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魔女の棲む街 7


魔女の棲む街 7

 渋谷の駅前は遊び目的の若者でごった返していた。春姫は腕時計を見た。稼いだ金で買ったカルティエの高級時計だ。まだ待ち合わせ時間の七時半まで一時間以上あった。
 道に溢れる若者たちの間をぬって、目の前のCDショップに入る。店内に最近売出し中の女性歌手のポスターが貼ってある。髪を金髪に染め、陰毛が見えそうなくらい深く切りこんだパンツをはいて、胸も乳首以外はほとんど曝け出した格好で、こちらを挑発的に見つめている。
 数々の恋愛スキャンダルにも動じない自由奔放な彼女の生き方が、多くの女性たちに支持されている。春姫も彼女の性的大胆さに憧れているひとりだった。
 彼女のCDを一枚買い、ショップから出た。近くのブティックに入り、洋服を物色する。肌の露出の多い過激な服が多いので有名な店で、春姫もこの店で衝動買いをすることがよくある。しかし今日は金を持ち合わせていない。新しいパトロンから手当をもらったらどれを買おうかと、心ときめかせて店内を回った。
 待ち合わせの時間が迫ってきた。店を出て緩やかな雑踏の足取りに歩調を合わせて駅前まで戻る。待ち合わせ場所の銅像の周りは多くの若者であふれている。彼らは手すりに尻をついて座ったり、煙草をふかしながら友人たちと話したり、携帯電話をもてあそんだりしている。見たことのある制服を着たどこかの女子高生が、暇そうに携帯電話をいじっている。パンツが見えそうなくらい短いスカートに明るく染めた髪、けだるそうな目で、客を待っている女子高生だと一目でわかる。
「やあ」
 高級スーツを着て、髪をオールバックにきめたパトロンが、目の前に立っていた。
「パパ」
 さっそくそう呼んで、パトロンの腕を取る。「ごめんね、待たせちゃった?」
 友達言葉で、いつも通りの笑顔を作った。鏡の前で練習している自慢の笑顔。男に一番受けるとびっきりの笑顔だ。
「全然かまわんよ。しかしひどいところだな。糞みたいな連中ばかりじゃねえか」
「ごめんね。次からはパパの好きなところで待ち合わせしよ」
「じゃあ、次はホテルのロビーだな。エレベーターに乗れば部屋まですぐだ」
「パパのエッチ」
「でも、やっぱりお前は綺麗で可愛い女の子だ。ママに紹介してもらってよかったぜ」
「私もうれしい」
 パトロンと腕を組み、自慢の胸を押し付ける。手すりに腰かけて携帯電話をいじっていたさっきの女子高生がこちらを見ていた。目に嫉妬の色が浮かんでいる。悔しかったらお前も私のように金づるを掴んでみろ。
 優越感に浸りながら、パトロンと並んで歩く。横からパトロンを見た。着ているスーツやシャツの生地には高級感が漂い、くっきりとしたストライプ柄のネクタイも上品だった。ビジネスバッグは有名な海外ブランドの特製品。この高級で上品な身なりはどこかの会社の社長か重役だ。ねだればいくらでも金をくれそうだ。
 駅の傍の駐車場に入ると、重量感のある黒のベンツが停まっていた。
「プリンスホテルを予約してある」
「すごい!」
 都内の最高級ホテルだ。歓楽街にあるラブホテルとは違う。
 春姫がベンツの助手席に座ると、パトロンはゆっくりと走らせ、都内一の高級ホテルに向かった。
 一〇分ほどでホテルに着いた。最上階のレストランの席に座る。窓の外に、煌びやかな東京の夜景が広がっている。こんな贅沢な場所に来るのま生まれて初めてだった。
「すごい! 宝石みたい」
「さあ、料理を選ぼう」
 ウェイターが差し出した細長いメニューを眺めた。大きく張り出した胸に吸い寄せられているパトロンの視線がくすぐったい。
「どれでも好きなものを注文しなさい。私は松坂牛のステーキを食べるぞ。スタミナをつけないとな」
「やだあ、えっち」
 ステーキはしつこそうなのでサーモンのムニエルを注文した。こんな高級な場所に来るのは初めてだったので、春姫はつとめて微笑みを作って自分自身をリラックスさせようとした。
「あと、フルーツの盛り合わせと、マンゴージュースを注文していい?」
「いいぞ」
 料理が出され、二人は食事を始めた。パトロンは中規模の鉄工所を経営している社長だった。親族が経営する企業の株主や社外取締役もやっており、収入は有り余るほどあると自慢している。妻と息子がいるらしいが、若い時分から囲っている愛人にも子どもを産ませていると、笑いながら話した。そんな話を平気な顔で話せるのも、目の前の少女が愛人だからだろう。男は愛人にはすべてをさらけ出す。春姫にとって目の前の男が三人目の愛人だったが、過去二人の愛人もそうだった。そして、金の切れ目が縁の切れ目になる。それまでにいくら引き出せるかが勝負なのだ。
 パトロンは自慢話をしながら分厚いステーキをあっという間に平らげた。その精力有り余る姿には感心してしまう。あと一時間以内には確実にこの男に抱かれているのだ。嫌われないようにしないと。そう思うと、これから初体験をする処女のように緊張してくる。
 店員やほかの客たちがちらちらとこちらに視線を向けている。見るからに金持ちの中年紳士と可愛い女子高生の組み合わせ。傍から見るといかにもという感じのカップルだった。
 最後のデザートが出てきた。フルーツの盛り合わせとマンゴージュースとケーキ。ケーキの上にたっぷりかかっている蜂蜜の甘さがたまらなく美味しかった。
「うまそうだな」とパトロンが言った。
「じゃあ、パパも食べて。はい、あーん」
 春姫は緊張感を押し隠して、フォークに突き刺したメロンを口元に差し出す。
「ははは、こんなところでいいよ、恥ずかしいだろう」
「いいから、食べて」
 パトロンがよく熟れたメロンを口に含んだ。春姫は微笑むと、蜂蜜ののったアイスクリームを、生地ごと口に入れた。


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