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鮮血のエクスタシー 18


鮮血のエクスタシー 18

 車がエントランスの前に停まった。
 黒いスーツの男が後部座席のドアを開け、灰色のスーツに銀色のネクタイをした岩丸に一礼した。
「榊と申します、岩丸親分」
「おう」
 榊が先導した。岩丸を守るように、若いボディーガードが岩丸の後ろに付いた。
 ホテルの入口には、ホテルのボーイやフロントマンが霞んで見えなくなる程、その筋とわかる風貌の黒いスーツの男達が整然と並んでいる。ホテルの入口へと近づくと、次々と岩丸に向かって頭を下げ、挨拶をした。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
 岩丸が目の前を通る度に、黒いスーツの男達が挨拶をする。中には滑舌が悪いのか、喋り慣れていないのか、ほとんどまともに聞き取れない程早口で挨拶をする者もいる。
 先導する榊が、ホテルのフロントにいる若い男たちに檄を飛ばした。
「開けとけ馬鹿野郎!」
「はい! すんません!」
 檄を飛ばされた男たちは、次々に急いで通路を確保し、エレベーターを岩丸が来るまで開け続けていた。
 岩丸を守るようにエレベーターの四隅に男達が陣取り、その中央に岩丸を乗せ、ホテルの上のレストランまで運んで行く。
「物々しいな」
「すみません。でも相手はプロですから、用心するに越したことはありません」
「その野郎にけじめをつけねえとな」
「吉井組長を殺ったのは女だっていうじゃないですか。権藤組長を殺したやつなんでしょ?」
「まあな。でも、そのうち見つけ出して、ぼこぼこに犯してやるさ」
 レストランのVIP室に着く。店内に客の姿はなく、完全に貸切になっている。榊が指示して、レストランのボーイがVIP室の扉を開ける。
「忙しいのに呼び出して悪かったな、岩丸」
 黒髪をオールバックにした強面の男が、豪華な席に悠然と座って構えて、葉巻を燻らせていた。
権藤に代わって組のトップに座った斉藤だ。上品なスーツの襟元には、見覚えのある紋章の金バッヂが鎖付きで光っていた。
「へい……」
 岩丸は、サングラスを外し、頭を下げた。スーツの胸ポケットにサングラスを仕舞う。
「座れ」
 ウェイターがビールを持ってやってくる。斉藤はジャケットの内ポケットから本革のケースに収めていた葉巻を取り出した。シガーカッターで先端を切断して吸い口を作ると、VIP席にいる部下が駆け寄って屈み、高級ライターを取り出して斉藤が咥える葉巻に火を着けた。
 斉藤は葉巻を吹かしながら火が偏らないように満遍なく着くように回転させながら燻らせると、満足そうに口から煙を吐き出した。
 岩丸は出てきたビールを飲んだ。
 斉藤は火を着けた部下に下がるように指示をすると、ようやく口を開いた。
「曽根組の傘下にある正道興業の幹部が殺された。松下って幹部だ」対立する組の幹部。昨夜、愛人のマンションから出ていたところを撃ち殺された。殺ったのは女。
「知っております」
「うちが殺ったと見せかけてるな。誰かが両方の組の壊滅を狙っているようだ」
「へい。とりあえず手打ちってことで曽根組にあたっていますが、向こうはまだ半信半疑のようで」
「こっちは権藤さんと吉井のタマとられてんだよ!」
 斉藤が怒鳴った。
「向こうには是が非でも協力してもらわにゃ、なんねえんだ。それでもうちがやったっていうんなら構わねえ、潰しちまえ」
「へい」
 両方の組織の事務所はすべて厳戒態勢に入っている。互いが、相手の仕業だと思って疑心暗鬼になっているのだ。
 ドアがノックする音が聞こえてきた。斉藤の部下が岩丸のそばに来て、「来られました」と耳打ちした。ドアを開けて入ってきたのは探偵だった。痩せて、老いていたが、眼は禽獣を思わせるように鋭い。探偵は岩丸の横に立つと、斉藤に深々と頭を下げた。
「岩丸親分に雇われております、探偵の氷室と申します」
 両手で差し出された名刺を受け取ると、斉藤が氷室に席を勧めた。
「ボディーチェックが厳しかっただろう」
「いえ、これくらいの警戒は当然ですよ。では、さっそく報告のほうを」
「聞こう」
「訓練を受けたことのある奴にしかできない仕事です。元自衛官か警官だろうと思って調べたんですが、そっちの線で調べることはできませんでした」
「元警官や自衛官が、あんな大それたことが出来んのかい?」
 砂糖を入れたコーヒーを、氷室が掻き回した。スプーンをつまんだ指が、痩せた身体に似合わずがっしりと太い。
「ありきたりの訓練しか受けていないものには、そりゃ無理でしょう。だが、あまりに見事な手際です。どこかで特別な訓練を受けたはずです。本格的な訓練は銃器の規制が厳しい日本では無理ですから、訓練を受けたとすれば、海外でしょう」
 氷室がコーヒーを畷った。
「海外とはやっかいだな。探す当てでもあんのかい?」
 斉藤が氷室を睨んだ。吹かす葉巻の煙で、周囲が霞んでいる。氷室がコーヒーを飲み干した。
「民間で訓練を受けるとすれば、一番可能性の高いのはアメリカでしょうね。軍の伝手を頼れば訓練を受けることは可能ですが、記録が残るので避けるでしょう」
 岩丸がタバコをくわえた。横で待機している若い男がさっと寄ってきて火をつけた。煙を吐きながら、氷室の次の言葉を待った。
「アメリカといっても広いぜ」
「本格的な訓練ができる施設はアメリカでもかなり少ないです。あと、中東の地下組織も訓練所を持っているところは多いです。そっちのことはわかりませんが、まずないと思います」
「どうしてそう言い切れる?」
「中東の地下組織となると、ほとんどがテロリスト養成機関です。当局の監視も厳しいですし、ヤクザはテロの標的にはなりませんから、訓練を頼んでも相手にしてもらえないでしょう」
 もしかしたら、氷室は昔、刑事だったのかもしれない。岩丸はそんな気がした。
「日本人の女がそんな訓練を受けるとしたら、おそらくハワイかグアムだと思います。東洋人が多いので目立たないし、軍の設備が近くにありますから。民間の訓練所といっても、教官はたいがい軍と繋がっていて、軍事施設のそばに訓練所があることが多いんです。日本人の女が訓練を受けているなら、そう手間をかけずに探し出せるかもしれません」
「探す当てはあるのかい?」
「もうやっています。海外の探偵を雇いました。費用はかさみますが、岩丸親分が面倒を見てくれるといってくれてますんで」
 斉藤はちらっと岩丸を見た。
「あと、うちの店で働いていた女から、プロの情報を得ました。シャブに漬けたらすぐに吐きました。唆したのはレズビアンのようですな」
 岩丸の言葉を聞いて、斉藤の眼が、ギラリと光った。
「それで、レズビアン専門の風俗店やバーを聞いて回っているところです。権藤親分を殺した女に似たのを十人、見つけ出しました。今、首実検の最中です」
「それに、そのプロの女と似た女と付き合ってるんじゃないかってのがいましてね。女子大生なんですけど、あたしはその女を尾けています」
「その女子大生のヤサは?」
「へい、すでに特定しています。しかし、肝心の女の方はまだです。実は先日へまをやりまして、尾行がばれちまったんです。ヤサにも戻ってこないところをみると、女子大生はその女の所にしけ込んでんじゃないかと思います。実は、あたしはこいつが本命かもしれないって思ってましてね」
「どういうことなんだ?」
「尾行がばれたんで、ヤサにも戻らずガラをかわす。素人じゃねえと思いましてね。そのプロが女子大生に指示してやがんですよ」
「なるほど」斉藤が深くうなずいた。
「女子大生の通う学校も家族のヤサも特定してます。一般人なんでいつまでも隠れてるってわけにはいきません。女子大生の方はすぐに見つかるでしょう。海外で訓練を受けたって日本人を見つければ、裏は取れます」
「手間取るようなら、その女子大生を攫ってこい」
「はい」
 岩丸が頭を下げた。

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