鮮血のエクスタシー 17
鮮血のエクスタシー 17
アンナはフロントグラスを凝視していた。車はレンタカーのカローラ。なるべく目立たない物を選んだ。
待っていた。
愛人にやらせているスナック。子分たちが外で見張っている。
ターゲットは対立するグループの幹部。依頼者は組同士の報復合戦に見せかけるのが狙いらしい。
新しい銃も手に入れた。トカレフ。グリップを握った感じがどこかしっくりこない。銃全体のバランスが悪い。先日使ったベレッタよりも使いにくそうだ。それに、射撃練習もしていない。
前回使ったベレッタは処分した。対立する者同士の抗争を装うので、もちろん同じ銃は使えない。
土曜の夜。十時を過ぎても大通りは人出が多かった。しかし、この周辺はひっそりとしている。時折、タクシーがバーに客を運んでくる程度だ。
十一時を回った。スナックのドアが開いた。ひとり。店の外に出て周囲を見回している。男は再び店に戻った。
五分、待った。客の出入りはなかった。しかし、店のむこう側の道路には、いつの間にか車が集まっていた。確認できただけで四台。ほかに車のいない広い道路を、ライトもつけずに集まってきていた。
バーのドアが開き、一斉に男たちが出てきた。ライトをつけ、派手にエンジンをふかし、車が次々に飛び出していく。女が店から出てきた。ターゲットの愛人だろう。遠ざかっていくテールランプの数で、車が六台だとわかった。
やはりかなり警戒している。しかし、どこか慎重さに欠けている。心のどこかで、狙われても逃げられるとか、狙われているのは自分じゃないと思っているのだ。
どの車に女とターゲットが乗ったのか、暗くてわからなかった。しかし、行くところはわかっている。
愛人のマンションに先回りする。男の行動パターンは情報通りだ。スナックに寄った日は愛人の部屋に行く。
閑静な住宅地の中にあるマンション。全部で六台の車がマンションの前に停まっていた。アンナは離れた場所に車を停め、蠢く人影に眼を凝らした。暗闇の中に女のシルエットが動いた。続いて太った男が車から降りてきた。男たちがぞろぞろついていく。
しばらくして、男たちが戻ってきた。ターゲットと愛人はマンションに入っていったはずだ。
車の中でじっと待った。車が次々に離れていき、二台が残った。
情報通りだ。女のマンションに多くの子分を貼りつかせることをしないと聞いていた。
女と一発やってシャワーを浴び、女の機嫌を取って出て来る。二時間くらいだ。少しはゆっくりできる。ウインドウを下ろし、銜えたセーラムライトに火をつけた。
二時間が経った。そろそろやつが出て来る時間だ。アンナはルーム・ランプをオフにして車から降りた。闇の中に身を潜めながら、車に近寄っていく。
マンションの前に停まっている二台の車を確認した。前の車には四人乗っているが、後ろの方は前部に二人、後部にひとり。奴が乗るとすれば後ろの車か。アンナの体が自然に動いた。身体も気持ちもキュッと引き緊っている。
本能で動いていると思う。こんな時は、失敗しない。頭が動きはじめとまずい。動きはじめた頭はありとあらゆる可能性を検討し、動きにブレーキをかける。身体も気持も、獲物を狙う獣になるのだ。危険は肌で感じさえすればいい。
這いながら、車に近づいていく。車の後方五メートル。
ルーム・ランプが点った。地面に伏せた。助手席と後部座席から二人が降りてくる。低い話声が聞えた。二人は並んでマンションのエントランスに向かって歩いて行った。ターゲットからこれからマンションを出ると連絡があったのだろう。
息を殺して待つ。まさに、獲物を狙う獣だ。エントランスから男が三人でてきた。体型から中央にいるのが、ターゲットの男だとわかる。男がドアを開ける。ターゲットが乗り込む。
アンナは立っていた。三歩で、閉じようとしていた車のノブを掴んだ。ドアを開け、拳銃を突っこむ。ルーム・ランプに照らされたターゲットの顔。眼を見開き、痙攣した唇から歯をむき出している。眉間に狙いをつけ、トリガーを引いた。
ターゲットの後頭部から脳漿が飛び散った。横に座っている男が腕を掴もうとしたが、素早く身を引いて男たちに狙いをつけた。
立て続けに引き金を引く。ターゲットの横にいた男と助手席にいた男に弾が当たった。仕留めたかどうかはわからない。身を翻してカローラに向けて走る。
運転席に飛び乗り、車を出した。前の車から飛び出した男が、ライトに浮かびあがった。両手で光を遮っている。スピードをあげた。男が逃げ腰になる。突っこむ。男の身体がボンネットの上でバウンドする。急ブレーキ。ハンドルを右に切る。車はスピンして後ろ向きに停まった。
フロントガラスの向こうでもう一台の車が慌てて方向転換しようとしている。アクセルを踏み込んで手前の四つ角を曲がる。住宅の間を縫い、大通りに出、また住宅街の中に突っこむ。
後ろからのライトが運転席に飛び込んできた。後ろから追ってくるのは一台。あと一台に、ターゲットの死体が残っているはずだ。一人残った運転手は仲間たちを病院に運ばなくてはならない。
突っ走った。ハンドルを右に、それから左に切る。追ってくるライトが見えなくなった。両側は倉庫。黒い壁が迫ってくる。右にハンドルを切る。突っこんできた車と鼻さきをぶっつけそうになった。先回りをしたのだ。
そのまま並行して走った。アンナの車は右側にいる。前方に倉庫の壁が迫ってきた。ブレーキが軋む。ハンドルを切るタイミングを、ひと呼吸遅らせた。さきにハンドルを切った左の車とぶつかった。その反動を利用して、右に直角に方向を変えた。
車を停めた。拳銃を握る。エンジン音が近づいてきた。窓から腕を突き出し、後方に拳銃を構えた。ヘッドライトが見えた瞬間、一発撃った。それから車を出した。
橋へむかった。眠った倉庫、ドラム缶。ライトの中に、黒い車体が鮮やかに浮きあがる。先回りしたのだ。アンナはアクセルを踏みこんだ。こちらを見て口を開けている男の顔が、はっきりと見えた。ぶつかった。しかしまともではなかった。相手の車はこちらをかわそうとした。テールランプのあたりを弾き飛ばし、突き抜けていた。
そのまま、大通りへ出る道を突っ走った。建物が後方に飛んでいく。ミラーで確かめた。ライトは追ってきている。距離はある。
車が増えていた。タクシーが多い。どこへいっても、この時間はタクシーだらけだ。赤信号を突っ切った。クラクションが追ってくる。右に曲がった。運河に沿って走り、それからまた右にハンドルを切る。入り組んだ道路に入った。スピードを落とす。追ってくる車の気配はもうない。どうやら撒いたようだ。
公園のそばで車を捨て、アンナはタクシーを停めた。
ほっと息をつく。これでまた、貯金が増えた。
身体が疼いている。
部屋には梨香がいる。でも、こう毎日だと、彼女も嫌がるだろうか。
久しぶりに沙羅を呼び出そう。