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処女の秘孔は蜜の味 30(最終章)



30(最終章) 別れ

 目が覚めたらベッドの上だった。
 上半身を起こすと、そばの椅子で女が座ったまま寝ていた。
 生きてるのか……。
「痛ッ……」
 脇腹が痛む。その声で女が目を覚ました。懐かしい顔がそこにあった。
「エリカか?」
「やば、寝てた?」
 彼女が慌てて手鏡で自分の姿を確認する。
「ここは?」
「ソウルの病院よ。助かったのは奇跡だって先生が言ってたわ……」
 腹の周りを包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「誰が俺を?」
「佐藤二尉があなたをここに運び込んだのよ」
 あの時、俺を呼んでいたのは仲間達の声だったのか? あの街に戻ってきたのか。
「隊長は?」
「もう前線に戻っていったわ」
「そうか」
「あんたが倒れていた近くで中国兵がいっぱい死んでいたんだって。あんたがやったの?」
「気に入らない連中だったから、いつもみたいにぶっ殺してやったんだ」
「いつもみたいにね……」エリカが眉を潜めた。
「気に入らない奴は、総理大臣でもアメリカ大統領でもぶっ殺してやるぜ」
 エリカがため息をついた。
「それで、中国兵に喧嘩売って、こうなったの? 相変わらず、馬鹿だねぇ。治安会の連中とは違うのよ」
「俺のことはよく知ってるだろ? それよりお前はどうしてここに?」
「お別れを言いにきたの」
「えっ?」
「辰雄、お別れよ」
 エリカが辰雄を見ていた。
「今日、アメリカに行くの」
「そうか、そりゃ、よかった。なんとかって将校からたんまり引き出してやれよ。皮肉じゃないぜ。俺はお前の幸せを本気で願ってるんだ」
「わかってるわよ。たんまり引き出したらあの男と別れて夢をかなえるわ」
「どんな性悪女なんだよ」
「女は魔物よ。性悪ほど魅力的な女なのよ」
「お前なら出来るさ」
 あなたによ。そういってエリカが手紙を差し出した。差出人は、新谷綾香と島中祥子だった。
「綾香は私にも手紙をくれたわ。あんたと会えたかって書いてあった。それから、祥子ちゃんもあんたを探しているって。朝鮮に来ること、言ってなかったの?」
「そんな関係じゃねえって、いつもいっていただろう」
「あんたねえ……女の子の気持ちをもう少しわかろうとしなさい」
「ああ」
「んじゃあ……わたしはもう行くから。輸送機があと三時間で仁川から飛び立つの」
「がんばれよ」
 エリカが椅子から立ち上がった。身体を少し動かすと、脇腹に激痛が走った。腹に眼をやり、次に顔を上げたとき、もう彼女の姿はなかった。
 もう、エリカに会うことはないだろう。
 後戻りなどできないことは分っている。
 この街を出て、日本に帰る。綾香と祥子にあったとき、俺はなんというだろうか。

(完)


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