鮮血のエクスタシー 10
鮮血のエクスタシー 10
午前中はマグナムの強烈な反動になれるため、レンジでブラックホークを撃ち続けた。肩の関節が外れそうな強い反動にようやく慣れたころ、キャッシーの元にスタッフから連絡が入った。
「用意ができたわ。米軍キャンプのすぐそばの倉庫よ」
テーブルに置いてあったベレッタとマガジンを五つ、9ミリパラベラムの詰まった箱をカバンに入れると、アンナを手招きした。アンナには彼女がこの訓練を楽しんでいるように見える。
昨夜のベッドでの情景が、一瞬頭を過ぎった。攻められ、息遣いの荒くなっていくアンナを見つめていたキャッシーの全身が、ほのかにピンク色に染まっていた。アンナの猥らな姿に興奮した彼女の股間もぐっしょり濡れていた。
「さあ、出発よ」
凛としたキャッシーの声が、猥らな回想からアンナを現実に呼び戻した。
島の中心部に入ると、周囲がうっそうとしたジャングルに覆われた。戦後数十年たって旧日本軍の兵士が見つかった場所の近くまで来たが、小さい島なのにその兵士が見つからなかった理由が納得できるほど、深くて暗い未開の森が広がっていた。
三十分ほど車で走ると、ジャングルが途切れ、目の前の視界が急に開けた。雲一つない青空の下に、使われなくなってもう何年も経っていそうな、廃墟のような倉庫が佇んでいる。
「ここ?」
「そうよ。ここには誰も来ないわ。軍の土地なんだけど、最近使われていないの。軍には許可を取っているから大丈夫よ」
先にキャッシーが中に入った。アンナも彼女の後に続く。倉庫の中は埃っぽくかびの匂いがした。天井が所々崩れ落ちていて、抜け落ちた穴から晴天の青空が見えている。床には丸テーブルとイスが並べられていて、各テーブルにはマネキン人形まで置いている。
「どう?」
「すごいわ」
襲撃ポイントとなるホテルのラウンジが完全に再現されている。キャッシーに訓練を依頼して正解だった。彼女の仕事はとても合理的で緻密だ。
「さあ、始めましょう」
キャッシーがベレッタのマガジンに弾を込めている。いったいどんな目的でこのようなセットを組んでトレーニングを行うのか、キャッシーは余計なことは聞いてこない。ただアンナの要求通りのトレーニングを計画し、アンナの技量を高めるために実行するだけである。
アンナは倉庫の隅から隅に視線を這わせた。あのホテルのラウンジで、吉井組組長、吉井勝が座る席はほぼ決まっている。一番奥にある、スタッフ専用ルームのドアの傍にあるテーブルだ。吉井は何か起こるとスタッフルームに逃げ込み、窓から外に逃げるつもりなのだろう。窓の外に手榴弾でつくった罠を仕掛けるのも計画済みだ。
「撃っていいかしら」
「どうぞ」
アンナはキャッシーから受け取った銃を構えて、一番奥にあるマネキンの頭部に狙いをつけると、立て続けに三回トリガーを引いた。大きな反動で銃が跳ねる。最初の一発は命中したが、後に撃った二発が外れた。
「反動で身体全体が揺れているわ。連射するときはもっと脇をしめて腰を落としなさい。重心を下げるとだいぶましになるわよ。マグナムほどじゃないけど、9ミリ弾も結構強力だから」
キャシーの指示通り腰を落としておなじマネキンを狙う。三回指を引く。今度は三発とも命中した。
「あなたはいい教官に巡り合えて幸せね」キャッシーが腰に手を当てて微笑んだ。
それから、激しい射撃訓練が始まった。外から倉庫に入ると素早く周囲を観察し、ターゲットを確認する。そして間髪入れずに腰に差した銃を抜く。ターゲットに照準を定め、初弾を放って命中させる。この一連の動作を一秒以内にできるようになるまで訓練を繰り返した。ターゲットとなるマネキンの位置は、毎回キャッシーが入れ替えた。実際の狙撃現場では、不審者を見つけた見張りのガードが近寄ってくる。その時間を二秒と見積もっている。
訓練を繰り返し、ようやく所定の時間内で動作を完璧に行えるようになった。初弾を外すこともなくなった。続いて連射で標的の周辺にいるボディガードを射殺するための訓練を始めた。これまでの訓練通り初弾をターゲットに命中させた後、振り返って後ろに置いてあるマネキンを撃つ。素早く場所を移動すると、銃を連射させてターゲット周辺のマネキンたちを撃っていく。実際の狙撃では、ホテルのラウンジに入り、一秒以内にターゲットである組長の吉井を初弾でしとめなくてはならない。そして後ろから自分に近づいてくるガードを仕留めた後、視線を戻して撃たれたターゲットを連れだそうとするボディガードたちを撃ち殺すのだ。すべてを終えるまでの目標時間は三分。その後、隠しておいたバイクで現場を立ち去る。ボディガードを始末するのは、彼らからの追撃を振り切るためだ。
訓練は二時間続けられた。
「射撃練習はここまで」
ベレッタのマガジンを空にしたころ、キャッシーが手を叩いた。二人は倉庫の外に出た。高台にある倉庫からは、タモン湾の全景が見渡せる。風に首筋を撫でられ、肩を竦める。
「この調子じゃ、三日もあれば完璧になるわよ」
「筋がいいのよ」
「そうね」
キャッシーがアンナの肩を撫でた。腕を取られたと思うと、身体が草の上に落ちた。
「何をするのよ!」
いきなり投げ飛ばされ、アンナがキャッシーを睨んだ。
「射撃の後は格闘技の訓練。身体を動かすと、命中率もよくなるの。それに、下は草だから怪我もしないでしょ? ちゃんと手加減してあげるから、かかってきなさい」
キャッシーの挑発的な言葉が、アンナの負けず嫌いの性格に火をつけた。かっときたアンナが立ち上がってキャッシーにとびかかっていったが、キャッシーはアンナの腕を取って軽く捻った。悲鳴を上げると同時に足をすくわれ、アンナの身体が宙に浮く。
「やったわね」
すぐに起き上ると、今度は足を狙ってタックルする。上からのしかかられ、腕を首に巻かれた。慌てて両手で腕に絡みついているキャッシーの腕を外そうとしたが強い力にびくともしない。ふっと宙に浮く感覚に包まれ、意識を失った。
背中に衝撃が走る。激しくせき込んだ。立ち上がろうとしたがふらつき、地面に転がる。絞め技で落とされてしまったのだ。
キャッシーが上にのしかかってくる
「格闘技じゃ、まだまだ私にかなわないわね」
キャッシーの勝ち誇った顔に、屈辱感が湧いてくる。身体が熱い。下半身から漏れ出す感覚に、身震いした。キャッシーに痛めつけられ、興奮していた。
アンナは下からキャッシーの身体を抱きしめると、彼女にキスをした。キャッシーも舌を差し込んで絡めてくる。
「虐められて興奮した?」
顔を離したキャッシーの目も欲情していた。
「本当にMっ気が激しいのね。以前と同じ」
もう一度キャッシーの唇を奪おうとした時、彼女が身体を離した。
「今はダメ」
「どうして?」
「今夜楽しみにしていて」
キャッシーがアンナの腕をつかんで起こした。
家族を持って間もない米軍兵士が使用する、小さい庭のある二階建ての家だった。キャッシーが呼び鈴を押すと、中から上品そうな女が出てきた。背が高く抜群のプロポーション。一見モデルにみえるが、産婦人科のジュディだとキャッシーから聞いている。
「キャッシーの日本のお友達ね」
ジュディと名乗った女が握手の手を差し出してきた。二十代にしか見えないが、もう三十半ばだと、彼女が言った。
彼女が一人で暮らすには広すぎるが、ホームパーティー好きなジュディは特にこの広い家を持て余すことはないようだ。
ダイニングに通されると、すでに客は来ていた。黒人の女はアマンダといって、海兵隊所属の女兵士だった。大きな胸と筋肉質な身体は、レズビアンの女たちにはたまらない。アマンダが微笑みながら手を差し伸べたが、その目に一瞬、肉欲の色が浮かんだのを、アンナは見逃さなかった。今夜は楽しい夜になりそうだった。
テーブルにはすでに料理が並んでいた。スープにサラダ、キチンのパイ。それに分厚く切ったステーキ。
「本来ならバーベキューのほうがいいのかもしれないけれど」
そういってジュディが意味深な目を向けてくる。人の目に触れさせたくないようなことになるかもしれないじゃない、とその目が語っていた。
ディナーが始まった。料理はすべてジュディ一人で用意したらしい。費用もすべて彼女持ちよ、とキャッシーが言った。アメリカ本土でも有名な病院の跡取り娘らしい。
ワインとシャンパンも美味しかった。アンナはワインには詳しくなかったが、口に含んだだけで高価な酒はすぐにわかる。
酔ったアマンダが上機嫌にアンナに話しかけてくる。元同業者のアンナに親近感を持っているのかもしれない。
彼女たちは本当によく飲んだ。ワインとシャンパンの空瓶が何本もテーブルに並んでいく。アンナも酔った勢いで、これまでのセックスについてアマンダやジュディにかなりきわどいな話を聞いていた。
「いつもは三人で楽しんでいるのよ。でも、最近マンネリ気味になってきちゃってね」
酒に酔ったキャッシーが、アマンダの大きな胸を揉んでいる。横に座っているジュディが、さっきからアンナの太腿を撫でていた。
「飲みすぎたわ」
アンナがジュディの肩にもたれると彼女の顔が被さってきた。アンナの唇を割って、ジュディの舌が侵入してくる。目の前でキャッシーとアマンダがお互いの唇を貪りあっている。
「あなたのためにいいものを用意しているの。病院からわざわざ持ってきたのよ」
悪戯っぽく笑いながら、ジュディがアンナの手を引いて隣りの下手に入った。
「何、これ」
ソファの置かれたリビングの中央に、分娩台が置かれている。
「虐められるの、好きなんでしょ? キャッシーから聞いているわ」
ジュディがアンナの髪を撫でながら耳元で囁いた。急にアンナの胸が高鳴り始めた。