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逃れの海峡 13



13.最後の夜

 ホテルの部屋に戻ったのは、六時前だった。部屋には食事が既に用意されていた。
 事は思い通りに運んでいる。順調すぎるくらいだ。
 食事を終えた後、旅館の浴場にいった。だれもおらず、貸しきり状態だった。
 潮で髪が少しべたついていた。体中がべとついているような気がした。ボディーソープを身体にまぶし、泡をたてる。手早く身体を洗った後、熟いシャワーを浴びた。
 ホテルのロビーを覗くと、啓次郎がソファに座っていた。五十くらいの男が彼の前に座っている。黒いシャツを着て髪は短く刈り、薄くて鋭い眼をしていた。
 ドキッとして足を止めた。啓次郎が気配に気づいて振り向き、手招きをした。
 啓次郎の横に腰掛けた。潮焼けした赤い肌は、筋者のものではなかった。いかにも漁師といった感じだ。
「一緒に連れて行きたいってのは、その娘なのかい」
 男が朱音を見た。
「はい。勝手をいってすみません」
「まあ、一人も二人も変わらんさ」
 男がタバコを銜えた。朱音が慌てて灰皿を前に差し出したが、男は目もくれなかった。
「東京の警察が唐津に来ている。朝から、町中をうろうろしてやがる」
 朱音は息を呑んだ。忘れていた。啓次郎を追っているのは尽誠会だけではなかったのだ。
「お前のことはまだ突き止めちゃいないようだが、他所者のチェックはしている」
「どうして警察にわかったんでしょうか?」
「さあな。もしかしたらお前を追っているやくざについてきたのかもな」
「しかし……」
「奴らは今、富山や石川や福井に網を張っているが、兵隊の一部をこっちにも回したんだろ。お前が韓国に渡るってことは連中だって察しはついている。玄界灘にも眼を光らせておこうって考えるのはある意味的を得ている。奴らだって馬鹿じゃない」
「はい」
「警察は嫌いだね」
「俺も好きじゃありません」
「若竹さんの倅を殺した奴を刺したんだってな。何が何でも逃がしてやってくれっていわれてんだ」
「よろしくお願いします」
 男は灰皿の上で吸殻を指で押しつぶすと、すぐに新しいタバコを銜えた。
「煙草、どうかね?」
「いただきます」
 啓次郎が男の差し出したタバコに手を伸ばす。
「手筈を説明する。朝の九時ごろに呼子の岬まで行くんだ。そのこたあ、若竹さんから聞いてるよな」
「はい」
「車では岬の上の道までしか行けない。石段を降りて下の岩場まで降りろ」
「ここからどれくらいかかりますか?」
「一時間ってとこだ。とにかく降りんだよ。一番下まで」
「そこで船が待ってるんですか?」
 朱音が思わず身を乗り出した。
「ああ。小さな漁船で、キャビンの天井が赤く塗ってあるので、見りゃすぐわかるはずだ。そのボートで沖までいく。そこで別の船が拾ってくれることになっている。もっと大型で、対馬の沖までいけるやつだ」
「そこには船着場みたいなものがあるんですか?」
 朱音の不安そうな声に、男が苦笑いした。
「心配すんな。むこうで見てる。お前たちが降りてきたら岸まで寄ってきてくれる。波がありゃ、場合によっちゃ、船まで泳ぐことになるかも知れねえが、まあ、たいした距離じゃない」
「対馬沖で、うまく会えますか?」
 男が啓次郎を見て頷いた。
「玄人だぜ、こっちは。とにかく、呼子の岬で漁船に乗れたら心配はいらねえ。おまえさんたちが大変なのは、呼子まで無事にたどり着けるかってとこだな。港は警察が張ってるだろうし、おそらく尽誠会の連中も目を光らせている。道は険しいから足元に気をつけろ」
「はい」
 男がメモを差し出した。おそらく船に乗る場所を記したものなのだろう。
「イカ釣り漁船にまぎれて沖にでりゃ、保安庁のレーダーも誤魔化せる。そのまま対馬の沖まで送ってやる」
「ありがとうございます」
 朱音も頭を下げた。
「船は狭い。荷物は載せられないから身一つでくるんだ」
「荷物なんてありませんよ」
 啓次郎が笑った。

 男が帰ってから、啓次郎が浴場に行った。
 風呂をあがって何も飲んでいなかったので、喉がからからだった。ロビーの自動販売機で缶ビールを買って部屋に戻った。
 窓際に運んだ椅子に腰を降ろして、ビールを呷った。外は既に暗かった。海の上に、明かりがともり始めている。イカ漁がそろそろ始まるのだろう。
 さっきの男は確かに漁師だったが、明らかに組織関係者だ。裏社会と連絡を取り合って、啓次郎のように海外に違法に逃れたいものに手を貸しているのだろう。
 啓次郎がすぐに戻ってきた。髪がまだ濡れたままだった。
「あなたのもあるわよ」
「ありがたい」
 啓次郎が缶ビールのプルトップを引いて口をつけた。開いた窓から心地よい風が流れ込んでくる。真っ暗な海の沖の水平線上で、イカ釣り漁船がまばゆく輝いている。このあたりはケンサキイカが有名で、呼子イカで知られている。
 明日のこの時間は、玄界灘のかなり沖を航行しているのだろう。しばらくは日本に戻ってくることはない。両親や妹、諒子にも会えなくなる。
「残ってもいいんだぞ」
 黙って海を見ていた朱音に、啓次郎が声をかけた。
「たいしたことじゃない。隣の国にいくだけよ」
 啓次郎が朱音を抱き寄せ、唇を重ねてきた。浴衣の中に彼の逞しい手が忍び込んできた。思わず声が漏れる。朱音も浴衣に手を入れる。汗はひいていた。
 もつれあったまま布団に移った。
「窓が開けっ放しだわ」
「気にするな」
 啓次郎は浴衣を脱ぎボクサーショーツ姿になると、朱音の浴衣を剥ぎ取った。シーツはさらりと乾いていて、気持ちよかった。
 無骨な啓次郎の手が、朱音の身体の末端から中心部へ向かってなで上げる。我慢していても声が漏れる。裏返され、背中を掌で探られる。首のうしろから肩にかけてマッサージをするように揉み解され、朱音はうめき声をあげた。
 ショーツを脱がすと、啓次郎は舌を朱音の身体に這わせた。周辺から中心へ、末端から核へと舌が刺激を送る。
 啓次郎が朱音の脚を割った。舌が足の付け根から性器を這い回り、やがて朱音の敏感な箇所を執拗に攻め始めた。ざらりと荒い舌の感触に、思わず身体を仰け反らせた。
 啓次郎の口で何度も終わりそうになったが、そのたびに彼は動きをとめて恥骨や内腿への穏やかな刺激で朱音を高みから引きもどした。
「お願い……」
 朱音が啓次郎の頭を手で掴んで股間に押し付けた。啓次郎は朱音の敏感な蕾に吸い付き、舌で転がし始めた。
 朱音は堪え切れず大きな声をあげて、その日最初の絶頂を迎えた。
「きて……早く……」
 自然に啓次郎のペニスを握っていた。
「ちょうだい」
 啓次郎の大きな身体が多きかぶさってきた。朱音の性器がゆっくりとペニスを飲み込んでいった。
 全部が収まり、啓次郎がゆっくりと動き始める。腰の動きにあわせ、親指の腹で朱音の蕾を周囲の肉に埋めこむように刺激する。
 アカネは自分の声が高く、速くなっていくのを自覚した。堪えようとしても我慢できなかった。
「いいか?」
 瞼を硬く閉じたまま頷いた。啓次郎が円を描く動きを極端に遅くし、親指に圧力を加えた。指の腹でむきだしの神経が平らにひしゃげるのがわかった。
 朱音は手で口を塞いだ。そして、自分の手の中で声をあげながら果てた。
 性器の中に綱の目のように張りめぐらされた神経と血管が、啓次郎のペニスで巧みに刺激され、興奮しきっていた。神経のひとつにペニスがあたる度に、快感が瞬時に全身を駆け巡る。
 啓次郎の逞しい体に抱きつきながら、朱音は何度も果てた。うつぶせにされ、尻を持ち上げられ、後ろから啓次郎が入ってきた。両手でシーツを握り締め、枕に顔を押し付けて声を殺した。
 再び仰向けに寝かされ、啓次郎が覆い被さってきた。何度エクスタシーを迎えたのか、わからない。
 挿入してからどれくらい経っているのか。朱音は絶え間なく声をあげていた。窓が開きっぱなしであることなど、とっくに忘れていた。
 啓次郎は長く射精をこらえていた。しかし、そろそろ限界が来ているのは彼の歪んだ顔を見ているとわかる。
「もう、いいよ……」
「もっとお前を味わいたい……」
「少し休んでから、またしてもいいよ」
 啓次郎の身体を抱きしめ、キスをした。
「ああ、だめだ。もういくよ」
「中で出してもいいよ」
「しかし……」
「大丈夫だから、遠慮しないで」
 啓次郎は最後に思いきり回転をあげた。ペニスが奥深くまで侵入してきて朱音の奥を突いた。
朱音は、もう声を漏らさないようにするのを諦めていた。
 啓次郎が耳元で小さく呻いた。同時に朱音も絶頂に達した。
 身体の奥深くで、啓次郎が弾ける気配を感じた。

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