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逃れの海峡 15(最終章)



15(最終章).岬

 唐津市に入った。パトカーが二台、停まっていた。
 啓次郎は車を走らせた。
 酷い道に入った。絶壁沿いで、しかも曲がりくねっている。十メートルさきも見通せない場所が続いていた。
 啓次郎がクラクションを鳴らした。
「酷い道ね」
「だが、検問が敷かれている様子もないな」
「安西さんの仇、討ったのね」
 啓次郎は前を見たままハンドルを握っていた。余所見をする余裕などなさそうだ。
「君もたいしたものだ。あんな場面を見ても平然としている」
「平気じゃなかったわ。あなたのことが心配だったの」
 ブレーキの軋みが、車内に響く。
「あいつら、どうして私たちがここにいることがわかったのかしら」
「当たりをつけていたんだろうな」
「でも、確信していたって気もする。あの武野って男、尽誠会じゃ、トップなんでしょ? あなたが呼んだんじゃないの? 日本を発つ前に安西さんの仇を討つために」
 絶壁沿いで、しかも曲がりくねっている。十メートル先も見通せない場所が続いていた。ひどい道だ。
「君の言うとおりだ。俺がここにいることがわかれば、武野が出張ってくるのはわかっていた。連中のルールでね。兄貴分を殺されたら警察に先を越させるまえにそのけじめをつけないと、いくら副会長でも組織の中じゃ認められないんだ」
 車が方向を変えた。岸壁の端を走る。
 追ってくる車もなかった。確実に呼子の岬にむかっている。
 開けた場所に出た。周囲に田畑が広がっている。積みあげられた荷物、木造の倉庫、ライトバン。
「今なら引き返せる」
「え?」
「この先、どうなるかわからない。俺は君の安全を保障できない。それでも一緒に来るか?」
 開けた窓から風が舞い込んでくる。髪が風に靡いていた。晴れているが、風があるので肌寒い。
「今なら、君が何かの罪に問われることはない。無理に付いてこなくってもいい」
「馬鹿にしないで。そんな話、二度としないで」
「俺は人殺しだぜ」
「だから何? 自分は特別だっていいたいわけ? 人殺しなんて世の中にいっぱいいるわ」
 横から啓次郎を睨みつけた。啓次郎が笑っている。子供の眼。そんな感じがした。
「わかった。一緒に行こう」
 サイドミラーに赤い光が二つ見えた。
 距離をつめてくる。
「パトカーよ」
「ああ」
 啓次郎はアクセルを踏みこんだ。肚はもう決まっている。パトカーがすく近くまで来た。けたたましいサイレンが耳障りだった。助手席の警察官の顔がサイドミラーからはっきり見える。こちらを見て口を開けていた。間抜けな顔をしている。
 そのまま、海岸通りへ出る道を突っ走った。車体が跳ねる。民家が後方に飛んでいく。桟橋が見えた。向こうの島に渡る桟橋だ。
 赤いライトが追ってきている。
 車が増えていた。農家のライトバンや軽トラックが多い。赤信号を突っ切った。クラクションが追ってくる。左はどん詰りだ。右に曲がった。海岸線に沿って走り、それからまた右にハンドルを切る。入り組んだ道路に入った。
「飛ばすぞ」
 カーブばかりが続く酷い道だった。彼の首筋に汗が見えた。
「運転、うまいのね」
「まあな。ガキの頃は暴走族や機動警察相手に好き放題、走りたいように走っていた。無茶な運転もかなりしてきたが、事故を起こしたことはないんだ」
「この道を真直ぐ行くと、目的の場所?」
「ああ、その先には道はない」
 啓次郎がハンドルを切った。助手席の朱音が短い悲鳴をあげた。右は崖だった。左は山の斜面で、木が道にまで枝を出している。カーブの連続だった。見通しは極端に悪い。クラクションを鳴らし続けた。パトカーとの距離は空いている。曲がるたびに身体が右に左に傾く。
「無茶しないで」
「無茶しないと捕まっちまうぜ。ある意味、尽誠会より厄介な相手だ」
 岬の最先端まできた。
 二台のパトカーはまだ付いてくる。ルーフに赤色灯が光っている。
 ひどい道路だった。曲がりくねっているうえに、未舗装だ。ただ、車はいない。
 道路がいくらか低く、平坦になってきた。啓次郎はハンドルを掴み、シートに背中を押しつけている。運転はさすがにうまい。朱音は頭に手をやっていた。バウンドするたびに、天井にぶっつけるからだ。
 家並が右下の斜面に見えてきた。急に対向車が突っこんできた。
 啓次郎がブレーキを踏んだ。すれ違った対向車がスピンした。それを避けようとしたパトカーがガードレールにぶつかり、停まった。
「大丈夫か?」
 朱音が頷いた。
「そこから岸壁を降りることが出来る。石段があるから下まで降りるんだ。そこで俺を待て」
「あなたは?」
「警官達をおびき寄せる」
「でも……」
「大丈夫だ。下まで降りれたら、俺たちは逃げられる」
 朱音は頷いた。啓次郎が車から出て振り返った。眠が合った。行け、眼でそう言っている。
 朱音は助手席のドアを開けて車から出た。
 パトカーから警官が飛び出してきた。
 走った。
 パトカーから降りてきた男が、「あそこだ」と叫んだ。
 轟音が響いた。銃声だ。警官達が地面に伏せた。啓次郎がこちらに向かって走ってきた。
 警官が走った。朱音も啓次郎と並んで走った。すぐに息があがってきた。警官たちが追いかけてくる。
 草むらを抜けると展望が開けた。眼下に、波が打ち寄せる岩場がある。啓次郎が斜面の下を指した。岩場に眼をやった。沖に、小さな除染が浮かんでいた。
 石段を降りていくと、大きな岩が見えてきた。海のそばまで下りてきた。風が強い。時々飛沫が頼を打った。
 背後で靴音がした。ふりむく。警官は全部で四人いた。啓次郎が警官達と睨み合った。朱音は石段を駈け降りた。もう一度ふりかえった。啓次郎が石段を振り返り、拳銃を構えていた。
 啓次郎が引金を絞った。銃声が響く。警官達の姿は、朱音のいる場所からは見えなかった。啓次郎がまた警官に銃を向けて引き金を引いた。弾が出なかった。
 朱音は海のほうを見た。漁船が様子を窺いながらゆっくりと近づいてきている。
 啓次郎が警官達と睨みあっている。
 私ひとりで逃げても意味ないじゃない……。
 船のエンジンの音が聞こえてきた。振り向いて沖を見ると、漁船が離れていくのが見えた。
 見捨てられたのだ。
 啓次郎が拳銃を捨てた。そして、腰の後ろに差していたサバイバルナイフを手に取った。
 何してるのよ……。
 やめて……。
 ナイフを掴んだまま、啓次郎は片足を石段にかけた。警官達は動かず、彼に拳銃を向けている。「逃げて!」
 朱音が叫んだ。
 啓次郎が一段ずつ、石段を登っていく。警官達が銃を突き出したまま何かを叫んでいる。
 警官達まで約十メートルまで近寄った。
 啓次郎の背中を見つめていた。また一歩、踏み出した。警官達が腰を引き、両手を前に出して構えた。
 彼らの眼がぶつかり合っている。
 啓次郎が姿勢を低くした。警官達が下がった。啓次郎が地面を蹴った。
 轟音。
 朱音の身体の中を、銃声が突き抜けていった。警官達の目が、恐怖で見開いている。
 また銃声が身体を突き抜けていった。
 啓次郎の身体がぐらりとゆれ、崩れるように倒れた。


(完)

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