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逃れの海峡 9



9.チンピラ

 啓次郎を見た男達がせせら笑った。体格のいい啓次郎を見ても怯む様子がないのは、仲間が三人だからだろう。
「お前が矢矧啓次郎か?」
「お前ら、誰だ。尽誠会のもんじゃねえな」
「なるほど、聞いたとおりの男だな。もしかしたら女を連れてるとかいってたけど、こっちもどんぴしゃりだ」
 二十代後半。三人とも体格がいい。ひとりが紺の綿パンに白のシャツ、オールバック。残りの二人は派手なロゴ入りのTシャツにジーンズだ。丸刈りと、茶髪を伸ばした奴。
「尽誠会に頼まれて俺を探していたのかい?」
「まあ、ちょっとした小遣い稼ぎだ」
「田舎の不良が調子に乗ってるんじゃねえぞ」
「なんだと!」
「素人の癖にやくざになんかに関わると碌なことはないぜ」
 朱音の髪を掴んでいる丸刈り男が、喉にナイフを押し付けた。思わず悲鳴を上げる。
「その女は俺が無理やり連れて来ただけだ」
「そうかい? じゃあ、俺達がもらっても文句はねえよな」
「粋がんなよ。田舎の不良は地元でシンナーでも売ってりゃ、いいんだ」
「シンナーは割に合わねえ。やたらおまわりの目に付くし」
「地回りにだいぶピンハネされるしな」
「お前、ほんとにむかつくねえ」
 オールバックのロ元が、かすかに痙攣していた。
「俺達をあまり甘く見てると、ほんとに大怪我しちまうぜ」
 オールバックが手にナイフを持って近寄ってきた。
「俺をどうする気だね?」
「尽誠会に知らせる前にオシオキしなくっちゃな」
 啓次郎が朱音を見た。どうするの? 口が痙攣して、言葉が出てこなかった。
 オールバックが啓次郎の前に立った。
 茶髪男がいきなり朱音のブラウスに手をかけた。無理やり剥ぎ取った。胸のボタンがちぎれ、足元を転がった。
 悲鳴をあげたが男達の手は止まらなかった。床に倒され、ブラジャーも毟り取られる。
 裸身を晒した朱音は、乳房を抱えてしゃがみこんだ。
「なにすんのよっ!」
「確かにいい女だ。こいつは川崎あたりに連れていたら稼げるぜ」
 オールバックを見て啓次郎が笑った。
「何がおかしい!」ナイフを突き出して威嚇する。
「女をソープで稼がせるなんざ、素人にゃ、無理だぜ。川崎なんかに連れて行ってみろ。地元の筋もんにあっという間に女をとり上げられちまうんだぜ」
 啓次郎に睨まれ、男が怯んだ。
「素人が知った口利くんじゃねえよ」
「この野郎」
 ナイフを握った手で、オールバックが啓次郎を殴った。
「おい」
 オールバックがこちらを振り向いた。朱音は二人の男達に両側から腕をつかまれ、無理やり立たされた。 両腕を男達にとられ、乳房を隠すことも出来ない。
「いくら出せる?」
「どうしてお前に金を出さなきゃならねんだ?」
「尽誠会には黙っててやるよ。女も自由にしてやる」
「ずいぶん、滑稽なことをいうんだな。筋もへったくれもあったもんじゃねえ」
「てめえ、死にたいのか? 尽誠会に渡されたらどんな目に合うか知ってんだろ? いい度胸してるというか、それとも馬鹿なのか」
「簡単なことさ。お前らをここでぶちのめして逃げればいい」
「はあ?」
 坊主頭の手に握られたナイフのは、朱音の喉に食い込んでくる。
「俺たちを甘く見ねえ方がいい。あの女の首を掻っ切るぜ」
「いっただろ。攫ってきた女だって」
 オールバックが笑った。この男がやくざなのかどうか、朱音にはわからない。しかし、啓次郎は男達の度量を既に見抜いているようだ。
 焦ってもいず怯えてもいず、いつもの冷静な啓次郎だった。
 啓次郎の言うとおり、ただの不良だ。ただのガキなのだ。
「この男が少しでも手を出したら、その女の首を掻っ切れ」
 オールバックがふりむいた。啓次郎はずっと、同じ恰好で立ったままだ。
「本当に臆病者ね。女を人質にとらないと喧嘩一つ出来ないわけ?」
「うるせえ」
 金髪男が朱音の頬を張り倒した。そして、むき出しになった乳房を弄びだした。
「汚い手で触らないで」
「後でぼこぼこに犯してやるからな」
 次の瞬間、啓次郎がオールバックの顔面に拳を叩きこんだ。体重を乗せ、右の拳を突き出すような感じだった。オールバックが仰むけに吹っ飛んだ。畳に倒れたオールバックの腹を蹴りあげると、男が身体を折った。オールバックの身体を飛び越え、朱音のほうに突進してきた。
 茶髪男が立ちふさがった。ふたりが絡み合い、倒れた。
「お前は女をおさえていろ!」
 丸刈り男を怒鳴りつけると、オールバックが鼻から血を流しながら、茶髪男を組み伏せている啓次郎の後頭部を後ろから蹴りつけた。
 頭を抱えて啓次郎が倒れた。起き上がろうとした彼が茶髪男に蹴られた。また倒れた。
 オールバックと茶髪男が倒れている啓次郎を蹴り続けた。啓次郎は身体を丸くした。二人の男の足が、続けざまに啓次郎の全身に食いこむ。
 啓次郎が呻いた。背中を丸め、腹は両腕で庇っていた。
 茶髪が啓次郎を後ろから抱え上げ、引き起こした。オールバックが鼻血を手で拭っている。
「無茶するぜ、この野郎」
 背広は笑いながら啓次郎の顔面を殴った。啓次郎の頭が落ちだ。
 オールバックが拳を振り上げたとき、啓次郎が男の股間を蹴りあげた。オールバックが這いつくばった。腰を落とし、腰を捻りながら前に飛び込むように倒れた。後ろから羽交い絞めしている茶髪男を振りほどこうと、畳の上を転がったが、それでも茶髪男は啓次郎から離れなかった。
 オールバックが立ちあがった。もう笑ってはいなかった。茶髪男に組み伏せられている啓次郎の腹を蹴りあげた。
 二度、三度と、足先を彼の脇腹に叩き込む。啓次郎が動かなくなった。
 茶髪男が手を放した。啓次郎が腕を突っ張った。立ちあがろうとしている啓次郎の体が飛んで仰むけになった。蹴られたのだ。
 また立とうとした。蹴倒された。彼の顔にむかって足先が飛ぶ。
 男達の笑い声。もう一度、彼が立とうとした。そして、うつぶせに倒れた。
 茶髪男がまた啓次郎を後ろから抱きかかえて羽交い絞めにした。オールバックが近づいていき、啓次郎の顔面を殴った。啓次郎の上体がガクッと後ろに倒れた。茶髪男が、倒れてきた啓次郎の身体を羽交い絞めしたまま腕で前に押した。
 啓次郎の体が揺れた。次の瞬間、啓次郎がオールバックの顎のあたりに、頭を叩きつけた。
 オールバックが顎を押さえて倒れた。
「この野郎!」
 立ち上がったオールバックが、啓次郎の顔面を殴り、腹を蹴った。
 ふたりとも体格が良く、力も強いようだった。啓次郎もなすすべがない。
 オールバックの拳が顎を突きあげた。啓次郎の頭がのけ反る。今度は腹を殴る。オールバックが息を弾ませていた。額の汗が流れ落ちるのが見えた。
 眼の下に拳を叩き込む。次に間を置かずに左の拳。
 荒い息遣いが聞えた。オールバックと啓次郎の息遣いだった。
 見てられなくなり、朱音は眼を背けた。

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