処女の秘孔は蜜の味 3
3 校舎の屋上でマリファナをやる
黒板の前で、教師が熱心に二次方程式の解き方を説明している。こんな学校の生徒に数学なんか教えても何の役にも立たないのに、無駄なことをしているとは思わないのか。
手が油だらけだった。さっきの授業では旋盤の操作について習った。日本のものづくりの技術は世界一で、その技術は若い者たちが毎日技術の研鑽に励むことで維持されるのだと、教師は口角泡飛ばしながら口走っていた。
多くの男子生徒が油まみれになりながら必死で旋盤を操作していた。いい成績を残して少しでも給料のいい工場で働くこと。この学校で真面目に勉強している奴はみなそう考えている。そして、辰雄や吾郎、光男といったはみ出し者は、卒業前になって海外ボランティア応募用紙を突きつけられるのだ。
女子は確か、西洋文芸の授業だったはずだ。歌や踊り、上品な歩き方を学ぶ。そして女子はまた、実践的な英会話と保健の授業が課せられる。保健の授業で主に習うことは、妊娠と避妊についてだ。つまりこの学校の女子は慰安婦になる基礎を教えられているのだ。日本を守ってくれるアメリカ兵のための性処理を担う、お国のための立派な仕事。だから、この学校の教師達は男女が深い中になることについて特に注意しない。この学校に処女はいないという噂は本当なのだ。
逆に島中祥子のように、日本の将来を担うエリートの若者と結婚する女子は処女性が重んじられる。ほとんどが一流校の女子高に通い、男との接触を断たれる。
有能な人間、役に立つ人間のみ残す国家政策。役に立たないと判断された人間には即、海外ボランティア応募用紙を叩きつける。消耗品としての人生を強要されるのだ。拒否は出来ない。
各生徒がどんな仕事につくかは、都道府県を通じて学校から生徒達に伝えられる。下級国民に職業選択の自由はない。好きな仕事が出来るのはエリートの上級国民だけだ。
吾郎も光男も辰雄も海外ボランティアは決定だろう。卒業後、いかにして逃げるかが問題だ。
黒板の上にあるスピーカーから終業のチャイムが流れた。
学級委員の新谷綾香が、教師が終わりの合図を出してもいないのに、「起立」と元気な声をあげた。起立の号令にあわせて、生徒たちはばらばらに立ち上がった。
「礼」
頭を下げた生徒達が、ばらばらと教室を出て行く。綾香が勝手に号令をかけたのに、教師は何も言わない。教師にとって、生徒たちが授業に興味を持ったか、理解したかなど、どうでもいいことなのだ。
一部の学校を除き、この国の教師達はすでに教育の仕事を放棄している。教師達にとって、授業は淡々とこなす作業に過ぎない。
一番後ろの席で居眠りしていた山峰吾郎が椅子をひきずって大きな体を立ち上げた。その前に座っている田村光男はまだ眠っている。吾郎に声をかけられ、光男がようやく目を覚ました。
「吾郎、光男」
辰雄が二人にタバコを吸う真似をして指を上に向けた。次の時間は自習だ。二人が笑いながら頷いた。
「エリカ」
席を立ったエリカが振り向いた。
「屋上に来いよ」
「はあ? 馬鹿なこというんじゃないわよ」
「何が?」
「いくら安全日だからって、学校ではやらないの」
「馬鹿はお前だ」
エリカの頭を軽く叩く。
「ブツが入ったんだよ」といって、タバコを吸う真似をする。
「えっ? 葉っぱ?」
辰雄が慌ててエリカの口を塞いだ。
エリカと二人で校舎の屋上にあがると、吾郎と光男が先に来て二人を待っていた。ポケットから刻んだ乾燥マリファナ入りのビニール袋とパイプを取り出し三人に渡す。
「おお、いいねえ」
三人はパイプに乾燥大麻をつめ、ライターで火をつけた。
「かあ! 効くね!」
煙を吐き出した吾郎が満面の笑みを浮かべた。光男もエリカも煙を吐き出しながら頷いている。
「最高。いいブツじゃん、これ」エリカも満足そうだ。
「いまどきマリファナが違法だなんて信じられないな。タバコのほうが害あんのに」光男が上空に向けて煙を吐いた。
「治安会の要請だよ」
三人が辰雄を見た。「マリファナが合法になったら、治安会の商売は上がったりになるからな」
「治安会がマリファナ捌いてるのか?」
「この辺りで出回っているのは治安会の流しているマリファナだよ」
「じゃあ、これも?」
エリカがパイプを突き出した。
「それは違う。別ルートのものだ」
「別ルートって?」
「知り合いから買ってんだよ」
大麻を山で栽培していることは秘密だ。本当に隠さなくてはならないことは、たとえ親しい親友にも打ち明けない。
「他から買ったことが治安会にばれたらやばいじゃん」
マリファナの密売がばれたらただではすまない。縄張り内で勝手な商売をする奴らを、治安会は決して許さない。しかし、だからこそ危ない橋を渡ったものが大金を稼げるのだ。
「そんなへまはしねえよ」
爆音が響いた。三機編隊のジェット戦闘機が上空を横切っていく。翼の日の丸がはっきり見えた。
「自衛隊だ、自衛隊」
「がんばれ、ニッポン!」
ジェット戦闘機はあっという間に空のかなたに飛び去っていった。
「戦争って、日本が優勢なのかな?」
吾郎が、ジェット機の飛び去った空を眺めながら呟いた。
「新聞もテレビも全然伝えてくれないしよ。国民の知る権利はどうしちまったんだよ」
「都合が悪いから隠してんだよ」
「ってことは、日本が不利なのかな。嫌だな。俺達もうすぐ十八じゃねえか。下手すりゃ、今年中に戦場に送られちまうんだぜ」
「やだなあ……」と光男もため息をつく。
「やめなよ。せっかく葉っぱやってんのにテンション下がるじゃん」
「おまえだって召集がかかるかもしれないんだぜ」
「女は招集されても食事を作ったり慰問団に同行して歌うだけなんでしょ? たいしたことないわよ」
「下級国民の女は慰安所に送られてアメ公にチンポ突っ込まれちまうんだよ」吾郎が吐き捨てるようにいった。
「アメ公のチンポか。悪くないかも」
光男と吾郎が笑った。
「お前は辰雄のデカチンで鍛えられてるからな」
「黙れ!」
エリカが吾郎の背中を思い切り叩いた。マリファナで三人ともテンションがあがっている。
「戦場に送られるなんてごめんだ」
辰雄がこつこつとパイプで床を叩き、中に残った灰を叩き出した。
「エリカ、召集がきたら一緒に逃げようぜ。俺、エリカが他の男にチンポ突っ込まれるなんて嫌だよ」
エリカがきょとんとした顔で辰雄を見ている。
「馬鹿。慰安所に送られるなんてこと、あるわけないでしょ」
エリカが大声で笑った。