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鮮血のエクスタシー 20


鮮血のエクスタシー 20

 繁華街のはずれにある、斉藤組の事務所。
 入口が見通せる場所に、アンナはバイクを停めた。午後一時。人通りは多い。
 一時問と待たなかった。黒いベンツが横付けされ、五十年配の男が降りてきた。斉藤だ。黒っぽいスリー・ピース。黒々とした頭髪。車は待っていた。十分ほどして、男は出てきた。続いて、後ろから大きな荷物を抱えたボディガードが出てきて、ベンツのトランクにそれを放り込んだ。
 アンナは、イグニッションに手を伸した。滑り出したベンツの後を追う。充分に距離をとった。繁華街の方にむかっている。
 ベンツが停まった。ビルの前だった。斉藤が降りた。若い男が二人一緒だった。ビルに入っていく。クラブやバーの看板が沢山出ていた。ベンツは、十メートルほどさきの路地に入り、また停まった。そのまま待つつもりらしい。
 アンナは、別の路地にバイクを入れた。バイクを降り、歩いてビルの前を一度往復した。手頃な喫茶店があった。通りにむかって窓が開いていて、ビルの入口あたりがよく見渡せそうだ。
 男が出てきたのは、午後二時半を過ぎていた。ホステスらしき女が五、六人見送りに付いてきた。こんな昼間にどうして店にホステスがいるのかと思ったが、人と会っていたらしい。わざわざホステスを呼んだのだろう。四十過ぎの、眼鏡をかけた男をハイヤーに乗せて送り出し、それから自分のベンツを呼んだ。
 アンナは店を出て、反対側の舗道に立った。男の顔を、頭に刻みつけた。実業家という感じだ。ポマードで撫でつけたオールバックの髪、陽焼けした肌、横一文字の濃い眉の下にある小さな眼。白いワイシャツとスリー・ピース、地味なグレーのタイ。
 バイクにまたがり、ベンツを追う。
 ベンツは高速に乗り、横浜方面にむかった。東京の中心からどんどん離れていく。間違いなく、小田原方面に向かっている。
 これ以上付け回していると、気づかれるかもしれない。ここまで来た以上、奴の向っている場所は一つしかない。
 アンナはバイクのアクセルを開いた。一気に加速し、ベンツを追い抜いていく。追い抜きざま、ちらっと横目で車内を見たが、中の四人は誰もアンナに関心を示さなかった。
 バイパスに入り、大きな橋を渡った。制限スピードを守りながら走る。熱海の表示が見えた。
 インターを出た。バイパスからはずれ、住宅街を走る。海が見えた。団地、建売住宅、分譲地。右が海で、左に田畑が広がっている道路に出た。
 駅前商店街を抜け、高級住宅街に入った。道路に人影はない。午後四時。空が曇り始めていた。斉藤の娘の屋敷の前を通り過ぎた。大きな庭石が目に入る。隣の番地に回り込み、家の塀に寄せてバイクを停めた。
 閑静な住宅街。高級住宅街で有名な場所だった。バイクから降りてヘルメットを脱ぎ、周りに人がいないのを確認してかつらをかぶる。リアシートに括り付けていたアレンジメントフラワーを手に取る。
 立派な門構えの家の前に立った。アレンジメントフラワーを両手で持つ。腰に差したスタンガンは、目立たないように、ズボンに突っこんである。拳銃は上着のポケットだった。ルガーブラックホーク・357マグナム。やたら重い銃だ。
 ドアベルを押す。しばらくして、中年の女性の声が聞こえてきた。
「お荷物をお届けに参りました」
 カメラの前にアレンジメントフラワーを差し向ける。しばらくして、門の脇にある勝手口が開いた。品のいい中年女性だった。
 夫婦と大学生の息子と高校生の娘の一家四人。夫は海外出張中、兄は海外留学、娘はまだ学校のはずだ。
「すみません」と言って、女が印鑑をエプロンのポットから取り出した。
「玄関まで運びます」
 女がドアの前から離れた。アンナは敷地に入って玄関まで花を運んだ。
「こちらで結構です」
 玄関の三和土にアレンジメントフラワーを置いた。女が背を向けた瞬間、腰に差したスタンガンを抜いて女の首筋に押し付けた。
 女は一言も発せず床に倒れた。持ってきたロープで女を後ろ手に縛り、両脚も縛った。口にタオルをかませたところで、女が目を覚ました。
「静かにしなさい」
 上着からブラックホークを抜いて女に銃口を浮きつけた。女が両目を見開く。
「騒がなければ何もしない。こちらの用事はすぐに終わる。しかし、騒げば死ぬことになる。わかったら頷け」
 女は必死で首を縦に振った。
 女に目隠しをしてリビングに転がした。家の二階に上がり、身を伏せながらベランダに出る。ベランダの隙間から隣の屋敷を覗きこみ、様子をうかがう。斜め向かい側にある斉藤の娘の屋敷の庭が、よく見える。
 斉藤が必ず顔を出す場所。孫がいる娘の家。今日は孫の誕生日だ。
 殺すとなれば、孫の目の前で殺すことになるだろう。心が痛む。
 ふっと笑みがこぼれる。私にもまだ人間的な感情が残っていたんだ。
 複数のエンジン音が聞こえてきた。四時四十分に、黒塗りのベンツが横付けされた。降りてきたのは、ずんぐりした身体つきの男。斉藤だ。車に分乗していた男たちが、屋敷の前に待機している。手下達は娘の家には上がり込まないらしい。
 一度、深く息を吸った。
 腰を屈め、銃を持った腕を持ち上げた。
 庭に面した部屋の障子が開かれた。大きな背中が見えた。正座している娘が見える。奥の突き当たりに、祭壇。男が庭を見た。斉藤だった。孫を抱いている。これは邪魔になりそうだ。
 孫を抱いた斉藤が庭に出てきた。狙撃にはベストのポジション。狙いを斉藤の頭に合わせる。
 呼吸を、二つ数えた。銃口がぶれれば、孫に銃弾が当たってしまう。ふっと、空白の時間がアンナを襲った。頭が思考を止めたのだ。
 引き金を引いていた。轟音が響く。孫が地面に落ちていく。斉藤の頭が吹き飛ぶのが、はっきり見えた。
 アンナは二階の部屋を飛び出した。孫の泣き声が耳に届く。リビングに転がしている女をちらっとみる。すぐに娘が帰ってくる。
 門を飛び出しバイクに跨ってエンジンをかける。連中の車は二台。前後を挟まれる可能性がある。眼の前の細い路地にバイクをつっこんだ。アクセルをふかして直進する。脇から誰かが飛び出して来たら避けようがない。心で祈りながら現場を離れる。後ろで車のエンジン音が聞こえてきた。バックミラーに細い路地を無理やり進んでくる車が目に入った。
 急ブレーキをかけて減速し、脇道に飛び込んだ。この道は車では曲がれない。そのまま直進する。男たちが車から降りてくるのが見えた。
 大きな通りに出た。もう一台の車は見えない。斉藤を病院に運んでいるのかもしれない。

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