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逃れの海峡 6


6 夜の公園 

 落ち着かない。時間が経つのがいつもより長く感じる。
 ベッドから腰をあげ、窓を開けた。この暗闇のどこかから、尽誠会の連中がこちらを見ている気がする。
 午後十一時四十分。部屋の明かりを消した。
 先月、ウィンドショッピングで見つけたゆったりしたワンピース。可愛いと思ったが、家で着てみて似合わないと思い、クローゼットにしまいこんでいた。もう着ることはないと思っていたが。
 ワンピースに着替え、上からさらにギャザーワンピースを羽織った。セリーヌのトートバッグには下着やら必要な日用品を詰め込んでいる。
 ワンピースの下にトートバッグを押し込むと、ぱっと見た感じは妊婦に見える。外の暗さじゃ、ぱっと見られたぐらいじゃ、ばれることはない。
 部屋を出て、地下駐車場に降りた。
 正面玄関は見張られているだろう。地下一階で降りて、非常階段で地上に上がる。出口は周囲が木で囲まれているため、敷地の外からは見えにくい。
 朱音は周囲に誰もいないことを確認し、膨らんだ腹を抱えるようにして駐車場を突っ切る。道路を横切って公園に向かった。
 間もなく夜中の十二時。
 公園内に人影はない。夜は変質者が出るので誰も近寄らない場所だ。
 公園を横切って噴水に向かう。約束の時間を五分過ぎている。
 誰もいない。
 まさか捕まったのか。
 周囲に注意深く眼を走らせた。人の気配はない。まだ到着していないのかもしれない。噴水のそばのベンチに腰掛け、ワンピースの下に隠していたトートバッグを取り出した。
 さらに十分が過ぎた。啓次郎が姿を見せる様子はない。
 まさか、ここに来る途中に捕まったんじゃ……。
 その時、噴水の向こうから人影が近づいてきた。大柄な男だった。
 朱音がベンチから腰をあげた。
 遅かったじゃない。抗議の言葉を口にしようとしたとき、明かりの下に金髪を逆立てた男が現れた。
 男の顔に見覚えはなかった。
「こんな時間に何やってんだ?」
 男は煙草に火をつけて、勢いよく煙を吐き出した。
 派手なジャケットに白いシャツの襟を出し、白い胸をはだけさせている。二十代後半。朱音の嫌いなタイプだった。
「人を待ってるのよ」
「男にすっぽかされたんだろ?」
 男が目の前に立ち塞がった。かなり上背がある。肩幅も広いが腹にもたっぷりと肉がついている。
「ねえちゃん、ちょっとつきあってくれや」
 いかにも頭の悪そうな男だ。
「嫌よ」
「つれねえこというなよ」
 腕を掴まれ、悲鳴を上げた。
「離して!」
「騒いでも誰もこねえよ」
 男が朱音を引きずっていく。抵抗して腕を振りほどこうとしたとき、目の前がきらりと光った。
「騒ぐんじゃねえ」
 ナイフが目の前で光っている。水銀灯の光を反射しているのだ。
「そこの茂みでちょっとじゃれるだけじゃねえか。ちいっと我慢してくれりゃ、すぐに終わるんだ。こんなつまらねえことで命を失うこたぁねえだろ?」
 脚が震えてきた。
 男が突然振り向いた。暗い公園を見回しながら、人影が近づいてきた。
「啓次郎……」
 男が啓次郎を睨みつけた。
「今おとりこみ中なんだよ、あっちに行ってろ」
 啓次郎が男を見つめたまま、ズボンのポケットに両手を突っ込んで立っていた。男が朱音の腕を離して啓次郎のほうを向いた。
「向こうに行ってろといっただろ」
 男がナイフを突き出した。
 啓次郎がひるむことなく、一歩踏み出した。水銀灯に照らされた男の顔に、微かな怯えの翳が走った。啓次郎がさらに男に近づく。男がナイフを持つ腕を突き出したまま、後ずさった。
「やろうってのか、この野郎……」
 男は完全に怯えていた。眼が落ち着きなく動いている。啓次郎は表情も変えず、男に近寄っていく。
「死にてえのか、てめえ」
 眼を剥きだしにして威嚇しながら男がさがった。
 啓次郎が踏み込んだ。男が短い悲鳴を上げ、上体を折った。そして、仰向けに倒れた。
 朱音が悲鳴を上げて後ろに飛びのいた。男の背中に隠れて啓次郎の動きはわからなかった。
 仰むけに倒れた男が、首を持ちあげて、啓次郎を見た。
 踏みこみ、立ち上がろうとした男の腹を啓次郎が蹴りあげた。男は転がって腹這いになり、身体を折り曲げたまま、その場で吐いた。
 さらに、倒れたところを蹴りつける。男の顔や脇腹に、靴先がめり込む。
 最後に男の顎を蹴りあげた。地面を転がった男は倒れたまま動かなくなった。
「いい加減にしなさいよ、殺す気?」
 朱音が啓次郎を睨みつけた。
「元はといえば、遅刻してきたあんたが悪いんでしょ? 時間厳守って言ったのに」
「時間より前に来ていたさ。ただ、そこの茂みに隠れて様子を窺っていたんだよ」
「はあ?」
 啓次郎が静かな眼で朱音を見ている。朱音が連中につけられていなかったか、確認していたのだとわかった。
「車は?」
「近くの路上に停めてある」
「いきましょう」
 啓次郎の手を引いた。

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