処女の秘孔は蜜の味 19
19 戦場での情交
「どうやら、戦闘になりそうだ」
司令部からテントに戻ってきた佐藤二尉が、辰雄たち三人を見た。
突然、今朝から中国軍の通信が活発になり、司令部は殺気立った雰囲気だったらしい。
「俺達の運もここまでかもな」
野崎が大きなため息がついた。ソウルから三八度線に戻ってきて二週間。これといって戦闘らしい戦闘には遭っていなかったが、いよいよやばい目に遭うかもしれない。
「藤島。お前、バイクに乗れるか」
佐藤二尉が突然聞いてきた。
「乗れますよ。日本にいるとき、一瞬ですけど、族、やってましたから」
近くにいた野崎が笑った。
「オフロードバイクだぞ」
「乗れますよ」
「では、今から前線近くに小哨へ行ってくれ。どこかで敵を確認したら電話で知らせるんだ」
一同が息を呑んだ。
「俺達は兵隊じゃないんですけど」
「わかっているが、司令部からの指示だ。敵がこちらの陣地を迂回して三八度線を越えたという情報があるんだよ」
司令部の指示と言われたら逆らうことは出来ない。アメリカ軍司令部は日本政府を動かしている上位組織でもある。
「わかりました。藤島辰雄、これより哨戒任務につきます」
佐藤に敬礼し、テントを出る。
本当に戦闘になるのか半信半疑だったが、司令部の中庭に入ったとき、周囲のあわただしい様子を見て、これはやばそうだと実感した。
中庭には作業員服姿の多くの日本人が集まっていた。大型のオフロードバイクに跨り、次々と中庭を出て行く。米軍が下っ端の兵士ではなく日本人ボランティアを使うということは、やはりやばい状況になっているようだ。連中は仲間の兵士の損失を抑えるために、危険な任務には日本人を使う。
辰雄の番が来た。アメリカ兵は地図とバイクのキーと通信機器を渡すと、黙ってバイクを指差した。
司令部を出て大路を横切り、北への路を急いだ。都羅山(トラサン)の町は、まったく平穏無事であった。もし戦闘となれば、この街も戦火に晒されることになるのだろうか。
辰雄は流れ去る景観を時折横目に見ながら、北を目指した。
十数キロも行けば、周囲の風景はまったく一変する。そこはもはや、荒涼たる自然が広がるのみである。
辰雄は時折バイクを停め、地平線まで低くうねる半島の山河、丘陵、遠くに望む疎な立ち木の群れ、湧き起こる雲と、わずかに赤みがかって所々紫に見える狭い空を眺めた。日本にいたら、こんな風景は目にすることはできない。大陸に来て戦闘らしい戦闘には遭っていないし、死ぬような目にも遭っていない。海外ボランティアなど、恐れるに足らないと思っていたのだが。
日本を遠く離れた、異国の荒野。大勢の人で賑わうソウル市街地から、急にこのような原野に出たので、まるで夢でも見ているような気持ちになった。
再び出発しようとバイクに跨ったとき、遠くにローターの爆音が聞こえた。やがて稜線の尾根を越え、北側から軍用ヘリの黒い影が一機、かなりの低空で辰雄の上を飛びすぎていった。
国籍マークを消してあったが、間違いなく中国軍のヘリだ。あいつには戦車に大穴を開けるほどの強力な機関砲が積まれている。
攻撃に先立ち、偵察に来たのだ。
辰雄は慌てて通信機のスイッチを入れた。
敵機が飛び交う空を仰ぎながら、米兵達が苦笑いしている。日本政府の弱腰対応を嘲笑っているのだ。
中国機は易々と自衛隊が防衛している都羅山の上空を飛んでいた。だがこれに対し、自衛隊は中国側を刺激するとして迎撃に常に消極的であった。戦火を交えているというのに、おもてなしの精神もここまでくれば破滅的だ。
辰雄たちの補給小隊は米軍とともに移動していた。米軍は韓国人女たちを連れてきていた。戦場で性欲処理させるための娼婦達だった。どうやら、かなりの長期ロードになるようだ。命がけで戦う兵士に、せめて戦場で女の体を与えてあげようとは、アメリカ軍というのはずいぶんフランクな組織だ。
そして、その韓国人女たちの中に、辰雄が馴染みにしている娼婦のハユンも混じっていた。
隊が休息をとった。二時間歩いては三十分休憩する。平地だとそれほどたいした行軍ではないが、山間部でアップダウンの激しい道を行くので体にはきつい。娼婦達もへとへとになっている。
娼婦達の集団から外れた木陰で、ハユンが一人で休んでいた。
「大丈夫か?」
辰雄がハユンに声をかけた。足が痛いというハユンに、足のマッサージをしてやる。
「喉が渇いただろう。水を飲め。水分補給は大事だぞ」
「でも、飲みすぎると水がなくなっちゃう」
「下に下りたら川があるので汲んできてやるよ。お前の水筒にも入れてきてやる」
ハユンに水筒から水を飲ませた後、ハユンの水筒を受け取り沢に下りた。川の水は冷たく澄んでいた。二人の水筒に水を満たし戻ろうとしたとき、川沿いに人影を見た。米軍の服を着た韓国人の兵が岩場にうずくまり、水を飲んでいる。
辰雄は近付いて行って、声をかけた。彼は気付かぬ様子である。もっと歩み寄って、彼の肩を揺すってやった。
彼は白い水しぶきを上げて、川の中へ倒れこんだ。
腹を撃たれて死んでいたのだ。
辰雄は周囲を見回しながら拳銃を抜いた。二度、三度、気配を探り、辺りに耳を傾けた。しかし聞こえてくるのは、かすかな鳥のさえずりと、せせらぎの音だけである。
そのまま河原を這うようにして、夢中であとずさった。
ここは既に戦場なのだ。
一時、米軍キャンプは大騒ぎになったが、すぐに落ち着きを取り戻し、兵の死体を埋めるように、米軍の士官が辰雄たちに命じた。
「北の斥候か共産ゲリラか、どちらかの仕業だな」
佐藤二尉が遺体を埋めながら言った。川の斜面に穴を掘って死体を埋めた。その様子を同行していた娼婦達が顔を青ざめながら見ていた。
近くに敵がいるかもしれないのに、米兵達は気に留める様子もなく道を歩き始めた。佐藤二尉率いる補給小隊も、周囲に気を配りながら歩を進める。
「戦闘になるでんしょうかね」
野崎が水筒に栓をしながら、佐藤に訊ねた。彼は、北に霞む山々を見、そして南へ白く続く河流に目を転じた。
「たぶん、激しい戦闘になるだろう。最初から分の無い勝負だ、こいつは」
黒々と重い巨雲が横たわっている。やがて豪雨が降り注ぎ、雷鳴が天地を揺るがすだろう。
辰雄は米軍の野営地に戻った。
テントの前で、兵達が列を作っている。連れて来た娼婦達の姿はなかった。テントの中で、連れて来た韓国女たちが米兵の性欲を満たしているところだった。
まあ、せいぜい稼いでくれ。
川のそばまで下りてタバコを吸った。さっき見た韓国兵の姿を思い出した。自分も油断していてはやられてしまう。
周囲を警戒しながらタバコを吸っていると、草を踏む音が近づいてきた。拳銃を抜いて急いでそばの藪に身を潜めた。
「ハユン」
川縁で彼女が振り向いた。
「どうしたんだ?」
「川で身体を洗おうと思って。体中舐められたし、アメリカ兵って臭いし」
「キャンプの風呂があるだろう」
「ひとつしかないし、いっぱいだから」
秋も深まっている上、北緯三八といえば北海道よりも北だ。
「風邪引いちまうぜ」
「大丈夫だよ。家にいるときは、冬でも近くの川で水浴びしていたのよ」
貧しかったハヨンの家には風呂がなかったらしい。共同浴場の費用を浮かせるために、冷たい川で身体を洗っていたのだ。
誰も覗かないように見張っててね。そういって微笑むと、ハユンが服を脱いで全裸になった。川の中に入って、全身を洗っている。見ているだけで凍えそうだが、ハユンは平気な顔をしている。
手早く洗い終えると、裸のまま、辰雄に抱きついてきた。
「体が冷えちゃった。暖めてよ」
辰雄の作業服を脱がし始める。裸になって二人で抱き合った。ハユンの体が、氷のように冷たかった。
「おい、こんなに冷えて大丈夫か?」
「大丈夫」
彼女が手を股間に伸ばしてくる。タツオのペニスがあっという間に勃起した。
「溜まってるんでしょ?」
「一週間ほどな」
「サービスしてあげる」
ハユンが下から辰雄を飲み込んだ。彼女の中は、熱かった。
「そろそろ戻らないとまずいから、すぐに出してね」
ハユンがいつもと違う動きで、辰雄を攻めた。
「おおお……」
「気持ちいいでしょ?」
ハユンが腰の動きを早めた。多くの男たちを昇天させてきたハユン自慢のテクニックに、ひとたまりもなかった。
辰雄は彼女の身体を抱きしめながら、奥深くで弾けた。