魔女の棲む街 2
魔女の棲む街 2
はぁはぁと、荒い息を吐き、男がのしかかって来る。息が湿っていて生臭い。接している肌も汗で湿っていて、中年男性独特のベットリとした感じがする。妊婦みたいに張り出した腹にのしかかられ、重くて苦しくてたまらない。
はぁ、はぁっ、と肩で呼吸をしながら、男が春姫の頬や乳房を撫でる。
「すごく、よかったよ」
「私も……気持ち良かった……」
春姫は男の身体を抱えるように手を回した。飽食の限りを尽くした結果、腰のまわりにたっぷり肉がついている。よほどいいものを食っているのだろう。
「可愛いね、春姫は」
男が春姫の大きく張り出した乳房に手を伸ばし、無遠慮に揉みはじめる。
ようやく男が身体を離した。すっかり萎れた男の塊が、体内からずるり、と出て行く。股間から漏れ出た精液が太腿を流れ落ちた。気持ち悪い。
「わたしのこと、どうだった?」ベッドに横になった男を抱きしめる。
「最高だったよ」
「じゃあ、シャワー、浴びてくるから、その間に返事を考えておいてね」
「返事?」
「知ってるくせに、意地悪なんだ」
そう言って、男の頬にキスをする。ここは押しどころだ。
「ははは、わかった、わかった」
床をベッドに残し、春姫はベッドを出た。プリッとしている自慢の尻をわざと男に見せつけながら、バスルームに向かう。
やれるだけのことはやった。あとは結果を待つのみ。あの男はどう返事するだろう。美味くゲットできれば、この先小遣いに困ることはないのだ。
シャワーを捻り、湯の温度を高めにセットする。きめ細かい肌の上を、水滴がライトの光で煌めきながら流れ落ちていく。春姫はボディーソープを身体に擦り付け、男の汗や唾液を洗い流していく。身体の奥からどろりと零れ落ちる感覚に、思わず太腿を閉じた。男の放ったものが出てきたのだ。ピルを飲んでいるので妊娠する恐れはない。
高級娼婦だから、これくらいは当たり前。いつからか、そう思うようになった。指を使って、掻きだすように体の中から精液を洗い出し、シャワーを止める。
ふと、鏡に映った自分と目が合う。同級生たちよりずっと大きな胸に、血管が透けて見えるほどの白い肌。
もう、大人の女と変わりないほど、身体は十分発達している。けれど、髪は染めていない。化粧だって、平凡な女子高校生レベル。清楚そうな少女のほうが、中年男たちには受けがいい。
鏡の前でポーズをとってきた。なかなか、いけていると思う。
しばらく、鏡に映った自分の裸体を見つめていたが、いつまでもバスルームにいるわけにはいかない。男をベッドに待たせているし、早く結果を聞きたい。
体を拭いて、バスタオルを体に巻くと、シャワールームから出た。
男がベッドに座ってタバコを吸っている。
「ねえ、どう?」
男の横に滑りこんで腕を組んだ。自慢の胸を男の腕に押し付ける。
「どうしようかなぁ……」試しているのか。男のどっちつかずの態度に苛立ちを覚えた。
「愛人にしてよぉ……」
「返事はママにするよ」
「意地悪。味見して逃げる気なんだ」
男の腕を放すと、背中を向けて布団にもぐりこんだ。
「そんなに拗ねないでよ」
男は立ちあがってソファにかけてあった上着から財布を取り出した。
「ほら、お小遣いだ。これで機嫌なおしてくれ。お前を泣かせたってママに知れたら怒られちまうよ」
男が札を春姫の手に押し込んだ。五万ある。
「やっぱり、お金持ちなんだ」布団から顔を出して男を見た。
「小さな鉄工所の社長だよ」
男は全裸のままシャワールームに向かった。
あぁ、良かった。この様子じゃ、愛人にしてくれそうだ。それに、思ったほどしつこくなかった。払う分、元を取ろうとしゃぶりついてくるせこい男じゃない。やっぱり、金持ちは心に余裕がある。
もらった金を財布にしまおうと、ソファーから通学鞄を取り、チャックを開けた。中には、試験勉強をするために久しぶりに持って帰って来た教科書が入っている。
「あっ」
思わず声が零れた。中に入れておいた携帯電話のライトがピカピカと点滅していたからだ。
真紀子からだった。
ボタンをクリックして耳にあてた。
「もしもし、春姫」
「お疲れ。調子はどう?」
「親父を二人も相手にしてへとへとだよ。六万円はいったけど、二万円あいつらにピンはねされたばかり」
不満な様子で言う。それでも、ケツ持ちの安尾から客を紹介してもらえるので贅沢できると、真紀子は喜んでいる。
「知ってる? クラブの傍のビルの裏でまた人が殺されたんだって」
「へえ」
そういえば、数日前にも歓楽街で男が殺された。身体を切り裂かれ、心臓を抜き取られていたのだ。どこかのカルト野郎の仕業だと新聞に書いてあったが、チンピラが何人殺されようが、春姫には関心はなかった。
「刑事がいっぱいいて、あの近辺に親父たちが寄りつかないんだ。でも、あいつらが客を紹介してくれるから助かるよ」
私はあんなやつらに利用されたくはない。
「そっちは?」
「脈ありかな」
「やった! 金持ち親父ゲット!」
「まだわかんないの」
「あんた、可愛いから愛人にしてくれるよ。お小遣いもいっぱいもらえるじゃん」
男がバスルームでよかった。こんな話を聞いたら、腰を抜かしたかもしれない。これが今時の女子高生の会話なのだ。世の親父たちは今時の本当の女子高生の姿を知らなさすぎる。男の思っているようなファンタジーな世界は、女子高生の世界には存在しない。
「じゃあ、明日」
いつもの調子で真紀子が電話を切る。
あんたこそが、正直者さ。
以前どこかで聞いた、フォークソングの歌詞を思い出した。