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逃れの海峡 2



2.傷だらけの男

 一時間後にレストランを出た。テーブルひとつあけて座っていたカップルは、いつの間にか姿を消していた。
「どこへ行くの?」
 駐車場で車の鍵を開けている矢矧啓次郎に聞いた。
「君の部屋にしようか」
 思わず足を止めた。彼の泊まっているホテルに誘われるものと思っていた。動揺を悟られたくなかった。心の中を隠すように、朱音は矢矧の腕に手を伸ばした。
 啓次郎がベンツの助手席のドアを開けた。なんのためらいも見せずに乗りこんだ。子供じゃないのだ。
 エンジンを始動し、啓次郎がゆっくりと車を滑らせた。
「どうして私の部屋に来たいの?」
「少しでも君のことが知りたいと思ってね。言葉を交わすだけじゃなく、生活の一部も見てみたいんだ」
「女の部屋で愉しむのが趣味なの?」
「趣味というより、いうなれば主義かな」
「啓次郎って、変わってるのね。一夜限りの女の部屋を見たいだなんて」
「一夜限りか。そうならないかもな」
「つきまとう気? あなた、ストーカーなの?」
「まさか」
 一夜限りとは限らない。啓次郎のことばが気になった。朱音は彼の腕にかけた手に、かすかに力を籠めた。
 意外に安全運転なんだと思っていると、啓次郎が急にアクセルを踏みこんだ。車の間を縫って、混雑した道路を抜けた。
「どうしたの、急に? 飲んでるんだから、パトカーに見つかるとやばいわよ」
「まあ、単なる習慣だ」
 この男は、時々分けのわからないことを言う。
 ベンツが再び安全運転に戻った。
 北綾瀬駅から南に数分下った場所にある四階建てのビルの前に、ベンツが停まった。窓の外から、毎日利用している一階のコンビニエンスストアの中を見た。レジの前に客が並んでいるが、知った顔はいない。
「一番上の部屋よ。言っておくけど、エレべ-ターはないわ」
「気にするな、これでも健脚なんだ」
 朱音が先に昇った。尻を見られているのか気になって後ろをチラッと見たが、彼の視線は下を向いていた。紳士的な振舞いに安堵するとともに、少しがっかりした。
 四階で朱音は大きく息を弾ませたが、啓次郎の呼吸に変化はないようだった。
 鍵を回してドアを開ける。ラベンダーの香りがもれ出てきた。消臭剤を新しいのに変えておいてよかった。
「適当に座って。ワンルームの狭い部屋で悪いけど」
 部屋の三分の一をベッドが占領している。そのほかはテレビとテーブルと作り付けの洋服箪笥しかない。
「何か飲む?」
「いや」
 啓次郎が上着を脱いで床に直に腰を降ろした。朱音は床におかれた上着をハンガーにかけ、彼のそばに腰を降ろした。膝が触れ合った。
「ここに何年住んでいるんだい?」
「もう六年になるわ。大学に入学してからずっとここにいるの。家賃が安い割に都心へのアクセスがよくって便利だから」
「綺麗な部屋だ」
 啓次郎が視線を回している。
「言っとくけど、男なんていないわよ」
「別に、ほかの男の気配を探しているわけじゃない」
「シャワー、浴びてきてもいい?」
「いや、そのままがいい」
「もしかして、匂いフェチ?」
「女の生の匂いが好きなんだ」
「いやよ、恥ずかしいわ」
 啓次郎が笑い、朱音の背中のファスナーに手を伸ばした。ファスナーが降ろされる。朱音が膝立ちになって手をあげると、彼が頭からワンピースを抜いた。
 下着は上下とも黒だった。胸にブラジャーが食いこんでいる。朱音が慌ててリモコンで部屋の明かりを消した。
 朱音が啓次郎のシャツのボタンをはずしていく。彼がブラジャーのホックをはずし、肩紐の一方をずらした。豊かな乳房が押さえを失い、ゆれた。解放感が心地よかった。首筋を這う彼の指の腹がしっとりと湿っていた。
 男のシャツを脱がせて胸に指先で触れる。胸は硬くて分厚い筋肉に覆われている。腹筋の切れた腹をしている。
「これ、何?」
 腹にいくつもの傷跡があった。何かで切ったような傷だった。
「誰かに刺されたことあんの?」
「まさか」
 彼が唇を重ねてきた。舌が侵入してくる。情熱的なキスだったが、余計なことを朱音に喋らせないために口を塞いだんじゃないかと勘ぐりたくなるようなタイミングだった。
 唇から離れた口が、朱音の淡い乳首をふくむ。ざらりとした舌で転がされていると、自然に声が漏れた。
 激しく息を吐いたが、声を漏らさないように意識する。隣の部屋に聞こえてしまう。
 朱音の声にならない声が、部屋に響く。
 啓次郎の身体を抱きしめた。大きく逞しい胸。腹には脂肪がほとんどない。これからこの男に抱かれるのだと思うと、胸がときめいてしまう。
 手を伸ばして彼のベルトをはずす。ズボンの下で、準備は出来ていた。
「ねえ……ベッドに連れて行って……」
 啓次郎は朱音を軽々と抱え上げると、そっとベッドの上に降ろした。彼のトランクスの前が大きく膨らんでいる。静かに眼を閉じた。
 一枚残っていたショーツが剥がされる。啓次郎が覆い被さってきた。彼の舌がふたつの乳房を這い回る。そしてゆっくりと下に降りてきた。穏やかに盛りあがった下腹部をさまよった後、へそのくぼみに舌が侵入してきた。くすぐったくて、思わず身体をよじった。舌の先端が円を描くように脇腹を這い回り、朱音は思わず腰をつきあげた。
 彼の舌がさらに下に降りようとした。
「ちょっと待って、それ以上は駄目」
「どうして?」
「だって、シャワー浴びてないわ」
「俺がそうしてくれといったんだ」
 無理やり足を広げられ、朱音は小さな悲鳴を上げた。啓次郎の前にすべてが曝け出されている。そう思うと胸の鼓動がいっそう高まり、身体が熱くなった。
 大学に入って初めて付き合った男に頼まれて、部屋の明かりを暗くすることを条件に性器を見せてやったことがあった。その男は開いたり引っ張ったり指を入れたりして、熱心に観察していた。性器を見せるなど、そのとき以来かもしれない。
 そのときも胸がどきどきしたが、今感じている感覚は、そのときのものとは少し違う。
 啓次郎の舌が性器を這い回り始めた。
「だめ……汚いから……」
 いくつもの襞や縁の上を尖った舌先がゆるゆると刺激していく。彼の指が中に入ってきた。優しく侵入してきた指先が、肉の壁を丹念に刺激する。
 思わず声を上げて仰け反った。慌てて右手で口を塞ぐ。声が我慢できそうにない。指で中を刺激されながら、舌先で敏感な先端を刺激された。手で塞がれた口から声が漏れる。
 あまりの快感に我を忘れ、両腿で彼の頭を挟んでいた。それでも啓次郎は容赦なく朱音を追い込んでいく。
 あ、来る……。
 一気に波が押し寄せて、頭が痺れた。彼はなおも刺激し続ける。耐えられなくなり、彼の頭を押さえた。
「いったのか?」
 その言葉に頷く。
「早く来て……」
 仰向けになったまま両腕を広げると、啓次郎がのしかかって来た。
 彼が腰の位置をあわせようとする。手を伸ばして彼に触れる。それは硬く熱く裂けてしまいそうなくらい膨張していた。
 避妊具はつけていないが、中断したくなかった。そのまま入り口まで誘導してやる。
 肉壁を押し広げながら、彼が入ってきた。強い圧力を感じる。啓次郎は朱音をすき間なく埋めつくしていた。
「キスして……」
「いいのかい?」
「いいから……」
 自分から唇を重ねた。覚えのある自分の匂いがかすかに残っていた。
 啓次郎が律動を刻み始めた。
 先端で朱音の奥深くをついては引きもどす。押しこまれるときの抵抗に、脳がしびれる。
 夢中になって逞しい体にしがみついた。結合部から湿っぽい音が漏れ、時折、お互いの体毛がざらりとすれる音がした。
 啓次郎は朱音のポイントをすぐに見つけたようだった。啓次郎の巧みな動きに、朱音は快感の坂を一気に昇っていった。
 慌てて手で口を塞いだ。それと同時に昇りめける。啓次郎に容赦なく腰を叩きつけられ、朱音は立て続けに達した。
 ようやく動きを止めた啓次郎が朱音の身体を抱えて、繋がったまま仰向けになった。上になった朱音が逞しい胸に手を追いて上体を起こした。
 腹だけではなかった。傷は胸、そして肩にもあった。
「いったいどうしたの?」
「昔、バイクで事故ったんだ」
 急に下から突き上げられ、悲鳴を上げた。上体を起こしていられなくなり、彼の胸の上に崩れ落ちる。下から身体をがっしりと抱え込まれて激しく突き上げられた。経験したことのない鋭い快感に声を上げ、朱音はあっけなく達してしまった。
 どのくらいの時間がたっただろうか。
 最初の頂きに導かれて以降、何度達したのか、覚えていない。
 果てるたびに腰骨から強い波が全身に広がり、快感と苦痛が何度も押し寄せた。
 目を閉じて、口で呼吸をする。苦しかった。朱音の手が強く啓次郎の背中をつかんだ。
「もうだめ……終わって……」
 朱音は啓次郎を見上げた。彼が眉を寄せて口を開いたままうなずいた。そして、深く差しこむと、小刻みなリズムを刻み始めた。
「中は……だめ……」
 啓次郎は呻き声を上げると、素早く朱音から出た。腰を痙攣させて、朱音の上で熱い情熱を吐き出した。
 下腹部に生暖かい感触。窓の外から、改造車のエンジン音が聞こえてきた。

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