鮮血のエクスタシー 12
鮮血のエクスタシー 12
激しい訓練も七日目にはいった。ベレッタと長銃身のルガーブラックホークでの狙撃練習。そして、襲撃現場となるホテルのラウンジを模して造られた倉庫での模擬訓練。素早く動きながらベレッタを連射する訓練も、そつなくこなせるようになった。357マグナムにもだいぶ慣れ、50メートルの距離で標的を外すこともなくなった。
そして、訓練を終えると、キャッシーとの激しいプレイで疲れを癒した。
格闘後の訓練を終えると同時に、キャッシーはアンナの腕をつかんで、ソファの上に組み伏せた。
アンナの性器を弄びながら、「ほら……もう、ぐちょぐちょじゃない。あなたはマゾなのよ」と囁き、アンナの股を開く。キャッシーの目の前で性器をむき出しにされる自分の卑猥な姿を想像し、アンナは身体を震わせた。
射撃場での最後の訓練の日を迎えた。
照明の明度は落とされ、標的の周囲だけが明るく照らされている。右足を半歩前に出し、脚を肩幅に開く。
立射の姿勢で、右腕をまっすぐ水平に伸ばし、左手は軽く腰のベルトに添えた。基本通りの射撃体勢で、呼吸を整えると、25メートル前方の的に意識を集中する。深い呼吸からゆっくりと静かな呼吸を繰り返し、息を止める。
静止した的の中央に狙いを定め、引き金を引いた。
手元のモニターには、標的の拡大画面と点数、トリガーを引くまでの反射速度などのデータが表示される。
アンナは、一連の動作を繰り返し、精密射撃を30発打ち終わると、今度は両手で銃を構えた。右手でオートマチックのグリップを握り、左手を軽く添えた。精密射撃の後、ランダムに動く的で速射を50発。それを2セット繰り返すのが、キャッシーの組んだメニューだった。
『Attention!』
防音用のヘッドセットからの警告と、開始の電子音。立て続けに25発の銃声が射場にこだました。一度腕を降ろし、呼吸を整え、あと25発分のスタートボタンを押す。さらに25発を連射。
モニターに目をむける。悪くない。
すぐ横のブースからキャッシーが出てきた。アンナがバイザーとヘッドセットを取り外す。キャッシーがブースのモニターを覗く。
「大したものね」
アンナの射撃データを見て呟く。
「全て満点とはいかないまでも、全弾命中している。特に精密射撃の成績が良いのには驚いたわ。シークレットサービスや狙撃手が務まるほどの腕ね」
「教官が優秀だったのよ」
「その通りよ」
アンナは、苦笑する。
「速射は苦手だったんだけど、だいぶスコアがよくなったわ。実戦向きなメニューを組んでくれたおかげ。200万の訓練費じゃ足らないくらいね」
「足らない分は身体で払って貰うわ……」
顔を寄せて囁くと、指先でアンナの唇を掠めるように触れる。
「硝煙の匂いがするわよ……」
「いいわ」
そのままキャッシーの手がアンナの頬を包み込み、唇が重ねられた。角度を変えて施されるキスにうっとりする。躊躇いがちに伸ばされたアンナの腕が、そっとキャッシーの腰に添えられる。キャッシーが、ますますキスを深くして、アンナに理性を捨てさせようとする。
ひとしきり互いの唇の感触を味わった後、キャッシーがアンナから離れた。
「硝煙の匂いって、結構くるわ」
キャッシーに頬を両手で包まれて、またキスされた。舌を絡め、口腔内を舌先がなぞるたびに、背筋がぞくりとする。
激しく求められ、煽られて、アンナもその気になってきた。キャシーもまた息を荒げていた。
「シャワー……浴びてくるわ……」
「私はあなたの生の匂いが好きなの」
「今日は硝煙のにおいがきつすぎるわ」
「その気にさせて悪かったけど、これから少し付き合って」
「え?」
これだけ煽っておいて、このまま放置する気なのだろうか。焦らされているようで、余計に燃えてくる。
「私の理性を砕いてみたかっただけ?」
キャッシーに背を向け銃とカートリッジを片付け始めた。キャッシーは腕を組んで壁に身体を預けながら、じっとその様子を見つめていた。
アンナが、モニターの電源を落とし、キャッシーへ向き直る。
「怒ったの?」
「あなたの勝ちよ。私のあそこはもうぐしょぐしょ」
口元に勝ち誇った笑みを浮かべるキャッシーに怒ったように答えた後、つい吹き出してしまった。
「楽しみはあとにとっておくわ」
「そうして。実は今夜、ジュディに会って欲しいの」
医者らしからぬダイナマイトボディーを思い出す。先日彼女に子宮口を直接刺激され、何度も達してしまったことを思い出した。
「また、分娩台に固定されて刷毛で身体の中をいじられるのかしら?」
「ああ、あれね。子宮に少し傷が付いちゃうから、一週間はあけないとだめなのよ」
「そう、残念だわ」
「彼女はいろんなプレイを知っているので、あなたを退屈させないわよ。でも、その前に彼女のカウンセリングを受けてほしいの」
「カウンセリングって?」
「きっとあなたの仕事にも役立つことよ」
そういって、開きかけたアンナの唇をまた塞いだ。
ホテルのリゾートビーチのそばにあるバー。薄暗い空間がアンナの目の前に広がっている。明かりは、天井にある頼りないライトの他はカウンターから漏れる灯りだけだった。
店内は人影もまばらで、アンナとキャッシーの他は、5、6人程度の客が静かに酒を啜っている。
「いらっしゃいませ。今日はお連れ様がおありですか」
グラスを拭くバーテンが低く鼻に掛かる声でキャッシーを見る。どうやら彼女はここの常連らしい。ふたりはテーブル席に腰を降ろした。
「いつもので宜しいでしょうか?」
「ええ。ストロベリー・ブロンドをお願い。彼女にも」
「かしこまりました」
苦い酒は好きではない。キャッシーはアンナの好みをよく知っている。カウンターでバーテンがシェイクされたピンク色の液体をカクテルグラスに注いでいる。その淵にストロベリーが射し込まれた。
繊細なバーテンの指先が、女を優しく扱うようにそっとグラスに添えつける。
「おまたせしました」
差し出されたグラスを顔の前にかざし、しばらくそのピンク色を見つめた後、軽く口をつける。じんわりと喉を通り過ぎるウォッカの温かさが身体の中に広がる。
ふう……と息を吐く。
ストロベリーの甘い息がグラスを持つ手をなぞる。フルーツベースだから飲み口がいい。口の中で甘く広がるカクテルは、その後ゆっくりと身体も溶かしてくれる。
「あなたの心の中には、弱点があるわ」
キャッシーが唐突に口を開いた。
「どうしたの、いきなり」
「私じゃないわ。ジュディが言ってたの。彼女、精神科医だし」
「あら、産婦人科医だと思ってた」
「なんでもできるのよ。でも、専門は精神科。それも催眠療法のね」
いらっしゃいませ、とマスターの声。ブルーのキャミソールにシフォンのスカートを身に着けたジュディが、こちらを見て微笑んだ。足はブランド物のサンダルに収められている。とても医者には見えない。
「ちょうど、今夜の目的をアンナに話していたところよ」
彼女がキャッシーの横に腰を降ろした。バーテンがジュディに注文も聞かずにシェイカーを振り始めた。彼女もここの常連のようだ。
「催眠療法をしていただけるの?」
「そう。深層心理の中からトラウマを取り除くの」
「トラウマって?」
「過去の出来事が、あなたの心に悪い影響を及ぼしているの。もしかしたら、日本でのお仕事にも影響するかもって思って」
アンナは息を呑んだ。
「どうして……」
「私にはわかるの。専門家だし、肌を合わせた相手となると特にね」
バーテンが近寄ってきたので、彼女は口を噤んだ。透明で綺麗な黄色の液体の入ったシャンパングラスが、ジュディの前に差し出された。軽くアンナの格好を見つめた後、ジュディが黄色の液体を啜った。ジンの香りが届く。
「そのお酒、なんて言うの?」
「これ? アラスカ。飲んでみる?」
「うん」
差し出されたグラスに黄色の液体が揺れている。アンナが口をつけた。ジンの香りが強い。その綺麗な色からは想像できないくらい、喉の奥まで届く刺激に少し顔をしかめる。
「綺麗だけど、アルコール度は高いわね」
「そう。でも、私はそこが気に入っているの」
ジュディが身を乗り出した。
「催眠術に興味はある?」
「なくはないわね。でも、うまくいくかしら」
「頭が良くって素直な人は催眠術にかかりやすいの」
「じゃあ、私は無理だわ」
「そんなことはないわ。あなたは賢い。それにすごく素直だったわ、ベッドの上では」
ジュディの横で、キャシーが笑っている。
「そうね。じゃあ、軽く体験してみようかしら。どちらに移動すればいい?」
「ここで」
「この店の中で?」
アンナは自分の中で、好奇心と恐怖心が葛藤しているのを感じた。あの時のことを思い出すのが怖かった。
「じゃあ、お願いするわ」
アンナは覚悟を決めた。ジュディはトートバッグからブックノートを取り出した。
「じゃあ、この絵を見て」
ジュディがブックノートを広げてテーブルに置いた。焦点をずらして見ると3Dになる絵に似ていた。
「絵の中に、2つ黒い点があるわよね。左の点を左目で、右の点を右目で見て。そうすると、絵が立体的に見えてくるから」
ジュディの説明通り、何とか立体的に見ようと絵に集中した。
「難しいわね」
暫くして、笑顔でアンナが顔を上げた。
「大丈夫。集中して……」
ジュディが低い声で、ゆっくりした口調でアンナに話しかける。再び、アンナは絵に眼を落とし集中し始めた。
「集中してると……まわりがぼやけて……黒い点しかみえなくなってくるわ……」
点を見つめる、アンナの瞼がピクピク動き出した。催眠状態に入る予兆かもしれない。
「だんだんと……周りの音も小さくなって……私の声しか聞こえなくなってくるわ……」
アンナの瞼が重たくなってきた。さっき飲んだアルコールが身体から脳にまで染み込んできて、感覚も思考も麻痺させているようだった。
気持ちいい。
「瞼が……だんだんと重く……なっていくわ……だんだんと……だんだんと……。ゆっくりと……瞼が閉じていく……ゆっくり……ゆっくり……閉じていく……」
アンナの瞼が、ジュディの言葉通りに閉じ始めた。
「ゆっくり……ゆっくり閉じて……ぴったりと閉じてしまう」
アンナの瞼が、ぴったりと閉じた。
「私がいいというまで……もう……開くことが…できないわ……」
閉じた瞼の下で、アンナの眼球が動いている。アンナは、自分が催眠状態に入ったのだとわかった。意識ははっきりしているのに、どこか別の世界にいるように感じる。これが催眠に落ちた状態なのだろうか。
ジュディが肩を優しく押してソファの背もたれに沈みこませた。
「あなたはいま……催眠状態にはいっている……。私の声も聞こえているはず。あなたは……これからもっと心の深いところに降りていくのよ……」
ペースを乱さず、ゆっくりとジュディが話しかけてくる。いつの間にか、店内に静かに流れていた音楽が消えている。彼女の声しか聞こえなくなっていた。
「これから……十から一まで数えるわ……。ひとつ……数が減るたびに……あなたの身体から……どんどん……力が抜けていくの……。そして……ソファに……どんどん……身体が……しずんでいくの……。それにあわせて……あなたは……心の…ふかぁいところに……降りていくの……。十……九……八……」
ゆっくりとカウントダウンしていく。
「七…六…五…」
数が減るごとに、アンナの身体が弛緩していく。
「四……三……二……一……。さぁ……心の一番深いところに……ついたわ……」
アンナは、全身から力が抜けて、ぐったりとソファに沈み込んだ。
「私の声が聞こえていたら……返事……しなさい……」
「ええ……」
アンナは、眼を閉じたまま、ゆっくりと答える。酔っているような感覚。でも、頭は覚醒している。
「初めてオナニーしたのはいつ?」
「中学の時……」
ためらいもなくこたえられた。これまで自慰については決して他人にうちあけたことはなかった。
「初めてセックスしたのは?」
「16……」
「相手は誰?」
「街で知り合った……男……」
「日本では誰とセックスするの?」
「沙羅……それに……梨香……」
「女としかしないの?」
「そう……」
「男にひどい目に遭わされたことは?」
「レイプされた」
「誰に?」
「暴走族の男……攫われて……何度もレイプされた……見つけた……ペニスを切り落とした……」
「男が憎い?」
「殺したい……」
「殺したの?」
「男が憎い……。男を殺したい……」
「初めて男を殺したのはいつ?」
「男が憎い……。男を殺したい……」
「初めて殺したのはだれ?」
「知らない……知らない男……」
血まみれの男が倒れている。若い男。血の付いたナイフ。血の匂い。暗い倉庫のそば。人気のない道路。
「我慢できなくなったの……?」
ナイフを見て男は眼を見開いた。初めて見る顔。ナイフが肉を裂く時の感覚。
息ができない。苦しい。助けて! 声が出ない。助けて! 体が動かない! 息が出来ない! 死んじゃう!
「アンナ」
眼が開いた。息をしている。キャッシーが心配そうな顔でこちらを見ている。彼女が頬に触れたので、眼が開いたのだ。
ジュディがハンカチでアンナの額の汗を拭った。額から流れ落ちる汗が、顎を伝ってしたたり落ちる。
「もう、大丈夫よ」
ジュディがアンナを抱きしめた。
ベッドの上で、キャッシーの大きな乳房に、顔を埋めていた。そばに坐っているジュディ―が、優しくアンナの全身を撫でている。三人とも、全裸だった。女の匂いが、部屋中に満ちていた。
人を殺したいという衝動を、ついに抑えられなくなってしまった。あの日、真夜中に人気のない道路をわざと歩いた。獲物を捜すために。暗闇から男が出てきて、抱きついてきた。そして、誰もいない倉庫に連れ込もうとした。胸がときめいた。気が付けば、ナイフをポケットから取り出して刃を起こしていた。
男の胸を刺した。男は胸から血を流しながら震えていた。やがて男は動かなくなった。
それから部屋で一人震えていた。怖かったからじゃない。人を殺したくてたまらなかったから。その衝動を抑えられなかったから。
酒を飲み、死んでいく男の姿を思い出しながら自慰をした。
新聞も読まずテレビもつけなかった。警察も来なかった。結局、自分が殺したのが誰だったのか、知る機会はなかった。
「満足した?」
キャッシーが頭を撫でた。二人がかりで、粘膜という粘膜を犯された。何度達したのか、覚えていない。
「今でも、その男のことを思い出すと欲情するの?」
アンナが黙って頷く。
「初めて男を殺した衝撃が強烈だったのね」
ジュディが乳房に触れてくる。
「人を殺したいという願望は誰にでもあるの。あなたのが場合、レイプされた経験がそれに火をつけてしまったのね」
「自分のことを、異常者だと思ったわ。いえ、今でもそう思っている。異常な快楽殺人者」
「そうね。でも、私はそんなあなたを受け止めてあげる。これからも」
キャッシーに抱きしめられた。全身の力が抜けていく。今夜は一晩中、三人で愛し合いたかった。