処女の秘孔は蜜の味 5
5 泣きじゃくる少女
ざわついた教室の中で辰雄はひとり窓の外の景色を見つめていた。三階の窓から見えるビルの窓ガラスが割れている。上空を一羽のからすが飛んでいた。からすは羽根を小さく震わせながら下降して、生い茂る木の葉の間に身を隠した。
「何、黄昏ってんの?」
綾香が声をかけてきた。黒の長髪にきれいな色白の顔。弾けるような笑顔。両親とも公務員で、成績もそこそこ優秀。喋らなければ清楚なお嬢様に見える。
「別に何でもねえよ」
「エリカがいないから寂しい?」
悪戯っぽい笑みで顔を覗き込んでくる。
「浮気疑われてるんだってね。エリカ、学校を途中で抜けて白百合に行ったよ。島中祥子ちゃんだったっけ? ヤキ入れられなきゃ、いいけど」
ため息が漏れる。まったく、体だけのドライな関係じゃなかったのかよ。何、嫉妬に狂ってるんだ。
「嬉しいんでしょ? あの子がやきもちやいてくれてることに」
「はあ? 何言ってんだよ」
「いいから、いいから」
「けっ!」
「それより聞いた? 三組の脇坂君、自殺したんだって」
「ああ、公園で首括ってたんだろ?」
「今年第一号だね」
脇坂は留年しているひとつ上。先日の面談で教師からボランティア申込用紙を渡されたらしい。助けて欲しいと泣きじゃくったらしいが教師に何かできるはずもなく、その日の下校途中で行方不明になっていた。そして、河川敷の公園の木にぶら下がっているのが今朝発見されたらしい。
「クラスの担任、生徒達になんていったって思う? 自殺だってみんな知ってんのに、脇坂は突然退学したなんていうのよ。みんな担任に脇坂は自殺だって言ったんだけど、あれは別人だった、脇坂は退学したんだの一点張り」
「昔から、教師は絶対に己の非を認めないもんなんだよ」
「やだなあ……ボランティア……。クラス委員やってんだから見逃してくれてもいいのに」
「諦めろ。クラス委員やったくらいで免除になんてならねえよ」
「意地悪」
「でも、親が両方とも公務員なら免除されるかもな」
「だといいんだけど……」
担任が教室にやってきた。ホームルームはとりたてて何の伝達事項もなく、事務的に終わった。綾香が、「起立」「気をつけ」「さようなら」と号令をかけると、教室がざわめき、生徒達が教室を飛び出していく。
辰雄もカバンを持って席を立った。
「今日は帰るの?」綾香が近寄ってきた。
「ああ、用があるんだ」
「あの極悪コンビは?」
「今日はふたりとも来てねえよ」
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろうよ」
「何で?」
「エリカがいないんだから、その隙に浮気でもしちゃえば?」
「お前と? じゃあ、俺の部屋で一発やっか」
「やっぱり最低男ね。エリカの言ってる通りだわ。女の子の下半身にしか用がない男なんだから」
「いや、おっぱいも大好きだ」
綾香が可愛く顔をしかめ、スカートをひらりとさせて、背中を向けた。
二人並んで校舎を出た。エリカは島中祥子に会えただろうか。昨日は散々尋問された。島中祥子との話に矛盾点があれば、戻ってきたエリカになんていわれるか不安になる。
「で、あんたは何の用事?」
「読書」
「どくしょぉ?」
「なんだよ、悪いかよ」
「あんた、本なんか読むの?」
「馬鹿にすんなよ、ほら」
カバンを空けて中のものを綾香に渡す。
「げっ、エロ本」
「しかも無修正のもろ見え。これなんてどうだ? ビール瓶が入るなんて、女のあそこって凄いよな」
「うわ。これはキツそう」
「今度試してみろよ」
「やめてよ。がばがばになるじゃん。それにこれ、写真ばかりじゃない。読書になんないよ」
「文章もあるだろ、彼女達の性体験告白」
「まったく、堂々とえっちな本見せてるんじゃないわよ。こんなので抜くんだったら、もっとエリカの相手してあげなさいよ」
からかったつもりだったが、綾香の受け答えは実にさっぱりしたものだった。少しも嫌そうな顔をしない。
「つまんねえな。こういうときは、えっちぃ! ばか! なんてもの見せるのよ! って可愛く反応してくれよ」
「エリカやあんた達に鍛えられてるからね」
エリカに勝るとも劣らない高校生離れした大きな胸を張る。
綾香はかなり可愛い女の部類に入る。本来ならば恋人の一人や二人は軽々と作ってしまえるだろう。言い寄る男はいるようだが、綾香が男と付き合っているという話は聞いたことがない。
辰雄は綾香の華奢な肩をがしっと掴んだ。彼女が驚いたように辰雄を見上げた。
すぅと深呼吸する。
「結婚しよう」
「いやだ」
「うおぉぉ! 速攻でフラれたああ! 一世一度のプロポーズだったのによぉ!」
「色んな女の子に声かけて部屋に連れ込んでいるくせに、あんたの告白ほど信じられないものはないんだよ」
「告白じゃなくてプロポーズだったんだぜ。それに、白百合学園の女は本当にそんなんじゃねえよ」
「エリカは無茶くちゃ、疑ってるけどね」
またため息が出る。
「エリカから聞いたんでしょ? 海外ボランティアの話。彼女、本気みたいよ。どうするの?」
「俺が口出しすることじゃない」
「それが本心ならあんたは最低男だけど、エリカに一緒に逃げようといったらしいわね」
「聞いてるんじゃねえか」
「どうやって逃げるの?」
「簡単さ。身を隠す場所と金を稼ぐ方法。それさえ用意すりゃ、いい」
「呆れた。そんなことが簡単にできるなら誰も苦労しないわよ。たとえ用意できたとしても、いつまで世間から隠れていればいいのよ」
「戦争が終わるまでだ」
「戦争はもう十年も続いているのよ。あと十年は続くって噂だし」
綾香が足を止めた。振り返ってみると、俯いて肩を震わせている。彼女の目から大粒の涙が流れた。
「嫌だよぉ……アメリカ兵にやられるなんて、嫌だよぉ……。エリカは強い子、割り切れるけど……私は無理……」
道を歩く生徒達が、辰雄と綾香を見ていた。