鮮血のエクスタシー 9
鮮血のエクスタシー 9
空港のゲートから外に出た。肌に膜が張る様な感覚に、妙な懐かしさを覚える。成田からグアム国際空港までの三時間、よく眠ることができた。
空港でタクシーを捕まえ、タモンビーチの外れにある射撃場に向かった。グアムの空には雲一つなく、太陽が容赦なく照りつけてくる。車内はクーラーが効いていて心地よかった。キャッシーの筋肉質で白い身体を思い出し、身体の奥がずきっと疼く。あの子に会うのも久しぶりだ。
四日前、男から電話があった。
「女を預かっている」
全身に絡みつくような、低くて嫌な声だった。
「好きにしていいわ」
「仲間じゃねえのか。お前のことを恋人だと言ってるぜ。女同志しっぽり濡れあったんじゃねえのかよ」
アンナは何も言わずに電話を切った。
馬鹿な子。ふらふら戻ってきたりするから捕まるのよ。
金と時間をかけて探しだして手懐けた女。つなぎ止めておけば、自分の影武者として利用価値もあるかと思っていたのだが、助ける気などなかった。彼女が約束を守らないからこうなったのだ。
その後、すぐに仲介屋の大島に電話をした。準備に時間と金がかかるというと、彼がどのくらいかと聞き返した。
「そうね、半月でなんとかする」
「半月か」
「準備に半月よ。そのあとターゲットを監視して、いつ仕留められるかは神のみぞ知るってとこね」
「もう少し早くならないかね?」
「大がかりな襲撃になるんだから、十分な準備期間は必要よ。それと、銃を入手して欲しいの。M49と357マグナム。マグナムのほうの銃身は8インチ以上」
「8インチバレルだって? 離れた場所から狙うのか?」
「そう」
「女にはでかい銃だな。それにM49も9ミリパラだ。反動がでかい。まあ、元自衛官なら取扱いには慣れているだろうがな」
「あと、手りゅう弾も」
「はあ? 戦争でもする気か?」
「護衛ごと始末するのよ」
「なんだって?」予想通りの大島の反応。
「そのためにいろいろと準備が必要なの。手りゅう弾は手に入る?」
「まあ、米軍の伝手に頼ることになるが」
「じゃあ、よろしくね」
翌日、大島から新宿歌舞伎町のチャイニーズマフィアのボスを紹介してもらった。新宿の歌舞伎町のど真ん中にある中華料理店で、彼に会った。
二人で食事をとった。フカヒレやツバメの巣など、高級食材が並べられたが、正直美味しいとは思わなかった。
食事を終え、メモを受け取った。
「お金はもらってあるよ。マグナムはルガー・スーパーブラックホークの357だ。シングルアクション・リボルバーで、シリンダーがスイングしないタイプだ。銃の右側の蓋を開いて一発ずつ弾を込めなくてはならないが、弾倉に入る6発で十分だろう」
「ありがとう」
にっこりほほ笑むと、十万出すと男が言った。今夜抱かれろという意味だ。丁寧に断って店を出た。男に抱かれるのはごめんだった。
窓の外の景色を眺める。キャッシーの経営する射撃場が見えてきた。金髪女の姿が脳裏に蘇る。アメリカ海兵隊出身の女。この地で一か月間、射撃と格闘技を学んだ。二年前の話だ。そしてここで彼女に抱かれた。白人の女とセックスをしたのは、その時が初めてだった。自衛隊にいた五年間、多くの女を相手にした。ゴリラのような女もいたが、見かけによらず、イク時は可愛い声をあげていた。しかし、キャッシーはとてもマリーンの隊員には見えない、モデルのような女だった。
アメリカ女の味を堪能した、夢のようだった一か月を思い出しながら、車窓を眺めた。
早く彼女に会いたい。
タクシーが射撃場に停まると同時に、ガラス戸が開いた。ブロンドの女がこちらを見ている。
「キャッシー!」
アンナが両手を広げると、キャッシーが走り寄ってきて、アンナを抱きしめた。
「二年ぶりね。変わらないわ」アンナがキャッシーにキスをした。
「お金は確認してくれた?」
「もう仕事の話?」
十日間のマンツーマンでの訓練。日本から二百万円をドル建てで振り込んだ。
キャッシーがアンナを店内に招き入れた。東洋系の女性スタッフがこちらを見て笑みを返した。キャッシーが奥のスタッフルームにアンナを連れ込んだ。経営者のキャッシー専用の部屋だ。
部屋のドアを閉めると、キャッシーがアンナを抱きしめて激しいキスをした。
「キャッシー、あとで……」
「まったく、あなたはクールね。私がこの日をどれだけ楽しみにしていたかわからないの?」
「私もよ」そういって、アンアが軽くキスをする。
「でも、先に仕事の話」
「オーケー」
キャッシーがロッカーを開けて銃を取り出した。
ベレッタM49と、ルガーブラックホーク357マグナム。
「面白そうな仕事ね」8インチバレルのブラックホークを手に取り、キャッシーがほほ笑んだ。
「レンジにいく?」
アンナが頷くと、キャッシーはロッカーから弾丸の入った箱を取り出して部屋を出た。
レンジには三人の女性が射撃をしていた。日本から来た観光客が、日本語ではしゃぎながら白人のインストラクターに誘うような視線を向けている。表向きは専ら観光客を相手にする射撃場だが、本格的な訓練を希望するなら、特別料金さえ支払えば島の中央にあるジャングルで軍事訓練も受けられる。アメリカ本土の警備会社の社員が訓練に来ることが多いとキャッシーが言っていたことがある。警備会社といっても、イラクやソマリヤやアフガンの戦場で物資の補給を任務とする、いわゆる民間の軍事請負会社だ。キャッシーの下で働くのは、三人の元海兵隊員。普段は観光客を相手にしていて、誘ってくる女たちをつまみ食いしているらしい。なかなかいいものを持っているらしいが、男に興味のないキャッシーが彼らのペニスを受け入れたとは思えない。
レンジに立ち、射撃用のイヤーマフをつける。ブラックホークの弾倉に357マグナムを装てんして構えた。
標的の中央に照準を合わせて引き金を引く。激しいリコールに肩の骨が抜けそうになる。
「きついわね」
「357マグナムと38スペシャルを両方撃って撃ちやすい方を選べばいいわ。でも、距離がある場合は反動が大きくてもマグナムのほうが命中率はいいわよ」
標的の距離を変え、357マグナムと38スペシャルをそれぞれ十二発ずつ試射した。キャッシーの言うとおり、標的との距離が開くほど命中精度に差が出てきた。実際にターゲットを狙う距離は正確には割り出せていないが、357マグナムを使う方がいいだろう。
「マグナムを使うわ。反動には慣れるしかないけど」
「ライフルの方が命中率がいいわよ」
「持ち運びに不便だし、拳銃の方が慣れているしね」
「相変わらず、ライフル射撃は苦手なのね。オーケー。好きなだけ撃っていいわ。ベレッタのほうはどうするの?」
「実戦向きのトレーニングをお願いしたいの」そういってレンジから離れると、カバンから図面を取り出してテーブルの上に置く。ターゲットを狙うホテルのラウンジの図面だった。
「この図面を再現してほしいの。部屋じゃなくても屋外でもいいわ。こんなに広い部屋はないでしょ?」
「大丈夫よ。基地の傍に借りている倉庫が使えるわ。そこにテーブルとイスを配置して訓練に使いましょ」
「ありがとう」
「ねえ、アンナ」キャッシーが両手でアンナの頬に触れた。
「今日はもう仕事は終わりなの。私の部屋に案内するわ。あなたの荷物も運ばなくっちゃいけないし。今夜はステーキハウスを予約してあるの。スタミナをつけないとね」
キャッシーが意味ありげな目を向けてくる。
「もちろん、激しいトレーニングを乗り切るためよ」と付け加えた。