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野獣よ暁に吼えろ 4


野獣よ暁に吼えろ 4

「うわぁ!」
 シートに身体を押し付けられ、一平太が感嘆の声を上げた。
「凄い加速っすね」
「気に入ったなら、お前も買え」
「俺には無理っすよ、ポルシェなんて。いくらするんっすか?」
「一二〇〇万」
「すげえっ!」
「お前も俺の店でホストやれよ。いいガタイしているし、童顔だし、お前なら稼げるぜ」
「ホストなんて無理っすよ。俺、まだ女も知らないし」
「ソープに行けばいい」
「俺には理想があるんっすよ。最初は絶対に惚れた女とやるんだって」
「ロマンチストだな。鈴奈を抱かせてやろうか。締りのいい女だぜ」
「冗談きついっすよ。鈴奈さんはグラビアアイドルっすよ。それに、明生さんの恋人じゃないっすか」
「恋人か」女は鈴奈だけじゃない。一平太にそういいかけて、明生は口を噤んだ。この男に大人の男の世界の話をしても仕方がない。
 ポルシェが水戸のインターで一般道に入り、栃木の県境に向かって走っていく。やがて、 田畑と民家が点在する場所に入る。広い空き地にプレハブ小屋が建っているのが見えた。明生はポルシェを空き地に入れた。
「ついたぞ」
 明生と一平太がポルシェから降りた。砂利敷きの空き地にトラックが三台停まっている。
「土建会社っすね」
「俺の知り合いの運送業屋だよ」
 ふたりは杉林の間の小道を上がっていった。遠くから祭り太鼓が聞こえてきた。笛の音も聞こえてくる。風に乗って高く低く大きく小さく、うねるように這うように。
 杉林をぬけると、祭り提灯が家々の軒に吊るされているのが目に入った。提灯は狭い道の両側を飾るように、ずっと奥の方まで続いている。
 白いブラウスと紺色のスカートの女子高校生が三人、横に並んで歩いて来た。道幅いっぱいに広がって、何かを話し、そして弾けるように笑う。明生と一平太は、そんな女子高生たちを通すために道を譲った。
 家々の屋根の向こう側にこんもりと茂る鎮守の森が広がっている。一際大きな御神木が大きく枝を張り、八月の終わりの陽射しを跳ね返していた。
 ふたりは黒板塀の角に沿って曲がる。その道の先に男たちが群れていた。
 午後三時、指定された時間だった。早過ぎたわけではない。長引いているのだ。
 上半身裸になって刺青を見せている男に、明生が近づいていった。一平太も後を追う。興奮しているのか、渡辺綱の顔までが赤くなっている。
 その場の雰囲気は剣呑なものだった。同じように刺青を見せている男たちが他にも数人いた。
「明生さんか、ちょっと待っていてくれ」
 渡辺綱の刺青をしている男がそう言った。明生は反対側の塀に寄りかかって男たちの様子を眺めた。
 去年と同じと言うわけにはいかないんだ、と男の一人が言った。こっちは親分からそう言われて来ているといって、譲らない。
 結局、話し合いがつくまでにそれから小一時間も掛かった。明生に声をかけた男は話し合いが終わるのを待っていた男たちを集めて、それぞれの店の場所を指示した。
 また不平の声が上がったが、男たちがしぶしぶ散っていった。
「悪かった、明生さん」
 男が明生の前で頭を下げた。パンチパーマで目つきの鋭い、いかにも筋ものという風体の男に、一平太の顔が緊張した。
「やあ、工藤さん。こっち、弟分の本田一平太です」
 明生に紹介され、一平太が慌てて頭を下げる。
「車は工藤さんの会社の敷地に置かせてもらいました。俺たちの場所はどこです?」
「神社の建物の裏手、森の中なんだ。去年はもっといい場所だったんだけどな」
「何を揉めていたんです?」
「店を出す場所だよ。毎年、誰が何処に店を出すかはほぼ決まっているんだ。何らかの事情で場所が変わる場合でも、代貸しの一存ですべてが決まっていたんだがな。不平が出る事はなかった。今年のように親分の意向が出てくるようなことは、ここ数年、いや十数年、聞いたことが無いや」
 工藤はそう言葉を口にした。そして首を傾げた。
「とりあえず、俺たちも指定された場所にいこう」
「さっきの人、知り合いっすか?」
 工藤と別れ、歩き出した明生に、一平太が聞いた。
「まあ、古い知り合いだ」
 二人は指定された場所にやってきた。神社の本殿からはやはり大分遠かった。裏参道から森に踏み込むその通路の脇が露店を出す場所だった。
「去年は宝物殿のすぐ脇だったんだが」明生は言った。
「どうせアルバイトなんでしょ? あがりの良し悪しは関係無いですよ」
「あがりが良ければご祝儀がつく」
「でも、明生さんの稼ぎに比べりゃ、たいしたことないっすよ」
 明生が笑った。そこにトラックが来た。一平太がウナギ釣り堀用のプール、柱、屋根など露店道具一式を下ろした。
 明生と一平太が露店道具を広げる。手際よく作業をする明生を、一平太が感心するように見ていた。
「なんか、意外っす。新宿のナンバーワンホストで、ホストクラブ経営者の明生さんが、田舎の祭の夜店に座るなんて」
「たまにはこういうのもいいだろ」
 周りではトラックが来て、どんどんと露店が出来ていった。
 工藤がまたやって来た。
「悪かったな明生さん、こんな場所で」
「代貸しと親分の間に何かあったんですか?」明生は言った。上納金が少ないと親分が怒ったのか、とそう言う意味で聞いたつもりだった。
 しかし、工藤は、「分からねえ、聞いてねえ」と言った。
「あの人、やくざっすよね」工藤が去ってから、一平太が聞いてきた。
「工藤さんは俺の爺さんの子分だったんだよ」そう明生は言った。
 明日からは祭りだ。境内から笛や太鼓の音が途切れる事無く聞こえてくる。明日はここいら辺一帯がぎっしりと人で埋まるのだろう。
 一平太の心が浮き立つのを、横にいる明生も感じていた。一平太は祭りが大好きだったはずだ。

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