魔女の棲む街 19(最終章)
魔女の棲む街 19(最終章)
空には雲一つなかった。
アキラはタバコの煙を空に向かって吹きあげた。
午後の眠い時間だった。五限目と六限目は郊外で絵を描かされることになり、学校の近所にあるこの公園に来ている。かったるかったが昼寝もできる。絵心なんてものには無縁だが、楽ができると聞いていた。美術を選択しておいてよかったと思う。
昨日の夜、チンピラの惨殺死体が街外れの倉庫の中で見つかった。殺されたのは盛り場を根城にしている不良たちの間で有名な、安尾というチンピラだった。
ヤクザと揉めたという噂だが、ネットニュースには心臓をえぐり取られていたと書かれていた。例の猟奇殺人事件と同じ犯人なのか、ヤクザが偽装しているのかはわからない。とにかく、鬱陶しい男だったので、犯人には感謝している。
「はい、アキラ」
絵里が缶コーヒーを持ってきた
「なんだよ、これ。缶ビール買ってこいよ」
「そんなの売ってないよ。それにタバコ、やばいよ。先生が回ってるって」
「ちっ」
舌打ちして吸殻を地面に押し付ける。絵里が立ちあがった
「ちょっとでも描いたほうがいいよ。さぼてったのモロばれだから」
「じゃあ、あいつはどうなんだよ」
アキラが顎をしゃくった。春姫がひとりで退屈そうにベンチで寝ている。
「昼寝の時間かよ、まったく」
「あの子は全くやる気なしだね」
「俺たちもこんな授業なんてサボって帰ろうぜ」
視線を横にむけると、佐藤がいた。画用紙に筆を走らせながら、時折春姫を盗み見している。アキラはにやけながら立ち上がると、佐藤のそばに寄っていった
「何をしているんだ? あんなビッチがいいのか?」
佐藤が振り向いてアキラを見た。
「僕の自主制作映画の出演者をね、探しているんだ」
「は? 何それ?」
そばに寄ってきた絵里と二人で笑う。
「長い間手間隙かけて準備してきたのに、ある人がどじ踏んだおかげで時間を無駄にしたんだ。だけど、やっと準備が出来たんだ」
佐藤がふっと笑う。いきなり何を話しているのか。この男は馬鹿なんじゃないかと、アキラは思った
「主役は決まってるんだ。あとは他の出演者なんだよ。ねえ、僕の映画に出てよ」
「はあ? 俺が?」
「出てあげればいいじゃん、出ろ出ろ」
絵里が笑ってはしゃぐ。
「私も出てもいい?」
「きみじゃだめなんだ。魔女役は決まってるんだよ」
「なんでお前の映画に俺が出るんだよ。なめたこといってると殺すぞ、お前」
また絵里が笑う。
「ところで、どんな映画なの?」絵里が訊く。
「魔女と生贄をバモイドオキ神に捧げる映画なんだ」
(完)