処女の秘孔は蜜の味 1
1 暗闇の森の少女
今夜は満月のはずなのに、夜空に月は見えない。
空には一面厚い雲が広がり、黒く澱んだ夜が灯火管制中の街を包んでいる。時々道路を通り過ぎる車のヘッドライト以外、人工的な明かりはまったく見られない。死に絶えた街の姿がそこにあった。
草むらの中から周囲の様子を窺う。誰もいるはずはないとわかっていても、気を抜くことが出来ない。臆病なくらいの用心深さが、生き残る秘訣であることを、藤島辰雄は知っている。
誰もいないことを確認した後、大麻草の束を抱え草むらから出た。タバコが吸いたかった。なぜか仕事を終えた後は、マリファナではなくタバコを吸いたくなる。タバコの値段が上がっているのは戦争の影響らしい。戦争など俺には関係ないことなのに、迷惑な話だ。
車のドアを開けたとき、川原のほうから女の悲鳴が聞こえてきた。どこかの不良が街で攫ってきた女の子を輪姦しているのだろう。不良たちは街で女を攫い、人気のない山奥に連れてきて、皆で女を輪姦すのだ。
俺には関係のない話だ。それより、誰かに見つかる前に少しでも早くこの場を離れなくてはならない。
後部座席に束ねた大麻草を放り込み、運転席に乗り込んだ。
見て見ぬ振りをするのは、その卑怯な行為に加担しているのと同じなんだぜ。トシアキの言葉が頭に蘇る。
わかってるよ。
舌打ちすると、車のグローブボックスの中の拳銃を手に取った。六連式のリボルバー。トシアキが辰雄のために残してくれた銃だ。
放っておけばいいものを、まったく、どうかしている。
銃なんて持ち歩いてると、いつか使っちゃうような場面に出くわしちゃうんだから。綾香のしかめっ面が目の前に浮かんだ。
あぜ道を降りていくと、川原に停めてある改造車が目に入った。軍用に転用可能な四輪駆動車。かなりの年代ものだが、日本車は故障知らず。何年でもろくなメンテナンスなしで使用可能だ。長引く戦争で疲弊していても、日本の技術は世界最高レベルにある。
また、悲鳴が聞こえた。今度ははっきりと聞こえた。すぐそばだ。
車の陰から向こう側を覗き見た。二人の男の下で、女がもがぎ騒いでいる。女は男たちに手足を抑えられ、服と下着を引き剥がされて、素っ裸のまま泣き叫んでいた。
一人が女の片足を押さえて、あとの男がズボンをパンツごとひき下ろしていた。女をまさに犯そうとしているところだった。
ジャンパーのポケットからナイフを取り出して刃を立て、改造車のタイヤに刺し込んだ。ぶしゅっと下品な音を立ててタイヤが一気に萎む。
男たちが慌ててこちらを見た。
「てめえ、何してやがる!」
男の一人が懐中電灯を向けて凄んできた。
「見りゃ、わかるだろ。ナイフの切れ味を確かめているんだよ」
「はあ? そりゃ、俺達の車だぜ」
辰雄に気づいた女が「助けてください!」と叫んだ。
「あまりにおんぼろなんで、ここに捨ててあるのかと思ったぜ」
「面白いこというじゃねえか」
二人がにじり寄ってきた。ふたりとも手にナイフを持っている。
男達の格好を見て舌打ちしそうになった。国防色の軍服の胸に二本の黄色のライン。治安会か。
国民の治安と安全を守る会。略して「治安会」。戦争が激しくなり国の治安維持もままならなくなったため、国が民間に治安維持を委託した。委託した先は政治家と結託していたやくざだ。国からの委託を受けたやくざは大手を振って街の不良たちをかき集め、街の安全を守るという名目で好き放題暴れ回っている。
しかもこの二人は軍服を着ている。治安会でも幹部クラスだ。幹部クラスでさえこんなゴキブリなのだ。
仕方ない。顔を見られた。こいつらをこのまま帰すとあとが面倒になる。殺すしかない。だから、厄介ごとにはかかわりたくなかったのだ。ナイフをポケットにしまうと、腰に刺している拳銃を引き抜いて、銃を突きつけた。
「ガキがおもちゃなんか振り回すんじゃねえよ」
にやつきながらナイフを向けてきた男に銃口を向けたが、男達は怯まずににじり寄ってくる。
車のフロントガラスが懐中電灯の明かりを跳ね返した。女の顔がはっきり見えた。なかなかの美形だ。それに、いい体をしている。
「俺達が誰だかわかるよな?」
「ああ、治安会の豚野郎だろ」
「このガキが。殺してやる」
俺の指に力がこもった。
重く鈍い銃声が響き渡り、強烈な反動で腕が大きく跳ね上がった。男の体が後ろに吹き飛んだ。
男が仰向けに倒れた。地面に転がった懐中電灯の明かりが、頭を半分失った男のグロテスクな姿を映し出した。
ヒッ、という怯えた仲間の声が聞こえた。今頃気づいても遅いんだよ。
「俺もさあ、こんなところで遊んでんじゃねえんだよ」
銃を突きつけたまま、男の目の前まで歩いて行った。手に握った重い鉄の塊の先から、細い煙がたなびいている。
「た、助けて!」
「そいつは無理だ」
男が大きく眼を見開いた。その場に跪き、両手をあわせて泣き出した。
「お願いです、助けてください!」
「だから、無理だって。お前のような奴に顔を見られた以上は生かしておけないんだよ。こんなところに女を攫ってきて突っ込もうとする奴が悪いんだ」
「あなたの顔は忘れます! 絶対に忘れます! だから命だけは!」
「駄目。だぁめ」
「そ、そんな!」
引き金を引いた。弾丸は男の眉間に突き刺さると、脳みそとともに後頭部から出ていった。
地面に大きな血だまりが出来ていた。
両手で胸を隠した女が、怯えた目でこちらを見ている。
「服を着ろ」
女は我に帰ると、地面に落ちていた下着を拾い上げた。そして辰雄に背を向け、脚を通した。ブラの中に大きな乳房を押し込んだ後、スカートとブラウスををつけた。
ほう。
知っている制服。有名なお嬢様学校、白百合女子学園の制服だった。
「さて、こいつらがなぜ殺されたのか、あんたにはわかるよな。俺の顔を見たからだ」
「はい……」
「あんたは俺の顔を見たのかい?」
「はい……見ちゃいました……」
女が震えながら答えた。なんとも馬鹿正直な女だ。
「助けて欲しいか?」
「はい……」
「手に持っているリボンで目隠しをしろ」
戸惑っている女に「早くしろ!」と怒鳴ると、女が慌てて赤いリボンを目に当てた。
「途中でそのリボンをはずしたら、あんたを殺さなきゃ、ならなくなる」
「はい……」
男達の死体を川に流した後、女の背後に立った。女の体が緊張で強張った。
女の背中を押して降りてきたあぜ道を戻り、川原から出た。女を停めていた車の助手席に乗せ、エンジンをかける。
改造マフラーの爆音が、暗闇に包まれる森を震わせた。窓を開けてアクセルを踏む。冷たい夜風が車内に流れ込み、辰雄の頬を叩いた。
トシアキと二人でよく走った峠道。こうやって夜道を何も考えずにすっ飛ばしていると、嫌なことなど吹っ飛んで、自分が偉大な存在になったような気がしてくる。
峠を越えて山道から人気のない国道に出た。この時間帯、車はめったに通らない。下手をすれば、物影から銃撃される恐れがある。世の中は物資が極端に不足してきているので、金品や食料、ガソリンが狙われるのだ。だから法律で禁止されているが、自衛のために銃は手放せない。
女のカバンを開けて中を探る。生徒手帳が出てきた。白百合女子学園、島中祥子。住所は地元でも有名な高級住宅街だ。
「島中祥子」
名前を呼ばれ、女が体を震わせた。
「あんたの名前と住所、通っている学校を覚えた。もし、今夜のことをどこかの誰かに話したら、喋った相手が親兄弟だったとしても、あんたはもちろん、家族全員が死ぬことになる」
「私、誰にも喋りません……」
「それでいい」
駅前の交番。婦人警官の姿が見えた。灯火管制の街でヘッドライトをつけて走っている車を不審に思ったのか、交番の中からこちらを見ている。
「車を降りた後、五十数えたら目隠しをはずすんだ。交番に駆け込めば助けてくれる。婦人警官なので、犯されることはないだろう。あんたのその汚れた格好を見ても、このご時勢だ、警察は関心も持たないと思うが、もし聞かれても適当に誤魔化すんだ。うまく誤魔化せ。あんたや家族の命がかかっていることを忘れるな」
「はい……」
辰雄は女を車から下ろすと、そのまま走り去った。
やれやれ、俺もお人よしだな。
でも、島中祥子って、きっと処女なんだろうな……。
あそこを舐めさせてもらう、いいチャンスだったかもしれなかったのに……。
女が座っていた席を見た。生徒手帳が置かれたままだった。