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処女の秘孔は蜜の味 8



8 処女の来訪

 頬杖を突きながら窓の外をぼんやり見ていた。カラスが近くの電線の上で、獲物でも探すかのように頭を小刻みに動かしている。
 教室内では、生徒たちが友達と談笑している。
 肩を叩かれた。
「おっはよー!」
 綾香の弾けた声。
「早いじゃない。今日は寝坊しなかったの?」
「六時に目が覚めちまったからな」
 目が覚めたというよりも、昨夜は眠れなかった。バイヤーとその用心棒を撃ち殺したことはまだニュースになっていない。
「お前も早いな」
「私はいつも早く起きてるよ。ただ今朝は家のレンジが故障しちゃって、パン買ってきたの」
「はあ? 何それ。飯食わなかったから早く来たって意味か?」
「朝はいつもブレイクドコーヒーを楽しんでいるの。だから、遅刻ぎりぎりになっちゃうの」
「女にとって貴重な朝の時間を、朝飯ごときで使っちまうのかい?」
「時間に余裕を持って楽しまなきゃ人生損だよ、チミィ」
「言ってろよ」
 アメリカ兵に抱かれたくないと泣きじゃくっていた時の姿は片鱗も見えない。辰雄もあえて口にしなかった。
 授業が始まってすぐに、突然、教師に呼び出された。
 職員室の横にある進路相談室のドアを開けると、担任の教師が辰雄を見て微笑んだ。
「どうしたんっすか?」
「お前に大変名誉な話だ」
 席に座った辰雄の前に、教師が紙を置いた。
 ボランティア応募用紙。ついにきたか。
「召集令状じゃないですか」
「これは名誉なことなんだぞ」
「何が名誉なんですか。先生は俺に戦場で死ねっていうんですか?」
「何を言っているんだ。海外にいって困った人たちを助けるのがボランティアなんだぞ」
「そんなの、政府が言ってる嘘だって、誰でも知っていますよ」
「いい加減な噂話を信じるんじゃない。早くここに署名するんだ」
「あ、俺、拒否します」
「はあ?」
「これ、志願制なんでしょ? だから志願しません」
「お前なあ。拒否できないことは知っているだろ」
「それこそ噂話ですよ。ほら、ここに志願する場合は署名するようにって書いていますよ」
「いい加減にしろ!」
 教師が怒鳴って机を叩いた。
「拒否はできないんだ! 裁判を起こしても弁護士がどんな民法を持ってきても、拒否できないんだよ!」
「先生には難しい言葉かもしれませんけど、志願ってのは自由意思って意味なんですよ。覚えておいてください」
「子供のくせに教師を馬鹿にするんじゃない! 今、世界中で困っている人が大勢いるんだ! そんな人たちを助けるのが、お前たち若い者の義務なんだよ。そんなことやりたくないなんてわがままが通るわけないだろ! お前ももうすぐ学校を卒業して社会人になるんだ。社会人は学生とは違うんだ! 社会で生きるためには、自己中心は止めて折り合いをつけなくっちゃ、いけないんだよ! 自分勝手なことを言うんじゃない!」
「わかってますよ、それくらい。俺は海外ボランティアじゃなく他の方法で社会と折り合いを付けますよ。じゃあ、そういうことでよろしく」
 辰雄は席を立とうとした。
「待て! どうするつもりなんだ。学校はお前に仕事を紹介したりしないぞ」
「商売でもやりますよ。役所と伝手のある知り合いがいるんで、許可証をもらってもらいます」
「そんなことは無理なんだよ」
 怒鳴る教師を無視して、辰雄は進路相談室を出た。

 授業は昼までだった。エリカは学校に来なかった。エリカに何かあったのかと綾香に聞かれたが、聞きたいのは辰雄のほうだった。昨日からずっと連絡はない。
 吾郎も光男も学校に来なかった。この二人はいつものサボりだろう。こんな時代にレベルの低い学校で勉強することに意味があるとは辰雄も思えない。学校に通っているのは、高校くらい卒業しろという親父の遺言に従っているだけだ。
 綾香が友人たちと言葉を交わしている。帰りの挨拶を交わす仲でもない。
 校門を出ると、見覚えのある制服を着た女子生徒が立っていた。白百合学園の制服だ。帰宅途中の男子生徒たちが、彼女をまぶしそうな目で見ている。白百合学園の女子生徒はわが校の男子生徒の憧れだ。
 彼女の顔を見た。見覚えがあるような顔だった。辰雄は眼球の焦点を彼女の顔から全身に移した。背筋もまっすぐ起立している。皮下脂肪が豊かな曲線を形作っていて、胸は丸みを帯びつつ大きく突起していた。
 少女にしたら男子高校生がいやらしい顔で自分の体を見つめていると思うだろう。しかし、辰雄を見た彼女の顔がぱっと明るくなった。
「藤島辰雄さんですか?」
 彼女が近寄って声かけてきた。その声を聞いてはっとした。島中祥子だった。
「お前、どうしてここに?」
「須藤エリカさんに聞いたんです。私の生徒手帳を持ってきてくれて。それで分かったんです。あの夜私を助けてくれた男の人の知り合いなんだって」
「エリカが俺のことをしゃべったのか?」
 彼女が黙って頷いた。なんてことだ。治安会の二人を撃ち殺したことが明るみになりかねない。
「大丈夫です。私は何もしゃべりませんから」
 辰雄の心の中を覗き込んだかのように、彼女が言った。
「会って、お礼が言いたかったんですけど、探しようもなかったし。でも、エリカさんがあなたの車の中に忘れてきた私の生徒手帳を持ってきてくれて」
「人をふたりも撃ち殺した男なんだぞ。怖くないのか?」
「治安会だったんでしょ、あの二人。もしあなたが助けてくれなかったら、私、今頃どうなっていたことか」
 彼女が拉致されて連れていかれた河原の傍で、辰雄は大麻草を栽培している。辰雄はこの女が自分の仕事内容を知っているのではないかと邪推した。探りを入れる必要がある。
「エリカは俺のこと、なんて話していた」
「たいしたことは……」
「いいから聞かせろ」
「この学校の生徒で、不良で、その……スケベで……」
「あの野郎」
 校門の前でしゃべっていると目立つので、歩きながらしゃべることにした。
「あんた、きょうだいは?」
「きょうだいですか?」
 どうしてそんなことを聞いてくるのかと言いたげに、辰雄を見た。女についてまず情報を引き出す。こんな時は兄弟の話から食い込んでいくのがいい。
「兄と姉がいます」
「何をしている?」
「兄は父の仕事の手伝いをしています。海外ボランティアから帰ってきたばかりなんです。釜山で国連軍の事務していたらしくって、日本から来るボランティアの人たちの面倒を見ていたんです。それに、姉は今、ボランティア中なんです。大陸じゃなく、国内の自衛隊施設で事務の仕事をしています」
 安全地帯で人の不幸を眺めているというわけか。上級国民とその家族には実質的に海外ボランティアは免除される。この女の家族は上級国民らしい。
「親の仕事は?」
「尋問みたいですね。政府の関係者です。聞かれると思うので答えますけど……」
 そういって、自分がどこに住んでいるかを話した。誰もが知っている高級住宅街。
「エリカとは長い時間話したのか?」
「お茶しながらお話ししたんです。お互いの学校の話とかで盛り上がっちゃって」
「へえ」
 意外だった。エリカと気の合う相手だとは思わないが。辰雄の浮気疑惑が晴れたので、気が楽になっていたのか。
「エリカは何をしているんだ。学校を休んでいて連絡もつかないんだが」
「さあ、何も言っていませんでしたけど」
 まあいい、そのうち連絡が来るだろう。とりあえず、この女がどこまで知っているか確かめる必要がある。
 たわいもない話をしながら歩いた。会話はよく途切れた。そのたびにチラチラと島中祥子の視線を感じた。彼女は何とか会話の糸口を掴もうとしたが、辰雄はそれに気づかないふりをした。
 自分のマンションの前で足を止めた。
「祥子……」
「あ、はい……」
 突然呼び捨てにされ、彼女は戸惑った。
「こいよ」
「こいって……ここは?」
「俺の部屋だ」
 彼女の顔が一瞬強張った。辰雄は彼女の腕を掴むと、無理矢理歩かせて強引に部屋に連れ込んだ。
「あ、あの……」
 戸惑う祥子をベッドに押し倒して上に覆いかぶさった。彼女は体を固くしたが、悲鳴はあげなかった。
 辰雄は祥子を見下ろした。祥子が真っ赤になりながら辰雄を見上げている。
「のこのこ男の部屋までやってきやがって。襲ってもいいって言ってるのと同じだぜ」
「無理やり部屋に連れ込んだのはあなたのほうです」
「エリカから俺のことで何を聞いた?」
 祥子の瞳が不安げに辰雄を見つめる。
「さっき話したつもりなんですけど……」
「いや、他に何か聞いているはずだ」
 彼女が唇を噛みしめた。
「したければ……していいです……。でも私、経験ないからベッドを汚しちゃうかもしれないし、つまらないですよ……」
「この場におよんで、生意気なんだな」
「な、生意気で悪かったですね」
 思っていたより気が強い女だ。
「正直に喋れ」
 辰雄は祥子を睨みつけた。
「あなたがマリファナを売っていること。それも特製の」
 思わず、彼女の首に手をかけた。
「怖いか?」
 彼女が首を横に振った。
「エリカさんが言っていました。あなたは女の子を酷い目にあわせるような人じゃないって」
「買いかぶりすぎだ」
「私、彼女に喋ったんです、あの夜のこと。あなたが二人の男を撃ち殺したってこと。それでもエリカさん、あなたのこと、悪い奴には容赦ないけど、いい奴だっていってました。もしかしたら裏で悪い奴らと繋がっているかもしれないけど、絶対信用していい奴だって」
 辰雄は祥子から離れた。
「もう帰れ。それから、俺に二度と付きまとうな。俺は多分、近々治安会に目をつけられる。俺に関わりのある奴は理由もなく連中に酷い目にあわされるかもしれないんだ」
 彼女がベッドから降りた。
「早く帰れ」
 彼女は玄関で一度辰雄のほうを見たが、振り切るように部屋を出て行った。

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