処女の秘孔は蜜の味 20
20 決死の銃撃戦
ジープが荒野を爆走していた。中国軍の装甲車はいつの間にか追撃をやめ、距離は離れていった。
「どうにか躱しきったたようだな」佐藤二尉が言った。辰雄の隣に座っているハユンの身体が震えている。
大丈夫だ。そういって彼女の肩に触れた。
「連絡を受けた中国軍がこの先で待ち構えてるってこと、ないですか?」野崎の声が震えている。
「心配ない。ここは前線じゃない。国連軍のテリトリーなんだよ。むしろ迷い込んださっきの中国兵こそ、焦っているだろうな。あと十キロも進めば中国軍の脅威はまったくなくなる」
「後ろから来てる米軍の中隊が無事だといいがな」野崎が言った。
無線が入った。辰雄が繋ぐ。
〈銃声が聞こえたが、問題が起こったのか?〉所属部隊の通信隊員の声だった。
「中国の装甲車の攻撃を受けたが振り切った。小隊四名及び女性一名、全員無事。以上」
〈中国の装甲車が前線を越えてきたのか……。厄介だな〉
通信隊員が呟く。だが、連中は米軍に守られている。この斥侯隊よりずっと安全だろ。
「俺達にも護衛をつけてくれねえかな」中野が言った。
「米軍に貴重な戦力を割いてもらうわけにもいかないだろ」そういって野崎が懐からナイフを抜いて振ってみた。
「まあ、中国軍が退いたタイミングだし、もう敵襲を受けるようなことはないだろう」佐藤二尉が言った。
「この先にクサリという街があります。そこで燃料や食料も補給できると思いますよ」野崎が言った。
「いや、市街地は避けよう」佐藤二尉が言った。
前方から砂煙を上げながら急速に接近するものがあった。
「何か来るぞ! 戦闘用意!」佐藤二尉が叫ぶ。
近づいてくるにつれ、その姿が明確になった。
「十二時、進行方向に車両多数!」野崎が叫んだ。
「敵か?」中野が言った。
突然轟音が耳に響いた。そばで激しい爆発が起こる。
車体に衝撃が走った。ハユンが悲鳴を上げる。無線機とジープの後輪がほぼ同時に撃ち抜かれていた。ジープはドリフトしながら回転し、止まった。
ハユンが震えていた。
目の前に、敵兵の乗る車両が停まっていた。不覚だった。待ち伏せしていたのに気づかないなんて。
佐藤二尉がジープから飛び降りた。辰雄は手に拳銃を握った。
捕まれば全員殺される。なんとか逃げる方法を考えようとした。だが逃げようがない。
「敵襲だ!」
中国軍の急襲を受けたのだ。
辰雄は舌打ちをすると、銃剣や手榴弾といった武器を詰め込んだ背嚢を背負い、鉄帽を被った。
「ゆくぞ! 茂みまで走れ!」
一斉にジープから離れる。辰雄がハユンの腕をつかんで走り出す。
洞窟の中へ走り込んだ。
あまりの急展開に、思考は空回りをしていた。
樹木の間から銃を撃つ乾いた音に混り、重機のうなるエンジン音がいくつも聞こえてくる。
音とは反対の密林の中へ走る。
「後方部隊に連絡!」
転がりそうになりながらも、佐藤二尉が叫んだ。中野が慌てて受信機のスイッチを入れる
「くそ! 中国軍め!」
「このままじゃ、やられてしまう!」
「馬鹿なことを言うな。全員散開しろ。反撃だ」
近くで火花が散り、木の幹がはじけ飛ぶ。
辰雄は必死に退路を探し、ハユンを引っ張って走る。
戦車と思われる重たいエンジン音が、さらに迫ってきた。
「対戦車ランチャー、持ってきたか?」
「そんなもん、持ってきてねえよ。ここは国連軍のテリトリーなんだからな」
そう思っているのはこっちだけか。中国軍は前線を超えて進軍してきたのだ。
ハユンが怯えている。彼女は一般人だ。兵士として、ハユンを守る義務がある。
「隊長、降伏しましょうっ! そしたら命は助かります」突然、野崎が叫んだ。
「降伏するくらいなら、敵もろとも自決しろ。もうすぐ後方部隊も追いつく。それまで堪えるんだ」
「でも、戦車が出張ってきてるんですよ」
「降伏しても奴らは容赦はしないだろう。なぶり殺しにされるだけだ」
茂みに身を伏せる。銃を構えた中国兵の集団が近づいてくる。
佐藤二尉が合図を送ると、全員が一斉に銃撃を始めた。驚いた中国兵が地面に身を伏せる。手榴弾を投げる。連中の頭上で弾け、悲鳴と銑鉄が飛び散る。
敵が狂ったようにばんばん撃ち返してくる。
中国兵が突撃してきた。辰雄が引き金を引くと、敵の頭が吹っ飛んだ。野崎は地面に転がって呻いている中国兵を次々狙撃していく。
辰雄が再び手榴弾を投げた。敵兵の中央で爆発した。吹っ飛んだ敵の手足が振ってくる。
リズミカルな銃声が周囲に響く。
肉塊となった中国兵が重なるように倒れている。迷彩服の軍服を身に纏い、上半身には紺色防弾チョッキ。そして腰にはマガジンポーチが幾つか付いたベルトが巻かれている。また、黒の革製のホルスターがぶら下がっていて、中には銃が収納されていた。
なかなかの装備だ。
音が、止んだ。
様子を窺おうと、ちらっと顔を出す。
その刹那、ヒューンと空気を切り裂く音が耳を掠めた。
銃弾が地面に接触し、弾けた。
ハユンが恐怖で身体を瞬時に引っ込める。辰雄もブルブルっと身体を震わす。
「こんなところで死ねるかよ。それもアメリカのためにだぜ! 馬鹿馬鹿しい」
野崎が吐き捨てるように言った。「さっさと逃げましょう、隊長」
「諦めるな! 死んでもなお銃を撃ち続けろ!」
「やってらんねえや」
銃声は絶えることなく轟き続ける。
辰雄は右手でグリップを確かめるように何度か握ると、人差し指をトリガーに軽くかけた。もう片方はグリップの前の、銃身バレルに突き刺さっている弾倉マガジンの手前に添えた。
タイミングを測り、撃つチャンスを見極める。
身体を地面に突っ伏すと、腹這いに左側に進む。茂みからちらっと銃口を出すと左目を閉じ、右目でスコープを覗くと前方を見据えた。
舌を出し乾いた唇を舐め潤す。銃を構えたり、敵と直面に立ち会うと性格が変わるタイプだと、戦場に来て始めて気づいた。
半壊した塀の後ろに四、五人隠れていることが確認できた。しかし、いずれも銃だけを突き出しているだけでヘルメットも見えない。位置的な問題もあり他のを狙うのは難しいだろう。
すると、自分から直線上に銃口をこちら側へ向けている兵士を一人発見した。
迷彩柄のヘルメットを頭に被っている。
ここから撃てる部位としたら顔面である。当たったら悲惨な光景を眼にすることになる。しかし、そんなことにかまっている暇はない
迷っているとここで死ぬことになる。
セーフティーを外し、狙いをつける。武装兵士は腰くらいまでしかない塀から顔だけを覗かせ、警戒しているのかきょろきょろと辺りを見渡している。
引き金を引く。敵兵の頭が半分吹っ飛んだ。兵士は地面に倒れたまま二度と起き上がる事はなかった。
転がった敵の死体を見て、中野がガッツポーズを見せた。
ハユンを見た。何やら表情がおかしい。
異常なまでにぐったりとした表情を見せていたので、「どうした」と声を掛けた。すると再び異変に気付いた。彼女の着ている服に小さな赤い染みが出来ている。返り血かと最初は思ったが、次第にシミが大きく広がり色も黒さを増していく。その光景を見た辰雄が「まさか」と口をついた瞬間、ハユンは膝から崩れ落ち地面に倒れ込んだ。
手に持っていた銃を無造作に投げ、彼女の体を仰向けにして、染み出るその部分を強く抑えた。だが一向にその血は止まらずにいた。
「おい! 撃たれたのか! しっかりしろ!」
ハユンの表情は虚ろで、呼吸も段々に早さを増していた。辰雄は必死に声を掛け傷口を押さえた。