野獣よ暁に吼えろ 1
野獣よ暁に吼えろ 1
「昨日の女だけどよぉ。すげえいやらしかったんだぜ。山に連れていってパンツに手ぇ突っ込んだら、もうぐっしょり濡れてやがってさ。準備万端って感じだった。そのままベンチに手をつかせてバックからぶち込んでやったんだ」
坂本玄太が巨体を揺すりながらしきりに股間を掻いている。女に変な病気をうつされたのかもしれない。
「あそこの絞まりなんか最高でさ。犯られているのに、よがりまくりいきまくりでさ、外に出すの持ったいなかったから、そのまま生で中に出してやったんだ」
「中を汚すなのいったんだけどよぉ。玄太さんのは濃いからな」
後ろにいる二人の仲間も下品に笑っている。明生は窓から銜えていた吸い殻を宙に放り投げた。インターの出口から、車が次々と出てくる
「つまんねえ女に嵌めたって仕方ないだろ」
「何言いやがる。昔はみんなで女攫って峠に連れていって輪姦したじゃねえか」
「いつの話をしてんだよ。お前らもいい歳なんだから、突っ込みなんざ卒業しろ」
「女を攫ってはめるのって、興奮するよな。やめられねえよ」
玄太につられて後の二人も笑っている。玄太がまた股間を掻いた。
「例のビデオはいつ手に入るんだ?」
「今夜、一平太が俺の部屋に持ってくる」
「あいつ、こっそり見るんじゃないだろうな」
「大丈夫だ。勝手に見るなと釘を刺してある。あいつは約束をきちんと守る男だ」
「約束じゃなくて、言いつけだろ」といって、玄太が笑う。
「それに、俺たちが買ったってことはばれないんだろうな」
「いつものように、間に何人も人を入れてあるから、大丈夫だよ」
「頼むぜ。なんたって、やくざの唾つきだからな。あのやくざ系芸能事務所ペーニングプロの会長の愛人だぜ」
スケコマシで有名なクラブの黒服が、現役アイドルのハメ取り動画を盗撮して売り込みにきた。五百万と吹っかけてきたが、二百万に値切った。そのアイドルは芸能義務所会長で、ある広域暴力団の組長の愛人だ。下手に動画を拡散させると消される恐れもある。黒服にはその情報は伝えていない。クラブの従業員が地獄を見ようが殺されようが、明生には関係ない。
「あれじゃねえのか?」
料金所を出てきた白いセダンが、明生たちの目の前を通過していく。運転しているのは斉藤幸平だ。
「いくぞ」
明生はワゴン車をゆっくりと発進させ、そのままそっと後をつけて行く。リアガラスから様子を窺う。こっちは明生を入れて四人。向こうの斉藤を入れたら五人だ。
前を走る車は空き地のようなところへ止まった。ここでトイレ休憩をしたいと相手に言って車を停めるようにいってある。計画通りだった。
車から斉藤が降り、相手の男とその仲間が車から降りて、煙草に火をつけた。ワゴン車を停め、四人がいっせいに車から飛び出して駆け寄ってきた。それぞれが手に刃物やバット、特殊警棒を持っており、たちまち二人を取り囲んだ。
「何だよ! お前ら!」男たちが叫ぶ。
「強がんのはよせよ。もう逃げられんぜ」明生のセリフに、男たちの顔色が変わった。
「この野郎! ハメやがったな!」
男が斉藤の方を振り向いて叫ぶ。
「こいつらを一人ずつ別々に車に乗せろ」と明生が指示を出した。首にナイフを突き付けられた男たちは別々の車に乗せられた。
「お前ら、俺たちが誰か知っているのか?」
「山菱だろ」
「おう! それを知っててこんなことしとるんか!」
「菱餅なんざ、俺たちには関係ねえよ」
明生が横に座る男を殴った。
「お前ら、もう終わりなんだよ。半グレがいきがるんじゃねえ」
明生がもう一度、男を殴った。男が鼻血を出した。
男たちを人気のない公園につれていった。車から降ろし、ふたりを並ばせた。連中からすれば、恐喝した相手から今日五十万受け取るはずだったのが、逆に相手の罠にはまってしまったことになる。
「おう、こんなことして無事ですむと思ってるんじゃねえだろうな」
男の言葉に、玄太が目を吊り上げた。
「俺はヤクザが大嫌いなんじゃ!」そう言いながら手に持った警棒を頭上に振り上げ、次の瞬間、思いっきり男の頭めがけて振り降ろした。鈍い音がして警棒は男の横顔を直撃した。
「ぐぁっ!」と悲鳴を上げて男が倒れ込む。
「おぅ! お前らもやったれ!」玄太が叫んだ。「ヒャッホー!」と楽しむような声を上げて、玄太の後輩たちが襲いかかった。
一方的なリンチだった。バットや棍棒で殴り、鉄パイプで殴り、倒れた男たちを蹴りまくる。
「オラー!」
「死ねやー!」
後輩たちは声を上げながら二人の男を一方的に痛めつける。その様子を玄太と明生がタバコを吸いながら見ていた。
男たちも黙ってはいない。
「けじめつけんかい、こらぁ!」と強がっているが、二人はみるみる顔が腫れあがり、血ダルマとなった。
斉藤は見ているだけだった。
「おい、借りを返すんじゃなかったんか、幸平!」
斉藤がためらっているところへ玄太がバットを差し出した。
「おめえもやれ」
バットを受け取った斉藤がまだ迷っている。ぐったりとなった男たちを、後輩たちが起こして顔を上げさせる。
「オラ、やれ! 幸平!」と斉藤に声をかける。
男たちにはまだ意識がある。
小さな声で「こんかい、こらぁ」と口を開く。次の瞬間、斉藤は「うわあああっ」と叫んで思いっきりバットで男の顔を横殴りにした。
ぐったりとなって男が倒れた。
「おう、幸平! 次はこっちじゃ!」
「うおーっ」
斉藤は声を上げ、もう一人の男の顔面をバットで殴った。
これでタガがはずれたのか、最初は迷っていた斉藤が、二人をメッタ打ちにし始めた。
「やりゃあ出来んじゃねーか」
吸い殻を捨てて、玄太が笑った。
「場所を変えるぞ」
明生が三人に指示した。
半死半生の二人をトランクに詰め、その場を離れて山道を上がっていく。
二十分ほど走ると、産業廃棄物が不法投棄されている場所にでた。明生は後輩たちに命じて男たちをトランクから引きずり出させると、彼らの前に仁王立ちになった。
「ここはお前たちの組が産廃を捨てている場所だよ」二人の男は息も絶え絶えに周りを見る。
車のヘッドライトが現場を照らす。二人とも顔面は腫れ上がり、服は裂け、全身血まみれとなりもはや立つことも出来ない。
「お前ら、俺たちをどうする気だ」
眼を怒らせて睨みつけてくる。下っ端とはいえ、さすがやくざだ。
「ここに埋めるんだよ」玄太が横から口を出した。「このまま返したら、お前ら仲間を連れてくるだろ。だから、ここに埋めちまうんだよ」
後輩たちが地面に穴を掘り始めた。
「殺るんやったら、はよやらんかい」
「明生さん、まさか埋める気なんですか?」
斉藤が恐る恐る聞いてくる。
「ああ。こいつらはヤクザなんだ。ここまでやっちまったからには、始末するしかねえんだよ。でないと、お礼参りに仲間連れてやってくるぜ」
「マジですか?」斉藤は完全に怯えていた。
「こいつらにゃ消えてもらった方がええ」玄太がつぶやく。「こんな奴らを人間だと思うんじゃねえ。ゴキブリだよ。そう思えば、殺せるだろ」
「お、俺は……」
穴を掘り終えた二人が、やくざたちを穴に放り込んだ。
「幸平、こいつらを埋めちまえ」そう言って、玄太がシャベルを手渡した。
「あ、浅いですよ。この深さじゃ、死体がすぐに見つかっちまう」
「いいんだよ。ここは山下組の土地なんだ。こいつらが無様に死んだのを見せつけてやるんだよ」
二人のヤクザはもう強がってはいなかった。事の成行きを、息を潜めて窺っている。
後輩がふたりで二人のヤクザを引きずり起こし、穴の中に突き落とした。ドサッと音がして男たちは穴の底へ転落した。
「やっぱり、俺には無理です! 人を殺すなんて!」
斉藤が泣きだした。玄太が斉藤を殴った。
玄太が大きな石の塊を掴み、斉藤に手渡した。
「こいつをあいつらに投げろ。殺すんだ」
「そんな……。そんなこと出来ません」
「さっさとせい、おめえも埋めるぞ、コラァ!」玄太が怒鳴る。
「なあ、幸平。お前のためにやってるんだよ」黙って見ていた明生が斉藤の前に立った。
「そうかぁ、残念やな。おい、穴もう一つや!」玄太の声が暗闇の中に響く。
「や、やります!」
斉藤は大きな石を持ってヤクザに近づいていった。そして、頭上に振りあげた。
「ま、待ってくれ!」
ヤクザが叫んだ。
「や、やめてくれ!」もう一人のヤクザも懇願する。「今夜のことは忘れる。だから、助けてくれ!」
「美人局なんざ、汚い手を使うやつは生かしちゃおけねえんだよ」
「わかった。忘れる。このことは忘れる。仕返しもしねえ」
「信用できるもんか」
「本当だ。第一、こんな目にあったことなんて、みっともなくて組に話せねえ。お願いだから殺さないでくれ」
二人のヤクザは涙ながらに明生たちに訴える。
「け、根性無しが」玄太が唾を吐きかけると、全員が車に乗り込んだ。
山を下る帰り道、車内では、明生が大笑いしていた。
「どうでした、俺の演技」
斉藤が愉快そうにタバコをふかしている。
「ありゃ、演技なのか?」
「いやあ、俺って、ヘタレ性なんですかね」
「そうかもな」
携帯が鳴った。後ろからついてくる玄太からだった。
「明生、今からソープに行くぞ」
「昨日、女を輪姦したばかりなんだろ」
「俺っちのタンクは一日でいっぱいになるんだよ」
「俺は先客があるから、みんなを連れていってこい」
タバコを銜えると、横にいた後輩が火の着いたライターをさっと差し出した