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鮮血のエクスタシー 6


鮮血のエクスタシー 6

「動きそうもないですね」
 延々と連なるテールランプを眺めながら、運転手が呟いた。都会の目抜き道理、平日の午後。込んでいて当たり前か。
「すぐ近くだから、ここでいいわ」
「すみません」
 タクシーを降りると、人の流れに乗ってビジネス街を貫く大通りをまっすぐ歩いて行った。歩道には今日も多くの人が行きかっていて、気分が悪くなりそうだった。
 カフェのテーブルに、仲介屋の大島の姿があった。ぼんやりとタバコをふかしている大島が、アンナを見つけて手を振った。
「あまり目立つことはやめてくれる?」
「俺たちに注目している奴なんて誰もいないよ」
「そうでもないわ。美女と野獣のカップルなんだもん。結構目立つわよ」
 アンナの言葉に、大島は膝を叩いて笑った。
「用意した銃は使わなかったんだね?」
「身体検査されると思ったから。返したほうがいい?」
「今度でいいよ。しかし、大したものだな。鏡の破片で頸動脈を切断するとは」
「自衛隊ではナイフの使い方を嫌っていうほど学んだわ。男女区別なく、自衛隊では白兵術を徹底的に叩き込まれるの」
「怖いねえ……」大島は煙草の煙を空に向かって吹きあげた。
「それに、あんたにおまけで渡した情報のことなんだが。なぜあの男にあんなことをした?」
 ペニスを切り落とした男のニュースは新聞に載っていた
「恨みでもあったのかい? いっておくが、組織で得た情報で私怨を晴らすのはルール違反なんだ」
「ルールは破ってないわ。殺していないから」
「まあ、そうなんだが」
 アンナがテーブルに身を乗り出した。
「ねえ、組織って、何なの。教えてよ」
 大島の目から感情が消えた。どうやら琴線に触れたようだ。
「そのうちにな」
「自分がどんな組織に雇われているのかも教えてもらえずに、人殺しを続けなくっちゃならないの?」
「君はまだ若い。そう焦るもんじゃない」
「情報を漏らされると思ってるの?」
「組織がどんなものなのか、今の君の仕事には関係ないということだ」
 自衛隊に入って五年が過ぎたころ、非番の日に一人で飲みに行ったビアン・バーで女に声を掛けられた。
「あなたのもっている技術で、お金になる仕事ができるわ」
 ビジネススーツをきちっと着込んだ女だった。タイプの女だった。アンナがレズビアンだということを知っていて、この店に来たのだ。
 どこかで誰かが、アンナのことを調べていたのだ。女の目がアンナを誘っていた。
 その女とベッドを共にし、仕事の話を聞いた。
「世の中で法で裁けない悪を成敗する。格好いいでしょ?」そう言って、口に含んだウイスキーをアンナの口の中に流し込んできた。
 あの女は今何をしているのか。できれば、もう一度抱きたい。
「次の仕事なんだが」
 大島が写真を差し出した。全部で三枚。いずれも四十から五十代の、見るからに筋者といった感じの男が写っている。望遠レンズで撮ったものなのか、背景がすべてぼやけていた。
「この前ちらっと説明した、ターゲットの三人だ。対立している組の組長二人と、幹部が一人」
「大物ね」
「三人の行動パターンを調べておいた」大島が茶封筒をテーブルに置く。
「報酬は全部で三千万だ」
「本当?」アンナが顔を上げた。
「それだけ困難な仕事ってことだ。一人殺すごとに一千万入ってくる。それに必要経費は別に出す。必要なものがあれば請求してくれ」
「じゃあ、張り切っちゃうわ」
「甘く見るんじゃないぞ。前回の暗殺事件で連中は警戒している。双方ともどこに行くにもボディーガードで身辺を厳重に固めている」
「この三人をやっちゃったらどうなるのかしら」
「組同士の抗争になるだろう」
「それを狙っているんでしょ?」
 自滅してくれれば得する奴らもいる。依頼人が誰かは知らない。詮索は無用だ。こちらは依頼通り、悪人を成敗すればいい。
「やり方はあんたに任せるよ。殺しは私の専門じゃないので、助言はできない」
「考えてみるわ」
「頼むよ」
 大島は伝票を持って席を立った。
 三千万の報酬。破格の報酬は仕事がそれほど危険だということか。封筒から資料を出し、ターゲットの情報に目を通す。ターゲットの行動を割り出すため、常に誰かが貼りついて監視しているのだろう。
 大騒ぎになっているので、刑事だってターゲットたちを尾行しているはずだ。その中でターゲットを仕留め、安全に逃走するにはどうすればよいか。
 チェアにもたれて目を閉じる。バッグの中で携帯電話が鳴った。権藤殺しに利用した、あの女からだ。
「もしもし」不安そうな声が聞こえてきた。
「どうしたの? まさか、あいつらに見つかりそうなの」
「大丈夫。ずっと部屋に隠れているから」
「じゃあ、何かあったの?」
「会いたい……」女の切なそうな声に、胸がとくりとなる。
「しばらく隠れていて。今この町に戻ってくればヤクザに捕まるわ」
「あなた、何やったの? それに、こんなにたくさんお金くれて。親分がホテルで殺されたってニュースで言っていたけど、まさかあなたがやったんじゃないわよね」
「まさか。私がそんなことするわけないでしょ?」
「でも、関わりはあるんでしょ? あのスナックの経営者と面談したあと、あなたに指示されてこの部屋にずっと隠れているのよ。あなた、私が働くはずだったお店で働いていたんでしょ?」
「私もある人に頼まれただけ。大丈夫。あなたには迷惑をかけないから。時間ができたら会いに行くわ」
「早く来て。でないと、男に抱かれちゃうから」
 勝手にしなさい。心の中で呟く。
 でも、いい女だし、この先使い道もあるかもしれない。苦労して見つけた女なのだ。また何かに使ってやろう。
「じゃあ、また」そういうと、女が何か言う前に電話を切った。

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