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愚かな毒鼠どもの眠れない夜 8


8.罠と失態

 道路脇に車を停める。
 道を歩く女子高生の尻をオヤジが盗み見していた。道ではしゃぐ髪を派手な色に染めたガキどもの嬌声が耳障りだ。
 祐輔はハンドルを握って、正面を見据えていた。
 中古のカローラ。組織の息がかかった人間から借りた。中古車の輸出商をやっている男で、万一足がついた場合でも、警察が捜しあてる頃には、使った車はナンバープレートを付け替えたうえでコンテナ船に積み込まれ、ロシアだかどこかに輸出されているだろう。
 襲撃役が現れるはずの銀行とは、車線を挟んだ斜向かいの位置だ。
 自転車に乗った所轄署の交通係が近づいてくる。心配することはない。ばれているはずはないのだ。
 ダッシュボードの上に置いたスマホが警報のように震え出す。祐輔は取り上げて通話ボタンを押す。
「うまくいったか?」
「金は奪いました。けど……」襲撃役の声が震えている。「爺さん、抵抗しやがったんで殴ったんです。そしたら動かなくなっちまって……。打ち所が悪かったみたいで」
「気にすんな、どうってことねえ」
「すんません」
「何びびってんだよ?」
「そういうわけじゃないんすけど……」
「俺らは爺のこと知ってるけど、向こうは知らねえ。誰が押し入ったかも、わかりっこねえ」
「防犯カメラとか……」
「顔、隠してたんだろ? それに、予定の場所で車乗り換えて着替えたきたんだろ?」
「そりゃ……」
「じゃあ、ぜってえ大丈夫だ」
「すんません……」
「早く金持ってこい」
「もうすぐ、そっちにつきます」
 祐輔はスマホを切ると、ハンドルから手を離した。
 襲撃役はおそらく警察に捕まるだろ。が、奴等がどうなろうが、知ったことではない。こっちは金を受け取って無事上層部に届けることだけを考えればいい。
 余計なことは考えるな……。
 車内が静まり返る。時々、他の車が近くを走り過ぎる音が聞こえるだけ。音楽も流れていないし、ラジオもつけていない。
 フロントミラーを見た。
 制服警官が映っている。少し離れて後ろに停めてある車の側に二人。運転席の窓をノックした。窓を開けたドライバーと何か話している。
 これはヤバイ。
 ハンドルを握った両腕の間に顔を伏せようとして、やめた。顔を見らてはまずいが、そんな行動を取ればかえって目立ってしまう。
 くそう……。
 あいつら、いつまで待たせる気だ。
 フロントガラスの向こうに目をやる。ジャンパーを着た若い男が四人、立っている。堅気じゃないのはひと目で分かる。目つきが鋭いだけでなく、まず全体の状況を瞬時に把握しようとする、視線の運びが独特なのだ。
 刑事か? いや、違う。むしろ、やくざか半ぐれの類だ。
 正面の道路に車が現れた。路肩に止まった車を凝視する。男が三人降りてきた。
 やっときやがった。
 車を発進させようと思ったそのとき、さっきの四人組が襲撃役に近づいていく。
 ヤバイ!
 連中は金を奪う気だ!
 車を急発進させる。と同時に、四人組が襲撃役に襲いかかった。
 あっというまだった。四人組は三人の襲撃役をぶちのめし、車を奪った。後ろの車を調べていた二人の制服警官たちが、急発進して去っていく車に気付いて追いすがろうとしている。
 車の流れに警官たちが阻まれる。四人組が逃げていく。三人の襲撃役が、路上に倒れていた。
 急発進すると、警官に疑われる。ナンバープレートを読みとられると、手配されてしまう。怪しまれないようにそっと車を発進させ、ゆっくりとその場を離れた。


「てめえ! しくったで済むと思ってんのか! 三千万だぞ! どう落とし前つけんだよ!」
 沖島の忌々しい怒鳴り声が耳の中で響く。
「リカバーしますよ」
「どこの誰がやったのか、検討ついてんのか!」
「それは……」
「てめえ……。まさか横取りして独り占めしようって気じゃねえだろうな! そんなことしやがったらぶっ殺すぞ!」
「横取りなんてしてねえっすよ。これまでの俺の真面目な勤務ぶりみてりゃ、わかるでしょ、それくらい」
「ふざけてんじゃねえ! てめえ、殺すぞ!」
 くそ……。こいつになじられると本当に頭に来る。
「今、どこにいる?」
「ダチの家に隠れてるっす」
「今から迎えに行くからそこにいろ! 場所はどこだ!」
「俺がそっちに行くから待っててください」
「待て、こら!」
 沖島が何か言い出す前にスマホを切った。
「ざっけんな、ヘタレやろうが!」
 スマホを床に叩きつけそうになって、とっさに腕を止めた。代わりに壁を蹴りつける。
「近所迷惑だろう」
 健次が苦笑いしている。
「何でこんなことになったんだ? お前、天才じゃなかったのか?」
「っせえな」
 床に座ってタバコを銜える
「どこの誰なんだ、お前をハメやがったのは?」
「知るか、そんなこと! 横取りした奴を見つけ出して、ぜってえぶっ殺してやる!」
「本当に覚えねえのか? あの場所で金受け取ること、沖島に喋っちまってたんじゃねえのか?」
「いや……」
 今日金を受け取ることは、上層部は知っている。しかし、どこで金を受け取るかは秘密にしている。そんなことを知らせたら、逆に上層部の奴等に横取りされて、横領の罪をこちらに着せられてしまう。
 健次がベッドから体を起こしてタバコを口に銜えた。
「茂樹さんに相談したらどうだ? 取りあえず、どうしたらいいかくらいは教えてくれるぜ」
「どうしたらいいかくらい、聞かなくても分かるだろうが」
「茂樹さんに相談できない理由でもあるのか?」
 これは意地だ。ここで茂樹を頼ってしまうのは屈辱でしかない。
「意地、張ってんじゃねえよ」
「っせえな」
 まったく……。相変わらず鋭いヤツだ。付き合いの長いダチってのは厄介だぜ。
「リカバーするに決まってんじゃねえか」と、呟くように言ってはみたものの、どうすれば今の窮地を脱して失態を帳消しにできるのか、名案があるわけでもない。本当は健次の言う通り、茂樹に相談するべきなのは祐輔も分かっている。
「お前、勝手に茂樹さんに電話したりすんなよ」
 健次に釘をさすと、置いていたバーボンのボトルを手に取って、ラッパ飲みする。
「俺はそこまでお人よしじゃねえよ。でも、お前がどうしても素直になれねえってんなら、お前の名前出さずにこっそり茂樹さんに相談してやってもいいぜ」
「っせえ」
 どうすりゃいいかくらい、必ずすぐに思いつく。それまでは、沖島の追っ手に見つからないようにしばらく息を潜めていよう。
 反撃のチャンスが来るまで、それほど時間はかからないはずだ。これまでもそうだった。
 視界の端に気配を感じて目を向けると、天井と接する壁の高い所にゴキブリがへばりついている。ゴキブリは微動だにしない。
 祐輔はしばらくゴキブリを眺めていた。酒を飲んでいた健次はいつの間にか眠っていて、軽くイビキをかいている。
 祐輔は床に仰向けに寝そべって手足を伸ばし、大の字になる。
 スマートフォンを取り出して、画面を眺める。
「今度あった時にお金返すから」
 絵美からのメッセージが届いていた。
 いらねえよ、そんな端金。
 舌打ちをしてメッセージを返信すると、電源を切って天井に視線を戻す。
 ゴキブリはいつの間にか姿を消していた。
「どうすりゃいいんだよ……」
 やがて疲労感が体からにじみ出てきた。抗わずにまぶたを閉じた。

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