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処女の秘孔は蜜の味 17



17 夜の街での再会

 今が戦争中だということなど忘れてしまいそうになるくらい、平和で狂乱の毎日だった。
 街ではウォンのほか、円も使える。むしろ円のほうが価値があって喜ばれた。日本から持ってきた円で遊びまくった。もしかしたら、明日死ぬかもしれないのだ。
 人通りの多い大通り。
 休日の午後八時。通りは酔客と金持ち男目当ての女たちで賑わっている。
 高級娼館の並ぶ通りに立つ。
 米軍将校が連れ立って歩いているのは、日本人の娼婦だ。兵隊達に安い金で抱かれる韓国人女達は、この界隈を歩くことすら出来ない。そして、一兵卒もまた同じだ。この通りを歩いているのは米軍や他の国連軍の将校か、経済的に余裕のある日本の商人だけだ。
 ここは男の花園。男たちが期待に胸を膨らませ、ひと時の恋に勤しむ場所。咲かぬ花に夢を見て、刹那に散り行くその時まで、残された時間で人生を色取る、花園なのだ。
 そんな男の花園で 「ショーウィンドウの女」を務める娼婦が、道行く男たちに際どいポーズを見せ、色目を使い、待ちの時間を飽きさせないようにしている。
 客のほとんどを占める米軍将校が、好みの女を物色している。
 辰雄は、ギュッと拳を握る。
 エリカはこの娼街にいる。彼女が綾香に送った手紙に写真が同封されており、その風景から綾香がこの場所を割り出した。
 エリカは今頃米軍将校の愛人なっているだろう。そのために海外ボランティアに応募し、朝鮮半島に渡ったのだ。豊かで自由な生活を手に入れるために。
 彼女に会ったところで、なんと言えばいいのか、辰雄にはわからなかった。
 ショーウィンドウの女たちを眺めながら通りを歩く。軍属の作業員服姿の男が闊歩していい場所ではないが、気にしない。
 案の定、白人の男が絡んできた。将校ではなく下っ端の兵だ。辰雄を手で追い払おうとしている。
 辰雄が地面に唾を吐いて挑発した。白人男の目つきが変わった。歯を剝き出して迫ってくる。
 両足を開き、体の力を抜く。白人が胸倉を掴んで拳を振り上げたとき、懐に飛び込むように頭を突き出した。
 白人が顔を押さえて地面に倒れた。頭突きで鼻を潰した。ガタイはでかいが、さほど喧嘩慣れしていない。
 顔を真っ赤にして男が立ち上がった。軍服を脱ぎ捨てる。上半身、下品な刺青だらけだ。
 周囲にあっという間に人だかりができた。ぐずぐずしているとすぐにミリタリーポリスが飛んでくる。
 男が突進してきた。怒りに任せて大きく振り上げた拳を振り回すが、大振り過ぎて容易く見切ることが出来る。
 軽やかなステップで懐に飛び込み、ジャブを繰り出す。砕いた鼻にヒットした。体格差で勝る男が組み付いてきた。
 日本男児を舐めるんじゃねえ。
 辰雄の髪をつかんだ手を取り、男の親指を強く押し込見ながら手首を捻る。男の体が面白いように地面を転がった。あっけにとられている男の顎を蹴り上げる。
 周囲で拍手が起こった。仲間の米兵達も声を上げて笑っている。
「あんた、ここでなにやってんの」
 懐かしい声。振り返ると、エリカが立っていた。

 店内はカウンターメインのほど良い広さで、シックな木調で統一されている。壁のところどころにはアメリカ各地の風景が収められたモノクローム写真がパネル張りされて、一つ一つ丁寧に間接照明でライトアップされていた。
 客のカウンターの一番奥で若い女性がひとり、訳ありげに飲んでいる。カウンターの中で、バーテンがせっせと手を動かしている。
 二人、カウンターに並んで座った。
「いつきたの?」
 バーテンが注文を聞く前に、エリカの前に名前も知らないカクテルを置いた。この店の常連になっているらしい。辰雄はバーテンにバーボンのロックを注文した。
「半年前だ」
「昨日のニュース見た?」
「いや、見てない」
「国連軍が三八度線を越えて旧北朝鮮側に侵入したわ」
「そりゃ、知らなかった」
「あんまり関心なさそうね」
 エリカはアゴに手をあててため息をついた。
「戦争は来年には終わるわ」
「よかったな。日本に帰れるじゃねえか」
「あんたがね」
「お前は?」
「私、もうすぐアメリカに行くの」
 辰雄はエリカを見た。
「私、アメリカ軍の准将の愛人なの」
「ジュンショウって偉いのか?」
「そうね。日本の総理大臣に彼が直接電話をしたら、あんたひとりくらいなら日本に返すことが出来るくらいはね」
「そりゃ、すごい」
「信じてないのね」
「信じてるさ。米軍の偉いさんには日本の総理大臣もかなわないってのは、みんな知ってる」
「彼に頼んであげるわ」
「別にいいさ」
「日本に帰りたくないの?」
 今帰っても、治安会に追い掛け回されるだけだ。だが、戦争が終われば治安会は解散する。
「案外気に入ってるんだよ、廃墟になったソウルの街が」
「やっぱり馬鹿なのね、あんた。死ぬかもしれないのよ。ボランティアといっても、米軍の命令ひとつで戦場に送られるんだから」
 エリカがカクテルのグラスを一気に空けた。バーテンが戻ってきて、グラスを下げた。
「お金も溜まったわ。ここに来てほぼ一年。一億ってわけにはいかないけど、日本に戻れば広い庭付きの家が買えるくらいにはね」
「夢がかなってよかったな」
「あとはアメリカに行って自由を手に入れるだけ。日本にいたらいつまた政府の愚策の犠牲にされるかわかったもんじゃないから」
「ずいぶん難しいことを言うようになったな」
「ここに来てね、私も色々学んだわ。学校の三年間の授業で習うことよりも何倍も有益なことをね」
 エリカは、自分の夢に向かって着実に歩んでいる。
「なあ、エリカ。やろうぜ、久しぶりに」


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