ出た。刃と刃が交錯した。甲の肉を浅く切られた。
 男がまたナイフを突き出してきた。躱しながら、男の右手首を左手で掴んだ。踏みこみ、膝で股間を蹴りあげる。前屈みになったところを、男の左肩をナイフで抉った。
 ナイフを握ったまま、走った。ふたりがまだ追ってくる。路地は曲がりくねっていた。曲がり角の、死角になるところで足を止めた。
 上着のポケットを探る。足音が近づいてきた。左手で模造拳銃を握り、飛び出した。
 空にむけて一発ぶっ放した。派手な音が周囲に響き、二人が地面に這いつくばった。
 走った。別の路地に入った。そこで転んだ。慌てて起き上がり、後ろに眼をくれた。
 連中の姿はなかった。
 それからまた走った。
 近くの公園に入り、タバコに火をつけた。
 辺りは静まり返っていた。肺に入ってくる煙の刺激だけを感じていた。タバコはすぐに短くなった。地面に吐き捨て、靴底で踏み潰した。
 遼を呼ぶ声に我に返り、周囲を見回した。イヤフォンから聞こえたのは、梨花の叫び声だった。
「どこにいるの!」
 梨花が叫んだ。
「わからん。芳樹は?」
「バイクで逃げてるって」
「金は?」
「伊達君が持ってる」
 うまくいったか。
「どこにいるの? スマホのGPSで場所を確認して。伊達君に迎えに行ってもらうから」
「その必要はない。自力で逃げられる。通信終わり」
 梨花が何かを言う前に電話を切った。
 腕の傷を確認するが、もう塞がっていた。右手の甲の傷も大したことはない。
 腕時計を見た。午後十一時。
 波多野と待ち合わせた時間まで、あと一時間だった。

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