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処女の秘孔は蜜の味 6



6 親友の遺志

 目を閉じれば、綾香の泣きじゃくる顔が瞼の裏に蘇ってくる。
 まったく、むしゃくしゃする。いつも俺のことを馬鹿にしやがるくせに、目の前で他の女みたいにおろおろ泣くんじゃねえよ。
 イライラしている。このままでは治まりそうにない。憂さ晴らしが必要だ。
 午後八時。外はすっかり暗くなっていて、物音ひとつ聞こえてこない。辰雄はベッドから降りでジャンパーを着た。
 外に出て、暗闇に包まれた街を歩く。灯火管制のため、建物の外に漏れ出る明かりはわずかだった。時折道路を走り過ぎる車のヘッドライトだけが、街の闇を照らし出す。
 そして、脇を通り過ぎた何台目かの車のヘッドライトが、遠くで蠢く人影を照らし出した。
 足音を忍ばせ近づいていく。
「離してくださいっ!」
 女の叫び声が聞こえてきた。
 不良が女を襲っている。この辺りじゃ、珍しくも何ともない光景だ。こんなご時勢に夜外を出歩く女も悪いが、外出せざるを得ない場合もある。一概に女を責めることはできない。
 それに、辰雄は女を集団で襲ったりひとりを大勢でぼこったりする卑怯なやつらが嫌いだった。そんな連中は見るだけでイライラしてくる。
 見て見ぬ振りをするのは、その卑怯な行為に加担しているのと同じなんだぜ。トシアキの言葉だ。その時は、青臭いことをほざきやがってと思っていた。
 助けてやるか。トシアキとの約束だ。
 男たちが暴れる女を皆で抱えあげ、廃ビルの中に連れ込もうとしている。
「おい。何してんだ?」
「あ?」
 後ろから声をかけられ、男たちが一斉に振り向いた。三人組か。丸刈りに金髪にモヒカン。ゴキブリどもはみな同じ格好をしている。少しは個性を出したらどうだ
「誰だよ、おめえ……」金髪が唸った。
「街のゴキブリ駆逐隊だ」
「はあ?」
「知らねえのか? この辺りじゃ、有名なんだぜ」
 命名したのはトシアキ。隊といっても、トシアキ一人で行動していた。そして、彼の後を辰雄が継いだ。
 三人が辰雄を囲んで睨みつけてきた。相手を威圧しようとして、顎をあげ眼球を下に向けている。その嫌悪感を覚えさせる視線はゴキブリ独特のものだ。
 連中の顔に余裕がある。相手より人数の多い圧倒的優位な立場に粋がり過ぎだ。
 丸刈りの男がいきなり殴りかかってきた。相手の拳をかわして腹に蹴りを入れる。丸刈り頭は避けることもできないまま、鈍い音と共に後ろの仲間の足元に転がっていった。
 続いてモヒカン男が殴りかかってきた。あと一歩のところでパンチを避け、その勢いで地面に転びそうになったモヒカン男の尻を蹴り上げた。頭から地面を転がったモヒカン男が、ヨロヨロと力の入らない足で立ちあがった。
「殺してやる!」丸刈り男とモヒカン男がナイフを抜いた。
「おめえ、俺たちにそんなことして無事に済むと思ってんのか」金髪男はまだ余裕を見せている。
「お前ら、治安会の下っ端なんだろ?」
「だったらなんだ。今更謝ったって遅いぜ」
「そうか。土下座して許してもらおうと思ったんだが。それじゃ、仕方ないな」
 辰雄はナイフを取り出すと、刃を立てて前に突き出した。そして、一瞬で丸刈り男との間合いをつめ、両眼を狙い横一文字に切り裂いた。
 赤ん坊のような弾けた悲鳴が耳を劈く。鳥肌が立った。左眼は無事のようだったが、まともに刃が入った右眼は水風船を割ったように破裂して眼球の中の水分が飛び散り、もう瞼を開けなかった。
 呆然としている仲間二人の前で、激しく暴れる丸刈り男の首を左手で掴み、そのまま頸動脈を切断した。周囲に血の匂いが一気に漂った。
 トシアキは治安会のメンバーを数多く殺した。これは自由を掴むための戦いなんだといっていたが、当時の辰雄には興味はなかった。
 そして、トシアキは警察に殺された。仲間に裏切られたのだ。裏切った男は今、上級国民になっている。
「お、お前……」
 呆気に取られているモヒカン男に飛びかかり、首を掴むとそのままビルの壁に背中を押し付け、脇腹にナイフの刃を差し込んだ。モヒカン男はくぐもった悲鳴を上げ、苦しそうに手足をじたばた動かしながら、苦悶のあまり放尿した。
 モヒカン男のうめき声が、ろうそくの火のようにゆっくりと消えていった。
「だ、誰なんだよ、お前は……」
 残った金髪男が、辰雄を見ていた。手に持っているナイフが震えている。
「いっただろ。街のゴキブリ駆逐隊だ」
「知らねえよ、そんなの。俺を殺すのか?」
「ああ、だが俺は快楽で人を殺しているんじゃない。俺は、殺すことからくる罪悪感に耐えることで生きている。いわば使命だな。ダチから引き継いだ使命だ」
「はあ?」
「殺すことにかけて、ただの人殺しと俺とでは違いがある。ほんの些細な違いだけどな」
「な、何いってんだよ」
 金髪男が背を向けて逃げ出した。慌てて転倒した男の後ろ襟をつかみ、そいつの喉をナイフで抉った。
 生暖かい血が、地面を染めた。血の匂い。嫌な臭いだ。しかし、やめるわけにはいかない。これがトシアキから引き継いだ革命であり、俺のこの世の存在意義だ。
 女が辰雄を見上げて震えている。化粧もあまりしておらず、普通の女に見える。
 しばらくその女を見続けていると女が口を動かした。
「あ、あの……あ……ありがとうございました……」
 女は震えながら頭を下げた。
「あんたが今夜のことを誰にも話さなかったら、これまでと同じように、明日からも何事もない日々を送ることができる」
「私、誰にもしゃべりません」
 女は黙ってうなずくと、立ち上がってその場を立ち去った。

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