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野獣よ暁に吼えろ 18


野獣よ暁に吼えろ 18

「はあ……」
 またため息が漏れた。一人の空間が、余計に寂しさを感じさせる。笙子は、明かりも点けないままカーペットの上で膝を抱いたままじっと座っていた。カーテンを通して淡い光が部屋に降り注いでくる。外は晴天だが、出かける気がしない。会社に勤めているときはあちこち行きたい場所があったはずなのに、自由な時間ができたとたんに、いきたいところなどなくなってしまった。
 いや、これは明生のせいだ。あいつが無理やり私のことを犯したりしなければ……。
 ふう……。
 また、ため息が漏れる。カーペットに腰を下ろしてから、どれくらいの時間が経っただろう。時計が時を刻む音の他は、窓の外から、時折、車の通る音がするだけだ。
 寂しさが、笙子の身体により強い刺激を求めてさせていた。寂しさを振り払うだけの強い官能が欲しかった。

 どうして連絡してくれないの……?
 どうして呼び出してくれないの……?
 会いたい……。抱いて欲しい……。

 何もしないでいると寂しさと孤独感が増してくる。
「明生……。何処にいるの? 会えないの? 今すぐ会いたいのに……」
 孤独感が笙子に独り言をこぼさせた。ポロリと涙がこぼれる。
 辛い……。我慢できない……。
 じっとしていると、どんどん不安が大きくなっていく。笙子の神経は、ちょっとした音にさえ敏感になっていた。屋敷の前の道を通る車の音、風の音さえ、忍び寄る孤独の気配を強めていく。
 笙子は、いつの間にかカーペットの上に膝を抱え横たわっていた。
「明生……」
 すぐ来て……。傍にいて欲しい……。
 そんなことが無理なのは理解している。切なさに涙が、笙子の頬を伝った。
「あっ……」
 笙子は、短い呻き声を上げた。タイトスカートから伸びた両太腿を擦り合わせ、指先がショーツの上から縦裂を撫ぜていた。無意識のうちに、スカートの中に掌を忍ばせていたのだ。
(こんなときに何してんだろう……?)
 しかし、孤独感に苛まれた笙子には指の動きを止める事は出来なかった。
「はあ、はあ……明生……」
 指はだんだんと強く亀裂を押さえ込んでいく。もう一方の手は、服の上から胸を弄っている。
「抱いて……明生、抱いて……」
 服の上からだけでは満足できなくなった笙子は、掌をブラジャーの中に忍び込ませた。昨晩の明生の荒々しい愛撫を思い出し、指先に力を込める。
「も、もっと強く……。すき……好きよ、明生……」
 ブラウスの中で、豊満な膨らみに指が食い込んだ。
 明生に会えない寂しさが、指の動きを速めていた。あの夜のエクスタシーの記憶が、淫欲を助長していた。
 会いたい、達したい……。
 ショーツの中でも、五本の指が蠢いている。中指を蜜壷に埋め込み、残りの指でもっこりとした柔肉を弄る。
 ショーツを脱ぎ捨て、抜き差しを速くする。熱く熱を持った媚肉が指に絡み付いてくる。笙子は背中を退け反らし、切ない呻き声を上げた。秘孔に差し込まれた笙子の指は、妄想の中の物に比べあまりにも細かった。
 笙子は、左手で乳房を強く握り潰しながら、いっそう高く腰を掲げ、自らの手で秘唇を開き媚肉を刺激した。
 甘美な充足感に満たされていく。笙子はやがて、ガクガクと腰を揺すりエクスタシーを迎えた。深い絶頂が、不安や恐怖を癒していく。
 突然、ドアがノックされた。笙子が飛び上がるように上体を起こした。
「だ、だれ?」
「安治です。親分がお呼びです」
「お父さんが?」
「大広間に来てください」
「す、すぐにいくわ」
 床に落ちているショーツを手に取った。クロッチの部分が酷く汚れている。クロゼットから新しい下着を出して身につけ、部屋を出た。
 長い廊下を歩いて大広間に向かう。襖を開けると、組員たちが並んで座っている。広間の中央で誰かが蹲っていて、その脇で父、須田安之助が鬼のような形相で手に杖を持ち、仁王立ちになっている。
 どうやら、誰かが焼きを入れられているようだ。
「お嬢さんが参りました」
 安治が父に頭を下げた。
 父が振り向いて笙子を睨んだ。その強い視線に気圧され、思わす半歩後ろに下がる。
「な、なに?」
「お前、この男と付き合っているってのは本当か?」
「えっ?」
 床に転がっている男を見る。父が男の脇に腰を下ろし、髪をつかんで頭を引き上げた。
「あ、明生!」
 顔を赤く腫らし、額から血を流している明生が、うっすら目を開けて笙子を見た。
「ひ、酷い! 何てことするのよ!」
 笙子が傍に駆け寄っていく。
「やかましい!」
 父が怒鳴った。笙子はかまわずに父親を押しのけ、ぼろ雑巾のようになった明生を抱き寄せた。
「この男は、お前と結婚させてくれといってこの家に来やがったんだ。お前と結婚を約束しているとぬかしやがったんだ!」
「本当よ! 私、明生と結婚するの!」
「この男が誰だか知っているんだろうな!」
「もちろんよ! 私の同級生で、お父さんの兄弟分の南原竜二郎の孫よ!」
「この男は、須田一家を乗っ取ろうとしてお前に近づいたんだ。お前のことなんか、これっぽっちも好きじゃないんだよ」
「何も知らないくせに!」
「それに、こいつは新宿を根城にしている不良グループの幹部で、風俗店を何軒も経営している男なんだ」
「知ってるわ! だから、明生はこんな田舎に収まりはしないわ!」
 父が明生の顔を覗き込んだ。
「いいか、よく聞け。南原竜二郎とはたしかに兄弟の間柄だ。だが、孫は関係ねえ。まさか、祖父の七光りがここで通用するなんて思っているんじゃねえだろうな。そのうえ、半グレの癖して大切な娘と結婚させてくれだと? 調子に乗りやがって。どの面下げて物言ってんだ、おう!」
 父が明生を蹴り上げた。
「や、やめて!」
「お前、娘をたぶらかした責任をどうとるんだ、え? 調子乗ってんじゃねぇよ!」
 父が明生の背中に蹴りを入れた。背中には足型がクッキリと残った。笙子が明生の身体に覆いかぶさる。父が笙子の腕をつかんで引き剥がすと、さらに明生の身体に蹴りを入れた。
 明生はヒザと頭を抱えながら黙って耐えていた。
「いやぁぁっ! やめて!」
 笙子は泣き叫びながら父にしがみついた。
「笙子を押さえてろ!」
 若い組員が笙子を引き剥がした。
 父は、明生の顔面を杖で殴り、続けて二発、三発と蹴りを入れる。明生は蹲ったまま、うめき声もあげない。それでも父は手を休めない。横たわった明生の腹を何発も蹴り上げる。
「やめて! もうやめて! 明生が死んじゃう! お父さんなんて、大っ嫌い!」
 笙子が泣きながら、組員たちを振りほどこうと暴れた。
「オイ! お前ら、親父を止めろ!」黙ってみていた長谷川が指示を出した。
「は、ハイッ!」
 同じく呆気にとられていた組員が、父に駆け寄っていく。
「親分! 落ち着いてください! これ以上やったらこいつ死んじまいます!」
 組員たちに押さえられても、無表情のまま杖を振り回し、届かぬ蹴りを繰り出していた。組員たちも、鬼のように怒り狂う須田安之助にすっかり震え上がっていた。
 若い組員たちが、半殺しの目に合わされた明生を抱き起こした。明生は朦朧とだが、まだ意識があった。傷は酷く痛々しい。並の人間なら失神しているだろう。辛うじて、明生は意識を保っているようだった。
「さすが半グレだけあって、殴るのも殴られるもの日常茶飯事か。打たれ強いな」
 父が感心している。
「お前があの竜二郎の孫なら、けじめのつけかたってのを知っているんだろうな。ケジメつけろ。ケジメつけろぉ!」
 笙子の前ではめったに見せない、厳しく恐ろしいヤクザの顔だった。
「どうやってこの落とし前付けんだ。あぁ? どうすんだって聞いてんだよ!」
「道具を……貸してもらえますか……」
 明生は朦朧としながらも、口を開いた。父は若衆に「道具」を持ってくるよう手を出した。
「はいッ!」
 若衆の一人がスーツの脇に差し込んでいた短刀を差し出した。明生はそれを受け取ると鞘を抜いた。短刀の白刃が恐ろしげに輝く。
「ちょ、ちょっと、明生! 何する気!」
 暴れる笙子を、若衆が必死になって抑えている。何をどうするかは、火を見るより明らかだった。
 明生はポケットからハンカチを出すと、自分の左手の小指の付け根に巻きつけ、強く締め付けた。
「や、やめて……。やめて! 明生!」
 ソファーの前のテーブルに、明生は左手の小指を乗せると、そのすぐそばにドスの刃を突き立てた。明生は朦朧としながらも、若衆達に取り押さえられている父を見た。
「須田の親分……すみませんでした。これで……勘弁してください!」
 明生は短刀の柄を掴むと、力を込め下ろした。
 笙子の悲鳴が大広間に響いた。
 短刀の白刃は、一気にテーブルの面にまで達した。骨まで断ち切り、明生の小指を完全に切断した。テーブルの上に明生の血が流れていく。
 笙子がその場で泣き崩れた。
「これを……お納めください」
 明生は短刀を鞘に収め、切り落とした小指を父に差し出した。
「しかし、これで笙子さんをあきらめたわけではありません。私はこの先も、笙子さんへの愛を貫かせてもらいます」
「このやろう! まだそんなこと言ってやがんのか!」
 長谷川が前に出て拳を振り上げた。
「待て」
 長谷川を止めたのは父だった。
「オイ、この野郎をすぐに医者に連れていけ! 指も持っていくんだ。氷で冷やすことも忘れんな!」
「はい!」
 安治が若衆に檄を飛ばすと、数人の若衆が傷だらけの明生を抱えながら大広間から連れ出した。明生は血の滲むハンカチで小指のあった場所を押さえながら、笙子を見つめていた。
 笙子はその場で伏せって、大声を上げて泣いた。


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