処女の秘孔は蜜の味 12
12 饐えた街の匂い
汗で肌にへばりつくシャツを引き剥がし、シャワーを浴びた。
七月初旬。いったい地球はどうしちまったんだといいたくなるくらい、暑い日だった。
体を熱い湯で流した後、冷水で冷やし、バスルームを出た。
マスタングに乗り込み、エンジンをかける。
エリカが半島に渡って半年が経った。彼女からは何の連絡もなかった。彼女と過ごした日々が夢であったのではないかと最近は思えてくる。人の記憶というものはそうやって失われていくのだろう。
街を抜け、川に出て橋を渡り、倉庫に車を停めた。隅のカーペットはきちんと敷いてある。合格だ。
倉庫を出て隣の店のドアを押した。
カランコロンと、カウベルの優しい音が響く。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中で、カクテルグラスを拭きながら綾香が笑顔で出迎えた。髪を肩で切りそろえ、メガネをかけている。変装としては今ひとつだが、以前とずいぶんイメージが変わっている。
「真面目に働いてるな」
「辰雄も仕事帰り?」
「ああ」
マリファナは諦めた。卒業後、偽名を使い肉体労働で体を虐めている。頑丈な体は財産だとよく父に言われたが、その通りだと思う。
「仕事、続いているようじゃないか」
叔母がビールを持ってきた。仕事帰り、ビール目当てで来る客が数人、雑談を交わしている。もう少し時間が経てば、食事帰りのサラリーマンがやってくる。特に綾香がここで働き出してから、彼女目当ての客が増えていると叔母から聞いている。
「何か食べる?」
綾香が顔を覗き込んできた。だいぶ仕事には慣れたようだ。本当によく働く子だと、叔母も感心していた。
「いや、ビールだけでいい」
「あの子がくるんだ」
彼女の目が睨みつけてくる。祥子は週に二回、辰雄の部屋に手作りの料理を持ってやってくる。本気で辰雄の面倒を見ている気なのだろう。辰雄も彼女の料理を食べるために、祥子の来る日は部屋で待つことにしている。
「いい加減にしてくれ。何度も言っているが、あいつには指一本触れていないんだ」
「どうだか」
ビールを飲み干すと、金をカウンターの上に置いた。その手を綾香が掴んだ。
「じゃあ、今夜も彼女が帰った後、部屋に来て。二日分、溜まってるはずよ」
いつからか始まった、綾香の浮気チェック。祥子が部屋に来る日は必ず、彼女が帰った後に綾香の部屋に行くことになってる。やり終わった後、ゴムの中に残った量と濃さで浮気の有無を確認するのだ。自分で抜いたなんて言い訳は通用しない。
いつの間に、お前は俺の女になったんだ。
「お前はお尋ね者の身なんだぞ」
「そんなの、関係ない」
ため息が出そうになった。
「わかったよ、今夜寄るから」
辰雄の言葉に、綾香の顔がぱっと明るくなる。
倉庫から車を出し、アパートに戻った。アパートの前に車を停める。明かりは点いていない。祥子はまだのようだ。
車から降りる。アスファルトの細い道を挟んで古いビルが立ち並んでいる。歩道にはゴミが散乱し、それが雨で濡れて饐えた臭いを放っていた。
あまり治安のいい場所じゃない。祥子にはここには来るなと何度も言っているのに。
アスファルトにできた水溜りを踏みつける音が響いた。振り返ると、ビルとビルの間の細い通路から黒い人影がゆっくりと現れた。
暗い路地で顔も見えず、男だということ以外はわからない。
男は俯きながらゆっくりと歩いてきた。お互いの靴音が狭い路地で響き渡たっている。
男達とすれ違ったとき、ドスッと鈍い音が辰雄の頭の中に響いた。腹部に激痛が襲い、思わず体を折った。強烈な蹴りを顔面に食らう。鼻の奥がつんと痛む。地面に倒れた辰雄の全身に男達の靴先が食い込んだ。
「どうしてこんな目に合わされるか、わかるよな?」
顔を上げて男達を見る。一見して街のチンピラだが、組織の匂いが微かに漂っている。やくざの下っ端か。
「わかりません」
最近は誰とも揉めていないし、マリファナ密売からも手を引いている。
体を探られる。ポケットのナイフを取り上げられたが、足首に隠しているナイフには気づかなかった。持っているナイフは一本だとは限らない。
「ここで殺しておくか……」
男の一人が辰雄のナイフの刃を起こした。
「か、勘弁してください!」
卑屈さを装って地面に這い蹲った。これで許してくれればいいが、駄目な場合は隙を見て足首のナイフで仕留めるしかない。
いったい何が起こっているのか。パニックに陥っている振りをして、冷めた脳で考える。
男の一人が手に持っていた紙袋の中から何かをつかみ出し、辰雄の前に投げ出した。
白いブラウスに紺のスカート。白百合学園の夏服だった。
「てめえら、祥子に何をした!」
「やはりさっきのは芝居か。いい目つきだぜ。肝は据わってるようだな」
男たちが不敵に笑う
「祥子に何をした」
「まだ何もしてねえよ。女の命が惜しかったら大人しくしてろ」
辰雄の手首を後ろに捕えてガムテープで拘束した。