漂流の殺し屋剣士の副業 4
漂流の殺し屋剣士の副業 4
馬車の外へ出ると、強く吹き付けてきた風に目を細めた。
鉱山麓の町へと続く山道。ふだんは人の行き交いが少ないはずなのに、周囲は多くの馬蹄で踏み荒らされ、殺伐とした空気に包まれていた。
足元にはまだ雪が残っている。かなり標高の高い場所だ。
黒くくすんだ牢獄の石壁を見上げていると、そばに屈強な兵士がやってきた。
「誰だ、お前?」
「ここにベルトン・ノインシュタイン様がつながれているのかい?」
「はあ?」
「ベルトン様を連れて屋敷に帰るので、すぐに連れてきてくれ」
「何言ってるんだ、お前は?」
他の兵達もやってきて、アイゼンの周囲を囲んだ。
「こいつ、ベルトンを連れて来いといってやがるんだ。馬鹿じゃねえのか」
兵士たちがアイゼンを嘲笑っている。
「聞こえているのなら、さっさとベルトン様を連れて来い。俺も無駄な殺生はしたくないんだ」
「何だと、こらぁ!」
周囲の傭兵達が一斉に剣を抜いたが、それよりも早くアイゼンの剣が電光の如き宙を舞った。
生首が三つ、地面を転がる。
兵達が無様に吼えた。逃げ出そうとするものもかまわず後ろから斬り捨てた。血飛沫が散り、血潮が舞った。
アイゼンの一刀が、目の前にいたリーダー格の兵の心臓を深々と貫いた。
一人残った兵士が、恐怖を顔に張り付かせて尻をついている。その兵士に刃を向ける。
「た、助けてくれ……」
「だからいっただろう。さあ、ベルトン様のところに連れていってもらおう」
兵士にベルトンが監禁させられている牢へと案内させる。
牢の中のベルトンは若く精悍な男だったが、かなりやつれている。アイゼンを見たベルトンが床から立ち上がった。
「私はアイゼン・ユンゲラーと申します。エスレーナ様およびシェルファ様の命によりお助けに参りました」
「妻と娘に? ふたりは元気なのか?」
「はい、ご心配には及びません」
鍵を開けてベルトンを牢から出す。
「馬で領地に戻って、支援者の方々と接触してください」
「しかし、叔父上と決着をつけなくては」
「私が先に城に戻り、傭兵どもを始末します。その後でルーカスの処分を決めればよろしいかと」
「始末するって、あなた一人でか? 城には二十名もの傭兵たちがいるんだ」
「ご心配は無用です」
雪の地面を蹴り上げ、馬に跨った。
城の門の前で、馬を停められた。
馬から降りるよう命じられ、地面を踏みしめた。一人の兵士が、アイゼンの眼前に立ちふさがった。
「お前は誰だ?」
「アイゼン・ユンゲラー。ベルトン・ノインシュタイン様の命により、傭兵どもを成敗に参った」
「ベルトン様だと?」
兵士が驚いた表情を見せた。てっきり怒りを露に斬りかかってくるものと思っていたアイゼンは拍子抜けした。
このものはベルトンを慕っているのだろう。もしかしたら他にも同じような兵士がいるかも知れない。
「ここの兵達でベルトン様に味方してくれるものはいるか?」
「いるかとううか、兵達はすべてベルトン様をお慕いしている。しかし、あの傭兵どもに太刀打ちできないのだ。それはそうと、あんた、さっき傭兵どもを成敗するとかいっていたが」
「傭兵達はどこに?」
「城の中だ。ルーカス野郎にべったりくっついてやがる」
ルーカス野郎か。正規の兵達はベルトン側ということだ。しかし、これだけの手勢がいてもかなわないとは、ルーカスの雇っている傭兵はよほどの者なのだろう。
「では、私一人でいってくる。君達はここで待っていてくれ。すべてが終わるまで城には入らないように」
兵達がぽかんとしている。
「まもなく、ベルトン様がお仲間とともにこの城にやってくると思うが、私が出てくるまで城の中に入らないように引き止めて置いてくれ」
「一人でって……かなうわけ無いだろう」
「心配は無用だ」
そういうと、兵士達をその場に残して、城門に向かう坂道を登っていった。