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野獣よ暁に吼えろ 10


野獣よ暁に吼えろ 10

 町の方からひっきりなしに、笛や太鼓の音が響いてきていた。太鼓の数や笛の数がどんどんと増えてくる。右から左から、さらにずっと遠くの方からも、聞こえ始めた。
 人々の歓声がそれに混じる。波の様にうねる音が高く低く聞こえてくる。
「俺が店番しているから、ちょっと行って見て来いよ」
 明生がそう言った。
 一平太は立ち上がって、まず神社の境内に向かう。そこはすでに人で溢れかえっていた。
社殿の前には大勢の人が並んで、参拝の順番を待っていた。
 御神楽の舞台では股旅物の芝居をやっていた。役者が見得を切ると、観客から一斉に掛け声が掛かった。お捻りが飛び交う。芝居は一時中断し、役者も裏方もまずはお捻りを拾う。
 一平太は参拝客の後ろに並んで賽銭を投げた。そのまま人の流れに従って鳥居を潜る。階段があり、階段下からずっと町の方まで露店が並んでいた。神社に向かう人と帰る人で、二列に人並みが分かれている。
 一平太は流れについて階段を降りた。
「一平太くん」
 振向くと、そこに聡子がいた。一平太は頬が赤らむのを感じた。
「どうしたんっすか?」
「参拝が終わって帰るところなの。一平太くんはどこにいくの?」
「はい。明生さんが見に行ってもいいっていてくれたんで、山車を見に行こうと思ってたんっすよ」
「じゃあ、ご案内するわ」
 一平太と聡子は並んで人並みに押されて行った。
 聡子の肩が一平太の腕に触れる。薄い浴衣地を通して、聡子の体温と肉の柔らかさが伝わってきた。一平太は、股間が熱くなってくるのを感じた。
 横を歩く聡子に何とか気づかれないように、腰を引きながら歩いた。
 聡子はそんな一平太の様子を見ていた。
「明生さんから、私の事を聞いたのね」
「えっ?」
「隠さなくてもいいわ。顔に書いてあるもの」
「は、はい」
「どう思った?」
「その……。とても本当の事とは思えなかったっす」
 一平太は正直に感想を言った。
「私のことをそんな風に思ってくれたのは嬉しいけど、買い被りよ。明生さんが言った事は本当のこと。私は馬鹿な不良娘だったの。いえ、今でも馬鹿は同じね。馬鹿な、ヤクザ者の妾よ。あなたの考えていたような女じゃあないわ」
「そ、そんなことないっすよ」
「あの時、父の言う事を聞いておけばこんなことにはならなかった、と今になれば思うけど、当時は口煩いばかりの父の言葉には素直に従えなかったの。結局、私をちやほやする男の下心に気が付かず、家を出たって言うわけなの。後はお定まりの転落ストーリーだったわ。高校にも行かずに男のアレをしゃぶって、いろんな男に抱かれて」
「そ、そんなこと……」
「亭主はね、宮城刑務所にいるわ。ちょっと待って、もう出たかしら。いずれにしてもそんな頃だわ」
「会いたいんっすか?」
「そんなわけないでしょ。愛情なんてあるわけないじゃない。動物のように扱われただけだもの。私も動物だったかも知れないけれど、アイツはもっと動物だったわ。けだものよ。人間らしい感情なんかこれっぽっちも無い。自分のしたい事をするだけの男」
「代貸しのことを嫌ってんっすか?」
「そうよ。代貸しも私の亭主と同じ。私を家畜かなんかと思っている。でも、いいのよ。自業自得。私は脳味噌の足りない動物なのよ」
 大通りに出ると人垣が出来ていた。鉦や太鼓の音が大波のように押し寄せてくる。高さが七、八メートルはあろうかと言う山車が目の前を通過して行く。年代物の人形が山車の上で踊っていた。山車は大通りの向こうの方まで、何台もつながって並んでいた。
 聡子は一平太を甘味処に誘った。アンミツを口にして話す聡子はまるで十七、八の少女のようだった。
「今度は一平太さんの事を教えて」
「俺は、話す様な事なんってないっすよ。中学出てからは、高校にも行かずに働いていたっす。両親は離婚しました。母親と暮らしていたけど、母親は風俗で働いていました」
「そう」
「俺、新宿でやくざに絡まれて、ぼこぼこにされたんです。体がでかくって、格闘技もやってたんっすけど、多勢に無勢で袋にされました。そのとき、明生さんに助けてもらったっす。仲間連れて、やくざをぼこってくれたっす。あのときの明生さんって、すごくかっこよくって、もう、一生ついていこうって決めたっす」
「恋人は?」
「恋人なんていませんよ。女の子と付き合った事もないっす。だから俺……童貞っす」
「本当?」
「はい。女の子としたことないっす。したいけど、する相手がいないっすよ」

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