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漂流の殺し屋剣士の副業 3



漂流の殺し屋剣士の副業 3

 街を離れて半日。
 隣の町に到着した。よくある、他方との街道を結ぶ宿場町だ。
 食事を取ろうと、近くの宿屋に入った。中は明るい笑声が響いていた。
 猪の肉とジャガイモのスープを平らげたとき、扉が勢いよく開き、大勢の兵たちが入ってきた。
「この辺りで娘を連れた金髪の女を見かけたものはいないか?」
 一際目付きの鋭い兵士が、中にいる客達に射抜くような視線を投げた。兵士たちの軍服は正規軍の物ではない。
 傭兵か。
「母親の名はエスレーナ・ノインシュタイン、娘はシェルファという。見かけた者はすぐに通報しろ。見つけたものには賞金として金貨五十枚を授ける」
 店内がどよめいた。
 シェルファ。昨日会った娘か。
 貧相な服を着ていたが、きちんと洗われていて、丁寧に補修もされていた。それにあの香料の匂いは東洋からもたらされた高級品、おそらく龍涎香の匂いだ。
 兵達が出ていっても、中はまだざわついていた。
「あんな兵士に弱い親子を追いかけさせるなんて。しかも、賞金まで……。全く、物騒な世の中になっちまったもんだぜ……」
「しかし、金貨五十枚とはすごいじゃないか。見つけたら一年は遊んで暮らせるぞ」
 横で飲んでいる二人組の男たちが言った。
「お尋ね者の母娘とは何者ですか?」
 アイゼンがその客に声をかけた。
「となりの領主、ベルトン・ノインシュタイン公爵の妻と娘だよ。実は数日前に騒ぎがあってね。領主だったベルトンが投獄されて叔父のルーカスが領主になったんだが、妻が娘を連れて逃げ出したんだよ」
 よくあるお家騒動のようだ。元領主のベルトンはまだ生きているらしいが、支持派による奪還を恐れて厳重な牢獄につながれているらしい。
 宿場から外に出る。騎乗した傭兵たちが十名ほど、通りに面した家々の前で大声を上げている。
 仕事は終わった。特に次の予定も無い。
 アイゼンは、昨日までいた街へ向かう駅馬車に乗った。

 街に戻ったときは日が暮れていた。
 昨日、シェルファが入っていった家の扉を叩く。応答は無いが、人の気配を感じる。
「こんな時間に申し訳ないが、ここを開けていただきたい。私はアイゼン・ユンゲラーという者です。こちらにいらっしゃるシェルファ様の友人です」
 しばらくして、ドアがゆっくりと開いた。美しい金髪の女性がランプを持って立っていた。彼女の後ろにいたシェルファが微笑んだ。
 彼女が母親に、昨日パンをくれた人だと言った。母親がアイゼンに丁寧に礼を述べた。
「エスレーナ・ノインシュタイン様ですね」
 エスレーナの表情が強張った。
「ルーカスという男が傭兵を使ってあなたたち親子を捜しています。金貨五十枚の賞金までかけて」
「知っています」母が娘を抱き寄せた。
「この街にもルーカスの手の者がやってくるでしょう。早く街から離れたほうがいい」
 しかし、彼女の表情は変わらなかった。辛そうな顔で、愛娘の頭を撫でている。
「もう私達には逃げる手立てがありません……。着の身着のままで逃げ出したのでお金もないのです。昨日あなたからいただいたパンも、三日ぶりの食事でした。私達はもう暮らしていけません。お恥ずかしいのですが、私はお金を稼ぐ手立てを知らないのです。この歳まで働いたことなど無いのです。せめて娘だけでもなんとか……」
「シェルファ様を孤児院に入れるおつもりですか。あそこはひどいところです。私も孤児院にいたので良く知っています」
 エスレーナの表情が固まった。
「領地に戻れば支援者の方々がいらっしゃると、先ほど噂で聞きました。そうすればルーカスを追い出すことができるのではないですか?」
「ご存知の通り、ルーカスは傭兵を雇っているのです。それも戦場で名をはせた猛者たちを。城を守っていた騎士たちは全員殺されました。今となっては、支援者は元使用人や司祭や農民の方です。かないっこありません」
「わかりました。では、私がベルトン様をお救いして支援者の方々に引き渡しましょう。それから、傭兵どもを始末しましょう」
 エスレーナが驚いて顔を上げた。アイゼンがテーブルに金貨を二十枚置いた。昨夜、ローランドから奪ったものだ。
「これだけあればしばらく暮らせるでしょう。事が済めばベルトン様がここに使いの者をよこすはずですから、それまでお待ちください」
 アイゼンはそばに寄ってきたシェルファの頭を撫でた。
「パパを助けてあげるから、待ってるんだよ」
 シェルファがポケットから、あの緑の石を取り出した。
「これ……」
 掌に載せられた石は、少女の体温で温かかった。

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