fc2ブログ

処女の秘孔は蜜の味 23



23 基地の日本人

 浜田は鼻歌交じりにジープを運転していた。辰雄とハユンと吉野が後ろの荷台に座り込んでいた。
 ジープに揺られている間、辰雄は吉野にこのあたりの戦況を尋ねてみた。
 奇襲ともいえる中国軍の総攻撃で、多くのアメリカ軍兵士が死んだらしい。日本の自衛隊を前線のそばに配備し、自分達は後方の安全な街にいたらしいが、大規模な爆撃でほぼ全滅していた。
 辰雄達から見ればつまらない国家間の諍いだ。
「誰が勝ったかも分からないほど、多くの死傷者や被害者が出てしまっている」と、吉野は心底残念そうに語った。一部の自衛官も被害を受けたらしい。戦闘には直接関与していなかったが、愚かにも米国の支援活動をしたせいで巻き添えを喰らってしまったらしい。
「私達が悪いんだ。自衛隊は自国を守るためにあるものなのに……すまない」
 下唇をかみ締めながら謝る吉野を見て、辰雄はもう、誰かを責める気になどなれなかった。
 彼らが『基地』と呼んでいる場所は、辰雄達の住んでいた街からそう離れていないところにあった。
 ジープを入り口のそばで降り、中に入った。
「ようこそ、俺達の基地へ」
 入る瞬間、浜田がそう呟いた。
 建物の中は薄暗く、灰色で統一されていた。案内されている途中に、一般人らしき人を何人か見かけた。
 辰雄とハユンは歩いている間一言も言葉を交わすこともなく、時折視線を合わせて意思の疎通を行っているだけだった。
「いいよ。辰雄がそう決めたことなら、私、別に反対しないから」
 ペンションで辰雄がハユンに事情を説明した時、拍子抜けするほどあっさりハユンは彼らについていく事を承諾した。そのハユンの話し方にどこか投げやりな感じだったのが気になった。
 ハユンの生への執着が薄れている。辰雄はそう感じた。
 吉野と浜田は、元々自衛隊に所属していた人間らしい。今やこの辺りの自衛隊も散り散りになってしまい、たまたま一緒になったこの二人が炎上するアメリカ陸軍の基地から残った食料と医療品その他様々な道具を持ってここに駐屯所を建てたそうだ。
「こいつなぁ、燃えてる基地の前で呆然とつっ立ってんの。で、俺が声をかけてやったってわけさ」
 なんとも愉快そうにそれを話す浜田が、不快に思えた。この暗い状況下、浜田みたいに明るく振舞うことも必要なのかもしれない。
「大変だっただろう、二人だけで。君の小隊は戻ってくる様子はないのかい?」
 ハユンを医者に診せようと医務室に続く廊下を歩いている途中、吉野が神妙そうな声で話しかけてきた。
「見捨てることはしないと思うんだが」
「でも、もう大丈夫だ。この基地にいれば、ひとまず情勢が落ち着くまでしのぐことは出来るよ」
 病室に着いた。相当簡易的なもののようだ。彼ら二人がドアの前で足を止めた。
「悪いが、あまり設備には期待しないでくれよ。急ごしらえの上に人手はまだ足りないんだ。」
 煙草を吹かしながら、面倒くさそうにこっちを見もせずにそう言う浜田。どうもこの男のことは、あまり好きになれそうな感じはしなかった。
「いや、助かったよ。じゃ、行こうか、ハユン」
「おっと、悪いけどこの医務室の中は一応面会時間が決められているんだ。悪いが、今日はもう終わりなんだ」
「面会時間?」
「中に入れるのは女の子だけって意味だよ」
 浜田はそう言うと、辰雄とハユンを引き離し、ハユンを部屋の中へと連れて行ってしまった。
「明日、会いに来るぜ」振り向いたハユンに声をかけた。
 ドアが閉まったところで吉野が軽く咳払いをする。
「藤島君、君の部屋に案内するよ。ついておいで」
 基地内は、電気は通っているらしかった。
「ここの電源は?」
「昼は太陽光パネルで発電している。夜は下水道に充満しているメタンガスをつかって発電しているんだが、少し頼りないんだ」
 廊下は非常に薄暗く、奥に行くに連れて不気味さの濃度が増していった。
 カツカツカツ……と辰雄と吉野の足音だけが一定のリズムで廊下に響いている。
「この建物の中には、何人ぐらいの人が住んでるんだい?」
 吉野は歩きながら顎に手をあて、首を捻るような素振りを見せた。
「私達を含めて十人だな」
「全員日本人かい?」
 吉野が頷いた。
「中国支配下になっても、韓国各地には結構な日本人が住んでるからね。多くの日本人は戦闘が終われば元の街に戻るつもりなんだ。ここに避難している日本人も同じだよ。日本に逃げようと説得しても首を縦に振らない。この地に根を張って暮らしてきたんだ。彼らにとってここは故郷なんだよ」
「結構なことだ。この地が気に入ってるなら好きにさせてやればいいんだよ。だが、ここは韓国だ。日本人以上に韓国人が多いんじゃないのかい? この街で韓国人はまったく見かけないな」
「韓国人は、米軍が攻めて来る前に中国側の町に逃げたよ。中国共産党軍の命令でね。若者は中国軍のために兵士になったり慰安婦になったりと、どこかの国と同じことを若い人たちに強いている」
 吉野が皮肉っぽく笑った。
「年寄りはどうなったんだ?」
「中国軍の役に立たないものは皆殺しだよ。生かしておいても貴重な食料を消費するだけだからな。中国人にとって韓国人はゴミ以下の存在なんだ。役に立つ若者の扱いも、酷いものだよ。日本のほうがはるかにましさ」
 やがて、突き当たりの部屋で彼は立ち止まった。どうやらここが辰雄の部屋らしい。
「節電のため、九時消灯になっているから注意してくれ」
「了解だ」
 それから彼は、笑顔で手を差し出して握手を求めてきた。
「私でよければなんでも相談に乗るよ、よろしくな」
 辰雄も、笑顔で彼の手を握った。


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

アーケロン

Author:アーケロン
アーケロンの部屋へようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR